1-2
首都の中心部の大通りを外れて坂を降りた先の小道を抜けた場所にひっそりと薬屋がある。
たまにしか営業していないが、営業してる時はもうけものだった。
街の人間にひっそりと親しまれている薬屋で、塗り薬傷薬風邪薬の他に、害虫駆除薬や媚薬なんかも、取り扱っている。
営業しているのはもう100歳ほどの婆さんで、何代目かはわからない。
たまに違うおばさんが店に立っていたりする。
婆さんが死んだら次はそのおばさんなんだろう。
そんな薬屋だった。
カランカランと暗い店内に客が入る。
「こんにちはお婆さん」
「いらっしゃいませ」
若い男が入ってくる。
皺がれた声で答える。
深く黒いローブのフードを被った腰が曲がった老婆だ。
「髪の毛が生える薬と媚薬が欲しいんだけど」
「ハゲに効く薬かい? 効くかわからんけど大丈夫かい? これはあくまで毛根を刺激して活性化させる効果がある薬草の薬だからね。ためしてみるかい?」
「オヤジがきにしてるんだよ。いくら?」
「ハゲに効く薬はね、とりあえず銅貨2枚でいいよ。効いたら次は3枚に増やさせてもらうけどね」
「サンキュ」
「あと媚薬は、銀貨3枚だ。これは高いよ」
「いいよ。俺のためじゃないし、金は貰ってきてるから」
「お前さんは顔がいいからいらないだろ」
「まぁね」
顔がそれなりに、整ってる男だった。
すんかり金を渡す。
「そうそう、来週はいつ店を開ける??」
「さぁねぇ、年寄りの体調しだいだよ」
「ふーん。来週、エヴァン侯爵様のパーティーが開かれるから、それに合わせて二日酔いに効く薬が必要なんだ。」
「そうかい。あいにく体次第だよ」
「わぁったよ。あと、面白い噂もおしえてあげるよ。今度のパーティーはエヴァン侯爵様の娘のリリー様の快気祝いパーティーなんだけど、リリー様の主治医の先生が酔っ払って変なことをいいふらしたそうなんだ。」
「んん?」
「リリー様は一度死んだ、だって。死んだのに生き返って今も元気に過ごしてるらしいよ。不死の病だだったはずなのにって。まぁ、噂だけどね。そんな噂があるから今度のパーティーは皆こぞって参加するのさ。前日は店を開けといた方が儲かると思うよ」
「…不思議な話もあるもんだねぇ。面白かったよ。ありがとうねぇ」
カランカランと店を出て行った。
青年が出て行った後、老婆は立ち上がる。
店の入り口にかけてあったオープンの看板を外して鍵をかける。
しん、と静まり返る店内。
老婆は、ぱちんと指を弾く。
するとキラキラと光り、すうっとその姿は10代の少女へと変わった。
肩までのピンクのふわふわな髪と薄緑の眼。
無言で店の奥へと進む。
パチンとまた指を鳴らすとパッと消えた。
***
「奥様、お客様がおみえです」
「あら、どなたかしら」
「いつもの、街の化粧品の店の使いの方です」
「あぁ、そうそう。呼んでいたのよ」
ほほほとエヴァン侯爵夫人はごまかすように笑って客を招き入れた。
「ごゆっくりどうぞ」
侍女は夫人の命令で下がる。
「どうかされましたか?」
「奥様の肌の調子はいかがかと思いまして」
つばの広がった紫の帽子を深く被り、同じ紫のドレスを着た、店の使いだと名乗る女性は立ったまま夫人に話しかける。
「…そうね、相変わらずよ」
「噂を耳にいたしまして」
「知ってるわ。ありがとう、それで訪ねてきてくれたのね」
「必要ならば、対処いたしますよ」
「お願いするわ」
「では、速やかに」
女は夫人を無表情で見つめる。
「来週、わかってるわよね?」
「承知しております」
「悪いわね、本当」
夫人は、顔色悪く話す。
「…奥様」
声色が変わる。
落ち着いた淑女の声色から、幼い少女の声になった。
「私は報酬さえもらえればどれだけでも対応いたしますよ」
ハッとした顔で女を見る。
「…ありがとう。あなたは優しいわね」
「報酬分働くだけです」
ふふっと笑う。
「来週、約束通り朝からこの部屋に来てもらえるかしら」
「かしこまりました」
すっと礼をしてから部屋を出て行く。
夫人はその後ろ姿をじっと見ていた。
コンコンコン
「どうぞ」
「お母様」
入れ違いで夫人の長男のビルが入ってくる。
「どうしたの?」
「リリーのことでちょっと…」
「なにかあったの?」
「街で変な噂があって。リリーは今も元気に過ごしているのに、不治の病で死んだのに生き返ったって… おかしいだろう?ちゃんと元気になったのに、噂を流しているのはあの主治医に違いない」
「そうね」
「俺があの主治医のところに行って、とっちめてきて………」
言いかけて、ビルは止まる。
ぼーっとしたと思ったらハッとしたようにまた動き出した。
「あれ?俺なんでここにいるんだろう。」
「大丈夫?来週のリリーのパーティーの事で話に来たと思ったけど」
「あぁ、そうだった」
「変な子」
くすくすと、夫人はわらう。
そして、彼女がきちんと対処したことを確認した。
***
ガヤガヤと、馬車がエヴァン侯爵邸に次々に集まる。
本日はエヴァン侯爵家の長女リリーの快気祝いのパーティーだ。
しばらく病に伏せていたリリーの回復を祝いたいと侯爵たっての希望で模様される。
「お越しいただきありがとうございます」
エヴァン侯爵はニコニコしながら来賓たちに挨拶をする。
その紹介の隣で微笑む美女がリリーである。
「エヴァン侯爵令嬢、お元気になられたようでなによりです。」
「ありがとうございます」
真っ直ぐな薄茶色の長い髪、青色の瞳を儚げにうるませた美女で、公爵家の自慢の娘である。
リリーに見惚れる子息達が多く、集まる視線が後を立たない。
皆、それぞれ談笑したり、食事を楽しんで過ごしている。
リリーはただ侯爵の隣で、微笑み、話しかけてくる子女や子息達の内容に答えていた。
は
その姿を不安げに見つめるのがエヴァン公爵夫人だ。
他の婦人達との会話をしながら、どこか不安げに過ごしている。
「ちょっと、失礼しますね」
夫人は席を立ち、侯爵の元へ向かう
「侯爵様」
「どうした?オリビア」
夫人の名を呼び返す。
「リリーを少し借りてもいいかしら?」
「あぁ、ちょっと疲れたか?」
リリーは申し訳なさげに微笑む。
「わかった。少しやすんでおいで」
美人な娘に侯爵は素直に娘を解放した。
夫人はリリーをつれて奥の部屋へ入った。
「ありがとうございます夫人」
「見ててバレやしないかハラハラしたわ」
どさっと腰を下ろす。
「魔法を使うよりも人間の相手をする方が何倍も疲れます」
「あなたでも疲れることがあるのね。見た目をリリーにしても、中身まで変えることはできないもの」
「そうですね」
と、ベッドに横になっている誰かを見た。
そこには同じ顔をした
リリー・エヴァン侯爵令嬢がそこにいた。
「もう少しで、郊外の墓地に準備ができるから…その時はお願いしてもいいかしら」
「報酬さえいただければ」
「当然よ」
夫人は頷いた。
「お金ならいくらでもあるわ」
偽物のリリーは無表情で夫人を見つめた。