3-8
アース国、執務室。
ひらひらと届けられた書簡を手で遊びながら、レオリオはぼんやり考えていた。
「俺がラグナぶっつぶしてきていいかな?」
「なに、寝ぼけたことをおっしゃってるんですか」
「冗談だよ」
「ラグナが提示した引き渡し日に、ラグナとアースの国境までリアーナを連れてこいと」
ラグナ王室の押印付きの正式な書簡が届けられた。
「…嫌なんだよな…」
「引き渡すしか方法はありませんよ」
「………」
「お言葉ですが、拒否をすれば戦争になりかねません。陛下は、それが一番お嫌いではないですか」
無駄な血が流れること。
「まだ少し時間はある」
「……」
***
エルドは夜中、森を歩いていた。
いつのまにか歩くことが苦ではなくなった道。
ここにきたばかりの頃、感情を左右される事を極端に避けて何かあるたびに感情を捨てていた。
死なない体で途方もない生涯を生きていくにはそうしないと心が持たなかった。
あぁ、どれだけいきなければならないのだろう。
何故、こんなことになったのだろうとずっと考えていた。
なのに、いつからか感情をもつことが負担じゃなくなった。
心地よく心に染み込んでいく。
今まで味わった事のないもので、ずっとこの時が続けばと思ったことも事実だった。
無くした記憶が必要になったら
この中にいれたから飲めばいい。
記憶を無くしたぼんやりとする頭で説明を聞いた。
あれは、リュベールの魔女だった。
ふらふらとたどり着いたアースで偶然出会ったらしい。
少し年上のような風貌の美しい女の人だった。
私のことを悲しげに見つめていた。
理由は分からなかった。
そこは、いつもの湖だった。
今日は月は出ていない。
王様はこない。
エルドは、両手のひらを湖に翳した。
すると手のひらの魔法陣が体から離れる。
湖の上でくるくると周り広がる。
湖の表面から二つにぱっくりと割れる。
その中から球体のようなものが現れる。
透明のそれは、青白く光っていた。
エルドはそれを手のひらの上に浮かばせる。
液体のように形が変わる。
すると、躊躇いもなくすうっと飲み干した。
ごくんと、完全に体に取り込んだ。
すると、エルドが苦しみ始めた。
がくんと膝からしゃがみ込む。
手を前について、息が上がる。
そして、頭を抱えて、叫んだ。
「お師匠様!!お師匠様!」
後ろから、ゼオが飛び出してきた。
エルドの様子がおかしく、ついてきたのだ。
青白い光が体から滲み出て、がくがくと痙攣している。
肩を掴んだその時。
ぱっとどこかへ意識が飛んだ。
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暗い石造りの壁の狭い廊下。
少女がフードの男に連れられていた。
俯いて、その表情は恐怖で溢れている。
片方の頬は赤くなっている。
叩かれた後だ。
部屋に入る。
部屋の中には何かの実験道具ようなものがあちこち置いてあった。
そして、
暗い部屋の中
振り下ろされる刃物
流れる血
見開かれる眼。
場面が変わる。
さっきの部屋とは違い、整えられた部屋。
部屋にある大きな鏡の前に座る人間がいる。
花嫁のような衣装を纏っているが、その表情はひどく、暗い。
まるで今から処刑されるかのようだ。
女の人の髪はピンクで、瞳は薄緑。
先程の少女が成長したような姿だった。
すると、後ろから男が入ってくる。
恐ろしい顔で見下ろしてくる男
男は女の顎を片手で強く掴んだ。
そして、笑う。
女はがくがくと震えた。
また場面が変わる。
広い部屋。
パーティーだろうか。
沢山の貴族が集まっていた。
その中であの女の人も座っていた。
その横に立つ別の女。
すると、躊躇いもなく近くにあったグラスをつかみ、頭から被せた。
冷たい瞳の女。
怒っているように、笑った。
ぽたぽたと落ちるワイン。
女の人は他の部屋へ連れていかれる。
部屋に入ったあと、誰が別の人間が入ってくる。
男が、3人。
女の人に襲いかかる。
その後ろで、さっきの女が扇を口にあてて見ている。
ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。
男達が女のドレスに手をかけたときだった。
突然ピカッと光が部屋を満たす。
気がつくと、あたり一面燃えていた。
部屋があった場所は崩れて、煙が上がる。
その場にいた人間は皆焼け焦げて倒れている。
もちろん、あの女も。
ピンクの髪のあの女の人は、呆然と立ちすくんでいる。
長い長いピンクの髪は風でサラサラと流されている。
その場に集まってきた近衛兵達は、女の人を取り押さえた。
抵抗はしなかった。
そして
高台に設置された処刑台に寝かされる。
振り下ろされたギロチン
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ハッと意識が戻る。
まだ、エルドは震えていた。
ゼオは急いで睡眠の魔法をかける。
すると、パタリとエルドは倒れた。
はぁ、と大きなため息がでる。
頭に残る映像が気持ち悪い。
なんだ、あれは。
記憶の一部だろうか。
だとするとそれはあまりにも残酷だ。
自分も幼い頃から迫害されてきた。
街の住民から邪険にされ、父親から暴力暴言当たり前だった。
何度も捨てられて森に連れていかれたけれど母親と姉がいたからまだここまで生きてこられた。
だけど、なんだろう。
最初から最後まで気分が悪い。
お師匠様、目覚めて正気でいられるだろうか
不安になる。
国王陛下に会いにいかなければ。




