私はスライムが好きだ
私はスライムが好きだ。
それに気づいたのは十歳のころだっただろうか――。
朝食を終え、薬草採取のため外に出ていたところ、傷付いたスライムを発見した。
私の暮らす教国では魔族は悪と断じられ、見つけ次第駆除が義務付けられている。
そのため魔族が生きている姿を見るのは珍しい。
人を呼ぶため、急いで逃げようとしたのだが――
「ぷにー……」
――何この子、めっちゃかわいいやん。
飴の様に透きとおった、抱き抱えられるぐらいちっちゃいぷにぷにボディ。
私は見た瞬間、この子の虜になった。
スライムは警戒するように後ずさっていたが、傷が痛むのか動きが鈍る。その隙に急いで採取していた薬草を使って傷を治療した。
実家が薬屋なので簡単な応急処置はできるのだ。
「ぷにー」
すっかり元気になったスライムが甘えるように体を摺り寄せてくる。
おほっ、やっぱりぷにぷにだ。
――実際に触れ合ってみると魔物が悪だなんて嘘みたい。
「ぷに?」
――何でもないよ。それじゃあ私もう行くから、遠くに逃げるのよ。
スライムを降ろして森を指さすが、何故かその場から動こうとしない。
もしやと屈んで目線を合わせる。
――もしかして一緒にいたいの?
「ぷに!」
スライムは嬉しそうに体を震わせる。
何てかわいい子なんや。
できれば私も一緒にいたい。
しかし私以外の人はこの子を殺そうとするだろう。
つらいが連れて帰ることはできないことと、この辺りによく薬草を採りに来るので、そのときに再会を約束した。
「ぷにぷに」
スライムが納得したように体を縦に振る。
危ない目に合いそうな時は私を気にせず逃げてね。
そう約束してスライムと別れた。
それから数日して、再会を楽しみにしながら薬草採取に訪れると、まだスライムはいた。
無事でよかったと内心胸を撫で下ろす。
嬉しそうに駆け寄って来たスライムを抱き上げ、木陰に座った。
そしてカバンからスライムと同じように丸いパンを取り出す。
「ぷ?」
これはパンって言う食べ物だよ、美味しいから一つ持ってきたんだ。
ちぎって差し出すと、スライムは匂いを嗅ぐような仕草をしてからパンに触れた。
すると瞬きする間に吸い込まれていた。
透き通った身体にパンのかけらは見えないが、よほど美味しかったのかスライムはその場で飛び跳ねている。
面白くなって、ちぎらずにそのまま渡しても同じように吸い込まれた。どこまで吸い込めるかわからないが、自身と同じぐらいの大きさなら問題ないらしい。
一応食事には違いないようで、スライムの体が少し大きくなっていた。
私たちは一緒に追いかけっこしたり、薬草を探したりしていっぱい遊んだ。
そして、薬草採取の日は必ずスライムと一緒に遊ぶことになった。
帰るのが遅くなって家族に心配をかけてしまうこともあったが、スライムと過ごす日々はとても楽しかった。
しかし、そんな日々も突然終わりを迎える。
この国では週に一度、司祭様から神の教えを説かれる時間がある。
両親の間に挟まるよう教会の長椅子に座る。
いつもなら優しい司祭様なのだが、この日は教会の壇上に立っていたのは、蛇のような仮面を身に付けた不気味な男だった。
「どうも、私はエキドナ。我らが国教、破魔教の司教をしているものです。今日は私が人間の素晴らしさを説かせていただきます」
人間賛美を謳いながら怪物の名を名乗る司教様は、教本開けようとして突如動きを止める。
そして何かを探すように集まった人たちを見渡していき、仮面から覗く目が私を見た瞬間大きく見開かれた。
「悍ましい、吐き気がする、臭すぎて鼻がもげそうです。このような神聖な場に異教徒がいたとは――衛兵‼」」
司教様が私を指さすと、槍を構えた衛兵たちに取り囲まれてしまった。
そして強引に手首を掴まれ、壇上まで引きずられる。
「貴方から醜悪な魔族の匂いがぷんぷんします。相当長い時間魔族と関わっていたのでしょう。神を冒涜するその行為、万死に値する‼」
今まで優しかった村の人たちが、まるで怨敵を見るようにこちらを睨み付けて来た。
「まさか、魔族とつながっていたとは――裏切り者が! お前など私たちの娘ではない!」
「司教様! 早く神の裁きを!」
お父さんもお母さんも同じだった。
気づけば涙があふれ出ていた。
私もスライムに会う前だったら何も思わなかっただろう。
だけどあの子に心奪われてから――魔物はすべて悪だと思えなくなっていた。
「魔物は等しく悪、魔物と関わる人間も等しく悪! よって貴方も悪なのです! 悪は全て滅ぶべし!」
衛兵の槍が迫る。
脳裏にスライムの姿が過った。
――ごめん、もう会いに行けないね。
「ぷにー!」
その瞬間、どこからともなく現れたスライムが私を突き飛ばし――槍に串刺しにされた。
私の悲鳴が教会内に響く。
槍を引き抜かれたスライムは力なく落ち、動かなくなった。
「やはり仲間がいましたか。ですが好都合、まとめて葬ってあげましょう」
急いで駆け寄り傷を確認する。
しかしそれらしいものが見当たらない。
見るとスライムに触れた槍先がきれいに無くなっていた。
「し、司教様!」
「狼狽えるな! 所詮スライム一匹です。私が魔法で葬ってやります!」
エキドナの手が怪しく光り、火球が放たれた。
スライムは身体を広げ、それを吸収してしまった。
「馬鹿な‼ 魔法を吸収するスライムなど知らないぞ⁉」
スライムは火球を跳ね返し、エキドナの体に直撃した。
「あっつー! 撤退しますよー!」
燃えるエキドナを先頭に教会にいた人は皆逃げ出し、私たちだけが残された。
もう私の居場所はここにもないみたいだし、一緒にどこか遠くに行こうか?
「ぷに!」
私はスライムを肩に乗せ、何も持たずに村を飛び出した。
今思えば混乱しすぎて何も考えていなかったなあ。おかげでいっぱい苦労したけど私は後悔していない。
自分が選んだ道だから、決して逃げ出したりはしない。
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それが十年前の話。
あれから私とスライムはひっそりとした魔族の里にたどり着いた。最初は警戒されたけど、私が傷ついていた彼らを治療したことで温かく迎えられた。
彼らが人間と争う気がないのだと知り、私はスライムとともに教国の追ってと戦った。
そして長い戦いの中でこのスライムが魔王の息子であることを知った。
実は喋れたスライムから真実を告げられる。
生まれながらにして類まれなる才能を持つ彼は魔王に疎まれ、抹殺されかけたところを命からがら逃げだしたのだという。
傷ついて死にかけたところを助けてくれた私を守ると決めてくれたそうだ。
魔王と教国。どちらともかかわらずひっそりと暮らしたいと考えた私たちは里を出ることを決めた。
だけど私を気に入ったのかみんなついてきた。私が言えたことではないが自由すぎるやろ。
そんなわけで旅を続ける中で仲間も増えていき、気づけば国一つできるほどの数が集まった。
仲には魔族だけでなく人間もいるがお互いを理解しあう彼らに争うことはなかった。
もちろん教国と魔王が私達の存在を許すわけもなく戦争を仕掛けてきたが、みんなの力でそれを打ち破り、私たちは人間と魔族が共に生きる人魔共国を建国した。
初代国王にはスライムがなり、私は彼と結婚して王妃となった。
「愛しているぷに」
--ふふっ、そのぷにぷには変わらないね。私も愛しているよ。
私はスライムが好きだ。
最後まで見ていただきありがとうございました。