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【エッセイ】古書のススメ! ~四畳半100円均一本積ん読~

作者: 猫村多吉

 あまいチョコレートのような香り、コーヒーのような、ヤニのような香り。カビっぽい、また埃っぽい匂い、印刷されたての新鮮な香り……店に並ぶ古書はだいたいそんな匂いがする。例外として無臭の場合もある。


 私は本好き、古書好きであるが、なにせ自由にできる金なぞあまりないものだから、古書店の店頭で並べてある均一本か、大型チェーン店の均一本の並ぶ棚に目がない。


 私は本なんて読めれば良いと思っているから、初版とか品切れ、絶版なんて気にならないし、天や小口が真っ黒に日焼けしていてもぼろぼろでも、これぞと思うものはなるべく手に取ってみる。


 それから中をぺらり、と開いてやる。何かこぼしたあとがある。加点。ページの周りに日焼けのあとがぐるりとついている。これも加点。傍線、中国語のメモ有り。いや、これは満点。


 そうして買われた本は、岩波文庫の彼岸過迄であった。漱石の三四郎、それから、門も均一本で買った。


 こんな名作がなんと百円で買えるのだから、満足この上ない。


 ただし自分で注意点としているのが、その手に取った本が読めるかという点である。


 はずかしながら、私は学なんてないから、注釈で説明されている以外に、こう、日本語の中に横文字が並んだりして、耳なじみのある英語ならまだいいが、ラテン語なんだか、ドイツ語なんだか、フランス語なんだかがちりばめてあると、もうお手上げである。


 こんなに電子辞書を欲しいと思ったことはない。


 自分ルールとしてこれだけを守っているれば、均一本だけで十分楽しめる。


 そして掘り出し物もある。


 あの日は、片腕落ちているのか、と思うくらい大きな菓子パンが税抜き八十八円で売られるということで、ちょっと遠いスーパーまで行った帰り、大型チェーン店の古本屋に寄った。


 時間がある時はたまにくる店だったが、文庫本の棚で収穫があまりなかったから、普段見ないB六版の百から二百円の均一本コーナーへ足を伸ばした。


 あっ、と声が漏れそうになった。


 新潮社から出ている、純文学書き下ろし特別作品の仮釈放と方船さくら丸が箱付きで並んでいるのである。もちろん初版でも署名本でもなんでもない。


 この二冊の世間的評価はどうかは知らないが、この箱とこの装丁というのだろうか。この重厚さと、持った手への収まりようは、文庫本にはない、何とも言えぬ愉快さがあった。

 

 会計を終えて、肩下げのバッグにその二冊の本を入れ、帰路に着いた。そして帰り車中、ぼろだったり、よれたりしている文庫を並べてある本棚に二冊のがっしりした本をしまうのを想像して、にやつくのである。


 自分的掘り出し物でいったら、新潮文庫の夢の砦上下巻、著・小林信彦や、ファミコンで発売されたマザーの小説版、著・久美沙織なんてのもある。


 このマザーに関しては、ファミコン版が物語において説明不足なところが多いから、小説で補うことによって、補完され深みも増すといった按配となる。


 女の子視点の私小説なので読みやすいのもありがたい。




   * * *




 駅前の古いビルの一階が古書店であったことを初めて知って心躍ったことがある。


 妙に古ぼけた、埃の薄膜でも被っているような場所であった。聞けば昭和四十年代に建てられたビルだという。


 そこで私が子供の頃能く読んでいた角川スニーカー文庫のスレイヤーズ、著・神坂一の本編セットが書架の上で他の全巻セットと一緒に積まれていた。踏み台を使って取ってみると信じられないほど埃が積もっていた。


 まったく良い買い物であった。


 私はしばらく忙しくて読めずにいて、二ヶ月くらい自宅の衣装ケースで寝かせていた。そうしてようやく包んであった透明のフィルムを剥がして読み始めた。


 私はどうやら大人になってしまったらしい。

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