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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
9/19

case9

 

 見渡す限りの工場群。

 巨大な金属のパイプが縦横無尽に所狭しと走っているその場所に、二人は立っていた。

 人払いをしているのだろうか、普段は轟々と音を立て稼働している設備は沈黙を守っている。


「……行くぞ」


 拳銃を握り、二人は目的のステンレス工場に向かって進み始める。


 音寺の情報によれば、この地帯で六価クロム生成の可能性が有るのは一ヶ所だけだ。

 侵入者に悟られない様、息を潜め少しずつ近づいていく。


 頻繁に重機が通るのだろう、足元のコンクリートはひび割れていて、音を立てずに歩くのは中々骨が折れた。


 目的の場所に到着し、互いに視線を交わす。

 晃はそっと入口の壁に身を寄せ、段取り通りにスリーカウントで扉を勢い良く蹴破った。


 激しい音と共に壊れた扉は床に倒れ、開けた視界に銃を構える。

 油断なく視線を走らせるが、銃口の先には機械や金属板は有るものの人気はなく、殺風景な空間が広がっていた。


「……まずこの階から見回りましょうか」

「あぁ。どこに潜んでいるかわからねぇ、油断するなよ」


 晃は篝の言葉に頷き、ゆっくりと建物に足を踏み入れた。

 資料の通り、ここは真ん中の吹き抜けを中心に建築された三階建ての大きな工場の様だ。

 一階部分の床は金属の板でできているらしい。


 吹き抜けは外と同じく、パイプが張り巡らされている。

 早まる心音を落ち着け、晃が辺りを見渡していると篝が右奥に有る扉に目配せをする。

 あの部屋から調べるという事だろうか。


 どこから敵が出てくるか分からない緊迫感の中、ゆっくりと扉に向かって移動する。


 あと少しで扉をと言う所で、ふと篝が足を止めた。

 訝しげに頭上を見詰めている。


「どうしました?」

「……見てみろ」


 潜められた声に従い篝の視線を辿って晃も頭上に目を向けた。


「……溝?」


 張り巡らされたパイプに細かい傷の様な溝が刻まれていた。

 何か細い糸状の物を巻き付けたかの様なそれは、ぐるっとパイプを一周している。

 もし、何かを吊るしたのであればパイプの下側にまで傷が付くとは考えにくい。


「理由は分からねぇが、違和感がある。頭に入れとけ」

「わ、分かりました」


 一体これにどんな意味があるのか。

 不可解な気持ち悪さに晃は眉を寄せ、視線を前に向ける。

 すると、目の端でキラリと光る物を捉えた。

 電気が消えているせいで窓から工場内を照らす光が直線的に降り注いで床を部分的に照らしている。


「篝さん」


 先に進もうとする相方に声を掛けゆっくりとその場所へ近づくと、光っていた物の正体が明らかになった。

 所々錆びてはいるが、大体3センチ四方の金属の破片だ。

 金属片など金属の加工工場にいるのだ、そこら中にあって然るべき物だろう。

 しかし、晃は難しい顔でハンカチを取り出し、それを包む様にして持ち上げた。


「どうした」

「これを見て下さい。金属を扱う場所で錆が発生した破片が落ちているなんておかしいと思いませんか? 普通徹底的に管理されていますよね?」


 差し出された金属片を見て篝も厳しい顔を浮かべる。


「斑ら状の錆……ステンレス鋼の特徴だ」

「ステンレス……篝さん、錆の発生メカニズムって、」

「腐食……酸化還元反応によって引き起こされる。前に本星に侵入された時の名残か、それとも今まさに潜伏しているのか……とにかく、先に進、」

「えぇ~、せぇっかく俺様が直々に会いに来てやったのに、行っちゃうのぉ?」

「?!」


 割り込む様に耳に飛び込んできた癇に触る甘い猫なで声に、二人は一斉に銃口を天井に向ける。

 無数の金属パイプの一つ、その上に先程までは存在しなかった男が足を投げ出して腰掛けていた。


 奇抜な赤い髪に猫の様な瞳、晃と同年位だろうか。

 首に何故かガスマスクを下げ、動きにくそうなサルエルパンツを身に付けた男は今時の若者といった風貌で、どこかですれ違ったとしても、異能犯だとは思わないだろう。


 音も気配も無かったことに驚く二人を嘲笑う様に、赤髪の男は厭らしく口角を吊り上げた。


「お、遊んでくれるのぉ? そのバッチ、異捜のおまわりさんだねぇ?」

「……テメェが、六価クロムを生成してんのか」

「なんの話ぃ? 俺様善良な市民だからよくわかんなぁい」


 ニヤニヤとしらを切る男に、晃は額に青筋を立て声を張り上げた。


「何しらばっくれてんのよ!」

「おい、待て」


 拳を握っているのを見るに、大方能力を使って飛び上がって殴りかかろうとでもしていたのだろう。

 そんな脳と筋肉が直結している後輩の姿に、篝は頭上の男から目を離さず腕を出して制止する。


「挑発に乗ってんじゃねぇ、頭冷やせアホ」


 言葉では冷静だがその表情は穏やかとは言い難い。

 悔し気に下がる晃の気配を確認しながら篝は思案する。


(確実にコイツが本星だろうが、確証がねぇ。この状況でこの脳筋に能力を使わせる訳には……)


 異能力を縛る法は重い。

 例え公務として使用を許可されている捜査官でも同じだ。もし一般市民に能力使用した場合、異能力使用法の違反によって厳罰を受けてしまう。


 だからといってこの怪しい男を放っておく訳にもいかない。

 次の一手を決めきれず、逡巡する篝の背後で黙っていた晃が口を開いた。


「善良な市民さん、私ちょっと気になる事があるんだけど、教えてくれる?」


 何を言い出すのかと思わずギョッと振り返った篝を尻目に、緊張から冷や汗をかいているものの、相手を挑発する様に薄く笑みすら浮かべている。


「きひひひ、いいよぉ」


 その様子を上から伺っていた男は楽しそうに声を上げて笑う。大きく腕や足をバタつかせるその姿は外見年齢よりもずっと幼く見えた。


「今この工場は捜査の為に、誰も入れない様に規制しているの。そんな場所にどうして貴方は居るの?」

「うーん、昨日深夜まで働いててさぁ、仮眠室にいたらだぁれもいなくなってたんだぁ」

「ふーん、じゃあどうして服の裾が汚れているの? まるで炭に触ったみたいね」


 篝は質問を重ねていく姿に漸く晃の狙いに気付く。

 この後輩は、ボロを出させて尻尾を捕まえるつもりなのだろう。

 もしかすると後先考えず相手を挑発して襲いかからせるつもりでいるのかもしれない。

 どちらに転がるにせよ、直ぐにフォローに入れる様に腰の火銃に手をかける。


「じゃあ、最後の質問。その腕、すごく赤いけど大丈夫? 知ってた? 重クロム酸カリウムに触れると肌が赤く爛れるのよ。六価クロムの生成中に触っちゃったんじゃない? ほら、早く洗い流さないと熱傷になっちゃうよ?」

「っ!」


 ずっと楽しそうにはしゃいで晃の追求を躱していた男が、弾かれた様に腕を抑えた。

 その反応に晃はにやりと悪どい笑みを浮かべる。


「さあ、言い逃れを聞きましょうか?」


 男はパイプの上で天を仰ぐ。

 表情は伺えないが、その肩は小刻みに震えている。

 様子を伺う二人の前で男はオーバーな動きで腕を上げ顔を掌で覆った。


「きひっ、きひひひひひ! イイよぉ、お姉さん。俺様気に入っちゃったかもぉ。追い詰められるとさぁ、なんだかテンション、上がっちゃうよねぇ」

「……は?」


 予期せぬ言葉に唖然とする晃に向かって男は勢い良く顔を向けた。


「アンタみたいな気の強い女はさぁ、炭になる時イイ声で鳴くんだよなぁ!」

「!」

「ほぅら、イイ声で鳴きなよぉ?」


 歯を向き出し恍惚の表情で晃を見下ろした男は予備動作も無くパイプから飛び降りた。

 突然の行動を前に、瞬きすらできず目を見開き硬直している晃の眼前に男の右手が迫る。


「馬鹿、避けろ!!」


 男の動向に警戒していた篝も、慌てて固まる後輩に向かって走り出す。

 幸いにも男の手が触れるより篝が晃をつき飛ばす方が瞬きひとつの差で早かった。


 紙一重のタイミングにどっと溢れる冷や汗を拭い、上体を起こした晃の目に異様な光景が飛び込む。

 着地の際に触れたであろう男の手を中心に床の金属板一面が一気に錆びついていくのだ。

 こんな能力を人体に浴びせたら確かに即炭化してしまうだろう。

 想像以上のスピードと威力に怯える自分を唾と一緒に飲み込む。


「さ、早速借りを返されちゃいましたね」

「言ってる場合かよ、死にてぇなら勝手に死にやがれ」

「……面目次第もございません」


 恐怖心を誤魔化す様にへらりと笑いながら立ち上がれば、しゃがみ込む犯人の後頭部に銃口を突きつける篝の鋭く刺す様な言葉によってぐうの音も出なくなった。


 そんな晃を放置し、篝は犯人を睨みつける。


(癪に触るがこれで動きやすくなった)


 相手が異能力でこちらに危害を与えたのだ。

 正当な大義名分ができたというもの。


 にやりと正義の味方有るまじき顔で篝は笑った。

 もう手加減する必要は無いのだから、後は目の前の敵をぶちのめすだけなのだから。


「異能力使用法違反並びに殺人未遂の現行犯だ。丸焦げにしてやるよ」

「きひっ、ひひひひ、楽しませてくれよぉ? おまわりさぁん」


 銃を突きつけられているというのに余裕そうに笑う男は、ゆっくりと首に下げられたガスマスクを装着する。

 唯一レンズ越しに表情を伺える瞳は、三日月の様に弧を描いていた。







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