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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
2/19

case2

 

 異能犯罪捜査班、通称異捜(いそう)は対異能犯罪に特化した警察庁の特別部隊である。

 所属する捜査官達は、生まれ持った異能力や諜報能力といった、所謂キャリア組とはまた別の観点で選抜される。


 班内には二つの部署があり、それぞれの特性を生かして事件の捜査に当たっている。

 一つは晃の所属する戦闘部だ。

 この部署は、諜報部によって集められた情報を元に、実際に現場に赴いて犯人を確保する事が求められる。

 もう一つは諜報部、こちらは異能力の関与が疑われる事件の情報を集め、戦闘部がうまく立ち回れる様にサポートをするのだ。

 どちらの部署も、この警察庁舎に居を構え日夜犯罪と向き合っているらしい。


 少し早めに登庁した晃は、これからの生活への期待と不安でドキドキと高鳴る心臓を抑え、人気の無い廊下を進む。


 物珍しげにキョロキョロと辺りを見ながら歩いていると、それらしい扉に行き当たった。


(……ここかな?)


 質素な作りではあるが防音になっているのか、やたらと重たい扉に手をかけて思い切り引くと、ムワッとした温い空気が一気に流れ出す。


 ぱちくりと瞬きをして晃が恐る恐る足を踏み入れると、所狭しと並べられたトレーニングマシンに迎えられた。

 どうやらここは探していたオフィスではなく、捜査官の為のトレーニングルームの様だ。


 がくりと肩を落として踵を返そうとする晃の耳に、微かに衝撃音が届いた。

 顔を上げて耳をすませば、一定の間隔で響くそれはこの奥から聞こえている様だ。


(……何の音だろう? 時間は……まだ余裕ある。ちょっと覗いてみようかな)


 そろそろと音の出所へ向かい足を進めると、衝撃音と共にキュッという靴底のゴムと床の擦れる音が大きくなる。誰かがスパーリングでもしているのだろうか。


 様子を伺おうとひょこりと壁から顔を出した晃は、飛び込んできた光景にゆっくりと目を見開いた。


 窓からの光の中、黒い髪の狼の様な鋭い雰囲気の男が、一人熱心に目の前のサンドバッグに拳を打ち付けている。

 細身ながらも鍛え上げられた身体は、ピタッとしたTシャツの上からでも分かる程引き締まり、余す事なく全身の力を拳に伝えていた。

 思わず目を引く様な肉体美だが、晃が惹きつけられたのはそこではない。男の鋭く熱い瞳だった。


(すごい気迫、流石は異捜の捜査官……!)


 勢いに圧倒されごくりと唾を飲み込む。

 キラキラとした瞳でじっと見つめていると、男はため息と共に手を止めた。

 

 終わってしまったスパーリングに残念そうな顔をする晃に、男は嫌味な程整った顔を向ける。

 その瞳はすでに先程の色を忘れ、どこか不機嫌そうに歪められていた。

 

 それを見て、晃はハッと息を飲んだ。

 あれだけ真剣に鍛えている所に、部外者の視線を感じたら興が削がれるに決まっている。要するに水を差してしまったのだ。

 謝らなくては、そう思って壁から離れて一歩前に出るが、晃の謝罪よりも早く耳障りの良い低い声で男は言葉を発した。


「……なんだよ」


 威圧的な声を聞いて晃の肩が跳ねる。まるで悪戯がバレた子供の様にうろうろと視線を彷徨わせた。


「あ……その、邪魔をしてしまってすみません。私、今日から異捜に配属されまして、戦闘部のオフィスを探しているんですが……」

「……は? 戦闘部?」


 縮こまる晃がどうにか弁明する言葉を聞いて、男は意外そうに目を丸くした。

 すると晃の身につけている制服に気がついたのか、不躾に頭から足までを順に眺めて鼻を鳴らす。


「はっ、お前が?」


 ヒクリ、明らかに馬鹿にした声色に、晃は頬を引きつらせた。


(ちょっと、なんなのこの人)


 硬直する彼女の様子など気にするそぶりもなく男はタオルを手に取り汗を拭い始める。

 どうやらトレーニングを終わりにする様だ。

 肩にタオルをかけると、男は晃を押しのける様にして歩き出す。

 先程晃が開けた重たい扉を軽々と押し開けると、思い出した様に足を止め背後に目を向けた。


「死にたくねぇなら今すぐ辞めとけ、ちんくしゃ」


 言うだけ言って男は出て行った。

 取り残された晃はポカンと大口を開け、呆然と立ち尽くしたままポツリと言葉を漏らした。


「……え? なに、ちんくしゃ?」


 耳慣れない言葉に戸惑いながらも彼女は確信している。

 あの男に、容姿について貶されたのだと。


「はぁああぁあ?!」


 いきなり浴びせられた暴言に、憤る彼女の声がトレーニング室に響き渡った。










「やあ、来たね」

「遅くなって申し訳ありません!」


 先程一人トレーニングルームに取り残された晃は、苛立ちをぶつけるようにサンドバッグをぶん殴り、平静を取り戻した所で慌てて戦闘部の扉を叩いた。


 白を基調としたその部屋は想像よりも洒落た雰囲気を醸している。

 それぞれのデスクには最新のホログラムを活用したパソコンにそれに付随してデュアルモニターが備え付けられていた。


「ああ、百武(ひゃくたけ)の席はそこだよ」


 キラキラとした瞳で興味津々に辺りを見渡す晃に、男性はクスクスと上品に笑った。

 四十代後半といった所だろうか、笑うと現れる目尻の皺が人柄の良さを際立たせている。


「す、すみません! ありがとうございます!」


 微笑ましいと言わんばかりに笑われてしまい晃は頬を赤らめた。


「自己紹介が遅れたね、私はここの班長を任せられている白川(しらかわ)だ。何かあったらいつでも頼ってくれ」


 晃はにこにこと柔和な顔を崩さずに差し出された白川の手を慌てて握った。暖かい手にホッと緊張がほぐれる。


「本日付けで戦闘部に配属になりました、百武晃(ひゃくたけあきら)と申します。至らぬ点が多いと思いますが、ご指導の程宜しくお願い致します!」

「そんなに畏らなくて良いよ。堅苦しいのは苦手でね。さて、あとは彼だけか。随分遅いな……」


 白川は、恐縮している晃の背後の扉に目を向けるとぽつりと呟いた。


「? どなたかいらっしゃるんですか?」

「ああ、うん。顔合わせもしちゃいたくてね、彼にも今日は早く来る様に言ったんだけどな」


(顔合わせ? 一体誰と?)


 まず同期ではないだろう。今年異捜に配属されたのは一人だけだった筈だと晃は首を傾げる。

 そんな彼女の様子に、説明を先にしておこうかと白川が口を開きかけた瞬間、晃の真後ろにある自動ドアが音もなく開いた。


「おお、遅かったじゃ無いか、(かがり)君!」


 パッと明るくなった白川の表情、そして背後にいる誰かにかけられた言葉を受け、晃はゆっくりと振り返る。


「白川さん、こんな朝っぱらから何の用だよ」


 まるで雑誌から飛び出してきたような嫌味な程に整った顔。自分とは違って癖のない自然な黒髪、そして均整の取れた身体。


「……あ? ちんくしゃ?」

「あああ! さっきの!」

「おや、知り合いだったのかい?」


 晃は目を丸くしている篝と呼ばれた男の端麗な顔を見て叫び声を上げた。

 一つのサンドバッグを犠牲にしてやっと沈めていた怒りが、ふつふつと蘇りそうになるのを必死に押さえつける。


「知り合いなんかじゃありません!」

「そうかそうか、仲が良さそうで安心したよ、」

「白川さん?!」


 晃の必死の訴えも虚しく白川は穏やかに笑って納得した様に頷いている。


「だって今日から二人にはバディとして組んで貰うつもりだからね」

「はぁ?!」

「……はい?」


 何でもないように告げられた白川の言葉に二人は全く別の反応を返した。

 篝はギョッと目を剥き、晃はポカンと口を開けてしまっている。


「だからね、二人にはバディを、」

「ちょちょちょっと待って下さい、バディってなんですか? 学校ではそんな事、まったく……」


 聞こえなかったと思ったのか、同じ内容を復唱する白川の声を遮って晃は身を乗り出した。

 一方の篝は苛立ちを隠さず額に青筋を立てて白川を睨みつける。


「そうかそうか、百武君は知らなかったね。#異捜__うち__#はどうしても危険な事件が多いから、少しでも捜査官の負担を減らす為に、バディ制を取り入れているんだ。お互いの命を預けて同じ事件を追う、まさに運命共同体ってやつだよ」


(……ウンメーキョウドウタイ? 誰と、誰が?)


 初めて聞く説明に混乱しながらも、晃は自分の横に立つ苛立っている篝と呼ばれた男を見た。

 目があった瞬間、篝は顔をこれでもかと歪め、拒絶するかの様に思い切り視線を逸らしフンと鼻を鳴らした。


(……私と、コイツが?!)


 百面相を繰り広げる晃を全く視界に入れず、篝は重い口を開く。

 その表情は、折角の整った顔が台無しだと全国の女子から苦情が来るくらいには歪められている。


「白川さん、勘弁してくれ。大体俺は、」

「篝君。彼女はきっと大丈夫さ。君のお眼鏡に叶うと思うよ」


 唸る様に異を唱える篝を白川は相変わらず穏やかな口調で宥める。


「……根拠は」

「勿論あるさ。でもそれは君の目で実際に確かめてくれ」

「…………」

「お願い、できるよね?」


 にこにこと笑みを浮かべる白川とそれを睨み付ける篝の無言の攻防は、白川が押し切る形で終わりを迎えたらしい。嫌そうにくるりと振り返ると、篝は重い口を開いた。


「おい、お前」

「は、はい」

「死んでも文句は言わねぇな?」

「……は?」

「俺は新人だからってお守りをする気はねぇ。自分の身は自分で守れよ」


 用は済んだとばかりに踵を返した相棒となる男の背中を見て、先程の言葉を漸く理解した晃は怒りに震える。


「ちょっと、待ちなさいよ」


 地を這う様な彼女の声に、自動ドアを通り抜けようとしていた篝が立ち止まる。


「……何を勘違いしてるのか知らないけど、私は守られる為にここに来たんじゃない。私は、守る為にここに来たのよ!」


 声を張り上げる晃に振り返ると、篝はその端正な口元を吊り上げて笑った。


「青くさ」


 ただ一言、そう言い放つと執務室を出て行く。

 晃はじわじわと頬が熱くなるのを感じながら勢い良く振り返った。


「白川さん! なんなんですか?! あの人!」

「はは、相変わらずだなぁ。ごめんね、百武君。彼は篝伊織(かがりいおり)君、君より一年先輩の捜査官だよ。まだ経験は浅いがとても優秀でね、とっつきにくいのが難点だけど、きっと君も沢山のものを学べると思うよ」


 諭す様に言われ晃は言葉を詰まらせる。

 先程のトレーニング中の鬼気迫る男の姿が脳裏を過ぎったのだ。


(た、確かに優秀なんだろうけど、あんな奴に背中を預けるなんて考えたくない!)


 複雑な胸中に押し黙る晃を見て白川は笑う。


「大丈夫、君達は上手くやれるよ」


 ほけほけと毒気のない笑みを見て、晃はかなりの間をおいてから渋々と頷いた。


「……善処します」


 目の前でがくりと項垂れる新人、そして先程執務室を出て行った優秀な先輩捜査官。

 二人はきっと素晴らしいバディになる、根拠はないが白川にはその自信があった。







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