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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
18/19

case17


(うっはぁー! 何、今の?!)


 篝の端末に映し出されたミニ和智は、ディスプレイに背を向けてポッと火照った赤い頬を手で押さえていた。

 後輩捜査官達の青春ドラマさながらなやり取りを間近で目撃し、トドメに普段仏頂面の篝の笑みを見せつけられたのだ。むずむずとした気恥ずかしさと眩しさに人目を憚らず地団駄を踏みたい気持ちをグッと堪える。


(声かけちゃダメだぞ、(まどか)! 空気を読むんだ!)


 ちらりと背後を振り返れば、涼しい顔で歩く篝の顔が目に入り思わずにんまりと笑ってしまう。和智は、改めて捜査官に同行できる自分の能力に感謝する。


(あー、早く雪子に話したい!)


 無表情な相棒の反応を想像して小さな手をキュッと握り込んで空を仰ぐのだった。



 一方で篝の背後をとぼとぼと歩く晃も、悶々と頭の中を巡る後悔に目を回していた。


 勢いで口走ってしまった言葉の中には、とんでもないものが混ざっていなかっただろうか。そう考える度に胸の中に重石が落ちてくる様に項垂れてしまう。


(ドラマかよ……! いや、思ってたよ、本当に思ってた事だけど……ああぁ、黒歴史だ……埋まりたい……埋まってそのまま眠りたい)


 脳内でさめざめと涙を流し、前を歩く篝を追いかける。あんなやり取りの後だというのにその背はいつもと変わら無いように見えた。


(……何もなかったみたいになってるけど、照れとかない訳? この人実はロボットか何かなんじゃないの)


 完全な八つ当たりだが自分だけが気恥ずかしさに耐えるなんて納得がいかないとばかりに、晃は憮然とした表情で睨みつけた。


(ロボットか……)


 そっと脳裏にロボットダンスを踊る金属板で作られた篝を想像する。

 仏頂面でガシャンガシャンと音を立てながらぎこちなくダンスを繰り広げる篝の姿は果てしなく滑稽で、晃は小さく吹き出した。


(ロボットになっても表情変わんなさそう!)


 勝手な想像で肩を震わせて笑いを堪える晃に気が付いたのか、篝はくるりと振り向いた。


「おい」

「ひゃ、ひゃい!!」


 篝は不自然に肩を跳ねさせた晃に怪訝そうに眉を顰める。何か言いたげな視線に、晃は冷や汗を流す。


「な、なんですか?」


 ドギマギと動揺する心臓を抑える晃に、篝は構わずすっと視線を下げた。その先には傷ついた晃の手がある。


 簡単に止血してはいるが、振り下ろされた刃を受け止めた傷はかなり深く、骨に達していないのが奇跡いった具合だった。晃は心臓が鼓動する度にズキズキとした重い痛みが走るそこを、そっと撫でる様に触る。


 心配は有難いがそれで根をあげる程柔なつもりは無い。

 そんな事より、さっきのやり取りよりこっちを気にするのか。と目を丸くする晃に、篝はバツが悪そうに身じろぎしている。


「や、大丈夫ですよ、このくらい。ご心配ありがとうございます」


 へらりと笑って見せる晃に、篝は難しい顔をして視線を逸らした。


「……別に」


 居心地悪そうな篝の横顔に、晃の頬がゆるゆると緩んでいく。悪態をついて誤魔化しているが、篝が晃の傷を気遣っているのは明白だろう。


「んふふ、そうですか」

「…………チッ、行くぞ」


 篝は舌打ちをこぼし、嬉しそうに笑う晃を置いて歩くペースを上げる。


「え、えっ、待って下さいよー!」


 口を引き結び、すっかり機嫌を損ねた風の篝に、晃は頬を掻きながら追いかけ、話を変えるべく口を開いた。


「そういえば切島はどうして出血しなかったんでしょうか? 痛覚はある様でしたけど……?」


 晃の疑問は最もだった。

 学校で使われる異能系の参考書には変化系の能力で造り変えようとそれが肉体である事は変わらない。と記載がある筈だ。晃もそれを学生時代に学んでいる。

 しかし、先程戦った切島は、晃に片腕を真っ二つに折られたにもか変わらず、痛みにのたうつだけで血は一滴も流れなかったのだ。


「はいはい! それはあたしが説明しましょう!」


 首を傾げる晃に篝が答える前に、ずっと黙って様子を見ていたミニ和智が、今が好機と言わんばかりに割り込んだ。どこから出したのかジャストサイズな赤縁眼鏡すらかけていきごむ。


 突然の第三者の声に驚く二人に、ミニ和智は乾いた笑いを浮かべた。


「ちょっと酷いよぉ、あたしの事忘れてたな」

「す、すみません……!」

「いいから、話すなら早くしろ」


 頭を下げる晃を尻目に篝は和智に先を促す。ミニ和智は心得たとばかりに胸を叩いた。


「いーい? 確かに変化しても肉体の本質は残るってのが定説になってるんだけど、最近の研究論文では、本当は『形状変化系の能力には二種類ある』って説が有力になってきてるんだよ。一つは実際には変化せず周りの成分を操って自分に纏わせて形が変わった様に見せかけるもの。これがよく聞くパターンね? そんでもう一つだけど、こっちは身体を細胞レベルで別の物質に置き換えて体自体を作り変える方法なの。恐らく切島は後者だね」


 うんうんと、腕を組み頷きながら解説するミニ和智に晃も素直に頷く。


「なるほど、だから血管が通っていなかった、というかあれは肉体ではない何かに変わっていた」

「だが、納得できねぇ点もあるな」

「うん。本当に後者のパターンなら、痛みを感じるなんてあり得ない。本来ならそこまで変えておいて神経だけを残す必要は無いからね。理由があってわざとやってるとしか考えられないけど……」

「理由……?」


 実際にやりあった篝は特に感じているが、正直切島の戦い方を見るに、感覚が無いからといって齟齬が出る様な繊細な戦闘パターンとは思えなかった。だからこそ解せない。一体何故不利になる痛覚を残しているのか。

 理解し難い状況に、一瞬静寂が訪れる。聞こえるのはトンネル内に響く足音だけだ。


(……マゾだったのか、切島)


 自分なりの解釈をつけ、足は止めないまでも遠い目をしてドン引いている晃には気が付かず、篝はしたり顔で口を開く。


「……まぁ何にせよ、痛みを感じてくれるってんなら都合が良い」

「そうだね、付け入るチャンスだ、よっ?! ちょっと止まって二人共!」


 会話から一転、鋭く響くミニ和智の声で晃と篝は足を止めた。伺う様に篝の腕に付けられた端末に視線を送れば、ディスプレイに映された二頭身の彼女は緊張感を漂わせて周囲を見渡している。

 それにあてられた様に篝と晃もいつでも動ける様に構えミニ和智の言葉を待つ。


「……切島の首輪に組み込まれた信号を受信、」

「場所は?」

「近いよ、詳細読み込み中……いぃっ?! 晃ちゃん! 上! 避けて!」


 ミニ和智の悲鳴と同時に、反射的に背後に飛び退った晃の目の前を鈍い光が通過した。光から発生した風が晃の前髪を揺らす。


「っ?!」

「百武!」


 目を見開いた晃は自分を急襲した者の正体を見た。


「切島……!」


 地面に左の刃を突き刺ししゃがみ込む男は、先程のダメージからか荒い呼吸で肩を揺らし殺意を込めて晃を睨み付けている。


(あぶっ、危なっ……!)


 ひやりとした汗が晃の頬を伝った。

 あの刃の斬れ味は晃が一番分かっている。異捜特製のグローブの上から受けたと言うのにざっくりとやられているのだ。もしこれが無かったらどうなっていたかは想像に難くない。


 睨み合う膠着状態のなかで、ゾッとする体を宥める晃より先に飛び出したのは篝だった。


 切島の注意を引き付ける為、その背後にいる晃には当たらない様にしながら高威力で炎を放つ。瞬間、トンネルが赤く染まった。

 刃を寝かし刀身で炎を受け止める姿に、晃は背後から飛びかかると、能力を発動させた左拳を振るう。

 しかし、切島はそれを読んでいたかの様にしゃがんで避け、振り向き様に折れた右の刃を晃のガラ空きの右側に叩きつけた。


「効かねーんだよ!!」

「くっ……!」


 ガンッ!!

 力を込めて振るわれた刃を、晃は右腕に装着した端末で受ける。火花と共に衝撃の強さを物語る音が響いた。

 踏ん張りの効かない体勢での力比べに、流石の晃も食い縛った口から苦しそうな声を漏らす。


(このままじゃ押し切られる! ……ん? 篝さん?)


 次の一手を思案する晃は、ふと視線の先で篝が小さく口角を上げている事に気がついた。何か仕掛けるつもりだろう、切島に気取られない様に表情を引き締めた。


 そんな晃の様子ににやりと笑うと、篝は放つ炎をそのままに、一気に切島との距離を詰める。

 間合いに入ると一気に炎を消して、助走の勢いを殺さずに思い切り飛び上がり切島の顔に靴底をめり込ませた。

 

「あぐぁ……!!!」


 油断していただろう切島は思いの外吹き飛び、苦しげな声を上げてトンネルの壁に打ち付けられた。


 篝はずるずると地面に沈む切島の元へ、歩み寄ると火炎の熱で真っ赤に光る左の刃を思い切り踏みつける。温度の上がった鉛は、いとも簡単にぐにゃりと曲がった。


 痛みに絶叫し、刃化を解いた左腕を抱え呻く切島に、晃もそっと近付く。その手には無機質な手錠が握られていた。

 しかし、篝は確保しようとする晃の腕を掴んでそれを止める。


「……こいつには首輪が効かないみてぇだからな。確保の前に完全に腕を破壊する」

「ひっ?!」


 冷たい視線で見下ろす篝の瞳を見た切島は、痛みからくる脂汗を滲ませ怯えた様に地面を這う。

 逃れながら切島は息も絶え絶えに口を開いた。


「お、俺は関係ねぇ! アイツが、アイツが手回ししたんだ! 俺にだって首輪はちゃんと効く!」

「……アイツ?」


 苦し紛れにも取れる切島の言葉は、しかし真に迫っていた。眉を顰める篝の足元に縋るようにして切島は言葉を続ける。


「名前は知らねぇ……だが、確かにフードを被った紫の瞳の男が手引きしたんだ」

「そいつは何者だ?」

「俺らの……組織の幹部の一人だ! あのお方と一緒にいるのを見た!」

「…………幹部」


 晃はそっと篝の様子を伺う。幹部と聞いて篝がまた取り乱すかと思ったのだ。

 だが、篝は息を吐くと表情を変えずに晃に目を向けた。情けなく涙を垂れ流す切島は嘘をついている様には見えない。

 

「……百武、確保しろ」

「! はい!」


 冷静な篝の指示を耳に入れ、晃はそっと胸をなでおろした。

 

 切島の残された左手に手錠をかけられる。

 カシャンという軽快な音と共に、今回の事件に幕が下りた。







 地上に出ると、外はすっかり夕陽に照らされていた。辺りにはサイレンの音が鳴り響いている。


「じゃあ、あたしは報告があるから先に戻るね! お疲れ様!」

 

 耳につけたイヤホンから和智の弾んだ声が漏れた。

 警官に切島を引き渡し、去っていくパトカーをぼんやり見つめる晃の元に篝がゆっくりと近づく。

 晃は振り向かず、前を見たまま口を開いた。


「切島の痛覚が残ってた理由、聞きました?」

「…………いや」

「自分を迫害した人間を斬り伏せる感触を感じたかったから、ですって。なんで差別なんてものがあるんでしょうね。同じ人間なのに」


 普段とは違う切ない横顔におし黙る篝の返答も待たず、晃はゆっくりと篝に顔を向けた。


「私は、私を庇って異能差別に遭った幼馴染を、またお日様の下に戻す為に戦っています。篝さんに比べたら小さいかもしれない。でも、これが私の戦う理由です。篝さんの事、聞かせてもらえますか?」


 真摯な瞳に見つめられ、篝は迷う事なく頷いた。












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