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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
17/19

case16


 晃はミニ和智に導かれるまま、戦闘中の篝と合流するべく線路に沿って走っていた。薄暗い前方はカーブによって先が見えなくなっている。

 しかし、時折響く音や壁が赤く照り返すのを見るに距離は遠くないだろう。


「和智さん、そろそろですよね?!」

「うん、あそこを曲がった先にいる! あたし先に篝の端末に行ってるね!」

「分かりました!」


 晃の腕につけられた端末のディスプレイ上で双眼鏡を目に当てていたミニ和智はさっとそれを下ろし、数回屈伸運動をする。

 晃が肯定の返答を返した途端に、短い手足を使って駆け出し画面の端に消えた。

 

 和智が端末上から消えたのを、確認すると晃は一層スピードを上げるが、線路によってボコボコとした足元の所為で上手くスピードに乗れない焦りに眉を寄せる。


(……篝さん、無事でいて下さい!)










「篝! 無事?! すぐに晃ちゃんが来るからね!」


 篝の腕に取り付けられた端末のディスプレイに現れたミニ和智は、辺りの眩しさに目を細めた。

 線路上は引火するものが無いからか、篝は遠慮無しの火炎を掌から放っている。


 炎の隙間から陽炎の向こうに薄っすらと人影が動く。

 グレーのつなぎ……囚人服を見にまとった中肉中背の男だ。平凡な見た目を裏切る様に、その両手はギラギラと光る鋭利な刃に変わっていた。

 

 切島だ。

 情報通り首元に異能力封じの首輪が嵌められているが、能力を使っている。

 ミニ和智は不可思議な現象を確かめるべく、再び双眼鏡を目に当てた。


「……余所見してんじゃねーよ!」


 突然の和智の声に、一瞬視線を端末に移した篝のの隙を切島は見逃さなかった。

 先程まで篝の炎によって近づく事もできなかった男は意を決した様に腕をクロスさせて大きく跳躍する。

 壁の様に二人の間を区切っていた炎を文字通り斬る様に腕を払い、一足飛びで距離を縮めた。


「死ねぇ!!」

「…………ッ!」


 篝は喉元を掠める刃を辛うじて避け、至近距離で火炎を放つ。


「ぅあッ……あああっ!!」


 前傾姿勢になり過ぎていた切島はそれをもろに受け、悲鳴を上げながら地面をのたうち回った。


「テ、テメエ……ぶっ殺してやる……」


 地面に押し付けたお陰か、なんとか火は消えたものの起き上がる事が出来ないでいる切島に、トドメを刺さんとばかりに篝は近づく。

 炎とは真逆の冷え切った目で、切島を見下ろし右手を翳そうとした瞬間だった。


 にやり、


 追い詰められているはずの切島が不自然に口元を吊り上げる。その手には地面の土が握られていた。

 それを見て取ったミニ和智は、ハッとした様に声を上げる。


「篝、気をつけ……ッ?!」


 注意を促そうとしたが、篝の上体が一気に傾いた事で端末が急激に揺られミニ和智はその場で尻餅をつく。

 慌てて外の様子を伺えば、顔を抑え片膝をつく篝と立ち上がり刃を突きつける切島の姿があった。

 形勢逆転の様相にミニ和智は唾を飲み込む。

 危惧した通り、篝は切島の握っていた土によって目を潰されたのだ。


「篝! 大丈夫?!」

「……ククッ、勝負あったな。じゃーなぁ!」


 切島の勝ち誇った笑みを彩る様に、振り上げられた右手側の凶刃はライトの明かりを受けてギラリと怪しく光る。

 ミニ和智はディスプレイに手をつき必死になって叫ぶ。そこにいつもの楽しげな雰囲気は無い。


「篝! 何やってんの! 逃げて!!」


 痛む目を開いた篝は霞む瞳でその光景を眺めていた。

 立ち上がろう、腕を翳そうとしているのに、散々無茶を強いてきた身体は今更になって鉛になったかの様に重かった。

 全てがスローに見える視界の中、ぼんやりとした思考に眠り続ける妹の姿が浮かぶ。


(……芽伊)


「……篝!!」


 ミニ和智の悲鳴の中、パッと真っ赤な鮮血が辺りに散った。











〝篝! 何やってんの! 逃げて!!〟

「っ?! 和智さん?!」


 息を切らし駆けていた晃は、イヤホンから聞こえる和智の悲痛な叫びに顔を強張らせた。何か、よくない事が起こっている。


 ようやく辿り着いたカーブ地点を勢い良く飛び出した晃の瞳に、今にも切り捨てられんとしている篝の後姿が映り込んだ。


 どこか諦めた様な、覇気のない背中。


 それを見た晃は、身体が燃える様に熱くなるのを感じ、カッと頬を紅潮させる。


(……なんなの、それ)


 晃の中の篝は、びっくりする程不遜で、どうしたって気に入らなくて、でも、こんな事で諦める様な小さい男では決して無い。


 怒りなのか、失望なのか、自分でも理解していないだろう感情に任せ、再び地面を蹴る。

 コントロールできない激情に突き動かされる様に、無意識に能力を使用し、晃は今までこれほど早く走った事があっただろうか、そう思う程一瞬で篝の側に辿り着く。


 切島の刃が、篝に届く直前。

 パッと鮮血が飛び散る中、晃はそれを握り込んでいた。


「……ハァッ、ハァ」


 荒い呼吸を繰り返しながら、庇う様に立つ晃を見て篝は目を見開く。

 いつもの剛腕っぷりが嘘の様に華奢な手からは、ぼたぼたと血が滴り落ちていた。やかましい程に表情の変わる顔は篝の位置からは見えない。


「あ、晃ちゃん!」

 

 篝のピンチに絶望していたミニ和智は、安堵からかうっすら涙ぐみながら晃を呼んでいる。


「な、なんだお前は!」


 圧倒的に有利な状況から一転した切島は狼狽え慌てて刃を引こうとするが、ぎっちりと掴む晃はそれを許さない。

 流れる血も気にせず、思い切り力を込めそれを握り込んだ。


 バキリ、耳慣れない音共に切島が絶叫を上げる。

 カランと軽快な音を立てて折れた刀身が線路に当たり転がった。


「ぐぁあああッ!!!」


 切島が片腕を砕かれた痛みに叫びながら這う様に逃げていく。そんな様子を見ても晃は一歩も動かない。


「……晃ちゃん? 切島を、」

「…………なんでよ」


 促す様な和智の声を遮る様に、晃は震える声を振り絞った。


「何、やってんですか。アンタ」


 振り返る様にして篝に向き直った晃は、もう一度喉を震わせた。

 漸く見えた顔は悲痛に歪み、失望の色をたたえている。初めて見るそんな晃の顔に、篝は不快そうに顔を顰めた。


「……うるせぇ」


 視線を逸らしふらつく体に鞭を打って立ち上がると、覚束ない足取りで切島の消えた方向へ進む。


「関係ねぇだろ、お前に」


 鼓膜を震わせたその言葉に、晃は怒りのあまり震える唇を血が出そうな程に噛み締めて篝の胸倉を掴み上げた。

 勢いをつけて近くの壁に篝の背を押し付けた晃は、吊り上げた丸い瞳で睨み上げる。


「……ってぇな、離せ」


 地を這う様な篝の声にも怯まず、晃は口を開いた。


「なんで……なんで、諦めてるんですか」

「っにがだよ! 離せ!!」


 血の流れる晃の手に握られた篝のシャツがじわじわと赤く染まっていく。

 晃は苛立つ様に抵抗する篝に訴える様に声を張った。


「アンタ馬鹿じゃないですか?! そんなフラッフラになるまで自分追い込んで、それで妹さんは救われるんですか?! 貴方が今死んだら、誰が彼女を助けるんですか!」


 その言葉に、篝はカッと脳内が沸騰するのを感じ、必死に訴えかける晃を突き飛ばす。自分の中の触られたくない部分に土足で入り込んでくる晃が憎くて仕方がなかった。


「テメェに何が分かんだよ! 知った様な口聞くんじゃねぇ!」

「何にも分かんないですよ! 分かる訳ないじゃないですか! 言葉にしてくれなきゃ貴方が今どんな状況なのか想像するしかないんですよ!」


 ガランとした線路内に、晃の叫び声が反響する。


「一人で背追い込まないで下さい! 分かってますか? 貴方は今、死にかけたんですよ?!」


 射抜くように真っ直ぐに見つめられ、篝は言葉に詰まった。

 そんな相手に畳み掛ける様に晃は言葉を続ける。


「……私は篝さんに死んで欲しくない! 命を賭ける事と、命を捨てる事は同意じゃ無い。貴方がもし、命を()()()のなら、私も賭けます! だって、私達は、バディだから!!」


 身を呈して庇って見せた晃だからこそ重みのある言葉だった。

 篝は呆然として晃を見つめる。もう先程までの怒りは消えてしまっていた。


(……なんなんだよ、コイツ)


 探る様に晃を見ても、真っ直ぐな瞳とぶつかりたじろぐ。

 篝の今までのバディは皆、篝の目的を知ると最初は憐れみの目を向け、その内に無茶をする相棒に嫌気がさして難癖をつけて離れていった。


 ここまで真剣に向き合おうとする者なんて、一度もいなかったのだ。


 理解し難い状況に、篝は一歩後ずさった。

 はくはくと、無意味に口を開閉している様子から混乱している事が分かる。


 やっと整理がついたのか、少しの間の後、堪え切れないかの様にくしゃりと顔を歪めると、慌ててくるりと踵を返した。


「篝さん」


 背後から投げられた晃の声にピクリと反応すると、篝は少し掠れた声で言葉を返した。


「話は後だ、まず切島を追う……力貸せ、百武」

「!!」


 まだ戸惑う様に絞り出された言葉に、晃は破顔して目を輝かせ大きく頷いた。


「……はいっ!」


 花丸をもらえそうな程に素晴らしい返事を背中に受け、篝は足を動かす。その足取りは先程までと比べられない程軽くなっていた。


 線路に点々と続く赤い血痕が続いている。恐らくは切島に付着した晃の血だろう。これを辿れば切島に行き当たるはずだ。

 迷わず進もうとする篝だったが、思い直した様に立ち止り振り返った。


 その視線の先ではバタバタと音を立てて篝を追い掛ける晃が、線路に足を取られ転びそうになっている。

 シリアスな重苦しい空気が霧散し、キマらない晃を見て篝は薄く笑った。


「……早くしろ、のろま」








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