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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
16/19

case15


「はい、注目! これが今回私達が警備を任せられた裁判の資料だよ! 被告人は#切島祐二__きりしまゆうじ__#、32歳男性。両腕を日本刀みたいに変化させる#刃化__じんか__#の異能力者で、無能力者十五人の殺害容疑にかけられてる。それから、」


 忙しなく人が行き交う裁判所の敷地内に設置されたテントの下、小さな机とパイプ椅子、必要最低の備品しかないその場所に、晃と篝、それから和智が集まっていた。


 装備を整え座っているバディとは違い、設置されたホワイトボードの前に立つ和智は、時折ぴょこぴょこと飛び跳ねながら資料を指差して説明を続ける。


 和智の説明を真剣に聞いていた晃だったが、ふとメモを取る手を止め、そろりとさりげなく目を隣に向けた。

 視線の先にいる篝は相変わらず酷い隈以外は変わった様子もなく、涼しげな顔で頬杖をついている。


(あれから一週間……未だに目も合わせてくれないなんて……やっぱり怒ってる……よなぁ)


 渡り廊下で自分に向けられた篝の顔を思い出し、晃はくしゃりと顔を歪めた。

 あれほどまでに感情を露わにする篝を初めて見たし、それに怯える自分を知ってしまった。

 話し合う必要性は理解しているのに、それでも篝に声をかけられない自分に、情けないと言わんばかりに顔を覆って項垂れる。


「という事で、移送中の切島が何もしなければ特に出番は……む、そこ! 晃ちゃん! 私の話聞いてる?」

「はっ! はい! すみません!」


 明らかに聞いていない晃に気がついた和智は、元々つり気味の目を更に吊り上げてビシィッと指を突きつけた。


「まーったく、ちゃんと聞かないと怪我するぞぉ?」

「……すみません」

「じゃあもう一回話すからちゃんと聞いてね。篝は大丈夫? 一応一通り説明したけど、晃ちゃんと一緒にもう一回聞く?」


 しゅん、と肩を落とす晃には目も向けず篝はゆっくりと立ち上がる。

 縋る様に見上げている晃には目もくれず、話は終わったとでも言いたげな顔でくるりと踵を返してテントから出て行った。


「なにあれ? 感じわるーい」


 唇を尖がらせる和智の前で、晃は去っていく黒い背中をじっと見つめて拳を握った。


(……どうにかしないと)







 晃と篝は和智と別れ、規制線が張られ厳重な警戒態勢が敷かれる裁判所から、警備の為に待機するポイントへ向かうべく足を動かしていた。


 篝の背を追いながら、どこに視線を送っても視界に入る赤いランプや武装した警官達の姿に、元から良いとは言えなかった気分が更に下降するのを感じて晃はひっそりと肺の中の空気を吐き出す。


(毎度の事だけど……たった一人の犯罪者が裁判所に移送されるってだけなのに)


 まるで戦争でも始まるかの様な重苦しい空気は慣れる事がない。

 神経を尖らせているのは何も異捜メンバーだけではない。普段はあまり関わらない刑事課や警備の人間も散見できる。どの部署の所属だろうがピリピリとした雰囲気なのは変わらない。


 周囲を見渡しながら進んでいた晃だったが、前方に見える人影に気が付きピタリと足を止めた。

 まん丸な瞳を歪め、まるでミルワームを生きたまま口の中に詰め込まれたかの様に不快極まりないと言った表情を向ける。

 

(げっ、小鳥遊(たかなし)がいる……)


 小鳥遊一輝(たかなしかずき)、警察庁警備部……俗に言う公安に籍を置くエリート中のエリート警官である。

 銀縁眼鏡をかけ、ひょろりとしたその男は、生真面目に着こなされたスーツや磨き上げられた革靴などから神経質な性格なことが見て取れる。

 そんな、エリートを見て何故晃が足を止めるのか。

 それは、この男の地位にあった。


「……おや? 誰かと思えば異捜の」


 向こうも晃達に気がついたらしく、元々細い目を更に細め、口元に嫌味な笑見を貼り付けて喉を震わせて笑う。

 晃の前を歩いていた篝の前に立ち塞がる様に立ち止まった。


「……どけ」

「君、言葉遣いに気をつけなよ? 僕の一声で君なんていつでも解雇できるんだからさ」


(あ、)


 その様子を見ていた晃は思わず声を上げそうになった。ただでさえ冗談が通じないと言うのに、この状態の篝に絡むなんて、どう考えても悪手に決まっている。

 案の定小鳥遊の言葉にピクリと反応した篝は、表情はそのままに距離を詰め鼻先が触れ合う程の距離で唸る様に言葉を吐く。


「……気をつけるんだな、てめぇなんざいつでも炭にしてやるよ」

「なっ?! 貴様っ!!」


 顔を真っ赤にして憤慨する男を前に、あちゃー、と言った具合に額を抑える晃は、しかしこっそりと口元に笑みを浮かべていた。


 この男の父親は、国家公安委員に属している。つまり、警察庁の上の組織の人間という訳だ。

 それを笠に着て先程のように異捜のメンバーに絡み、異能犯罪者と直接拳を交える野蛮な部署だと難癖をつけてくるのである。

 迷惑極まりないが、部署の大半が異能力者というだけあって身動きが取りづらい異捜としては、耐えるしかないというのが現状だった。


 それがどうだろう、ご機嫌ななめな篝はそんなしがらみ関係ないとばかりに言い返したのだ。

 にやける口元を隠しながら事を収める為に口を開こうとした晃は、突如鳴り響いた電子音によって一気に冷静になった。


 慌てて腕を見れば、しっかりとつけられた端末がコールを知らせている。

 すぐさま通信を接続し、口を開いた。


「はい、こちら百武」

「晃ちゃん、篝もそばにいるね?! 今さっき切島が脱走した!」

「っ!?」

「何ぃ?!」

「何故か首輪が機能してなかったみたいで、付き添っていた警官を斬って逃走中!」


 晃の息をの音をかき消すように、小鳥遊の情けない声が響く。


「脱走したポイントは何処だ」

「裁判を出て南西に九百メートル辺りだよ。相手の位置を伝えるから端末は常にオンにしておいて、それからイヤホンマイクに切り替えて」

「分かりました」

「い、いいか、貴様ら! 取り逃がすなんて許されないからな! 他の連中はまだ良い、万が一にも僕に何かあったら父に」


 晃は耳にイヤホンを装着しながら、焦りから声を荒げる小鳥遊に向かって突き放す様に視線を向けた。


「捜査の邪魔です、お引き取りを」

「そーだそーだ! 引っ込んでろ腰抜けー! こっちは命張ってんだからね!」


 晃の背を押すように和智の甲高い声が辺りに響く。端末に目を向ければ、ディスプレイに二頭身程の大きさになった和智が映し出されている。


 〝ダイブ〟これが、和智の異能力だ。

 身体から精神体のみで電脳空間に飛び込みそこかしこに漂う情報を集め、行使する。何故かデフォルメされて現れるのはご愛嬌と言ったところか。


「おい、早くしろ」

「はいはい! じゃあ行こうか、二人とも!」

「はい! では、小鳥遊さんもご武運を」


 悔しそうに顔を歪める小鳥遊の横を過ぎ去り、三人は裁判所から飛び出した。








「場所は変わってないんですよね?!」

「大丈夫、このまま直進して!」


 ミニ和智の指示に従い、全力で街を駆ける二人に、通行人立ちはギョッと目を剥いている。

 異捜が慌てた様子で動いているという事は、近くに異能犯罪者がいる可能性が高いからだ。

 その様子を見て、晃は嫌な予感が身体を巡るのを振り払う様に走るペースを上げる。


(こんな昼日中に、街中で能力なんて使われたら……大混乱になっちゃう……!)


「あ、ああああ!!」


 地獄絵図を想像し、険しい顔をする晃だったがミニ和智の絶叫で慌てて急ブレーキをかけた。

 横では篝も何事かという顔で端末を覗いている。


「しまった、引き返して!」

「は?」

「GPSだと気がつかなかった! 切島は地下鉄にいる! 入り口後ろ!」

「!!」


 慌てて踵を返し駆け出す篝を追い、晃も勢いよく足を踏み出すと、思ったより近くにあった入り口に飛び込みんで何段飛ばしで階段を駆け下りた。

 降れば降る程に増す鉄の匂いに、晃は早鐘を打つ心臓を押さえつける様にグッと歯をくいしばる。


 改札階に着くと、青い顔をした駅員が床に座り込んでいるのが目に入る。


「大丈夫ですか?! 私達は異能犯罪捜査班です!」

「……あ、あぁの……今この駅のホームに、」

「!」


 震える指で恐る恐るエスカレーターを指差す駅員の言葉に、篝は弾かれる様に改札を飛び越え駆けていく。


「あ、ちょっ! 篝さん! すみません、貴方は警察と救急車を呼んでください!」


 悲壮な顔をしている駅員を気に掛けながらも、先に行ってしまった篝を追う為、晃もホームに向かって走り出す。

 ムッと押し寄せる鉄の……いや、血の匂いに胃がムカムカと主張してくるのを宥めそこに降り立てば、先程想像した地獄絵図とそう変わらない光景が広がっていた。


 何人もの民間人が血を流し、それを必死に止血しようとしてる者、出血のショックで既に息絶えてしまった遺体、その側で声にならない声を上げて泣きじゃくる者。

 晃はくらりと揺れる頭を抑え、辺りを見渡すも既に篝の姿は無い。線路伝いに進んでしまったのだろうか。

 ならば仕方がないと、晃は近くで呆然と座り込む女性に声を掛けた。


「すみません、警察です。事情を……」

「! 晃ちゃん! ダメ!!」


 その様子に気が付いたミニ和智が、ハッとした表情で声を張り上げる。


「え?」

「……警察?」


 声を掛けられた女性は焦点の合っていない瞳を向け、縋る様に晃の制服にしがみついた。


「えっ?! ちょっ」

「た、助けて……私は、殺されたくない……! 殺されたくないのよ!」

「お、落ち着いて下さい!」


 様子のおかしい相手に焦り、引き剥がす様に力を込めるがこれが火事場の馬鹿力というやつなのか、ピクリともしないが、だからといって流石に能力を使うわけにもいかないだろう。


 困惑する晃に、周りの人間も警察の存在に気が付いたのか、口々に助けを乞いながらわらわらと周りに集まってきた。

 まるでゾンビもののパニック映画の様な光景に、ひくりと口元が引き攣る。


「な、なんなのこれ?!」

「こんな状況で警察なんかが登場したらそりゃこうなるさ! どうにか撒いて走って、晃ちゃん!」

「どうにかって言われましても…! み、みなさん落ち着いて下さい!」


 必死に声を上げる晃だが、勢いのついた群衆は止まること無く晃に詰め寄ってくる。


 揉みくちゃにされる覚悟を決め掛けた所で、晃の耳に子供の泣き声が届いた。か弱い声だが、確実に泣いている。

 しかし、辺りを見渡してもその姿は見えない。


(……もしかして、この人の中に? こんな密度の所にいたら最悪呼吸ができなくて死んじゃう……)


「ちょ、落ち着いて、子供が巻き込まれてんのよ! 止まってー!!」


 喉が張り裂けそうに成る程叫ぶが、その声は届かない。なにか、人々を正気に戻らせるきっかけが欲しい、そう晃が考えた時だった。


「……! 晃ちゃん、大変だよ! 篝が線路上で切島に遭遇! 交戦してる!」

「っ!!」


 息を飲む晃は、いつの間にか自分がエスカレーター側の壁まで押されている事に気が付いた。横を見れば自動販売機がある。


(仕方がない……よね?)


 晃は一瞬目を瞑り覚悟を決め右の拳を握り込む。


「すみません、和智さん」

「え、ちょっと……晃ちゃん? まさか……」


 腕の筋肉や神経一つ一つに司令を送る。大きく息を吸って固く握った拳を、思い切り横にある自動販売機に叩きつけた。


「一緒に始末書書いて下さいね!」

「えっ、ええええ!?」


 ガゴン!!

 爆発の様な音を立て自動販売機がくの字に曲がり、無理に変形した反動で入った亀裂から中に入れられていた飲料が噴き出す。


 晃の捨て身のパフォーマンスに、パニック状態になっていた群衆は、しんと静まり返った。

 その目は、先程までの助けを求めるものでは無く、むしろ能力者を非難するかの様な厳しいものに変わっている。

 ざわざわと聞こえる声の中には戸惑うものや異捜を貶めるものさえある。


 晃はズキリと痛む胸から意識をそらし、その声の主達に向かって声を上げた。


「私達、異能犯罪捜査班は皆さんを護るためにいるんです。直ぐに犯人を捕まえてみせます。だから、そこを退いてください」


 人垣を押し退け線路に飛び降りた晃はちらりとホームに目をやった。

 あの泣いていた子供は親に見つけてもらえただろうか。


「晃ちゃん! この線路を下り方面に!」

「……はい!」


 雑念を振り払い、晃は勢い良く踏み出した。






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