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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
15/19

case14

 

「晃ちゃんおはよ!」

「……おはよう」


 制服の下に隠したペンダントをひと撫でし、上機嫌に戦闘部の執務室に続く廊下を歩いていた晃は、背後からかけられた声に、くるりと振り返った。


 視線を向けた先では和智と見境が笑いかけている。

 二人ともまだ始業前だというのに大量の書類を抱えていた。


「おはようございます、すごい量ですね。手伝いましょうか?」


 心配そうに近寄る晃に、二人は笑って首を振る。


「……大丈夫」

「こんな量大したことないって! そんな事より晃ちゃん、もう聞いた?」

「え? 何をです?」


 突然の質問に首を傾げる晃を見て、和智が得意げに背を反らした。

 横にいる見境は和智の言わんとする事が分かっているのか、呆れた様に小さく溜息をついている。


「今度の異能犯裁判の警備ね、晃ちゃん達と私なんだって! やっと一緒に仕事できるね!」

「……大袈裟」

「ふふん、雪子さん? 先を越されたからって嫉妬は見苦しいですぞぉ?」

「……昨日からずっとこの調子なの」

「あ、あはは」


 晃は、見境のうんざりした表情に困った様に笑う。

 自分との仕事を喜んで貰えて嬉しい気持ちはかなりあるのだが、見境の手前、そんな事は言えないだろう。口を結ぶ方が正解だ。


「和智さん、その任務っていつ頃な、」

「近寄んじゃねぇ!!」


 話を逸らそうと口を開いた晃は、突然辺りに響いた怒声に思わず飛び上がった。


(……あの人、今度は何やってるの?)


 嫌という程聞き馴染みのある声の主を想像して、じとりとした目で背後を見やる。

 声は、晃の向かう先、戦闘部の執務室から聞こえた様だ。


「二人とも、すみません……先に行きます」

「……いやぁ、相方がめちゃくちゃだと苦労しますなぁ」


 茶化す和智に返事を返す余裕もなく、晃は執務室の自動扉を半ば抉じ開ける様にして飛び込んだ。


 中に入るといつも通りの部屋に、明らかに似つかわしくない状況が広がっている。


「ちょっと! 何してるんです、か……?!」


 焦る晃の目に飛び込んできたのは、床に座り込む女性諜報官とそれを噛みつかんばかりの形相で見下ろし睨みつける篝の姿だった。


 篝は徹夜明けなのか、珍しく制服の上着を脱いでシャツの袖も捲り上げている。

 その足元にいる諜報官は、綺麗に巻いた茶色の髪から黒い水滴を滴らせ、俯いていた。

 その傍に落ちているカップを見るに、珈琲の入ったそれを投げつけられたのだろうか。

 どう見ても異常なその光景に、晃は思わずポカンと口を開けて動きを止めた。


 篝は二の句が継げずにいる晃に気がつくと、苦い顔で椅子にかけていた上着を手に取り、フラフラと歩き出した。


「……どけ」


 入口を塞ぐ自分を押し退ける様に出て行く姿を、呆然と見送り、晃は慌てて床に座っている諜報官に駆け寄った。

 依然として顔を上げない彼女に目線を合わせる為床に膝をつく。


「だ、大丈夫ですか? 火傷とかありませんか? その……本当にすみません、あの人最近ちょっとおかしくて……」

「……んなのよ」

「え、と? すみません、聞こえなくて……痛みますか?」


 ぽつりと何かを呟いた諜報官に、晃は心配そうに眉を寄せ耳を傾ける。

 すると、彼女は晃にぶつかる様に勢い良く立ち上がった。

 反動で尻餅をついた晃は、その苛立ちに染まった表情を唖然と見上げる。


「なんなのよ、アンタ」

「……は?」

「なんで邪魔したのよ、折角篝君と二人きりだったのに!」

「は?!」


 迫力がある整った顔立ちの彼女は、形の良い大きな瞳をこれでもかと吊り上げ怒鳴り散らしている。

 折角の恵まれた容姿もこれでは凄味を増す為の引き立て役にしかならない。


「他に女捜査官がいないからって調子に乗らないで」


 吐き捨てる様に言葉を残し、諜報官は鼻を鳴らしながら部屋を後にする。

 そんな彼女と入れ替わる様に見境と和智が部屋に入ってきた。


「な、なに、今の……」


 戸惑う晃に、和智はやれやれと言った具合に眉を下げながら笑う。

 抱えていた書類の山を白川のデスクに置き、尻餅をつく晃に手を伸ばした。


「あの人いつもあんな感じだから気にしなくていいよ」

「いつもって……あの人諜報部の方ですよね?」

「……そう。私達の先輩の愛川綾(あいかわあや)さん。#魅了__チャーム__#の異能力者でかなりの面食い」


 立ち上がりながら首を傾げる晃に、見境は淡々と口を開く。

 困った様な表情を浮かべる和智とは違い、あまり興味がなさそうだ。

 手元の書類をクリップで留める見境の手元を見つめ、晃は更に問いかける。


「魅了ってどんな能力なんですか?」

「……うーんと、たしか人を虜にする? 的な? だっけ雪子?」

「……あの人の異能は男限定だけど、魅了が効いた人は好かれる為になんでもする」

「へ、へえー……そんな能力もあるんですね」


 晃は、大勢のイケメンに囲まれた先程の彼女が女王様よろしく高笑いしている姿を想像して顔を痙攣らせる。思わず乾いた笑いがこぼれた。


「ほんと、綾さんには困るよ。さっきのもどうせ篝の顔に目をつけて粉かけたんでしょ?」

「……最近の篝は余裕なさそうだったから」

「流せなかったんだろうねぇ」


 呆れた様な二人の会話に、晃は先程の篝の様子を思い出す。

 どこか覚束ない足取りの篝は、確かに常とは違って弱っている様に見えた。


(……昨日も帰ってないんだ。いくらなんでも無茶しすぎでしょ)


 篝の事情を知っている手前出来るだけ好きにさせてやりたい所だが、それで身体を壊されてしまってはバディとしては困ってしまう。

 晃は意を決した様に、会話を続ける二人に頭を下げた。


「私、篝さんを追いかけます!」


 言葉が終わるよりも早く駆け出す後輩の背を見て、和智はにんまりと頬を緩める。


「ひゅーう、熱いねぇ、若いねぇ」

「……円、顔が鬱陶しい」

「にゃ、にゃにおう?!」

「……仕事」


 食ってかかる和智を尻目に、見境は涼しい顔で書類を仕分け始めた。






「あ……篝さん!」


 篝を捜し、ひたすら廊下を走った晃は、刑事課のある棟に続くガラス張りの渡り廊下でその姿を見つけた。

 音を吸収する物もなく晃の大声が反響する。


 苛立った様に顔を顰め、篝は振り返った。

 その顔はやはり疲れ切っていて、目の下に刻まれた真っ黒なクマだけとっても、篝がどれだけ自分を酷使しているかがはっきりと見て取れる。

 足を止めた篝に近づき、晃はそっと口を開いた。


「大丈夫、ですか?」

「……なにが」

「だって、その顔……ちゃんと寝てますか?」

「……うるせぇ」


 心配をありありと顔に出す晃の姿に、篝は舌打ちを漏らして再び歩き出そうとする。

 その姿に晃は顔をくしゃりと歪め、勢い良く頭を下げた。


「すみませんでした」


 突然の謝罪に、驚いた様に篝の目が見開かれる。

 しかし、謝られる事に心当たりがないのか、次第に口をへの字に結んだ。


「……何に対しての謝罪だ」


 そんな篝の雰囲気に、晃はそろそろと顔を上げながら答える。


「あの日、私がもっと動けていたら、犯人を奪われる事なんてありませんでした」

「……お前だけのせいじゃねぇよ」

「だって……篝さんが組織の、名取の情報を得るチャンスだったのに」


 パキリ。

 空気が凍る音が、ガランとした空間を支配する。

 そんな事にも気がつかず必死に言葉を探す晃に、篝は強張った顔を向けた。


「……おい、待てよ」


 どこか震えて聞こえる声に、晃は漸く言葉を止めて目の前の男を見た。


 動揺とそれを塗り潰す程の苛立ち。

 そんな表情だった。


「お前、なんで俺が名取を追ってる事を知ってんだ」

「え、あ……」

「……誰に聞いた」


 口籠もる晃を追い詰める様に一歩ずつ近く篝に、晃は怯える様に後退りしていく。


 しかし、それも長くは続かなかった。

 軽い音を立て晃の背が大きな一枚ガラスの窓にぶつかる。

 観念した様に、晃は口を開いた。


「ご、ごめんなさい……私が入院した病院に妹さんも入院されてて、それで……その、」


 バンッ!

 その先を口にするのは許さないとばかりにガラスを殴る篝。

 衝撃を逃がそうとガラスが振動している。

 覆い被さるように窓に腕をつく篝に、晃は息を飲んだ。


「……忘れろ」


 至近距離で向けられた射抜くような篝の視線に一瞬でも押し黙るも、ギュッと目を瞑り絞り出すように声を出した。


「わ、私にも、何か力になれる事は有りませんか……?」


 縋るように素直な気持ちを伝えた晃は、ゆっくりと目を開いた途端に後悔する。

 眼前の篝は、怒るでも喜ぶでもなく、表情を無くしていたのだ。


「……いいか、二度とその話を口にするな」


 何も映していない人形の様な瞳を向けられ、晃は頭の奥が強く殴られた様な衝撃を受けた。


「か、篝さ、」


 慌てて取り繕う様に名前を呼ぶ晃の声を遮り、篝は口を開く。


「同情なんて、クソの役にも立たねぇんだよ」


 吐き捨てる様に鋭利な言葉を突き刺し、篝は今度こそ歩き出した。


 ずるずると窓に背を預けたまま床に座り込む晃は、去っていくその背中を見てくしゃりと顔を歪める。


「…………篝さん、」


 思わずこぼれた切ない声を隠す様に、晃は抱えた膝に顔を埋めた。






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