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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
14/19

case13.5

 

「退院おめでとうございます、お怪我に気をつけて下さいね」

「はい、ありがとうございました」


 看護師に見送られ晃はタクシーに乗り込んだ。

 未だに包帯やガーゼが残っているが、検査で深刻な異常が出なかった為、こうして退院できたのだ。


 早朝のロータリーは閑散としていて、時折聞こえる鳥の声と車のエンジン音以外はしんと静まり返っている。


「すみません、ここに書かれている場所までお願いします」


 晃はそっと実家の住所が書かれた紙を運転手に手渡す。

 白川にもらった休日を利用し、気分転換も兼ねて帰ろうと考えたのだ。


 扉を閉めるとタクシーはゆっくりと郊外に向かって進み始める。


(……何も知らなかった、篝さんの事)


 扉にもたれ、窓外の景色を目に映しながら、晃はあの日看護婦から聞いた話を思い出していた。


『あの病室の患者さん、異能犯罪に巻き込まれたらしいんです。たしか、身体の機能を奪う能力で脳の働きを止められてるらしくて。脳死状態なんです』

『脳死……?』

『ただ、お兄さんの意思と異能力によるものだから回復の見込みがあるって何年も機械によって生かされている状態なんです』

『あの……ご両親は?』

『なんでもその事件で亡くなったそうですよ。お兄さんが珍しい異能力を持っていて、それを狙った異能犯に襲われたとか……お兄さん、暇さえあれば顔を出していらっしゃって、私達も見ていて辛いというか……』


(妹さんを取り返す為に篝さんはその男を追っている)


 繋がったピースによって浮き彫りになった篝の過去。

 あまりにも無情な現実に、自然と表情が険しくなる。


(……PSI。一体どれだけ大きな組織なの?)


 つい最近存在を知った得体の知れない犯罪組織。

 睨みつけるように景色を眺める晃を乗せて、タクシーは進んだ。




 数刻後、晃は三角屋根が特徴的な家の前に居た。

 すこし広めに庭のスペースが取られたその家は色取り取りの花が咲き、まるでおとぎ話に出てくる森の家だ。


 残念ながら晃の家ではない。

 左隣りの何の特徴も無いこじんまりした家が晃の実家で、ここは幼馴染であり、晃にとって初めての異能力者の友人の家だ。


 タクシーから降りて家に入るなり、美鶴に顔を見せて来いと追い出されてしまったのだ。


 幼少期に受けた異能差別のトラウマで家から殆ど出なくなってしまった幼馴染は、晃が家を出たせいで淋しがっていた様だ。

 とはいえ、晃は相変わらずパワフルな母親にため息を零す。


(まったく、私も美鶴ももう大人だよ……? どっちにしても会うつもりだったから良いけどさ……水の音がするって事は、美鶴は庭かな……?)


 花が好きな幼馴染を思い浮かべ、晃は勝手知ったるといった雰囲気で敷居を跨ぐ。


 タイルの敷かれた小路を通り、奥に進むと陽だまりで白髪の青年が水を撒いていた。

 清潔感のあるシャツスタイルの青年は、その細い髪を陽の光でキラキラと光らせている。

 変わらない姿に晃はそっと目を細めた。


「美鶴」


 ぽつりと呟く様に名前を呼ぶと、青年はゆっくりと振り返った。

 紫色の瞳が晃を捉えると、中性的でどこか冷たく感じる綺麗な顔がみるみるうちに緩み、穏和な表情に変わる。


「晃! うわっ!」


 美鶴は嬉しそうに駆け寄ろうするが、晃を見ていたせいで足元に伸びるホースを踏んだ。

 水圧によって暴れるホースから噴き出す水を被るその情けない姿に、晃は肩を揺らして笑う。


「あはは、何やってんの馬鹿」

「だって、急に帰ってくるから……って、晃、その顔!」


 頭を振り、水気を飛ばしながら拗ねた様に唇を尖らせていた美鶴は、近くに来て漸くはっきりとした晃の怪我に驚いた様に走り寄る。


「どうしたの、それ」

「……あ、あはー、ちょっと仕事で失敗しちゃってね」


 笑顔で誤魔化そうとする晃に美鶴は顔を歪め、そっと頬に貼られたガーゼに触れた。

 痛ましげに眉を寄せる姿に、晃は自分では無く美鶴が怪我をしているのではないかと錯覚しそうになる。


「晃……」

「もうそんなに痛くないし、大袈裟だって」

「……ごめん」


 美鶴は悲しそうに瞳を揺らし、掠れた声で小さく謝罪を口にした。

 そんな姿に晃は首を傾げ笑う。


「何で美鶴が謝るの? 謝られる理由がないよ」

「だって、晃は……」

「さ! 水やり終わったなら、美鶴の部屋に行こ! 久々にゲームでもしよ?」


 晃は、俯き苦しそうに言い淀む美鶴に逃げ道を作る様に、無理やり話を切り上げると彼の手を取った。


「ほら、美鶴」

「……そうだね」


 まだ何か言いたげな美鶴を晃が引っ張る形で二人は庭を出た。



 ガチャリとノブを回して扉を開けると、壁一面に埋め込まれた本棚が出迎える。


 殆ど本で埋め尽くされたこの部屋が美鶴の自室だ。

 モノトーンでまとめられたシックな部屋に所狭しと置かれたカラフルな本達が彩りを添えている。


「ほんと、相変わらず本だらけ。ちょっとは捨てれば?」

「うーん、全部思い出の本だからなぁ。でも、晃が言うなら考えておくよ」


 呆れた様にじとっとした目を向ける幼馴染に、美鶴は苦い笑みを浮かべる。

 本人も流石に多過ぎると自覚はしているのだ。


「そういえば、もう今年の検査は行った?」

「あー、うん先週ね」


 美鶴は、晃の言葉に顔を嫌そうに歪めた。


 検査とは、年に一度異能力者が義務として受けなくてはならない異能力測定検査の事である。

 その検査では、各々の能力について調べられ国に記録を取られ、その後発行される証明カードによって異能力を使う事ができるのだ。

 分かりやすくいうならば、車の免許証の様なものだろうか。

 できる限り家から出ない美鶴も、毎年その時ばかりは顔を青く染めながらも外に出る。


「偉い偉い、褒めてしんぜよう」

「ふふ、ありがたく。そうだ、晃」


 美鶴はそっと晃から離れると、本で埋まった机の引き出しから小さな箱を取り出した。

 片手に収まるくらいのそれは、飾りも無くシンプルな作りだ。

 晃は不思議そうに首を傾げる。


「それ何?」

「その……この前検査に行った帰りに見つけて……晃に渡したくて」

「私に?」


 驚いた様に箱から視線を上げる晃に、美鶴は照れ臭そうに笑った。


「うん、開けてみて」


 手渡された箱をゆっくりと開くと、中には小さい黄色の花があしらわれたペンダントが入っていた。


 華奢なチェーンによって作られたそれは取り出してみると、ペンダントトップが丁度鎖骨辺りにくる所謂プリンセスネックレスの形状の様だ。


「可愛い……」


 ライトに透かす様に持ち上げ、頬を上気させる晃に美鶴は満足そうに目を細めた。


「気に入ってくれた?」

「もちろん。でも女の子らしすぎて私には似合わないかも」


 照れた様に笑う幼馴染の姿に、美鶴は真剣な顔でそれを否定する。


「そんな事ない、晃はちゃんと女の子だよ。さっきは言えなかったけど……俺、本当は晃にそんな危ない仕事して欲しくないんだ。怪我までして……もっと自分を大切にしてよ」


 拳を握り縋る様に懇願する美鶴に、晃は首を振った。

 その顔は穏やかに微笑んでいる。


「美鶴。私ね、美鶴とまた外で遊びたいの」

「っ! そんなの、いつだってできるよ! それで晃が危ない事を辞めてくれるなら、俺は、」

「違うよ、無理して笑ってる美鶴と遊んでも楽しくない。私は心から笑ってる美鶴に会いたいの。その為なら、こんな怪我何でもない」


 胸を張って言い切る晃に、美鶴は唇を噛み締める。

 長い付き合いで、こうなった幼馴染が止まらない事を美鶴は知っていた。


「……でも、晃に何かあったらって思うと、俺、」


 そっと目を伏せる美鶴に、晃は困った様に笑って、話を逸らす為に少し大きめな声で言葉を続けた。


「大丈夫、私一人で戦ってる訳じゃないからさ。篝さんってバディと一緒だから安心してよ」

「バディ……?」

「そう、背中を預けて異能犯を追いかける相棒。その人がさぁ、先輩なんだけど本当口悪くてね。ちんくしゃだとかデブだとか、もう言いたい放題なの!」

「……酷いね」

「でしょう?! あー、今思い出してもイライラする! 本当酷い人なんだよ。凄い異能力を持っててさ、頭の回転も早いの。ついつい頼りたくなっちゃう自分がもう悔しくてさ! なんであの人あんなにデキるオーラ纏ってんの?!」

「あ、晃、落ち着いて、褒めちゃってるよ」


 美鶴を安心させようとしていた筈が、いつの間にか篝への不満……というか褒め言葉に変わっている事にも気付かず晃はペラペラと言葉を重ねる。

 地団駄を踏む晃に美鶴は慌てた様に宥めた。


「……でもね、そんな篝さんにも私と同じように成し遂げたい事があるんだと思う」


 先程までのテンションから一転、病院での篝の様子を思い出した晃はすっと動きを止める。


 初めて見る物憂げな晃の表情に、美鶴は驚いた様に息を詰まらせた。

 恐る恐る口を開く美鶴に晃はきょとんとした顔を向ける。


「……晃は、」

「? 何?」

「……ううん、なんでもない」

「えー、何それ」


 誤魔化され不満げな顔をする幼馴染に、美鶴はざわざわと落ち着かない気持ちを隠し笑みを浮かべた。


(……晃が遠くに感じるなんて、初めてだ)






 一方、話題に上がっていた篝は警察庁舎内の薄暗い資料室でPSIについて調べていた。


 この部屋には、事件についてまとめられたファイルかずらりと並べられている。

 データが消えてしまった時用のバックアップといったところだ。


 少しでも組織に関わりがありそうな事件について、手当たり次第にファイルを手に取り捲る。


(これも違う……)


 記憶の中の名取を思い出し、判別していく。


(あの男は、異能力者を集めていた。被害者やその縁類に珍しい能力を持つ人間がいる事件に関わっている可能性が高い……)


「クソ……っ!」


 バンッ! と机を叩き髪をかき乱す。

 頭の奥で、名取の声と妹の叫び声が聞こえ続けるようだった。

 余裕を無くした顔で篝は席を立つ。


「……早く、しねぇと」


 苛立つ篝を夕日が照らす。


 バディ達の休日は、対照的に過ぎていった。





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