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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
12/19

case12

 

「おい、いつまでへばってんだ。迎えがくる、出るぞ」


 一階に降りてきて早々にぐったりと壁に凭れて座る晃を見て、赤髪の男を担いだ篝は呆れたように息を吐いた。


「……はいぃ」


 情けない声を上げプルプルと震える足に渇を入れながら立ち上がる晃は、うっすらと涙を浮かべ頭を抱える。


(うぅ、筋肉が限界……アドレナリン出まくりで気が付かなかったけど、明らかに能力使用の許容量超えてたもんなぁ。もし戦闘中に反動が来てたら死んでた……気を付けないと……)


 怪我や、アンモニアによる不調もさる事ながら、酷使してしまった筋肉が筋肉疲労によって痙攣しているのだ。動きが鈍くなるのも無理はないだろう。


 軋む身体に鞭を打ち、先に出てしまった先輩を追いかけ、晃はふらふらと足を動かした。

 外では夕日に照らされた輸送車の前で、音寺が安心したように眉を下げて待っている。


 篝は、さっさと輸送車に近づき抱えていた男を音寺に渡すと、面倒くさそうに背後に振り返った。


 もたもたと足を引きずりながら歩く後輩の姿に、不機嫌そうに顔を顰め長く息を吐き出すと大股で来た道を戻り、立ち止まって引き攣る筋肉を解す晃に歩み寄った。


「何してんだ」

「いや、すみません。反動で足が攣っちゃって……」


 困った様に笑う晃に舌打ちを零すと、強引に怪我が少ない方の腕を取って自身の肩に回した。


「……お前ちょっと痩せろ」


 身長差も有り、必然的に体重を支えるような形で晃を引きずる。


「え、ちょちょ?! 篝さん?!」

「うるせぇ。黙って歩け、百武」

「いやだって! ……え、あれ? ちょっと待って下さい、今、」


 唐突な篝の行動に慌てふためく晃は篝の言葉を理解し、はっと息をのんだ。


 今この男は自分の名前を呼ばなかっただろうか。


「……なんだよ」


 勢いよく顔を上げれば、バツが悪そうに視線を逸らされる。


(うわ、うわうわ、本当に呼んでくれたんだ! ……なにこれ嬉しい! 少しは認めてくれたって事、かな)


 へにゃへにゃと顔を緩ませ喜びを表現する晃の姿に、篝は口をへの字に歪めた。


「へらへらしてんな、投げ捨てるぞ」

「またまたぁ! 篝さんてばツンデレなんだからぁ」

「…………」

「て、ちょ! うわ!」


 篝は調子に乗る新人を無言で音寺に向かって放り投げると、気分を害したとでもいう様に鼻を鳴らして車に乗り込んだ。


「お疲れ様です。百武捜査官、ご無事で何よりです。中で怪我の治療を」

「……す、すみません、ありがとうございます」








 出動時とは違い音寺と晃が並び、対面に篝が座る配置で、一行は警察庁舎に向かう。

 道中音寺の手当てを受けながら、晃は首を傾げた。


「そういえば、なんであんなにアンモニアの充満した部屋で炎を使っても爆発しなかったんですか? アンモニアって不燃性とはいえ爆発はしますよね?」

「あぁ?」


 不思議そうな晃の言葉に、篝は自分で怪我の手当てをしながら面倒くさそうにため息を吐いた。


「アンモニアの燃焼範囲は空気中の含有量が十五パーセントから二十八パーセントの間だ。更に爆発範囲とくればそれよりも限られてくるだろ。 部屋のアンモニア臭から考えりゃそんなのとっくに超えてた。爆発する訳がねぇ」

「は! そうか、なるほど……いて、いてて、音寺さん消毒液痛いです」

「我慢して下さい」


 渋々といった声でされた説明に、合点がいったのか大きく頷く晃の頬に、音寺はギュウギュウとガーゼを押し当てる。


「アンモニアはすぐに落とせたのでまだマシですが、こっちの火傷は痕が残る可能性も有ります」

「やっぱり……そんな気はしてたんですよね」

「とりあえず、あちらに戻ったら医務室で診てもらって下さい。篝捜査官もですよ、肋骨折れてるかもしれないですからね」


 淡々と説明をしながらパタンと救急箱を閉める音寺に晃は頭を下げる。

 篝も不機嫌そうな顔をしてはいるが、ゆっくりと頷いた。


 その後は誰が口を開く事も無く、帰路につく。

 走行中の振動に揺られ、晃がうつらうつらと船を漕いでいるのを微笑ましげに見る音寺に、篝は神妙な顔で声をかけた。


「……アンタ極秘事項を扱う諜報官なんだってな」

「……我々諜報部の扱う情報は全て極秘ですが?」


 ゆっくりと視線を篝に向けながら、音寺は淡々と感情の読めない声で返す。


「このマークに見覚えはないか?」


 ペラリと、懐から一枚の紙を取り出すと、篝は見せつける様に音寺の前に突き出した。

 所々破れ、裏から補修した跡から年季を感じさせる。

 表面には、片側の秤を鎖で雁字搦めにされた天秤が描かれていた。


「……片方が絡め取られた天秤、ですか。存じ上げませんね」


 表情を変えない音寺の言葉の真偽を見極める様に、篝はじっとその顔を眺める。

 だが、流石諜報官と言った所か、その無表情からは何も読み取る事ができない。

 諦めた様に舌打ちを鳴らし紙を懐にしまった。


「そうかよ……ん?」


 不貞腐れる様に窓の外に視線を送った篝の視界に影の様なものが過った。

 一瞬で消えたそれを探し目を凝らす。


「どうされましたか、篝捜査か……っ?!」


 急に様子の変わった篝に音寺が身を乗り出した瞬間。

 響き渡るガゴンという異音と共に、車体はバランスを崩した様に大きく傾いた。


「へっ?! なに、なんですか?!」

「皆さん! 何かに掴まって下さい!」

「えええ?!」


 異変に気付き目を覚ました晃が慌てふためく中、運転手が声を張り上げる。

 その声を聞き、晃はなんとか窓上のアシストグリップにしがみついた。


 運転手は横転を阻止すべく、わざと車体を大きく振ってドリフトさせる。

 タイヤの焦げ付く匂いとスリップ音が辺りに満ち、緊迫感が増長する。


「一体なんなんですか!」

「敵だ! 外に黒い影が見えた!」

「てっ?!」


 やっとの事で車を落ち着けた運転手が息をつく前に、篝は素早く扉を開け飛び出した。


 置き去りにされた晃は、残された言葉を飲み込めず目を白黒させる。

 そんな晃にやるべき事を示す様に、音寺はポカンとする彼女の肩を叩いた。


「百武捜査官、グローブです。運転士、我々も退避を!」

「は、はい!」


 輸送車から出た晃は、輸送車の屋根に向けて火銃を構える篝に合流する。

 習う様に篝の銃口の先へ視線を送った。


「っ?!」


 目に映る光景に、晃は目を疑った。

 驚きは声にならず、ひゅっと息を飲む音だけが漏れる。


 先程まで晃達を運んでいた輸送車の屋根、その上には想像もしなかった()()が乗っていた。

 二メートルは有るだろう体躯。その全てを銀色の被毛が覆い、手や足には鋭い爪が光る。

 顔は完全に獣のそれだ。ピンと立った大きな耳、深く裂けた口からは犬歯が見え隠れしている。

 ギラギラと不気味に輝く瞳は猛獣の様な眼光を湛え、こちらを見降ろしていた。


 その姿は、まさに西洋の図鑑に描かれている怪物だった。


「じ、人狼……?」


 ぽそり、晃の口から言葉が溢れる。


「人狼、か。 酷ぇじゃねぇの俺らおンなじ異能力者だぜぃ? 異捜の嬢ちゃンよぉ」

「っ! という事は、貴方、獣化の能力者……?!」


 牙を見せて笑う男の言葉に、晃は思わず後退りしそうになる足を縫い止め、その動揺を隠す為に拳を握り込んだ。


 晃が狼狽えるのも無理はない。

 獣化の能力者はその名の通り、それぞれ決まった動物の特徴を自らの身体に反映させる。

 万能とは言えないが、それでも飛行能力や圧倒的なスピードといった人間離れした力を手に入れる事ができるのだ。


 相手の姿を見る限り、目の前の異能犯の獣化対象は狼だろう。

 パワーもスピードも、晃の怪力という能力の上位互換となり得るかもしれない。


 思考の波に飲まれかけた晃は、篝の地を這うような声で我に返った。


「お前、何が目的だ」


 篝は、表情が硬い晃と獣化の男の間に立ち、犯人を睨め付ける。


「目的、目的ねぇ……俺としちゃあ気乗りしねぇンだけどよ、貴重なレア能力が勿体ないってなっちが言うからさぁ。こン中で寝こけてる馬鹿の回収に参上したって所だ」

「……させる訳ねぇだろ!」


 ガンガンと輸送車の天板を踏みつける男に、篝は火銃を外し、右の掌から勢い良く火炎を放出する。

 それを華麗に避けて見せた獣化の男は裂けた口元を更に吊り上げた。

 その拍子に長い舌がべろりと下に垂れる。


「へぇ、お前火炎系の能力者か。しかもこの威力、なっちが欲しがりそうだぜぃ」


 意味深な言葉に、篝は反応しなかった。

 いや、反応する暇が無かったのだ。


 その目は、獣化の男の舌に釘付けになっていた。

 獣特有の大きな長い舌には黒い何かが刻印されている。


 それは、先程篝が音寺に見せていたものと同じ、片側の秤が鎖に巻かれた天秤だった。


「…………PSI(サイ)


 篝は、カラカラに渇いた口からやっとの事でその単語を絞り出した。


(……サイ?)


 聞き馴染みのない言葉に晃は頭の中で反芻する。


「へぇ? お前、俺らを知ってンのか」


 瞳に剣呑な光を宿し舌舐めずりをする獣化の男に周囲の温度がぐっと下がった。

 しかし、篝は怯まず言葉を続ける。


「お前、名取圭哉(なとりけいや)を知ってるな。奴は今どこにいる」


 断定的な篝の質問に男はくつくつと喉を鳴らした。


「オタクもなっちに盗られたクチか。ホントなっちは手広いぜぃ。あり? それにしちゃあオタク元気そうだな、何を盗られたンだ?」

「わかってねぇな。質問してんのはこっちだ、答えろ!」

「……せっかちな奴は何も得られないぜぃ?」


 男は声を荒げる篝に目を細めると、拳を垂直に振り下ろす。


 先程よりも強い力で押された輸送車の薄い天板は勢いに負け簡単に貫通した。


 少しの間の後、ずるりと引き抜かれた腕には先程苦労して捉えた赤髪の男がしっかりと掴まれている。

 退避する際、外に出して目を覚まされた場合を見越して車内に残した判断が裏目に出た。


 そのまま持ち上げ、唖然とする捜査官達に見せつける様に軽く振って見せた。


「……ほらな?」


 その様子を見た晃は痛みを訴える足を無視して、力を込めると能力を発動させる。

 一気に跳躍し、獣化の男に殴りかかった。


「そいつを、離しなさい!!」

「……おっと、お嬢ちゃン脚力の異能か? それとも、怪力か?」

「?!」


 晃の拳を簡単に受け止めると、戸惑う彼女の顔を見てにやりと笑う。


「ほぉ、怪力か。駄目だぜぃ? パワータイプの能力バレは命取りになるんだ、隠さないとお嬢ちゃんすーぐ死ンじまうぞ……こンな風にな!」


 まるで赤子の手を捻る様に容易く晃は放り投げられる。

 受け身を取る暇もなく地面に打ち付けられ、それでも収まらなかった勢いに何度かバウンドして力無く転がった。


「! てめぇ!!」

「……はぁ、今度はお前? めンどくせぇな。貴重な火炎持ちを殺したりしたら、俺がなっちに消されるンだっての」


 獣化の男はボールを蹴る様に容易く脚で輸送車を押し、向かって来る篝に向けて蹴飛ばした。


「とりあえずコイツは貰ってくぜぃ。また会おーな、火炎の兄ちゃン」

「待ちやがれ!!」


 獣化の男は、篝が襲いかかる鉄塊を避けている隙に赤髪の男を抱え近くの建物に飛び移り、屋根を伝って遠ざかっていく。

 それを追って、篝も負けじと飛び出した。

 しかし、スピード的に追いつく事は難しいだろう。


「百武捜査官!」


 アスファルトに這い蹲り、痛みに喘ぐ晃の元へ音寺が駆け寄る。肩の不自然な落ち方から見て脱臼は確実だろう。

 頭から血を流す新人を抱き起こすと、音寺の耳は言葉を拾った。


「……きゃ、」

「……百武捜査官? 痛みますよね、少し耐えて下さ、」

「わたし、も……追わ……きゃ」

「っ!」


 うわ言の様に繰り返す晃の姿に、音寺は息を飲んだ。


(この子、この状態で……!)


「……追跡は篝捜査官が行なっています。貴女はまず治療を」


 肩を震わせ唇を噛み締める晃を宥め、わたわたと担架を持ってきた運転手に任せる。


 そっと目を伏せ手首に巻いた端末でコールする。


「……白川班長、音寺です。PSI(やつら)が遂に動き出しました」



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