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PSI-異能犯罪捜査班-  作者: ちゃば
1/19

case1

 

「てるてる坊主効かなかったね」

「遠足行きたかったのに……」


 幼稚園の教室という隔離された空間で、窓を打ち付ける雨を眺めていた園児達は憂鬱な気分を誤魔化そうとため息を漏らした。

 窓枠に下げられた不恰好なてるてる坊主は項垂れているかの様に萎れている。


 ガシャン!

 じめじめとした落ち込んだ雰囲気の室内に、突然何かが落下した音が響き渡った。


 突然の音に驚いた園児達は、キュッと口をつぐみ何事かと忙しなく首を動かした。

 音の出所を見れば使い古されたクレヨンが床に散乱し、いくつかは砕けてしまっている。どうやらあそこが先程の音の出所の様だ。


「何するのよ!」


 落ちたクレヨンの傍らで数人の園児が揉めている。目つきの悪い男の子達に周りを囲まれ追い詰められているのは、癖のある黒髪をおさげに結った少女だった。


 彼女は目を吊り上げクレヨンだらけの両の手を広げ、背後に同級生だろう俯く絹糸を思わせる綺麗な白髪の少年を庇っている。

 少年の綺麗な白い髪からは、ぽたぽたと水滴が伝い、震える小さな手でギュッと握った水色のスモックを濡らしていた。


 言葉なく立ち尽くす白髪の少年を守ろうと、おさげの少女は自分よりも随分と大きな身体つきの同級生達に臆する事なく人差し指を突きつけた。

 指を刺された子の手には空になったコップが握られている。


「なんで水をかけたの?! 美鶴(みつる)は何もしてないじゃない!」

「う、うるさい! 異能力者は黙ってろよ!」


 勇敢にもイジメを指摘した少女に放たれた言葉は純粋で、鋭く少女の胸に突き刺さった。

 先程までの威勢を無くした少女は悲しげに眉を寄せる。


「そうだ! 異能力者は消えちまえ!」

「今日の雨もお前らの仕業だろ!」

「もっと悪い事をする前に俺達が退治してやる!」


 根拠も無い暴言の数々に少女は涙を浮かべ、耐える様に唇を噛み締めた。


「わ、わたし達は、悪い事なんて、しないもん……!」

「しないかどうかわかんないだろ? 異能力者はみーんな犯罪者になるんだから! なーみんな?」


 負けるものかと震える声で絞り出した言葉は弱々しく、相手に響くことは無かった。

 寧ろ勢いを与えてしまい、馬鹿にした様に嘲笑う同級生達に遂に少女の目から涙が溢れた。


 その時だった。


 彼女の庇う様に広げられた腕の下を、白い何かが通り抜ける。


 それは、少女の背に隠され守られていた少年だった。


 少年は勢い良く少女の前に躍り出ると、右の掌を前に突き出した。


(あきら)を泣かせるな!」


 やっと顔を上げた少年は、整った顔を悲痛に歪ませて掌に力を込めるように思い切り開いた。

 すると辺りに冷たい空気が立ち込めはじめ、紫色の妖しげな光が彼の周りを照らし始めた。


 突然の光景に恐怖に顔を痙攣らせた同級生達の瞳に、うっすらと白いラインが浮かび上がる。

 それは少しずつ形を成していき、何かの形を描いていった。


 怯え見開かれた瞳に六芒星が浮かび上がろうとした瞬間、少年の支配下に置かれた空間を壊す様に、締め切られていた教室の扉が勢い良く開かれた。


「何をしているんですか?!」


 ヒステリックな叫び声に、園児達はまるで催眠が解かれた様にハッと体を揺らした。


 如何にも神経質そうな印象の眼鏡をかけた初老の女性教師は、目を見開いて室内を見渡している。

 彼女は泣いている晃や頭から水を被っている美鶴には目もくれず、怯えているコップを持った少年達に駆け寄った。


「こんなに震えて、何があったんですか?!」


 そんな教師に少年達はコップを投げ捨てて教師に縋り付き、泣き喚いて見せた。

 美鶴がいきなり自分達に異能力を使った、恐ろしかった、と。


(そんな訳ない! 美鶴はまだ異能力を使ってないのに! 先に手を出したのはアンタ達でしょ!)


 身勝手な証言をする彼らに、晃は状況の説明をすべく教師の方へ大きく踏み出そうとする。


 しかし、その足は美鶴によって止められた。

 引き止める様に握られた腕を見て、晃が驚いた様に顔を上げると美鶴は力無く首を振ってみせた。


 美鶴は分かっていたのだ。

 事情がどうあれ、異能力を使っている所を教師に見られた時点で何を言っても無駄な事を。


 美鶴のその考えは正しかった。

 一方的に話を聞いた女教師は、眉を吊り上げ美鶴の手を乱暴に引っ掴んで足早に職員室へ向かおうとする。


「待って! 美鶴は悪くないの! 先生お願い! 話を聞いて、美鶴は!」


 弾かれる様にあとを追う晃の悲鳴も虚しく、扉が目の前でピシャリと閉められた。

 扉の前で立ち尽くす少女は、大きな両の目から涙を溢れさせ背後に顔を向ける。


「ねぇ、みんなも見てたでしょ?! 美鶴は悪くないよね?!」


 クラスメート達はピクリと肩を震わせた後、気まずげな表情でそっと晃から目を背けた。

 悲痛な晃の声は、受け入れられずに立ち消えたのだ。


 〝異能力者〟ただそれだけの理由で、彼等の声は弾かれてしまうのである。









 ジリリリーー


 大ボリュームな目覚まし時計の音が鳴り響く。

 その音で目を覚ました晃は、ぼんやりと身体を起こした。ポケーッと部屋を見渡し、壁に設置されたカレンダーに目を向ける。


(遂に、今日から)


 あの日理不尽な世界を知り涙を流した少女は、本日付で異能力を利用した凶悪犯罪専門の警察機関、警察庁#異能犯罪捜査班__いのうはんざいそうさはん__#に配属される。


 〝異能力〟


 今や世界人口の約二割が所有していると言うその不思議な力は、現代社会において法に基づき徹底的に管理されている。


 しかし、法の整備は一足遅かったようで、政府が新しい力の発露に動揺している間に、力のない無能力者達が異能犯罪によって苦しめられ、何の罪もない一般の異能力者達を迫害するまでに追い詰められてしまったのだ。


 それに対して、元々人口の少ない異能力者は、学校や職場、町内等の狭いコミュニティでは特に立場が弱い為、苛烈さを増す差別にただ耐え忍ぶしか無かった。

 その結果、虐げられた異能力者が反発する為に異能犯罪に手を染めるという事例も多く発生し、負の連鎖は連綿に続いているのである。



(異能犯罪が無くなれば、きっと差別もなくなる。そうしたら、美鶴も……)



 真新しい制服に袖を通し、支給されたばかりの旭日章を付ける。憧れの制服に満足げに笑うと、鏡の前でくるりと回って窓際に飾られた写真に目を向けた。


 そこには笑顔で手を繋ぎ、無邪気に手を振る幼い日の晃と美鶴の時間が切り取られていた。

 美鶴はあの日を境に塞ぎ込み、家から滅多に出なくなってしまった。

 写真に映された美鶴の笑顔を見て晃はそっと目を伏せる。


「いってきます」


 晃は決意の表情を浮かべて部屋を出る。


 日の下で美鶴と笑い合いたい。

 ささやかで困難な彼女の夢が、今日ここからスタートする。








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