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ルーズ・ルーズ  作者: 神子原 光
2/7

(その2)

               二


 中村良三の葬儀は自宅のある釧路市で、タマルフーズホールディングスの社葬という形で執り行われた。

 もともと葬儀は近親者のみでひっそりとやって欲しい、というのが良三の希望だったらしい。

 しかし喪主であり葬儀委員長を務める長男の博はそういうわけにはいかない、とその希望を無視した。

 創業以来会社を支えてきた功労者。お世話になった方もお世話した方も大勢いる。そういう方々にもちゃんと送ってもらうべきだ、と。

 しまいには参列者の利便性を考えて本社のある東京でやろうとも言い出した。

 さすがに精一はこれには反対した。こんな卒寿を過ぎた年寄りに東京まで足を運べってか? と。

 博は『都合のいい時だけ〝年寄り〟だな』と悪態をつきながらもその意見を取り下げた。

 アイツの考えていることは分からん……。

 精一は今は自分一人しかいない遺族控え室のソファに座り独りごちた。

 ひっそりと送って欲しいという良三の希望を無視したのみならず、故郷――本当の〝生まれ故郷〟ではないにしろ――と遠く離れた東京で葬儀をやるなどと。

 どうもアイツは世間体ばかり気にする。故人の気持ちなどこれっぽっちも考えていない。

 精一は窓の外を見やった。

 外は吹雪だった。

 四月上旬の釧路なら特段珍しいことではないが、確かにこれでは会葬も大変だろう。

 が、それとこれとは話は別だ。

 精一は思う。

 俺も逝ったらこんな形で送られるのかな……。

 この歳になるまで精一は独身を貫いてきた。妻を娶ったことも無ければ子どももいない。

 しかし、良三とその妻子とは家族同様、あるいはそれ以上の付き合いをしてきた。

 博とは血の繋がりはないが、自分のことを「伯父貴」と呼ぶ。

 博の嫁の輝子てるこもまた出来た嫁で、博に倣い「おじ様」と呼び慕ってくれていた。今は博と共に東京で暮らしているが、折々に電話をくれ、通いの使用人こそいるものの釧路で一人暮らしをしている精一を気遣ってくれる。

 と、そこで遺族控え室のドアが開けられ一人の男が入ってきた。

 地元選出の国会議員、向口茂だった。

「ああ、田丸先生。この度は誠にご愁傷様です」

 向口は慇懃にそう言いながら深く腰を曲げた。

「向口さんか。ご苦労さん」

 ソファに座ったまま、横柄に精一は応えた。

 世間一般では驕傲なイメージの向口だが、精一の前では恐縮至極といった面持ちだ。

 それもそのはずで、精一は向口にとって 初当選時から五期目を迎える今日に至るまで有力といっていい支援者なのだから。

 あまり政治に関心の無い精一だったが、選挙応援やら政治資金パーティやら、これまで会社ぐるみでこの男をどれだけ支援してきたか分からない。

 かといって、精一がこの男に心底惚れ込んだ、という訳でもない。支援している理由は、単に地元の代議士と仲良くしておけば何かと便利だろうという程度に過ぎない。

「中村先生の具合がよろしくないとは伺っていましたが……死因は?」

「心不全だよ」

「そうですか……。いや、田丸先生もお疲れが出ませんように」

 再び向口が深々と頭を下げた。

「まぁ座りなさい。……しかしアンタ、週末はいつも地元に帰ってるな。外務政務官ってのは世界が相手だから、二十四時間東京に張り付いていなきゃならんのじゃないのか?」

「いや、さすがにいつもという訳では。今回は特別に大臣のご許可をいただきまして、はせ参じた次第で」

 皮肉のつもりだったが、向口は真顔でそう応えた。

 それからしばらく、向口と生前の良三について会話を交わしたが、ふと精一の脳裏に良三との最後の会話での言葉が浮かんだ。


『帰りてぇなぁ……島に……故郷ふるさとに……。たとえ骨になってでも』


「……なぁ、向口さん」

「はい」

「色丹島に良三……中村の墓を建ててやることは可能か?」

「色丹島?」

「アンタにははじめて話すが、俺も中村も色丹島で生まれたんだ。アンタそういうのに詳しいんじゃなかったか?」

 向口どころか、精一はこれまで自身の出自を他人に語った事は無かった。別にそれを隠していた訳ではなかったが、殊更色丹島で生まれた事を語る必要性を感じなかっただけだ。故にこれまで北方領土の返還要求運動などに携わったこともなければ、北方領土の元島民からなる組織に関わったこともない。

 向口は目を丸くした。

「それは……存じ上げませんでした。てっきり釧路のお生まれかと」

「釧路生まれと言った覚えもないが」

「いや、まぁ……。あの、故郷にお墓を建てたいというお気持ちは大変良く解るのですが、誰からお墓の用地を買うのかという問題がございます」

「と言うと?」

「彼の地はロシアの国有地ということになっておりまして、そこから買うという事は色丹島はロシアの領土であることを認めるという事になります。それは政府の立場からすればご容赦頂きたく……」

「知らんよ、政府の立場なんて。何なら島ごと買い取ってもいいんだが」

「いや、さすがにそれは……」

「そうだ、いい事を思いついた。俺がロシアから色丹島を買って、俺が死んだら島を国に寄付する。そうすりゃ我が国念願の北方領土返還だ。あんな辺鄙な小島、二束三文だろう。といっても、五億十億の端金で買えるとは思わんが。ははは……」

 まったくの冗談のつもりだった。

 しかし、向口はみるみる顔が強ばってきた。恐縮というより緊張の色が濃くなったように見える。

「……向口さん?」

 精一の声は向口の耳には届いていないようだった。

 向口は俯き、自問自答するように首を傾げたり頷いたりという仕草をしだした。

 精一はその様子を黙って見ていたが、ややあって向口は何事か決心したかの如く大きく頷くと、懐から手帳を取り出した。

 白紙のページに何やら書き込んで、それを精一に見せた。


 田中 愛


 女性の名前のようだ。

 向口は強ばった面持ちのまま口を開いた。

「二、三日中にこの者に田丸先生へ電話を入れさせます。この者は突拍子もない事を申し上げると思いますが、どうか……どうか、私を信じて話を聞いてやって下さい。……名前、覚えましたか?」

「あ、ああ」

 精一が頷くと、向口はそのページを破り、持っていたライターで火を点け、傍らの灰皿に投げ込んだ。

「それでは、私はお参りをして東京に戻ります」

 向口は立ち上がり、一礼してそそくさと部屋を後にした。

 精一は態度が一変した向口に、呆気に取られるしかなかった。




 釧路市郊外にある精一の自宅は、まず大邸宅と呼んでいいだろう。

 百名ほどが集うことが出来る続き間の座敷に、そこで宴会が開かれる場合でも充分対応可能な大きな厨房が配された築二十年の木造平屋建て。土塀で囲まれた敷地はおよそ千坪で、重厚な日本庭園を擁している。

 こんな大きな家を高齢の精一ひとりで維持できるはずもなく、三人の家政婦が代わる代わる毎日通っている。また日本庭園の手入れも専属の庭師が手がけている。

 そして、セキュリティも――これは博が手配したものだが――警備会社から派遣された二人が敷地外で常時待機していて、異常時には直ちに駆けつけられるようになっていた。精一の財産を、というより精一本人を身代金目的の誘拐から守るためという事のようだ。

 良三の葬儀が終わって今日で三日目になる。

 精一はずっと自分の冗談で態度が変わった向口の事ばかりを考えていた。

 今も、縁側に立ち庭園の巨石を眺めながらあの時の会話を反芻していた。

 まさか俺の冗談を真に受けたのか? いや、それはさすがにないだろう。ロシアから島を買うなんて、出来る訳がない。

 それとも、『五億一〇億の端金』というところに反応したのか? 俺の持ってる金に興味があったのか?

 実際、精一にとっては五億一〇億程度の金ならどうにでもなる。若い頃から精一は金を使う時は使うが、使わない時は全く使わない。家庭を持たず、これと言った趣味も無く、酒もやらず煙草もやらずギャンブルなどの遊びも全くやらず……吝嗇家という自覚は精一にはないが、九〇年余りの人生は後者の方が圧倒的に多かった。

 その結果貯まりに貯まった精一の個人資産は有価証券も含めれば百億を超える。博が身代金目的の誘拐の心配をするのも無理はない。

 そんな膨大な資産にも精一は頓着していなかった。死んであの世に持って行けるわけもなし。自分の死後、財産は自宅の土地家屋も含めて全て会社に寄付するから、それを元手に財団を作って社会の役にでも立ててくれ……。そういう趣旨の遺書も既に用意して顧問弁護士に預けてある。

 では、〝田中愛〟なる人物は向口の秘書か? 彼女を使って政治資金の無心でもしてくるのだろうか?

 しかし、そういう名前の秘書は公設私設含めて向口にはいなかったはずだ。最近雇って精一が知らないだけなのかもしれないが。

 だいたい金の無心なら『突拍子もない事』でも何でもない。そういう事は過去にもあったことだから。あるいは無心する金額が『突拍子もない』のか……?

 あの場で向口は〝田中愛〟の名前を口頭で告げず、メモを書いて精一に見せた。

 これは、あんな場所なのでどこで誰があの時の会話に聞き耳を立てていたか知れない。この名前を詐欺などで悪用されるのを怖れた向口の配慮だろうと思う。

 それは解る。だが、そのメモをその場で燃やした意味は?

 まるで、証拠を隠滅するかのように……。

 その時だった。遠くで電話の呼び出し音が聞こえた。

 鼓動が高鳴る。

 電話に出た家政婦が精一の元にやってきた。

「旦那様、田中愛さんという方からお電話ですが」

 来た! 〝田中愛〟だ。

 はやる気持ちを抑え、おもむろに電話のある部屋へ行き、受話器を手に取った。

「はい、田丸です」

『初めまして。私、向口先生からご紹介をいただきました田中愛と申します』

 おっとりとした若い女性の声。

「ええ、聞いています。それで?」

 さぁ、話してみろ。『突拍子もない事』とやらを。


 ……通話を終え、受話器を置いた精一は拍子抜けしていた。

〝田中愛〟なる人物は経済誌の記者だった。

 今度雑誌でタマルフーズホールディングスの特集を組むので、創業者である精一のインタビューをしたい。ついては来週時間を取れないか――というのが電話の主旨だった。

 何のことはない。これのどこが『突拍子のない事』なのか。

 インタビューは快諾したが、精一はますます分からなくなってきた。

 向口は一体何が言いたかったのか……?


 インタビューの当日を迎えた。

 田中は電話で、せっかくなので阿寒湖の湖畔のホテルでお食事を取りながらお話を伺いたいと思います、と言っていた。

 そして約束の時間、午後四時に田中が自宅まで車で迎えに来た。

 初めて会った田中の印象は、どこにでもいる普通の女の子だなというものだった。

 黒のスーツに肩まで伸びた髪。身長は精一とそう変わらない一六〇センチほど。丸顔に黒縁の眼鏡をしていて、年の頃は二十代後半から三十代前半といったところか。美人か不美人かといわれると美人の方だろう。特にグラマーというほどではなく、かといって貧相でもない、普通の体型。

 ただ、彼女は初対面であるにもかかわらず名刺を精一に渡さなかった。ちょっと抜けているところがあるのかな……? とは感じた。

 田中に促され玄関を出ると、門の外に銀色のワンボックスカーが停まっていた。後方の窓にはスモークフィルムが貼ってあり外から中の様子は窺えない他はどこでも見る普通の車だ。別に運転手がいるようだ。

 門を出ると、精一はスーツ姿の男に声をかけられた。

「こんにちは。どちらまで?」

 少壮のこの男は警備会社の私服警備員だ。

「雑誌のインタビューでね、阿寒湖のホテルまで行ってくる」

「承知しました。お気をつけて」

 警備員は田中を一瞥した。田中は軽く会釈して返した。

『お気をつけて』とは言ったものの、この男はもう一人いるであろう警備員と共に車で尾行してくるだろう。

 警備員が去ると、田中は車のドアを開けて精一を促した。

 車内には小さなテーブルが据え付けられ、そのテーブルを挟んで差し向かいに座れるように座席が配置されていた。精一は後部の座席に座り、田中は前部の座席に座った。田中がスイッチを入れると、警告音と共に自動でドアが閉まっていく。

 その時、精一は気付いた。

 この車には、窓が無い。

 外から見える〝窓〟は擬装されたものだ。そして、こちらと運転席の間に仕切りがあり、前方も全く見えない。

 ドアが完全に閉まる直前、車内に昼白色の照明が灯った。

 車は静かに走り出した。

「北方領土は二島返還で決着すれば日本の政権が、四島返還で決着すればロシアの政権が倒れます。まして、三島返還や面積等分で決着すれば両方の政権が倒れます」

 唐突に田中は話を切り出した。

 精一は、田中が別人にすり替わったのではないかと思った。

 話の内容もさることながら、その口調は先ほどまでのおっとりしたものとうってかわって、強く捲し立てるようなものとなっていた。

 田中は眼鏡を外しながらさらに続けた。

「ロシアが絶対に譲れないもの。それは国後島と択捉島の間の国後水道、ロシアではエカチェリーナ海峡と呼ばれているところです。ここはロシア太平洋艦隊の、太平洋への玄関口。それを宿敵アメリカの同盟国である日本に引き渡すなど、ロシアの安全保障政策上ありえない話です」

「……」

「では日本がその事を汲んで色丹・歯舞の二島で手を打ったとしましょう。今まで日本政府は何と言ってましたか? 『北方〝四島〟は我が国固有の領土である』と。国後も択捉も『固有の領土』ではないのか、今までの政府の言い分は何だったんだ、と世論やマスコミは黙っていません。

 のみならず、同じく領土問題を抱える対韓国、対中国への発言力も低下します。彼らはこれを“日本が領土問題で折れた”と受け止めるでしょう。特に中国は尖閣諸島を巡ってますます挑発的な態度に出てくる事は確実です。有り体に言えば、『中国に舐められる』ということです」

「ま、待ってくれ。いきなりそんな事言われても、俺には難しいことは分からん」

 慌てて精一は田中を制した。

「……失礼しました。要するに、余程の国際情勢の変化、例えばアメリカとロシアが同盟を結ぶなどといった事のない限り、日ロ双方が受け容れられる形での北方領土問題の解決は永久に不可能です。もはや日本とロシア、双方〝ウィン・ウィン〟の解決法などないのです」

 田中はそう言い切った。

「……なるほど。それで?」

 最初は面食らっていた精一だったが、ようやく落ち着いてきた。

「だからといって、いつまでも日本とロシアとの関係がこのままでいいはずがありません。それはロシア側も同じ……というか、ロシア側の方がより強く感じていることでしょう。

 ロシアにしてみれば、日本と平和条約を結ぶことによって、クリミア併合で失墜した国際社会での評価も回復できます。そして日ロ間の関係が緊密になる事により、貿易や経済協力の拡大が期待出来ます。ことに極東地域の開発のために日本のカネと技術は喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

「ふぅん。じゃ、日本のメリットは?」

「日ロ間の経済協力の拡大は日本側にとってもメリットです。特に道東地域の経済の活性化も期待出来ます。それに、“難しい隣国”に囲まれた我が国です。せめてロシアとは友好関係を構築したいものです。日ロ平和条約は近年台頭がめざましい中国、あるいは北朝鮮に対する安全保障上の牽制になるでしょう」

「しかし、領土問題が解決しなければ、日本とロシアは仲良くなれない。でも領土問題は永久に解決しない、と」

 田中は無言で頷いた。

「……言ってることは分かるんだが、一体それが俺に何の関係があるんだ? 俺は向口に『色丹島に墓を建てたい』と言っただけなんだが」

「本題に入ります。向口さんはこう考えています。日本とロシアの友好のために、北方領土はもはや障害でしかない。いっそあんな島、無くなってしまえばいいのに、と」

「おい、それじゃ……」

「そこで、田丸さんに是非ご協力をお願いしたいことがございます。それは――」




 釧路の自宅から阿寒湖までは車でおよそ一時間半かかる。

 どこをどう走っているのか分からないが、経過した時間から推測すると、もう目的地に着いてもいい頃合いだ。

 それにしても……これは確かに『突拍子もない話』だ。

 精一は田中の話に愕然とした。

「車から降りたら、今の話はたとえ二人きりしかいなくとも絶対口にしないで下さい。この計画は極秘に進めなければいけないので。この車を使ったのもそのためです。ここは完全な密室で電波も通さない作りになっています」

「アンタ……一体何者だ? 向口の何なんだ?」 

「それはお答えすることが出来ません。……でも、どこの誰かも分からない人間の話を信じて欲しい、というのも無理な話ですよね」

 田中はそう言うと、自嘲するかのような薄笑いを浮かべた。

「それでも、向口さんを信じて欲しいのです。今の私にはそれしか言えません。……さぁ、着いたようです」

 車が停まり、運転席のドアが開けられる音が聞こえた。

 田中は再び眼鏡をかけ、経済誌記者の〝田中愛〟に戻った。

 外からドアが開けられ、精一は車外に出た。

「……〝ルーズ・ルーズ〟ねぇ」

『口にするな』と言われたにもかかわらず、精一は眼前のホテルを見上げつつ小さく呟いた。


 午後五時半を少し回ったところだった。

 阿寒湖の湖畔に立つ温泉ホテルの、貸し切りのプライベートルームに二人は通された。一〇人くらいまでの会食が出来そうな、結構広い洋間だ。

 このホテルは地元の宴会で何度か利用したことがあるが、こんな部屋があるとは、精一も知らなかった。

「本当は、午後八時からしかこの部屋は借りられないんですが、今回特別にご用意できました」

 おっとりと、〝田中愛〟はそう言った。

 そして懐石料理が次々と運ばれる中、インタビューが始まった。

 インタビューといっても、もし同伴者がいたら変わったインタビューだと思ったに違いない。

 田中は事前にタマルフーズホールディングスの沿革を調べてきたようで、それを精一に話し始めた。

 精一はそれに対して相槌を打つだけ。

 もっとも、あんな話を聞いた直後だ。まともなインタビューなど受けたところで上の空だったろう。

 タマルフーズホールディングスの前身は田丸水産という。創業は釧路の地で一九五一年。精一と良三、そして同じく色丹島出身の山本昭二の三人で興した、釧路港で揚がった水産物を卸す会社だった。社名の由来は言うまでもなく、社長の精一の名字からきている。

 三年後の一九五四年、古い倉庫を改修し昆布の加工工場を操業したのを皮切りに、缶詰工場、魚肉加工工場等を次々と建設、水産加工事業に乗り出す。

 北海道の豊富な水産資源を背景に業績を伸ばし、さらに販路を北海道内から全国へ広げるため子会社として一九六〇年、東京に商社を設立させた。

 精一はこの商社の社長として東京へ赴任。精力的な営業努力でその販路を広げていった。

 転機になったのは一九七一年。社名を田丸食品と改称し本社機能を東京へ移転、精一は社長に返り咲く。神奈川県の食品会社、小田原食品製造と業務提携、のち合併。この会社が持っていた乾麺製造のノウハウを生かしインスタントラーメンの生産を開始した。ヒット商品に恵まれたこともありこれが大成功。業界としては後発だったものの、“タマルちゃん”ブランドのインスタントラーメンは業界で確固たる地位を築いた。

 一九八二年、社長職を後進に譲り、精一は代表権を持つ会長に就任。社名を株式会社タマルと改める。

 一九八六年、ブラジルに初の海外現地法人を設立。

 二〇〇七年、水産加工業界国内二位のシェアを持つ太平洋漁業を完全子会社として両社が経営統合、社名をタマル太平洋ホールディングスとした後、二〇一〇年に現在の社名であるタマルフーズホールディングスと改める。

 そして現在、国内外にグループ企業は百社を数え、連結従業員数は一万四千人、連結売上で一兆二千億円を叩き出す日本有数の企業となった。

 なお、精一は一九九五年に相談役に就任したことを機に経営の第一線から退くものの、その後も食品製造業界と北海道の経済界に隠然たる影響力を維持し続け、いつしか精一は〝釧路の妖怪〟と呼ばれるようになる――。


 インタビューも一段落ついた頃に、テーブルにはコーヒーと水菓子が運ばれてきた。

 ウェイトレスが下がってから、田中が口を開いた。

「失礼かも知れませんが……若い女性と二人きりで食事なんて、随分久しいと思いますが? 若い頃を思い出してドキドキしたんじゃありません?」

 ふん、と精一は鼻を鳴らした。

「アンタみたいな得体の知れない女と食事なんて、違う意味でドキドキしたよ。食事に何か一服盛られるんじゃないかってね」

 田中は微笑みながら無言で人差し指を立て唇に添えた。

 少し間が空き、田中は躊躇いがちに精一に訊いた。

「あの……差し支えなければ教えて欲しいんですけど、どうして結婚なさらないんですか? あ、もちろんこれは記事にしませんので」

 記事も何も、そもそもこのインタビュー自体がカモフラージュだろうが、と思いつつ精一は応えた。

「若い頃は仕事が面白くて嫁だの家庭だのという事を考える余裕が無かった。そして余裕が出来たと思ったらもうジジイだ。今俺に言い寄ってくる女がいるとしたら、そりゃ遺産目当てだろうよ」

「ふふっ」

「でもな……」

「……?」

「……俺は島から逃げる時、両親と妹三人をいっぺんに亡くしてるんだ。今にして思うと、あんな辛い思いをするくらいなら二度と家庭なんて持ちたくない……なんて考えがどこかにあったのかもしれんな」

 精一がこういう心境を他人に吐露するのははじめてだった。

 田中は無言で精一を見つめていた。


「さぁ、『突拍子の無い話』の続きをしようか」

 帰りの車に乗るやいなや、精一の方から話を切り出した。

 食事というインターバルを挟んで、精一にも随分気持ちに余裕が出てきた。

「まず分からないことが二つ。この計画はそもそも島の住民がそれを望んでいないと成功しない。そして、仮に成功したとしてもロシア政府がそれを認めるとは到底思えない」

「懐疑はごもっともです」

 田中は頷いた。

「順にご説明致します。そして、何故〝田丸精一〟でなくてはならないのかという点も含めて」

 田中の方も行きと較べてリラックスしているようだった。捲し立てるような口調は行きと変わらないが、声のトーンの硬さが無くなった。

「この計画のカギとなる人物がクラボストロイ社社長のマルク・ミンスキー。田丸さんにはこの男を説得してもらいます」

 田中は傍らに置いてあったアタッシュケースからタブレットを取りだし、精一に見せた。

 碧眼にスキンヘッドという風貌の精悍そうな男が画面に映っていた。年の頃は五〇代といったところか。

 精一はこの男とは面識は無いが、クラボストロイ社は知っていた。

 クラボストロイ社は択捉島に本社がある水産加工会社だ。旧ソ連時代、国境警備隊員として択捉島に配属された創業者がたまたま打ち捨てられていた漁具を使い漁をして収入を得たことが創業のきっかけだという。

 旧ソ連崩壊後、出資者を募り島内の企業を次々と買収して頭角を現し、今では水産加工のみならず、運輸、土木、建築、金融、リゾート開発等様々な分野を手がける一大企業へと成長した。

 今や北方四島のみならず、北方四島が所属するサハリン州の雇用と経済はこの会社が無ければ成り立たないともいわれており、最近ロシア上院議員に転身した創業者の後を継いだ二代目社長とはいえ、この男の島民に対する影響力は計り知れない。

 確かにこの男を落とさなければ話にならないな、と精一は思った。村長やらの行政のトップすら、この男、そしてこの男が率いるクラボストロイ社には逆らえないだろう。

 先代の時からクラボストロイ社は〝隣国〟の一大消費地である日本への販路を求めている。しかし日本の企業は北方領土にある企業と直接取引する事は原則として出来ない。これは、ロシアの法の下北方領土の企業と取引をする事は、ロシアの北方領土の主権を認めることに繋がるとして日本政府が国内企業に自粛を要請しているからだ。とはいえ、あくまでも〝要請〟であり、違反したとしても罰則規定などは無い。事実、自粛要請を無視してクラボストロイ社と取引をしている日本の商社もなくはない。

 現状ではクラボストロイ社が大手を振って日本で事業展開をするのはほぼ不可能だ。水産加工品市場で国内外に大きなシェアを持つタマルフーズホールディングスとの業務提携はクラボストロイ社にとっては魅力に違いない。これは精一にとって大きな取引材料となり得る。

「さらに、田丸さんが〝元島民〟であることも住民の理解を得るための大きな要因です」

「そんなもんかね」

 精一は訝しんだ。

「最近、ロシアのダヴィトフ大統領は北方領土問題について、自身が趣味の柔道になぞらえて『〝引き分け〟を目指す』という発言をしています。これはこの問題を歯舞・色丹の二島返還で決着させる事を念頭に置いているという人もいますが、実は違います」

「と言うと?」

「もともと柔道に限らず武道とは決着がつくまで勝負するもの。〝相討ち〟はあっても〝引き分け〟という概念はありません。ところがダヴィトフがやっているのはスポーツとしての柔道です。ならば、〝引き分け〟になる条件とは?」

「……時間切れか?」

「そのとおり。ダヴィトフは戦前島で暮らしていた元島民が一人残らずお亡くなりになるのを待っているのです。

『島を還せ』という返還要求運動のキャッチフレーズは元島民の方が言うから重みがあるのです。元島民がいなくなれば日本人が『島を還せ』と言ったところで空しいだけです。ロシア人にとっては還すも何もあそこは元より自分たちの土地という認識なのですから。

 ダヴィトフにしてみれば、その時点で領土問題交渉は時間切れの〝引き分け〟。なので領土問題は置いておいて現実的な平和条約の締結に向けて話し合いましょう、という事です。領土問題交渉と平和条約交渉を切り離すことによって、あわよくばロシアのゼロ回答、すなわち一島たりとも日本に引き渡さずに目的を達成できるのではないかという目論見があるんです」

「随分虫のいい野郎だな、ダヴィトフってのは」

 精一が眉をひそめて吐き捨てた。

「それが外交というものです」

 素気なく田中は応えた。田中はさらに言葉を継いだ。

「そんなダヴィトフも、元島民の方には少なからず後ろめたさを感じています。どのような理屈を並べようと、元から住んでいた島民を追い出して自分たちがそこに居座ったという事実は動かないのですから。その感情はミンスキーをはじめ今住んでいる島民も同じです」

 なるほどね、と精一は頷いた。島に縁もゆかりも無い人間がやるのと、そうでない人間がやるのとでは、確かに住民の反応は違ってくるだろう。

 良三の葬儀の席で、向口は精一の『色丹島で生まれた』という言葉にまず反応した。それを聞いてあの場で瞬時にこの計画を思いついたのなら、向口という男は相当頭の切れる男だと再評価しなくてはならない……。

「そして、計画の実行にはロシアのPMCを使います」

「PMC?」

 聞き慣れない言葉に精一が訝しがると、田中は「民間軍事会社と呼ばれるものです」と続けた。

「日本語で言えよ。それなら解る。しかし、あれは内戦をしているところでの要人警護とか、軍事教練の請負とかが仕事だろ。そんな事するのかい?」

「よくご存じで。ここはPMCといっても、実態はマフィアです。カネさえ払えば大抵のことはします」

「剣呑だね。マフィアと取引するのか」

「ここに今回の計画に関して、PMCが出した見積書があります」

 田中はそう言いながらタブレットを操作し、再び精一に示した。

 見積書はロシア語で書かれていた。精一は懐から老眼鏡を取り出しタブレットに目を落とした。

「……ロシア語を解されるんですか?」

 意外そうに田中は訊いた。

「伊達にこの歳まで生きちゃいない。人間齢九〇にもなると二カ国語くらい使えるようになるんだよ。……しかし専門用語が多すぎてさっぱりだな」

 目を落としながら精一は軽口を叩いたが、田中はそれを無視し言った。

「細目はあまり気にしないで下さい。ざっくり説明すると、四島の国境警備隊を最低二四時間無力化させて、ミンスキーを色丹島に連れて来るための経費、と考えて頂ければ」

「色丹島? クラボストロイがある択捉島じゃないのか?」

「彼らによると、色丹島は小さな島なので他の島やサハリンに較べて状況の維持がし易いとの事です。……見て頂きたいのはここです」

 田中は精一の見ているタブレットの画面をスクロールさせ、見積書の最後のページに書かれた数字を精一に示した。

「一瞬日本円で書いてあるのかと思ったが、やっぱり米ドルだな。こんなものの相場なんて知らんが、それにしても法外な値段だ。……これを俺に出せってか?」

 精一が田中に向き直って言うと、田中は無言で頷いた。

「振り込め詐欺とかいうのの類いじゃないという証明は?」

「向口さんを信じて欲しい、としか……」

 しばし二人の間に沈黙が流れた。

「即答はしかねる」

「ごもっともです」

 その答えを予想していたかのように、田中は静かに言った。

「向口さんから『決して無理強いはするな』と厳命されています。もしお引き受け頂けないのであればこの計画は流れます。他の誰かにお願いするという事はありません」

 精一はじっと田中を見つめた。田中はさらに続ける。

「この金額なら私たちで工面できない事もありません。しかしこれだけの大金が動くとどうしても目立ってしまいます。金融当局に目をつけられ計画が露呈しては元も子もありません。

 そこで、田丸さん自身に商取引を装って送金して頂きたいのです。出所が田丸さんなら何ら不思議ではないでしょうから」

「……なるほど、この話は俺じゃないと出来ないという事は理解した。で、ロシア政府はどうする? さすがの俺も奴らを買収するなんて出来んぞ?」

「さすがに誰であろうと買収は無理でしょう」

 田中は堪らず吹き出した。

「こちらは向口さんが引き受けます。向口さんがロシアの政界に太いパイプをお持ちなのはご存じでしょう」

 精一が頷くと田中は続けた。

「向口さんによると、実はロシア政府の高官の中にも向口さんの考えに賛同する人が少なくないそうです。その辺りから外堀を埋めて、最終的には神谷総理に直接ダヴィトフ大統領を説得してもらいます」

「この計画を神谷総理は知っているのか?」

「勿論です。向口さんの計画にゴーサインを出したのは、他ならぬ総理ですから。総理は総理で、歴代の総理が誰もなしえなかった北方領土問題の解決に野心を持っていて、事を成して最近低迷している内閣支持率の浮揚、さらには政権の長期化に繋げたい目論見のようです」

 やはり国が動いているのか。確かにこんな話が明るみに出たら、神谷政権が引っ繰り返るどころか、日本は世界中から非難の的だ。向口も向口だが、ゴーサインを出す神谷もいやはや、恐ろしい男だな……。

 精一は事の重大さに改めて戦慄を覚えた。

「さらに……」田中が言継ぐ。

「さらに?」

「場合によっては自衛隊の出動も辞さないと」

「自衛隊?」

「総理の論理はこうです。北方四島は“我が国の領土”であり、“国内”である。国内で自衛隊を動かす分は憲法はもとよりいかなる国内法にも触れない、と」

「屁理屈もいいところだ。そんな事になったら戦争だぞ? 北方領土を戦場にする気か!」

 思わず精一は声を荒げた。

「もちろん、それは最悪の事態を想定した時のカードの一つに過ぎません。そうならないように努めるのが政治家の仕事だ、と向口さんも言っています」

 田中はやんわり精一を制した。

「……まぁ、大体のことは解った。で、仮に俺がマフィアどもにカネを払ったとする。それから? 俺がヤツらの船に乗って、色丹島に乗り込むって寸法か?」

「いえ、それには及びません」

「何?」

 意外な返答に精一は声を失った。

「ミンスキーとはインターネットを使ったビデオ通話で説得してもらいます」

「それじゃミンスキーは落とせない。俺は行くよ、色丹島に」

「そんな……危険です! それは出来ません」

 今度は田中が声を荒げた。

「それがこの計画に乗る条件だ、と言っても?」

「……」

 田中は押し黙り、ややあってふぅと息をつくとしょうがないといった口調で精一に言った。

「分かりました。この件は上と協議させていただきます。その結果こちらが無理と判断した場合はこの話は忘れて下さい」

「了解した」

 精一はそう言うと、また二人の間に沈黙が流れた。




 精一が自宅に到着して二時間が経った。

 既に着替えて寝床に入ってはいるが、気分が昂ぶりとても眠れそうにない。精一は寝床から体を起こし、傍らの電気スタンドの灯を入れた。

 おかしな話になったものだ、と精一は独りごちた。

 亡き良三の思いを遂げるためだけなら、交流事業とか何とかで島に渡る誰か、例えば向口に良三の遺骨を託せばそれで済む話だ。墓は建てられずとも、どこか人目の着かないところに埋めてもらえればそれでいい。奴ならそれでも納得してくれるだろう。

 なのに、何故自分はあの得体の知れない女の、あんな胡散臭い話にこうも乗り気なのだろう。

 そして何故色丹島に行きたいなどと口走ったのだろう。

 自身は島を出てからこれまでただの一度たりとも島へ帰りたいなど思ったこともなかったのに。

 死んだ良三や昭二が俺に乗り移って〝言わせた〟のか?

 俺達の代わりに再び故郷の土を踏んでくれ……俺達の叶わなかった夢を叶えてくれ……と。

 馬鹿馬鹿しい。

 精一はかぶりを振った。

 らしくもない。落ち着け、落ち着いて考えろ。まずはあの女の話の信憑性だ。

 疑うべきはまず詐欺だろう。

 向口は田中の名前を告げる時、手帳にその名を書き、そのページを焼き捨てた。向口が『田中なんて女は知らない』と言えばそれまでだ。証拠が無い。

 しかしそもそもあの男が俺を嵌めようとするだろうか。もし発覚すれば大スキャンダルだ。奴の政治家生命はそこで終わる。たとえ発覚しなかったとしても俺やタマルフーズホールディングスとの関係はそこで終わる。そんなリスクを背負ってまで俺から金を騙し取ろうなどと思うだろうか。向口の指示とは考えにくい。

 では田中が独断で俺から金を騙し取ろうとしているという可能性は? 田中が向口の指示にない入金を俺に持ちかけているということは?

 あの女の言動に俺を騙そうという後ろめたさは感じなかった。あの目は嘘を言っている人間の目ではない。あるいは過信かも知れないが、人を見る目はあるつもりだ。それに、俺が「色丹島へ行く」と言った時、田中は咄嗟に「危険です」と俺の身を案じてくれた。騙すつもりなら「分かりました」と適当にお茶を濁すのではないか? あれは芝居ではないと思う。

 だいたいあの女は何者だ? あの時「上と協議する」と言ったが、「上」とは何だ? 向口か? それとも神谷総理か……?

〝田中愛〟という名前すら本当の名前かどうか知れない。

 政府の人間と考えるのが妥当だが、あるいは向口個人が秘密に組織している結社の人間かもしれない。

 ……まぁ、あの女の正体を詮索するのはやめよう。判ったところでそれがどうしたという話だ。

 いずれにしても、これは一度向口に直接質す必要があるな。

 当たり前といえば当たり前の結論に達したところで睡魔が襲ってきた。

 もういい。今日は疲れた……。

 精一は床に就いた。


 翌朝、精一は釧路にある向口の事務所に電話を入れ、向口に用があるから至急電話を寄越せ、と横柄に秘書に告げた。

 程なく、自宅の電話の呼び出し音が鳴った。向口本人だった。

『申し訳ありません。こちらから電話を入れなければいけないところを』

「ああ、それはいい。それでな、昨日……」

『はい、はい! 分かっております』

 精一の言葉を遮るように、向口は早口で捲し立てた。

『〝例の件〟はお伝えしたとおりです。必ずや実現できるよう鋭意努力致しますので、どうか先生におかれましてもご支援のほど宜しくお願いします』

「……ありゃ本気で言ってるんだな」

『はい、左様です』

「わかった。しかしアンタはまだ聞いてないかも知れんが……」

『ええ、それも承っております。後日担当の者にお返事させていただきますので今しばらくお待ち下さい。申し訳ありません、これから会議がございますのでこれで失礼させて頂きます。ではごめんください』

 通話は一方的に切れた。

 今一つ煮え切らない感情が残ったが、少なくとも田中の独断ではなさそうだと思い、精一は安堵した。




 それから一週間後、田中から精一宛に封書が届いた。出版社の封筒で、社名の下に手書きで〝田中愛〟といかにも女の子が書きそうな丸い書体の署名があった。

 封筒の中には署名と同じ丸い書体の、手書きの礼状が一通のみ入っていた。


 拝啓

 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 さて、先日は貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。長時間じっくりと丁寧にご対応頂き、心から感謝申し上げます。お歳を感じさせないバイタリティに感動致しました。タマルフーズの貴重なお話を伺えましたので、読者の皆さんに詳しく伝えられる記事となりそうです。

 また、ご提案いただいた件につきましては田丸様のご意向に沿った形で進めてまいります。つきましてはこの件について再度詳しいお話を伺いたく、後日ご連絡を入れさせていただきます。

 お礼かたがた、取り急ぎご報告まで。どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

 敬具

 

 紋切り型の文面ではあるが、読むにつれ何故か自然に顔が綻んだ。

 文中の『ご提案いただいた件につきましては田丸様のご意向に沿った形で進める』とは、精一が色丹島に渡ることを了承したと解釈していいのだろう。

 それは自分から出した条件だ。それが通ったというのなら今更拒否は出来ない。

 もはや躊躇いはなかった。精一は電話を取り、取引先の銀行の釧路支店長を呼び出した。

「私だ、田丸だ。忙しいところ申し訳ないが、若いのを一人うちに寄越してくれ。商売で外国に金を送りたい」

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