第 五 話
目が覚めた時、窓の外は薄暗かった。暗く見慣れない部屋で、千晴は頭を整理する。秒針の音がするたびに、眠っていた頭が目覚めてくる。千晴は飛び起きた。
「今何時っ」
慌てて時計を確認すると、時計は六時を現していた。間違いなく午後六時だ。慌てて電気をつけ、あたりを見渡す。床には、開けてすらいない荷物が転がっている。ふと顔を上げると、姿見に映る自分と目があった。ポニーテールは崩れ、スーツはしわだらけだった。慌てて、床に転がる鞄から櫛を取り出し、結び直す。キャリーケースを乱暴に開け、服を引っ張りだし、着替えた。
ドアを開け、顔を出す。静かな廊下だ。千晴はメリザを探しに、先ほど教えてもらったメリザの部屋に向かって歩く。
ゴンっと鈍い音がした。その音と同時に千晴は、額に痛みを感じる。千晴は、お昼にも似たような痛みを感じたことを思い出した。
そのドアがゆっくり元の位置へと戻る。そこにはメリザでもナナキでもない男が立っていた。
「・・・・・・ああ、悪かったね」
低い声色で、のんびりとした口調だ。ぼさぼさの黒い髪をかきながら、あくびをしている。
「こちらこそ、すみません。えっと、もしかして」千晴は、三人目の同居人だと確信する。
「ああ、君・・・・・・メリザが言ってた」
「はい。橘千晴です」
「そう、橘千晴。・・・・・・俺はタタラ」
「タタラさん。これからよろしくお願いします」
千晴がお辞儀をすると、タタラはもう一度あくびをして、階段の方へ歩いて行った。
タタラの後ろ姿を見送り、振り返ると、メリザが立っていた。
「あ、メリザさん」
「大きな音がしたからね。おでこ大丈夫?赤くなってるけど」メリザの問いに千晴は、大丈夫です、と答える。「でもちょうどよかった、仕事が片付いたから、ご飯に行こうと思ってたんだ。お腹すいてる?」
その質問に、千晴は自分が空腹なことに気が付き、肯定する。
***
外は薄暗く、街灯がつき始めていた。昼とは少し違う雰囲気に千晴の気持ちは高ぶった。
「初日だから、歓迎会みたいなのもしたかったんだけどね、そういうことしたがる連中じゃないから。ちょっと豪華なディナーで許してね」
「とんでもないです。外食なんて家にいたころほとんどなかったから、それだけでもうれしいです」
「それならよかった。千晴ちゃん、嫌いな食べ物とかある?」
「いえ、好き嫌いはないですよ」
「なら、僕のおすすめの店に行こう」
薄暗い街を二人は歩きながら、いろんな話をした。
「そういえば、部屋は気に入ってくれた?」
「はい。とってもかわいいお部屋です」
「さっきも言ったんだけど、あの部屋のセンスは僕の友人のものでね、マリアって女性なんだけど、十数年の付き合いで、信頼してるし、優しい人だから、今度紹介しようと思って。何かあったとき女性にしか相談できないこともあるだろうから」
千晴はメリザの気遣いに心の底から感謝した。
「ほんとにありがとうございます」
「ちなみに二十四歳だけど、千晴ちゃんよりちっちゃくて、童顔だから、年下に見えると思う。でも、しっかりした人だよ」
メリザはマリアの顔を思い浮かべているのか、からかうような笑顔をで笑う。千晴は、初めてメリザの心からの笑顔を見た気がした。
「メリザさんにとって大切な人ですか?」
その質問にメリザは笑った。
「大切な人、ね。考えたことないなあ。どうでもよくはないけど。あ、それと、マリアは修道院に住んでてね、そこには孤児がたくさんいて、マリアもその一人なんだけど、そこの院長、ソルシアばあさんって言って、僕もいまだにお世話になってる人でね、きっと千晴ちゃんを歓迎してくれる」
メリザから与えられる前情報が、複雑なもので、千晴は少し動揺した。しかし、メリザの顔は和やかで、千晴は、まだ見ぬ二人の顔をそっと想像した。