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第 一 話

橘千晴タチバナチハルは扉の前に立っていた。その扉は大きく、千晴の背の二倍はある。たくさんの荷物を抱え、ゆっくりと覚悟を決めていく。一人の男の掛け声を合図に、その扉はゆっくりと開いていく。分厚く、禍々しい雰囲気をもっているが、不思議なほど、静かだ。千晴はその雰囲気にのまれないよう、気を引き締め、歩き出す。

 千晴の新しい生活が始まるのだ。



 暗く、何もない空間だ。千晴は自分が今、どこにいるのかもわからない。あの扉に入り、どれくらいの時間が経ったのかも、分からなかった。

 千晴の疲労が限界を迎えそうになった時、何かにぶつかった。ごん、と鈍い音が響き、額を抑える。そこには先ほど見た扉に酷使したものがあった。あたりは暗かったが、その扉だけは、はっきりと全貌をつかむことができた。その神々しさに引き込まれるように、千晴は扉を開く。やはり、それは静かなものだった。


 その明るさに千晴は目を眩ませた。昔、何かの映画で見たお城を思い出す。豪華絢爛で、とにかく広い空間だ。たしか映画では、鎧を着た兵士たちが並んでいたはずだが、今千晴の目の前にいる男は白いスーツを着ている。黒縁眼鏡の奥に見える目は、緑色だ。さらさらで明るい茶髪は千晴からすれば、なじみのない色だが、おそらく地毛だろう。


 「ようこそ、千晴ちゃん。長旅お疲れ様」男は笑顔で言う。


 千晴は自分の名前を呼ばれたことに驚いたが、よく考えると不思議なことではなかった。男の雰囲気は柔らかく、二十代前半に見える。

 千晴は返事をしようとしたが、この男が何者なのかわからず、言葉に詰まる。しかし男は、初めから千晴に返事を求めていたわけではいない様子で、言葉を続ける。


 「僕はアース・メリザ。千晴ちゃんのおじい様が直属に持つ研究所の所長をやってる。これから会いに行くおじい様から説明されると思うけど、千晴ちゃんはうちに所属することになるんだ」


 淡々と要点だけを言うメリザに、スマートさを感じる千晴は、少し遅れてその言葉の意味が脳に届いた。


「所長さん?」驚きのあまり声が大きくなる。「こんな若いのに」と素直な感想を続ける。


「はは、よく驚かれるんだ。貫禄がないから。まあ、まだ若いほうなのかな。今年で二十六だから、周りからは若造扱いだよ」メリザは怒るでもなく、笑いながら話す。


千晴はその年齢にも驚いた。もっと若く見えたからだ。「貫禄がないってことはないですけど、すごいです」

 千晴は慌ててその自虐ともいえる言葉を否定する。メリザが、とにかくおじい様に会いに行こう、と受け流し、背を向け歩き出す。千晴はその背中を追いかけた。



 長い廊下を歩く。先ほどいた部屋とは違い、装飾はなく、シンプルな廊下だ。その最中、千晴の高校時代の話になった。つい先日卒業した真世界の高校だ。窮屈だったこと、あまり成績は良くなかったこと、友達はたくさんいたが、親友は少なかったこと、初対面の人に話す内容ではない気もしたが、千晴は気持ちが高ぶっていたのか、口が止まらなかった。メリザも真世界の話に興味があるのか、適度に相槌をうち、真剣に聞いた。



 「ついたよ。ここに千晴ちゃんのおじい様がいらっしゃる」


 角をいくつか曲がった先に豪勢な扉が見えた。そこの前に立ち止まり、扉のすぐ横に立っている男にひと声かける、男は静かに扉を開けた。

 そこは書斎のようだった。赤い絨毯は床全面に敷かれ、千晴の背丈の何倍もある本棚が壁一面に並んでいる。どれも難しそうな本ばかりだ。千晴たちが立っている位置のちょうど正面にデスクに肘をつく人がいる。千晴は記憶をたどった。幼いころに一度だけ会った祖父の顔を思い出す。


 「アース・メリザ入ります。先生、お孫さんが無事に到着されましたよ」


 メリザの声は、先ほどとは違い緊張を含んでいるようだった。千晴は、先生、という呼び方にどんな意味が込められているのか、二人の関係性をメリザに尋ねようとしたが、そこに漂う空気が鋭く、口を開けなかった。


 「ああ、よく来たね。千晴。大きくなったなあ。メリザも、ご苦労」


 その場の空気には似合わない、やや間延びした声が聞こえる。穏やかな、老人の声だ。千晴はその声が記憶の蓋を開けたようで、懐かしさと嬉しさが一気にこみ上げる。


 「はい。おじいちゃん」大きな声で答える。直後、その言葉が場違いな気がして顔を赤らめた。


「元気そうで何よりだ。千晴が幼いころ一度会っているんだが、覚えているかね」


「ずっと記憶は曖昧だったけど、今おじいちゃんの声を聴いて、はっきり思い出しました。あの日、遊んでくれたことを」


「そうか。何とも言い難いが、うれしいものだな」老人の顔は綻んでいた。


 千晴はふと、メリザの方を向く、てっきり一緒に笑っているものだと思っていたが、メリザの表情は険しかった。かと言って俯いているわけではなく、その目はまっすぐと老人を見ていた。

 その目に気づいたか否か、おもむろに話を変える。


 「メリザからいくらか聞いたかな。千晴がメリザのとこへ世話になることを」


「はい」笑顔で返事をする。


「知っている通り、ここは真世界とは違う。正直、心配だが、千晴の無事を心から願っているよ」


「ありがとう。きっと大丈夫」千晴は、メリザのほうを向いた。「メリザさん、これからお世話になります。よろしくお願いします」頭を下げた。


「うん。こちらこそ、よろしく」


 


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