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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
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1-4-30-7 【桜瀬七波】 悪鬼の歌垣 7

 ――眼前で舞うそれを、あたしは見ていた。






 右の肘から、先。






 何もない。






 あたしは、その光景を知っていた。






 そして、地面に落ちて刀が突き立ち、






 柄から力なく離れたそれが立てた、どさっという音が、






 あたしにそれが現実であることを告げる。






七波「ぁっ……あっ……?」






 煙には、ならない。


 スキルは使っていない。






 顔を上げれば、バケモノの体が、不自然に捻られている。


 ……いや、無理な姿勢だが、後ろを振り返って地面から鎌を掬い上げたような姿勢。




 そこに斬撃を叩きこめば、確実に仕留められるほどの大きな隙を伴って。




 でも、それはできない。




 なぜなら。






 あたしは自分の体が欠損したことを。





七波「……ひっ……ぃっ……!?」





 右腕が切り飛ばされたことを、





コロナ『15』





七波「……いやぁぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!!??」





 ――絶望しなければならなかったからだ。





 これからあたしはこの右腕を使って、何ができただろう?


 それは分からない。




 ただ、これまで普通に行えていたことが。




 何一つできなくなることの恐怖が。




 あたしの心から、光を、奪っていく――




七波「やだっ……あっ……いやっ……ぅああああぁぁぁぁっ!!!」




 ばしゃり、という音が、地面をたたく。




 そして広がる赤に向かって……あたしは倒れ込む。




 地面に額を押し付けて、目を見開いて――痛みと絶望で溢れ出る涙を止めることも出来ず、何もなくなった腕を抱きしめて叫んで転がる。




七波「ひっ!? ……ひぃあっ!? あぐっ……あ、ぅあっ、うああああぁぁっ!!!?」




 ……内臓破裂の方がまだ良かったかも知れない。


 何を知ることなく、何となく死んでいける方が幸せだったかもしれないとすら思う。




七波「あぅぐっ……ぐっ……ぅあっ……あっ……あぁぁっ……!」




 たった数秒で。

 この右腕で何を作って来ることもなかったあたしですらこの絶望だ。




 その手に創造と言うものの全てを賭けていた咲子の感じた絶望は、如何ばかりだろう……。




七波(さきこ……いたい……いたいよぅ……!)




 こんなに……こんな、にも……。




紅蓮「七波っ……!? どうしたの、七波っ!!?」




七波(……っ!)




 ……。




紅蓮「返事をして、七波っ! ……七波ーっ!!」




 ……。




フレイバーン「……バカ野郎がっ!! 今お前のしなきゃいけない事は、あいつの心配じゃねェだろうがっ!!」




 ……。




紅蓮「くっ……!! ……ぅおおおおおおああああああああああっ!!!」




 ……。




コロナ『11』





 何とか歯を食いしばって。





 あたしは体をずりずりと震わせながら、声を殺していた。





 そうだよ、作家……それでいいの……。





 良かった。……フレイバーン、ありがとう。





 そしてゴメン……本当に……ゴメン……。




紅蓮「……はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 作家の銃が何発も音を響かせ、向こうのバケモノの頭を打ち抜くのが見えた。


 頭部を貫かれたバケモノは、一度大きく伸びて、がくりとその巨体を沈黙させる。


コロナ『……10』



 でも、こちらのバケモノはまだ健在だった。

 その鎌があたしに向かって振り上げられ……!



『kiiiiiiiiiHiiiiiiiiiiiiiAaaaaaaaaaa!!!』






 あたしの体を……貫くっ……!!






七波「……ぇぁぐっ……!!?」






 背中から胸を捕らえたその一撃で、あたしの体がびくりっ、と跳ねる。


 そして……ぐたりと力が抜けて……動かなくなった。






 ゴメン……






 ゴメンね……

















 バケモノ……!!

















七波「何度も同じ手を使っちゃってさ……っ!!!」






 耳元で怨念を囁くかのように、あたしはバケモノの背後からバケモノにそう言い放った。




『kioaaaaaaaa!!?』




 バケモノの鎌が貫いたあたしが、ご多聞に漏れず煙に変わる。


 バケモノは焦った事だろう。

 向こう側の自分が倒されたというのに、自分は攻撃に及んでいた。


 そして今、真後ろを取られている。


 ……今度はやられない。

 不意に背中へ不格好な姿で鎌を振り切るなんて絶対にさせてやらない……っ!


 それを感じ取れたのか、バケモノは一目散に――あたしの方へ振り返ることもなく、脱兎のように前方へと駆け出した。




 ……しかし。




『kihiiiiiiiiiAaaaaaaaaaaa!!?』




 その馬鹿でかい頭部がぐんっと後ろに仰け反って、巨体の足は止められた。




『keaaaa!? hikiaaaaa!!?』


七波「……」


コロナ『7……6』



 バケモノは動けない。



 絶対に動けない。



 なぜなら。



 『あたしがその馬鹿でかい頭を残った左手で掴んでいるからだ』。



七波「……絶対に……逃がさないっ!!」



 あたしは残された震える左手で、その頭部を握り締めている……!


 小さいあたしが、あの馬鹿でかいバケモノの頭を掴んで動かないでいるんだ。

 バケモノは当然、不自然なほど仰け反ったまま、ジタバタともがくしかない。




 『悪七兵衛景清』の最上位の攻撃スキル。

 それが景清の伝説にある『しころ引き』を模したものだった。


 錣とは日本の鎧武者の、兜の後頭部から首を守る部分のこと。


 平景清は、逃げる源家の武者・美尾谷(みおのや)国俊を、たった一本の腕で錣を掴んで、敵の刀から首を守るこの頑強な部位を引きちぎってしまったという。




 ――そのスキルが完全な形で発動したのだ。



『ko……OooooooooAaaaaaaaaaaaaa!!!?』



 ……バケモノは大きな間違いを犯した。


 作家が向こう側のバケモノを倒した時、これまで通り防御や逃げに徹すべきだった。



 でもこいつは、そのタイミングで倒れこんだあたしを見て、好機と見て『止めを刺しに来た』んだ。



 確かにさっきのあの思いがけない瞬間でスキルを使う事は出来なかった。

 右腕は間違いなく飛ばされた。


 重大な損傷らしく、クレシダの再生は間に合っていない。

 今でも出血し、意識が朦朧としそうなほどに、激痛――いや、激痛と呼ぶことすら生ぬるいほどの頭に響くような、全身に伝わる痛みがある。


 でもその後、あたしが横たわった後に、スキルを使う時間は余裕であったんだ。



七波(作家……あたしの作戦に乗ってくれて、ありがとっ……!)



 カウント10で一度向こう側のバケモノを倒すこと。

 ――それが最後のカウントダウン開始前に、あたしが作家に頼んだことだ。



 そうすれば、『ある事』が確定するからだった。



 そしてあとは、こっちが奴の足を切り落とすなりして、殺さずにその動きを完全に封じる――はずだった。



 しかし、思いがけないことが起こった。


 あたしが不意を付かれて右腕を斬り飛ばされたんだ。



 全部が全部予想できることばかりじゃない。

 そんなことは分かってても、どこか自分の力を過信していた結果なんだろう。



 でも、諦めなかった。血を噴き出して、のた打ち回ったって、ただの一度も。


 腕を同じように失った咲子のことを思えば、この程度――必ず咲子に謝りに行くって決めてたから……!




 だからそこからは賭けだった。


 10で、向こう側は倒される。


 でも、目の前には好機。


 そんな時、焦りの中で、あいつはどちらを選ぶのか。



 ……逃げを打たれていたら完全に、この回の同時殲滅は無理だっただろう。

 クレシダがあたしの腕を直してくれたとしても、この激痛でのたうち回った体力で、再びあいつと対峙して勝てる気はしない。



 だからあたしは、好戦的な奴の性格に、勝利のコインをベットした。

 スキル『妖幻肢身』は相手からの攻撃を受けなければ発動しない。

 だからスキルを施し、相手の出方を待つ。


 この賭けに勝てると踏んだのはもう一つ、あいつの気性がある。

 あいつは一度たりとも――あたしの姿が煙になるかもしれないと分かっても、その幻ごと全てあたしを切り伏せてきた。


 そこも、あたしは『信頼した』。


 敵として、絶対の信頼を寄せた。


 必ずあいつはあたしを斬ると。




 その賭けに、あたしは勝ったんだ。




 今また……奴に、深い感謝を……!




七波「くっ……あああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」




 ここからは気合一閃っ……!

 激痛で頬が涙に濡れてたって、とっくに麻痺……! もう痛みじゃあたしは止まらないっ!!




 美尾谷国俊は景清の握力に耐えて、錣を引きちぎらせて逃げ果せたという。


 でも、この力は、その上の力を想定して作られたもの。決してこいつを逃がしはしない……!




 ……全く、女の子の使う技じゃない。


 でも、それでもいい……!


 あたしの憧れたゲームのキャラの様に!




七波「あたしは今ッ! 確実にカッコいいッ!!」




紅蓮「七波っ!?」


七波「手筈どおりだっ、作家ぁっ!」



 カウント10で相手を倒せれば、少しは余裕が出来る作家に、あたしは生存確認の意味も込めて声を上げる……!


 あいつは再生する間、同じ場所に留まり続ける。

 クレシダによれば、その再生にかかる平均時間は8.9秒。


 作家に伝えた『確定するある事』――あたしはずっと見ていた。


 ……蘇生したタイミングの直後に、奴には一瞬、息を吹き返すための『完全な硬直』という隙が出来る……!


 作家にはそこを狙ってもらう!!


コロナ『……4』



七波「……羅刹っ……」


 この力……敵を圧倒する力……!


七波「……竟縊つきるいぃぃぃ……っ!!」


 これが、あたしの『悪』っ!





七波「『絶』ッッ!! 『錣引しころびき』ぃぃッッ!!!」





『――!!!』



 ぐぎり、という、鈍い音がして、バケモノの首がありえない方向に捩れ曲がる。


 ぐたっ、とバケモノの身体から力が抜けるけど……まだ倒してないっ!!


 地に突き立った癬丸に飛びついて、左手で、ばらりと抜き去る!


七波「作家、行けェェェっ!」


紅蓮「行ってるぁぁぁっ!!」


コロナ『2』


 作家の握る剣の刀身が、凄まじい長さに伸びる。


 それは奴を一刀両断にしてしかるべき、司法による絶対の正義の剣……!


 それを見て、あたしはあたしの成すべきことのために、最後のスキルを発動する――!











『フフ……こんなの全然大したことないよ。チュートリアルでゲームできなくなる人、いないでしょ?』




『ナナミには力を与えた。グレンには十分干渉できる状況を作り上げた』




『あとは全て……ナナミがマスターの望むとおりにその手の上で踊ってくれれば――』











七波「……分かってんだよ」











『えっ……?』











クレシダ『……さすがナナミ。マスターが選んだ人。ボクのモノローグにも平気で入り込んできちゃうとか、流石だね』


七波「フン、だ……!」




 分かってるよ、全部。


 ゲフリーさんが、あのバケモノを倒すためにこんな力をくれた?

 ……ンなワケないじゃん。


 あの人は、言った。

 あたしを『観察する』と。


 あたしの悪に抗うその様を見つめていると。




 この力はそのための物なんだ。




 なら見て……!


 今……あなたがどこにいるかは分からないけど。


 ……あたしの体の奥の奥まで……あなたの、望むがままに。


 あたしの全ての輝きを、あなたに見届けてもらうって……!




七波「約束したんだからっ!!」




 孔球……




 目の前……!




 ……今っ!!




コロナ『……1』




七波『奥義……旋風剣っ……!!』




紅蓮「『断罪のブレイド・オブ・』……!!」




七波『雷・帝・殺ッ!!!』




紅蓮「……『炎閃舞バーニング』ぅぁぁあああっ!!!」




 50mに及ぼうという、作家の長大な剣が叩きつけられるように、再生した直後の奴の体をもう一度斬り裂く……!



 そして、あたしの太刀が、孔球に深々と突き立って……!



七波「……はああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



コロナ『0』



 その内側から溢れ出る、魔神すら一瞬で焼き尽くす怨念の雷光が、孔球を木っ端微塵に吹き飛ばした……!




『KiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiOooooooooooooooooooooAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!』




 ……向こう側の物だったが、奴の断末魔の声があたしの耳にまで届く。




 あたしの目の前のバケモノは体の奥から光を放ち、そして……光の粒となって、霧散した……。




七波「……ふぁはっ!!? はぁ……はぁ……はぁ……!」




コロナ『カウントダウン、終了』




七波「……ぁ……」




 あたしはそのまま膝をついて、前のめりに倒れ込む。



 もう、結果は見たくない。心底どうでもいい。



 今見たものの結果が、いかなる物であったとしても、その後に生じる全てを受け入れようと、あたしは無防備な姿をそこに晒した……。



 ……。



 ……。



 ……。



七波「……クレシダ」


クレシダ『ん?』


七波「……どうなったか、独り言でしゃべってくんない?」


クレシダ『……。……それは結果を聞きたいって事?』


七波「そんなことないですぅー。ちょっとだけ気になってるってだけですぅー」


クレシダ『はいはい。……ふふ、心配しないで』


 まぁ、そうであって欲しいとは思える事をしたつもりだけど。


クレシダ『……ステージクリア! お疲れ様、ナナミ!』


七波「……うっせ。……はぁぁぁ……」


 そんな悪態をつきながらも、あたしには何とかやり切ったという充足があった。


七波「……」


 ごろりと地面に大の字になりつつ、右手を持ち上げる。


 痛みがすでにない事で察しは付いてたけど、案の定、そこには青黒い悪孔空間の空を背景に、既に再生した腕がちゃんとついていた。



 ……あたしは再生する。この空間のお陰で。


 何も作り出すこともない、あたしの腕は、再生する。



 でも……咲子の手は……。



七波「……。……あたしに……何ができんのかな……?」


 この右手で、あるいはそれ以外でもいい。


 右手をなくしたあいつを、きっと心から救い出したいと、一抹の不安と共に願う。




『何を我が手に 偲ばせる


 炎火の土を 踏みしめて』




 ……μみゅーろんさんのボーカルが、哀赦さんの曲の最後を締める。


 ああ、気が付いてなかったけど、何回ぐらいリピートしてたのかな?

 ……まぁ、そんなのはどうだっていい。


 大事なのは、戦ってる間、この曲があたしの心をちゃんと支えてくれてたってこと。




『ああ 瞋恚しんいの果ては いつも空しき


 されど今は 月の人に捧ぐ


 獄の悪鬼は 内に笑み 秘めたまま……』




 そしてあたしはその歌詞の通り。




 この行く末に不安はあったとしても。




 まずはその勝利を喜ぶべきだった――。




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