1-4-30-3 【桜瀬七波】 悪鬼の歌垣 3
『妖幻肢身』で、煙になってあいつの鎌をかわすって手段はあったかも知んないけど、それじゃ間に合わなかったワケで。苦肉の策だったけど、上手く行ってよかっ――
クレシダ『バカ言わないでよ、人の体が一トンの重さに耐えられるわけないって。三倍でも十分ヘヴィだったでしょ?』
七波「……ちょっと待て、誰が体重100キロだ!?」
クレシダ『あ、そーゆーのはそんなすぐに出るんだ……』
七波「なにおう」
クレシダ『それにさ、ナナミ――』
七波「え?」
しかし、クレシダが何か言いかけた直後……!
紅蓮「うぁっ!!?」
あたしの視界の横で地面を転がる白い姿があって……!
七波「作家っ!?」
紅蓮「くっ……ゴメン、倒しきれなかった……!」
フレイバーン「やってくれるぜ……懐に入ったと思ったら、ガードに徹しやがった。ブレードごと弾かれちまった!」
『kooooooooooooAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
向こう側のバケモノの咆哮。
振り返れば、あたしが切り落とした頭がさらさらと光になって消えて行く。
そして頭を失ったバケモノの体も、むくりと立ち上がって、そのあるべきところに頭部が再び構築されていった。当然、破壊した左腕もだ。
僅かな間の硬直の後……!
『……kiiiiiHiiiiiiiiiiAaaaaaaa!!!』
七波「くぅっ……!」
その咆哮に気圧されるように、あたしは即座にその場から飛び退る。
着地したすぐ傍で、作家が体を引きずるようにして立ち上がっていた。
紅蓮「もしかして……今度はそっちが再生しちゃった?」
七波「……これは結構空しい瞬間だね」
紅蓮「ゴメン」
七波「気にしないで。でもこれは相当大変なミッションだよ……!」
ふぅ、と息をつく。
クレシダ『ナナミ、ボクの言葉の続き』
七波「え?」
クレシダ『あいつを倒しちゃうのもいいんだけどさ。悪孔空間での戦いの目的は、相手を倒すことじゃなくて、相手の孔球を破壊することだよ』
七波「……あ」
……って事は、あたしも倒せてないじゃんか。
クレシダ『まぁ、孔球を仕留めるために、動きを止める方法として、生命活動を一時的に止めるってのはいいやり方かもしれないけどね』
七波「……ごめん、作家」
紅蓮「いいよ、お互い慣れるには時間がかかるよね」
ったく……相変わらず優しい言葉がちょっと身に染みるじゃんか……。
……それはともかく、実はこの時点でちょっと心配なことがある。
あたしの体にダメージらしいダメージはない。
クレシダのおかげでいくらか時間があれば回復しちゃうから、今はどこも怪我してない。
さっきの足の痺れも消えていた。
でも。
七波「ん、くっ……ふぅぅ……」
……問題はどうやら肉体的な疲労。
疲れや体力の消耗は、体の怪我なんかのダメージとは別物らしく、なんだか全身に引きずるような重さを感じている。
……早めに終わらせないと、持たないかも知れない。
フレイバーン「野郎、そっちの世界と存在情報だけじゃなくて、状況まで共有してるみてェだな」
七波「うん……ヤバくなると、もう片方は守りに徹してるよね」
フレイバーン「ああ、しかも防御力もある。全部一撃必殺ぐらいの気合じゃねェと弾かれるだけだ」
七波「あるいは、あいつの守りの内側に飛び込めって事かな」
フレイバーン「いい勘してるぜ。それか完全に動きを止める方法を考えるか」
七波「……そっか」
不思議なモンで、直接話すのは今日が初めてだって言うのに、本物フレイバーンと戦いについてフツーに協議するあたし。
そりゃ戸惑ってなんかいられないわけだけど、共通の敵って言うのは仲間意識を強くするってことなのか。
七波「作家、そっちはダメージとか大丈夫なの?」
紅蓮「うん、この装甲のおかげでね。痛みはフィードバックされるから衝撃は結構あるけど、実際にダメージは……」
コロナ『紅蓮。スーツの防御力が低下しています』
フレイバーン「お?」
七波「は?」
紅蓮「な!?」
……なんか咲いた。
コロナ『スーツに刻入されたシールドゲート回路が、衝撃軽減作用によるオーバーヒートで一部ショート、電磁アシストが消失している箇所があります。完全に回路が焼き切れた場合、フルヘクサ・ロンズデーライト装甲上へのダメージはまだしも、装甲の薄い関節周辺への攻撃で、四肢が切断される可能性も否定できません』
紅蓮「……。……知りたくなかったねー……」
フレイバーン「野郎がそれに気づくのが先か、偶然でもぶった斬られるのが先か」
紅蓮「斬られるの前提で話をしないでくんないかな」
七波「ヤバい、の……?」
俄かに湧き上がる不安に、あたしは思わず聞いてしまう。
フレイバーン「奴の攻撃をかわし切れば何の心配もねェんだが、残念ながらアレは俺ですら全部かわし切る自信がねェ」
紅蓮「ここまでぶっちゃけ食らいまくってるからね……ここから一発も食らわないってのはさすがに虫が良すぎる話だと思う」
……あたしだけじゃなくて、作家も追い込まれてきてる。
状況は尻上がりにヤバくなってくばかりで、全くありがたくないけどジリ貧という言葉がしっくり来る。
そして……!
『keeeeeeeeeeeeeeAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
奴もまたあたし達の回復を待ってはくれない。
その巨体を揺らしながら、あたし達を斬り裂くべく、迫り来る……!
七波「作家、行こう!」
紅蓮「七波……!」
七波「もう、動くしかないよ! 少しでもこの力の勘を掴んで、作家に合わせるから!」
紅蓮「分かった! 無理はしちゃダメだよ!? 俺も声で出来るだけ状況は知らせるようにするっ!」
七波「そうだね! お願いっ!」
歯を食いしばって足に力を込め、地を蹴ってバケモノを迎え撃つ……!




