1-4-30-2 【桜瀬七波】 悪鬼の歌垣 2
七波「……絶命するって言うのを敵の後ろから見るってのはどーかと思ったけど、あんまり趣味よくないね」
ぼんっ、という軽い音共に、斬り捨てられたあたしの体が煙になる。
『kiHiiiiiiiiAaaah!!!?』
バケモノはあたしの声の方――自分の真後ろへと顔を向けてくる。
……何事かと言う表情なんだろう、その顔は。
名乗りが欲しいなら、くれてやる……っ!!
七波「平家の鬼幻将・悪七兵衛……!」
ぐんっ、と地を蹴って再び突撃……!
七波「『景清』ッ!!!」
あたしの愛した悪の名を冠する猛将――その力を、身を持って味わってもらうっ!
クレシダ『いきなり騙し技とか、手の内を明かしちゃって大丈夫なの?』
七波「ンな事言ったって、あたしだって手の中に何が入ってるのか良く分かってないんだから、試さなきゃどーしょもないでしょーが!」
クレシダ『まぁ、ごもっとも』
バケモノの大上段に振りかぶられる鎌が、一気にあたしに襲い掛かるけど……!
七波「……たぁぁああああああっ!!!」
下から掬い上げるように――あのバケモノからしたら、爪楊枝みたいなモンだろうけど――あたしは手に馴染んだ自分の刀を振り切る……!!
ギィンッ!! という盛大な鈍い音が周囲に響き……!
『kaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?』
奴の鎌を弾き飛ばすっ!
体が反り返るほどに腕を吹き飛ばされるバケモノ。
クレシダの言う通り、あたしに宿ったこの力――どうやらちゃんとあいつに通じるみたい。
多分、これが主観時間も広がってるって奴なんだろう、あいつの攻撃にも対応はできてる……!
でも、奴は即座に反対腕の鎌をあたしの体へ振り切って……!
七波「――『妖幻肢身』ッ!!」
すっと、あたしの身体に鎌が通る。
でも、それはさっきと同じ。
切られた体は煙になって、ただ朧に消えるのみ……!
『ブルーラインオデッセイ』の最高レアリティユニット・『【平家の鬼幻将】悪七兵衛景清』の持つ、対象への攻撃を確率60%で回避――無効化する凶悪スキル。
スキルレベルが上がるとMAXで90%!
攻撃主体じゃ使いどころはないけど、チームでのボス戦では、挑発という別スキルでボスの攻撃を一手に引き受けるキャラにかけると無類の強さを発揮するんだよね!
そしてこの状況では、奴の攻撃対象はあたししかいない。
その無類の強さでどこまで押せるか……初プレイのこの状況で、まずは試すしかないよね……!
そんなあたしは既に宙へと舞って、奴の頭へと肉薄しようとしてる……!
『kuGiiiiiiHaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
二度三度ならず、一瞬で十に及ぼうと言う斬撃を繰り出す鎌は、確かに上昇するあたしの身体をしっかりと捉えてる。
でも、それらは全て遅い。
切る体、斬る身体……どれも全てが幻のごとく虚ろの器となって、敵を惑わす。
本当のあたしは……!
七波「はぁぁぁっ!!!」
既に奴の頭上高く。
今度はこっちが大上段に振りかぶって、奴の頭を叩き切るために落下……!
『keaHaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……!!!』
七波「っ……!?」
奴の額の灰色の玉が光を帯びる……!
クレシダ『七波っ! ビームっ!!』
クレシダが補佐キャラの役割をしっかり果たす。
状況は腹が立つが、今は乗ってやるよっ……!
七波「『真経津鏡』ッ!!」
自身の防御力200%アップの防御スキル――目の前に文字通り鏡のような円形の盾が眼前に現れて、奴のビームを受け止める……!
七波「ぅ……くぅぅぅっ……!?」
反射とか無効化とかじゃないからチリチリと刺すような体の焼かれる感覚があるけど……行ける……守り切れる……!
その照射が切れたところで盾は光になって消滅……光の中からあたしが飛び出して踊りかかり……っ!!
七波「せぁぁぁぁぁっ!!!」
奴の頭に……刀を振り下ろすっ!!
『kuAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
刃の交わる痛烈な音……!
七波「なっ!? くそっ……!!」
×の字に交差させた鎌であたしの太刀を受け止めるバケモノ。
ぎりぎりと力で押して刀をその額に押し付けてやろうと……!!
七波「……くるぉぉぉぉぉぉぁぁああああああっ!!!!」
全然女の子らしくない唸り声で、全力を振り絞る……!
平家の悪将の力……こんなもんじゃっ!!!
しかし……唐突にっ……!
『keAaaa!!!』
バケモノが一気に後ろに下がる。
七波「ちょっ……何っ……!?」
急に力が一気に抜けて、あたしは5mほど真下の地面に着地する。
バケモノは警戒するようにあたしを遠巻きに、油断無く見ているけど……。
クレシダ『ナナミー、連絡だよー』
七波「何っ!?」
ヘッドホンから音声が流れる。
フレイバーン「……くっそ、再生しやがったっ!」
七波「えっ!?」
周囲を見回す。
作家と思しき影が見つめる先に、白いバケモノが声を上げるシルエットがあった。
七波「……うそ!? 作家、もう倒しちゃったの!?」
紅蓮「ご、ごめん、早すぎた? こっちは時間が広がってるから結構かかってヤバいと思ってたんだけど……」
七波「ぃ、いや、ゴメンはこっち! まだ良くこの力の使い方が分かってなくて、手間取ってる!」
主観時間は広がってるのはこっちも同じだから、作家の戦いはちゃんと見える。
それは問題ないんだけど……やっぱり慣れてないって事みたい……!
紅蓮「そっか、分かった! でも無茶は言えないけど、どのタイミングでやったらいい!?」
七波「こっちが合わせるしかないよ! そっちにこっちのタイミングを瞬間的に伝える手段がないんだもん!」
紅蓮「そうやってまた抱え込んでない!?」
七波「心配しないで! あんたこそ自分の仕事してよね!?」
紅蓮「分かってるさ!」
あたしのぐっと立てた親指のニュアンス、作家に届いただろうか?
それはともかく……自分の仕事とはよく言ったもんだ、またあたしはあいつを倒す算段すら立てられてないってのに。
七波「でも……泣き言なんか言ってられないんだよね……!」
腰を落として、癬丸を両手で握り、刃を天に向けて構える。
『keeeeeeeeeeeAaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!』
耳障りな声を上げながら、一気に間合いを詰めて来るバケモノ。
振り上げた鎌を……!
七波「ぜぇぇいいっ!!!
二度、三度、大振りで弾き返す!
音は小気味いいけど正直重い……!
四度目の振り上げられた鎌は、真上からの串刺し……!
七波「……ふんっ!」
横に回転しながら、空中に舞う。5mはあるだろう、奴よりも高く。
その回転を利用して、手のひらで空中を撫でると、横並びに現れる9つの人魂……!
七波「……『曼荼羅観音』!!」
人魂はぐるりとあたしの眼前で円を描いて輝きを増す。
闇属性・全体攻撃の多段ビームによる掃射。
人魂達が、一番強い輝きを伴ったところで、一気に放たれる光線……!
『shiiiiiiiiiiiiiiiKiiiiiiiiiiAaaaaaaaaaaaaaa!!?』
眩い光が次々にバケモノに着弾する。
それを左腕の鎌を持ち上げて、かばう化け物。
七波「くぅぅぅぅぅっ……!!」
その腕を押し切るように、あたしは突き出した腕に力をこめて……!
『……keeeeeeeeeeeAaaaaaaaaaaaaaa!!?』
甲高い、何かが砕けるような音が響くと、左の鎌は木っ端微塵に吹き飛ぶ。
そこから2発、3発と、光線がバケモノの頭に直撃し、兜のような頭の後ろを砕かれながら、その巨体がぐらりと後ろに揺れた。
その間にあたしは着地……!
ちらりと横に目をやると……!
紅蓮「……だぁぁぁぁっ!!」
白い影の舞う向こうの世界でも、作家の蹴りがバケモノの頭を捕らえて、奴の体がのけぞっているのが見えた。
七波「見えてるっ! 行ってっ、作家っ!!」
紅蓮「……分かったっ!!」
右手の人差し指から小指までを、癬丸の柄の上で波打たせるように順番に握りなおす。
七波「源家……『必』『殺』……!」
揺れたままの巨体目掛けて……!
七波「……『旋風剣』っ!!」
飛び出すっ!
七波「ぃいあああああああぁぁぁっっっ!!!!」
純粋な風属性・多段ヒットの強攻撃スキル……!
剣から溢れた無数の斬撃をまとう小さなつむじ風になって、あたしは刀を立て、その巨躯に包まれた孔球目掛けて突っ込ん――
『……kuuuuuuWaaaaaaaaRaaaaaaaaaaaa!!』
七波「……えっ!?」
半分意識の飛んでたと思ってたバケモノの体が、跳ね起きるようにして戻る。
そして……!
『kiShiAaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
残っていた右腕の鎌で、つむじ風ごとあたしの体を下から切り上げようと……!
七波「……くそっ!?」
こちらの攻撃が届く前に、奴の鎌が届くのが目に見えた。
それを弾くべく、つむじ風の中で慌ててあたしは癬丸を振りかぶるけど……遅いっ……!?
七波「……くぁっ!?」
鈍い音と共に……振り下ろした癬丸で何とかガードはするけど、力に負けて、空中高く打ち上げられる小さなあたしの体。
七波「……っ……!!」
宙でふわりと重力が失われる感覚。
体が何もかもの感覚を失うゼロ・グラビティ。
でも、そこから重力を感じた途端、あたしは気づいた。
……あたしは頭を下に落ちていると。
七波「……わわっ!?」
上擦ったような声を上げて慌てるあたし。
視界の端で、作家がバランスを崩したバケモノの体に飛び込むのが見えて……!
七波「くっ……!」
まずい……また作家に遅れをとる……!
あたしは体勢を整えようとする。
でも空中でどんなに手足を振り回しても……!
『kiHiiiiiiAaaaaaaaaaa!!』
落ちるのはバケモノの体の上であることには変わりない。
そしてそんな奴の目はあたしの体を捉えていて、その鎌でもう一度あたしを薙ぐべく、待ち構えるように振り被っていた。
……落ちる。
奈落の底から刺すような殺意があたしを見つめている。
一瞬、ぞくりとした。
でも……引いてなんかいられない。
そんな目になんかビビッていられないっ!!
落ちたら斬られるってんなら……!
七波「クレシダぁっ!! ……重力っ……!」
クレシダ『えっ……!?』
落ちなきゃいいだけのことっ!!
七波「遮断!!」
クレシダ『っ!? ……ほいっ!!』
ぴたりと空中で止まる……!
あたしの鼻先を、勢い良く通り過ぎていく鎌――『見開かれる眼』。
勢い余ったバケモノの体が大きくひねられて……巨大な兜のような頭で見えなかった首が、あたしのその開かれた眼前に晒される。
それを見た瞬間……!
七波「十倍っ!!」
クレシダ『無茶言うよっ!!』
ぐんっ、と凄まじい勢いであたしの体が地面へと……バケモノの首へと逼迫して……!
七波「……たぁぁぁっ!!!!」
無我夢中だったとは思う。
でも、あたしは可能な限りタイミングを合わせて……癬丸を振りぬくっ!!
ざんっ! という音が響くと同時に着地……!
七波「ぐっ……うぅぅぅぅっ……!!」
みぢみぢみぢっ……と、地面に叩きつけられるように――あたしは体が砕けそうになるような足の痛みと共に、ついさっきゼロだった重力を感じることとなった。
直後、あたしのすぐ背後に、重い音を立てて地面に突き立つ何か。
七波「っ……!?」
慌ててあたしは振り返る。
……果たしてそこには、胴体から泣き別れになったバケモノの頭が垂直に立ち、ゆっくりと、どうっ、という音と共に倒れた。
七波「ふぁっ……や、やったっ……!」
くたりと尻餅をつく。……手が震えてる。
興奮ですっかり麻痺してたけど、相当ドキドキしてたらしい。
そして倒れた頭の向こう側では、体もゆっくりと力なく崩れて行った。
……足もびりびりとかなり痛いけど。
七波「うくっ……ふぅ……さすが十倍の重力はきついね……!」
どうにかやり切った感覚で、安堵のため息をついた。




