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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
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1-4-30-1 【桜瀬七波】 悪鬼の歌垣 1



◆ 視点変更『桜瀬七波』 ◆



 ……本当にあのまま、死んじゃうかと思った。

 体は全然動かないし、ホントにどんどん冷たくなってくし。


 それでもあたしは、どうやらこの二本の足で、もう一度立てているらしい。

 ……っていうかそれ以上に、どうもあたしの体はとんでもない事になってるらしく。


七波「内臓破裂してたって言ってたけど、もう本当に大丈夫なんだよね?」


クレシダ『もちろん。今、ちゃんと動けるのがその証拠だよ』


 お腹の辺りをぽんぽんと叩いて見るも、特に痛いとかないのは、クレシダの治療によるものだ。


七波「向こうに戻ったら、また血ゲボしちゃうとか」


クレシダ『この悪孔空間にいるナナミは、基茎座標空間からナナミのアバターを操作してるとかじゃないんだ。ナナミを肉体情報ごとこっちに転移させてるわけ。だから、ナナミがどんなに怪我してても、データバンクに保存してた情報を元に、ボクが回復呪文を唱えればこっちのルールで元通りだよ』


七波「そうか。え……もしかしてフツーに怪我した時もこっちにくれば?」


クレシダ『怪我だけじゃなくて、病気しても十数秒で回復だけど』


七波「マジでか。なら次回からこの物語のタイトルは『異世界に転移したらチートスキルを手に入れた件について』だな」


クレシダ『各方面から怒られると思うからやめた方がいいね』


七波「ちっ」


 便利と言うか、それとも状況によっては他人に不気味と取られるか。

 それでも……あたしはこの空間のお陰で助かったというのは間違いない。


 さっき倒れ伏して、スマホを取り出していたのが幸いした。

 クレシダのコールで何とか指だけ動かしてスマホをいじり、辛うじてこの悪孔空間へ来ることができたんだよね。


クレシダ『でもね、ナナミ』


七波「ん?」


クレシダ『そのスキル――というか、この空間へアクセスできる権利を持ってるキミにとって、その程度の能力じゃチートにはならないと思う。これから七波がしなくちゃいけない事は事と次第によっては、回復に10秒なんか待ってられない状況に陥る可能性があるからね』


七波「……つまりそれは、さっきの作家と黒甲冑の戦いのような超高速バトルをしろって話か」


クレシダ『もっちろん♪』


七波「全く……とんでもない事に巻き込んでくれるよね……!」


 さっきのアレは、目で追う事も出来なかったっつーのに……。


紅蓮「七波! 大丈夫なのっ!?」


 ヘッドホンから、作家の声。


 向こうはこっちが見えていないもんで変な方向向いてるけど、目の前の白いシルエットは作家のそれだ。

 実際の位置と、声の聞こえてくる場所が違うからちょっと不思議な感じはするが、この際気にしていられない。


七波「あー、作家っ! あたしは大丈夫! だけど、状況はこのまま放置しておけないっ!」


紅蓮「そりゃもう!」


七波「いい作家!? 手短に話す! 今作家の目の前にいるその宇宙人は、ゲフリーさんがさっきのヴァーグとか言う黒甲冑の体を元に作ったバケモノだ!」


フレイバーン「……やっぱりゲフリーレンの野郎が絡んでやがったか!」


 それはクレシダからもたらされた情報。


 つまり、この状況は――。


七波「……あたし達はあいつを何とかしなきゃいけない!」


紅蓮「あたし『達』っていうのは……?」


七波「察しろバカモノ! あんたとあたしに決まってんじゃんかっ!」


紅蓮「いや、俺は分かるけど……! ってか七波は今どこにいんの!?」


七波「えーと、作家のいる空間の並行世界的などこかだよ。あんたはあたしを見えてないけど、あたしはあんたが見えてるんだよね!」


紅蓮「ゴメン、七波が異世界行ったとか、この状況でそんなラノベ展開、全然実感湧かない!」


七波「なら気にすんな! あのバケモノはこの空間とそっちの空間に同時に存在してて、片方がどんな致命傷を負っても、もう片方が無事なら、その傷を治しちゃうんだ! だからあたし達は、『同時に』このバケモノを倒さなきゃいけない!」


紅蓮「七波もっ!? ってか同時も何も、俺は七波がそっちで何してるかとか全然分かんないんだけど!?」


七波「心配しなくていい」


あたしは『手にしていた刀』を横薙ぎに振るって……!


七波「あたしが合わせる……!」


周囲に一陣の風が舞い、それを追うように小さな雷光が走る。


紅蓮「何する気だよ、七波! あいつはお前が戦えるような相手じゃ……!」


七波「……戦えるんだよ」


紅蓮「えっ……?」


七波「って言うか、この状況を生んだ妖怪耳たぶイジリは、あたしに戦えって仰せでね……!」


『kiiiiiiiHaaaaaaaaaa!!!!』


 少し複雑な心境で、あたしは目の前の巨大なバケモノを見つめた。

 まっすぐ、そして警戒怠りなく。


七波「とにかく! 今のあたしに、作家に納得してもらえる説明はできないよ! 時間もない! お願いばっかりでゴメンなんだけど、今、作家にしてもらいたいのは、あたしが作家をそうしたように、作家も『あたしを信じてほしい』って事!」


紅蓮「……っ……! ……そう、なの……!」


 作家はそれで少しは納得してくれたらしかった。

 あたしの置かれた状況がどうこうじゃなく、あたしの――『あたし達』のやらなきゃいけない事を。


 それで十分……!

 あたしは少し力を抜いて構え、僅かに足を引いて腰を落とす。


七波「……ばっさりやられたら、もちろんお亡くなりだよね」


クレシダ『その通り。まともに貰えば回復する時間はないだろうね』


七波「楽しそうでイラつく」


クレシダ『いやいや、これでもボクは自分がやった事が無駄にならない事を祈ってるけどねー』


七波「ったく……ずっとこんな事やってたんだ」


クレシダ『その通り! ボクはこの星の世界中の娯楽から情報を取捨選択して、このシステムを作り上げてる! ナナミ、キミは選ばれたプレイヤーだ。このマスターが作り上げたゲームを無事に潜り抜ける事を祈ってるよ!』


七波「……アニメとかの主人公が、命がけの戦いを『ゲーム』って呼ばれた時の腹立たしさが理解できた気がするね……!」


クレシダ『フフフ……マスターを、そしてボクを失望させないでね。あんな奴にぶった切られるような無様な戦い方……』


七波「舐めんな」


クレシダ『お?』


七波「あんた達が作ったゲームだ? フン……暇さえありゃゲーム三昧、厨二三昧のあたしの実力を、ドシロートのあんたに見縊ってもらいたくないね……!」


 刀を、構えなおす。


 その刀の名は『癬丸あざまる』。

 茎尻なかごじりより切り縮めて、大きく磨上げたる刃渡りは一尺八寸かまつか

 小振りだけど、元々小柄なあたしには、手にしっくりと馴染んだ。


 幾多の剣豪を巡り歩くも、その所持者はことごとく眼に災いを被ったという妖刀でもある。

 厨二心が疼くよね……!


 何より『眼に災い』をもたらすその逸話――それは『あたしにぴったりだろう』。



 クレシダが情報を集めて構築したっていう『このゲーム』では、世界中の様々なメディアで展開されてるあらゆるゲームのキャラの設定を、この身に宿すことが出来るという。


 その力を使って、現れる敵と戦い、勝利しろというのが『基本的な』目的。

 ……他にどんな目的があるってのかな……。


 それはともかく、その宿したキャラの強さなんてのはゲームによって千差万別なんだろうけど、ここではゲームでの設定的な強さよりも、思い入れが左右するって話。

 動きやその持っている力を再現するためにはそのキャラのイメージの方が必須になると。



 なら、あたしが今選ぶのは、このキャラしかいない。



 ぼう、と右眼に炎が宿る。


クレシダ『悪孔カウント、全数値要件をクリア。討伐基準値、適正。……いいね、どちらがばっさり逝っても不思議じゃない状態だよ♪』


七波「うっさいな。……クリアの条件はなんだっけ?」


クレシダ『あのカーシェル星人の身体の中に、うっすら孔球が見えるでしょ』


 クレシダの言う通り、青緑の体の下半身の、上半身との付け根――膨らみ始めた部分辺りに丸くて白いものが見える。


クレシダ『グレンが向こうであいつを倒すのと同時に、あれを斬っちゃいましょう!』


七波「おっけ」


 右手でまっすぐに癬丸の剣先をバケモノに突き付けつつ、左手でスマホを取り出して操作。


七波「……クレシダにフォローは頼んでいいの?」


クレシダ『うん、構わない。このゲームのシステムを管理するのと、この空間にアクセスしたナナミを補佐するサポートシステムの役割は別物だからね。危険もできるだけお知らせするよー』


七波「なるほど。まぁ、いざってときには遠慮なく使わせて貰うからそのつもりでいてよね」


クレシダ『りょーかいー。……ただ、体の『修復』は気をつけて? 自動的に直すようにしてるけど、これは徐々に直るんじゃなくて、『修復設定が完了したらそのデータを七波に上書きする』のが『修復』システムなんだ。だからそのプロセスが完了するまでは怪我したまんま。倒れて動けなくなってその間に斬られちゃう、ってのは全然ありうる話だからね?』


七波「把握」


 スマホの画面をタップ。


 ……ヘッドホンから流れ始める和なBGMは、かき鳴らされる三味線から始まる。

 サビからのスタート――冒頭から入るボーカルが、あたしの耳の奥に語りかけるかのよう。




『――千のむくろの 向こう側


 我が歩む道は 横たわるか』




 ――『獄婁ゴクル ノ ザン月』。

 恋人を失って戦いから遠ざかった一人の戦鬼が、恋人の愛した故郷を守るために再び戦いに赴く物語を描く、葦原ミズホのボカロ曲。


 ボカロP・哀赦あいしゃさんの、つい最近たった一週間で再生数ミリオンを達成した珠玉の一曲だ。

 和といえばこの人のイメージも付きつつある、雅溢れた神曲の担い手。


 そして歌い手は、女性の『歌ってみた』常連・μみゅーろんさん。

 表現力が凄くて、カッコいいのも、かわいいのも、コミカルなのも幅広く、抜群の歌唱力で歌い切るあたし一押しの歌い手さんでもある。


 その曲を見事に表現したしっとりとした歌声に、あたしは僅かな間、身を委ねる。




勇者ゆうじゃの心 今はなし。


 血河けつがほむらに 耳を貸さず』




 ……不安はある。逃げ出したい気持ちはある。ない方がおかしい。

 あの甲冑をまとった作家が今の今まで全力で戦ってた相手と、あたしは対峙してるんだ。


 ただの一般人のあたしが、あんなバケモノと戦うなんて、ぶっちゃけどうかしてるこの状況。


 でも……あたしはこの件からは絶対に逃げたりしない。




『されど虚月に 涙散る


 恋一つ に 舞い願う』




 逃げてあいつに……笑顔で会えるなんて思えないから……!

 それがどんなに重かろうが、あたしの自己満だろうが、やってみせる。


 それが、結局『あたし』なんだ……!




『ああ あなたはただ 平を望んだ


 無垢なる笑みは 我が背なに……!』




 すぅぅっ……と息を吸う。

 きっとできる。あたし一人じゃないから……!


 そして、内に宿った緊張を一気に押し出すように……声と共に吐き出す……!


七波「作家っ! いくぞぉぁぁっ!!」


紅蓮「……よく分かんないけど、分かったぁっ!」


 和太鼓のビートに合わせて一気に高揚する曲のオープニングにあわせて――地を蹴って、疾走……!

 あたしのすぐ横で、白い影が一緒に走る!




 やれる。そう言われた。




 ならあたしが











 ――スッ……!













七波「え……?」















 ……何が起きたか、分からなかった。






 右肩から、左の腰にかけて。






 あたしの身体は、切り裂かれている。




七波「……ぁ……れ……?」




『Kaaaaaaaaahaaaaaaaaaaaaa……!!!』




 そいつは鎌状の腕を振り下ろしていた。


 ……実に満足げな吼え声と共に。




 その軌道は、あたしの体を通過している。




 凄まじい切れ味のそれは、何の抵抗も無くあたしの柔らかな体を斬り落とす。




七波「ぁ……あっ……!」






 あたしは。






 何も理解することなく。






 無の表情のままで……




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