1-4-29-4 【熾堂紅蓮】 痛覚の理由 4
紅蓮「痛いけど……理不尽だけど……!」
俺はカーシェル星人の鎌を見つめながら小さく呟く。
紅蓮「お前のそれは、誰かの心の痛みを感じるよりも、痛くなんかないっ……!」
――もちろん最初は、突然現れたフレイバーンたちに理不尽を感じて、声を上げたりもした。
今だって、俺自身がこんな風に戦う事に疑問の拭えない部分はある。
納得はきっと、難しい。
でも改めて――痛みを受けながら、もう一度深く考えて。
俺はどうやら、今の状況にそんなに苛立ちを感じてるわけじゃないらしいって事に気づけたんだ。
紅蓮「……立ち向かえるから」
『こんな立ち向かえる脅威に、いいようにされる事の理不尽』に比べたら些細な事だから。
そんな事よりっ……!
紅蓮「七波が声を上げたいほど悲しんでる時に何もできなかったら……!」
その怒りが通うように、警棒から揺らめく光が伸びて……!
紅蓮「今の痛みなんか比じゃないんだよっ!!」
『kiHiaaaaaaaa!!!』
カーシェル星人が反対の鎌で俺を斬り付けようとするけど……!
紅蓮「……はっ!!」
斬り付けてくる方の鎌を、磔にされていたコンクリートを蹴ってかわす。
――ざくりとコンクリートに突き立つ鎌。
空中で体をひねりながら、カーシェル星人の鎌の根元――関節に警棒を振り下ろして……!!
紅蓮「……はぁぁぁっ!!」
――ザンっ! という切断音も小気味よく……
『KyaHaaaaaaaaaaaaaa!!!!!?』
腕を、斬り落とす……!
カーシェル星人は、切断面から体液を撒き散らしながら、痛みに悶えている様だった。
俺の感情の煽りで、警棒は青く輝くレーザー型の小剣の姿を取っていた。
『光刃警棒』。
この状態なら――チープでも分かりやすい言い方をするなら――鉄ですら、容易く一刀両断する。
……そして。
紅蓮「……やっぱり……傷一つない」
体の――スーツの状態を確認するけど、奴のレーザーの直撃で少し焦げ痕がある程度だった。それも煤みたいなモンだろう。
そう、それが俺の、この非日常への理不尽をやわらげてくれている理由だと思う。
フレイバーン「……ああ、俺にとってもこの赤いスーツの装甲は予想以上だぜ」
紅蓮「フレイバーン。……見てたね?」
フレイバーン「殴り合いの中の方が冷静になれるタイミングってのがあんだよ。……そういうのは口で言っても実践できるもんじゃねェからな」
紅蓮「……うん、良く分かった」
……同時に千尋の谷底に叩き落とされたライオンの子供の気持ちが、ちょっと分かったかも知れない。
紅蓮「でもさすがにあれだけやられたら、ちょっと痛かったけどね」
コロナ『ある程度の衝撃は、スーツを介して装着者に転写されます。あなた方、人間の痛覚と同じで、何も感じないという事は危険を知ることができないという事と同意です』
紅蓮「……なるほど」
コロナ『装甲はあの黒色のベイキング・グラファイトを凌駕する、フルヘクサ・ロンズデーライトに変質。銀河でも十指に入る硬質な鉱石で出来ています。更にシールドゲートを刻入し、電磁アシストによる強度の倍増。そう容易く装着者を傷つける事はありません』
無機質なコロナの一言には僅かに自信のようなものが見えて、それがちょっと微笑ましく感じられた。
コロナ『もしも現状の刺激が不快であれば、フィードバックレベルを下げる事もできますが』
紅蓮「……。……ううん、このままでいい」
少し考えて、俺はそう返事をした。
多分『痛み』っていうのは、人が戦うって事には必須なんだ。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても。
痛みを知らなかったら、この拳で相手を殴る理由を失いそうだったから。
七波の心の痛みを、そしてかつて『作家』を失った痛みを、忘れてしまいそうだから。
『どうして泣いてるの?』――その理由は痛みを知らない奴には理解できない。
俺は、フツーの人間だから――少なくともそうでありたいから、無感情で人は殴れない。
どんなチートスキルを持たされたって、一方的に俺は誰かを殴る事なんてできない。
だから俺は、このスーツで守られているということを忘れないように、今のままで痛みを受け入れる……!




