1-4-29-1 【熾堂紅蓮】 痛覚の理由 1
◆ 視点変更『熾堂紅蓮』 ◆
俺は田舎が外の人間だから良く知らないんだけど、かつてこの与野城と言う町は、まだ日本が内陸水運が盛んだった頃に、河川港――つまり川を運送の動脈として物流を行い、栄えていたっていう歴史があるらしい。
少し離れた悠籠川という大きな川があって、そこから支流を造り、それを引き込んで港を作った場所であるここが、この倉庫街のかつての姿だって話だ。
ただ、さっき七波が教えてくれた通り、今は陸路が充実して、もうほとんど使われていないらしい。
目の前にはタンカーでも入れそうな大きな水路があり、川に繋がるであろう出口はあるんだけど、その出口は同じくかなりデカい水門で閉じられていた。
今は船はといえば、ボートみたいな船が3、4艘浮かんでいるだけ。水門の向こうの川は見えるけど、水門の向こうには行けないだろう。
でも、倉庫の方はそう簡単に変わることはないようで、七波に教えられてやってきたこの場所にも、名残のように結構広い敷地があった。……昔の荷捌き場はこっちだったんだろうな。
そして古い倉庫が立ち並んで、どれもこちら側に入り口を向けて、シャッターが閉められた状態。
これも今はこっちから荷物を入れる機会が減った事でずっと閉じられたままなんだろう。
大きいものは学校の体育館ほどもある。
それは今来た方に伸びていて……ヴァーグと戦ってた場所まで繋がってるんじゃないかな。
……で。
紅蓮「……あいつ……何でこんなトコに逃げたんだ?」
正直、何もない。
ぐるりと回りこんで町にでも逃げるつもりだろうか?
フレイバーン「こいつぁこの星の港か。……でもあんな水門が閉まってたら、船じゃ逃げらンねェよな」
確かに目の前の川は水門で水がせき止められて流れがなく、そもそも水門を突破できない以上、船で逃げるような手段を講じられるとは思えず。
っていうか、そんな原始的な手段……地球まで来られるような文明を持った宇宙人が使うだろうか?
フレイバーン「……なんだ? 何か違和感があるな……?」
紅蓮「……何? 水門が?」
フレイバーン「ああ、まぁ……いや、こっちは気にしなくていいぜ」
紅蓮「そう?」
よく分からないけど、そう言われてふと顔を上げてみれば、川の対岸は林になっている。
ここから先は山の裾野で、かなり広い森林地帯になってたと思うんだけど。
紅蓮「……ゲフリーレンを連れて逃げたって事は、あのヴァーグってのは地球から脱出を考えてるんじゃないかな?」
フレイバーン「……宇宙船が、林の中に隠してあるってのか?」
紅蓮「と思ったんだけど」
コロナ『確認しましたが、ここ数日内に我々以外でこの地域に飛来した宇宙艦船は『一隻だけ』です』
紅蓮「……ゲフリーレンに乗っ取られて墜落した奴か」
コロナ『はい』
フレイバーン「チッ……クソが……!」
墜落したって言う宇宙船は警察のものだったって話だ。
……フレイバーンが歯噛みする。
――この辺りの話は色々とあるんだけど、また今度で。
フレイバーン「……いや、でも宇宙船に戻ろうとしてるってのは紅蓮の言う通りだ、間違いねェだろう。ただ奴が宇宙船をどこに隠したかってのは……くそっ、アタリが付けられねェ……!」
コロナ『今のところ、本惑星気圏を脱出可能なレベルの艦船エンジンによる廃熱は周囲に計測できません』
フレイバーン「続けろ。少しでもおかしな熱源があったら報告してくれ」
コロナ『了解』
そんな二人(?)の会話を聞きながら、倉庫のシャッターをしげしげと見つめる。
……見てたって何が起きるわけでもないだろうけど、宇宙船なんて大きなものが入るとしたら、この体育館ほどもありそうな倉庫――
フレイバーン「……やれそうかよ?」
紅蓮「え?」
不意に話しかけられて、俺はきょとんとして聞き返す。
フレイバーン「『前』の時は理不尽だ何だ騒いでたからよ」
紅蓮「……」
……それは……そうだろう。
紅蓮「……理不尽は変わんないよ」
フレイバーン「あ?」
紅蓮「何度も考えてる。この二週間ぐらい。……どうして、って」
唐突にこんな事に巻き込まれた理不尽――それを俺が感じずにいられるはずがない。
でも……今は……。
フレイバーン「まぁ、よ……その、なんだ」
紅蓮「ん?」
フレイバーン「お前にも、色々迷惑かけちまってるけどよ、その……ま、俺で良きゃよ! 話は聞くからよ! なんつーか……こういう状況だからよ! 逆に俺じゃなきゃ聞けねー、みてーなトコもあるだろ、なぁ!?」
紅蓮「……」
フレイバーン「だからまぁ……言いたいことがあるなら――俺は気にしねェから、言えって話だよ……!」
何というか、フレイバーンはどうにも不器用なところがある。
一世代ぐらい前のヤンキーとかが、上手く気持ちを伝えられないような、そんなぎこちなさ。
ちょっと短絡的で喧嘩っ早いけど、根っこが悪い奴であるはずがないってのは知ってるからね……。
紅蓮「……俺の納得が早いか、それともフレイバーンとさよならするのが早いか」
フレイバーン「……あ?」
紅蓮「今はそんな状況かな」
この状況は、俺もフレイバーンも望んだものじゃない。
宇宙警察にとっても芳しいものじゃないという。
だから、宇宙警察の本部では俺たちの分離のための対策は練ってるって話だけど。
フレイバーン「……納得できんのかよ」
紅蓮「……分かんない。ただ、ずっとウジウジはしてたくないなっていうトコまでは結論が出た」
フレイバーン「……あのメガネのねーちゃんか」
紅蓮「うん、譜治光ね」
譜治光萌維。
俺の通う大学でも、屈指の美人で有名な女の子だ。
あんまり回りには出さないようにしてたのに、あいつは目ざとく俺の変化に気付いて、そして俺にかけてくれた言葉――
萌唯『熾堂くん。本を書く人は、日常でも何かあったらとことん悩まなきゃダメだと思うの。だから今の熾堂くんの姿勢はきっと正しいわ』
萌唯『でも、『どうして?』で行き詰ったら切り替えて、『どうしたら?』よ。……物語には終わりが必要なの、忘れちゃダメだからね――』
――俺なんかとは全然違って、大学生でありながら童話の本まで出版するような才媛のあいつが、なんで俺なんかに気を回してくれるのか分かんないけど、あいつの励ましで前に進もうとは思えた。
どうしてこんな状況に陥っているかじゃなく……この理不尽な状況をどう受け止めたらいいかを、考えられるぐらいには。
フレイバーン「……俺にゃ良く分かんなかったけどよ、お前にはお前の大切なモンがあるって事か」
紅蓮「そ」
フレイバーン「それが分かる前には……ははっ……確かに元に戻りてェわな」
紅蓮「まぁね」
フレイバーンの軽口のような一言には、どこか『なるようになる』のようなニュアンスが感じられて。
紅蓮(……そうだな、きっと、そういう考え方も……)
と、その時。
コロナ『周囲に不審な温度変化を感知』
紅蓮「……えっ……?」
フレイバーン「ンだとっ!?」
そのコロナの一言で俺たちは色めき立つ。
フレイバーン「温度変化ってのは何だ! 奴かっ!?」
コロナ『一時的に熱源ではなく極冷温を感知しました。異常な数値を示していますが、活動に際して温度が上昇している模様』
フレイバーン「どこだっ!?」
コロナ『地下から浮上中。……20m、15m……』
紅蓮「地下!? 倉庫の地下とか……!?」
コロナ『違います。その反対――』
紅蓮「反対って言うと……!」
コロナ『水源です』
紅蓮「……川っ!?」
振り返って水路へ視線を投げた瞬間――夜の川の表面が不気味に盛り上がり、その直後、爆発したんじゃないかと思えるほどの凄まじい飛沫が上がる……!!
紅蓮「うわわっ!?」
フレイバーン「なんだっ!?」
水飛沫は10mにも達しようとしていた。
その飛沫の中に……!




