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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
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1-4-28-5 【第三者視点】 舞蹈のあと



◆ 視点変更『第三者視点』 ◆



 ――惑星ドレーラは、水の惑星である。

 惑星表面積の98%が水で覆われており、およそ陸地と呼べるものがない。


 しかしながら、この星の住民たちは須らく『精神生命体』であり、物理的な肉体を持たぬが故に、惑星のいかなる場所でも存在することができた。


 ところが百年余り前のこと、この星は侵略者達の脅威にさらされた。

 この時の戦いは地の利もあり、惑星の住人達は辛うじて勝利する事ができたものの、侵略者達が持ち込んだ水溶性の電磁毒素は、精神体である彼らの生活圏を奪い、そして多くの命を奪った。


 ……そして今に至るも、ドレーラのこの毒素は滞留したまま、その環境は変わっていない。

 ドレーラ星人は、その残された生活圏を守るために、星系外の商人達から高額な惑星のクリーナーを買い求める。

 だが、そのクリーナーでは一時凌ぎにしかならず、常にドレーラは大金を要さねばならなかった。


 そのために、ドレーラ星人達は、稼ぎ口を惑星の外に求めたのだ。


ヴァーグ「あと、少しなんだ……こんなところで……終わってたまるかっ……!」


 ドレーラ星人・ヴァーグもその星の人間の一人だ。

 彼は星の人間の代表として、惑星外の『人型』の体を手に入れることの出来た、幸運なドレーラ星人だった。


 とある惑星における犯罪者の処刑の方法として、ドレーラ星人による肉体乗っ取りを利用した処刑方法が存在する。


 精神体であるドレーラ星人が、出稼ぎと言う形で星系外に出て収入を得るためには、知性を持つ有機元素で構成された『肉体』が必要だが、この死刑法は、その星の司法とドレーラ星人の利害を完全に一致させていた。


 このような『死』に直接繋がる存在として自分達が忌み嫌われることについては、ドレーラ星人は理解している。通常であれば耐え難い非難を浴びる事も少なくない。


 しかし、星にその肉体で稼いだ金を還元しなければ母星が死滅してしまう。

 故に、彼らは敢えてその汚名を浴びてでも、肉体を得たいと願うのだ。


 彼らの得る肉体は、主に元犯罪者となる。

 それ故、素性を隠すためにその顔にはフルフェイス型のマスクを着用する事が多い。


 ヴァーグの狙ったステルラスーツは、その性能といい、顔を隠すためといい、非常に都合が良かった。


 しかし賞金稼ぎが犯罪を犯すことなど許されているはずがない。

 それでも彼が宇宙警察と呼ばれる巨大な組織を敵に回してまで、そのスーツを求めたのは――



ヴァーグ「これでやっと……金が返せる……これでやっと……!」


 肩に担いでいた荷物――浴びせた電撃によるショックで気を失ったままのゲフリーレンの体をその場に下ろし、目の前の、やたらと広い薄暗い空間に置かれた異形の宇宙船の入り口の前に立つ。



 彼も始めは、故郷のための稼ぎを純粋に求めていた。

 故郷の復興――それは彼の『夢』だったはずだ。


 しかし、彼らの立場は常に忌避され、歩むべき道はいつでもの道。


 そしてそんな道を歩み続ける以上、仕事の失敗は即足元の崩壊に繋がる。



 ――彼は、失敗した。

 そして『夢』は無残にも水泡へと帰し、『夢を見る事』を『愚かさ』と紐づける。



 その自らの失敗が呼んだ命の危険に長く怯え続けた結果――彼は強大な司法の番人たる組織に手を出す事となった。それしか、彼には手段がなくなったのだ。


 スーツはこの仕事が全う出来たら破棄する予定だった。

 だが、事はうまく運ばず、既に自分の素性が警察に明らかとなってしまっている。


 こうなった以上、賞金稼ぎから犯罪者に身を落とさざるを得ない。

 それでもゲフリーレンという存在は、闇の世界であれば引き取り手は数多だ。ならばそちらに身を乗り換えてでも、やっていく事は――



ヴァーグ「……ああ、ウゼぇんだよ!!」


 ヴァーグはモニターが大きく破損し、視界が極端に狭まったバイザー部に苛立ち、ステルラスーツのマスクを解除する。


 内部気圧の変動で、噴出する空気音と共にマスクが外され、ヴァーグはそれを床に叩きつけた。


 そこから現れたのは――大きさこそ人の頭とさほど変わらないが、一言で表現するならその形状は『岩の塊』。


 その真ん中より少し上に球体のような眼球が2つ横に並んで付いていて、その下の真ん中付近に呼吸器官と思しき亀裂が入っているのを口と見れば、顔の造りは地球の人間とさほど変わらなかった。



 ドレーラ星人が、他の知性体の肉体を乗っ取ると、五感は基本的にその肉体に依存する事となる。故にその目や口は、今はヴァーグのものとして機能している。

 その肉体が死を迎えれば、そのまま精神体である彼らもまた――



 ヴァーグは、スーツの大腿部側面を開き、その収納スロットからカードのようなものを引き出して、その異形の宇宙船のある一部分に触れた。


 ……しかし……。


ヴァーグ「……な、にっ……!?」


 何も起きず、困惑するばかりのヴァーグ。

 カードキーで、タッチを繰り返すも宇宙船は何の反応も示さない。


ヴァーグ「キーが……いかれてっ……! ……クソがっ!!」


 壊れたカードキーを叩き付けるヴァーグ。焦りが彼の思考を奪っていく。


 どこだ……どこで壊れた?


 いやそんな事よりも、この星から脱出する手段を……あの野郎フレイバーンは出し抜いたが、すぐに警察はこの星を包囲――


??「……なるほど、カードキー型の旧式宇宙船とは想定外だった」


ヴァーグ「……っ……!?」


 その突然の声にヴァーグは振り返ろうとするも――


ヴァーグ「あがぁぁぁぁぁっ!!?」


 バリバリッ! という凄まじい衝撃音が周囲に響き、ヴァーグは一度大きく身を震わせて、そのまま倒れてしまう。


ヴァーグ「が、はっ……あ、ぁぁぁっ……」


 倒れたヴァーグからは体の自由が奪われていた。

 手も足も言う事を聞かず、一切の身動きが出来ない。


 しかし辛うじて意識が残っていた。……意識がその目で捉えたのは。


ヴァーグ「……なっ……て、めェ……!」


 耳たぶをいじりながら宇宙船を一瞥した後、平然とヴァーグを見下ろすその姿は――ゲフリーレンだった。


ゲフリーレン「ナナミに渡した装置の電磁パルスだろうな。それでキーが使用が出来なくなるほどの旧式とは。……まぁ、文句の言える立場ではないが」


ヴァーグ「い、つ……目を、覚ま……」


ゲフリーレン「おかしなことを言う。気を失った覚えなどないが」


ヴァーグ「なん……だとっ……!?」


ゲフリーレン「最後の最後で詰めを誤ったか。俺もまだまだ想定が甘い。……しかし、宇宙警察の精神体とこの星の人間との融合体とは、実に興味深いものに出会えたものだ。これは検証を加えてみるに値する」


 と、ゲフリーレンが体の前で右手を広げると、その上に、団栗どんぐりほどの大きさの青白い物体が現れる。物体の周囲には白い靄が湛えられ――かなりの冷気を宿しているようだった。


ゲフリーレン「久しぶりだが……これは誰だったか」


 その物体の先端は鋭く尖っており、拳銃の弾丸にも見える。

 それを上にして持って、ゲフリーレンはしげしげと状態を調べていた。


トロイラス『誰という事もない。捕獲されたカーシェル星人』


ゲフリーレン「……そうか。『テスト』としてはよい素体だろう」


トロイラス『残りのアイスシードは1』


ゲフリーレン「分かっている。その補充のためのプランでもある。……クレシダの状態を確認したい」


トロイラス『情報の収集プロセスに遅延はあるが、システムの構築、起動には問題なし』


ゲフリーレン「継続しろ。……ドレーラ星人の精神移管の手段は?」


トロイラス『接触よる脳波を介しての脳神経へのアクセス。接触箇所は頭部が特に有効。所要時間は接触箇所や相手の精神状態に左右されるため、対象は仮死状態などである事が望ましい』


ゲフリーレン「それならば現状では問題ないな。では開始する」


ヴァーグ「お、おい……何をっ……?」


 慌てたようなヴァーグの声。

 ……その体を全く動かす事ができないのは、何らかの神経毒の影響か。


 しかしそれを意に介す事もなく、ゲフリーレンはその傍らに膝をついて表情一つ変えずに告げる。


ゲフリーレン「……現段階での最終工程だ」


 腕を、振り上げて。


ヴァーグ「ちょっ……待てっ……まてっ!」


 ゲフリーレンの視線は、ヴァーグの『目』に注がれている。


 振り上げられたその手には、先ほどの『アイスシード』と呼ばれた物体。

 その鋭利な先端が、薄暗い中で鈍い光を放つ……!


ヴァーグ「やめっ……まてっ……あっ……あっ!?」




 それが何を意味するかを理解して、制止の声を上げるも。











 ――ぐじゅりっ











ヴァーグ「……ひぁぎああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」




 恐ろしい絶叫と共に。




 ヴァーグの目はゲフリーレンの指に、深々と貫かれた。




ヴァーグ「あぎっ!? ぎっ、ぎぐぃあがああぁぁぁぁっ!!? あっ……あぎああああっ!!!?」


ゲフリーレン「……」




 体はバタバタと跳ね、身悶えも痙攣と呼ぶに値する動きが繰り返される中。




 ゲフリーレンは怪訝な表情で、




 首をかしげながらヴァーグの状態をただただ観察しているかのようだった。




ゲフリーレン「……ふむ」




 突き込まれたゲフリーレンの指が、ヴァーグの頭の奥で、ぐりっと曲がる。




ヴァーグ「……っ……!!!?」




 全身が硬直したように伸び切って、その状態のままヴァーグの体が、がくがくと震えた。




ゲフリーレン「……着床」




 その一言で、ずるりっ……と、ゲフリーレンが鈍色の液体の絡まる指を、ヴァーグの頭から引き抜く。

 もう一度、ヴァーグの体が、びくんっ、と跳ねて、そのまま残った反射で、がたがたと揺れていた。


 ゲフリーレンの手に、指と一緒に突き込んだ物体はない。




 ……ヴァーグの頭の中だ。




 と、次の瞬間。



『……!!!』



 陥没したヴァーグの目から、ビキビキと言う音を立てながら、何層もの氷があふれ出す。


 更に頭全体が膨れ上がり始め、それは首を経由して、体へと同じ反応を運んでいるかのようだった。


ゲフリーレン「……正常のようだな」


 ゲフリーレンはそれを見届けた後、体のすぐ傍にホログラフィのコンソールを呼び出して何事か操作を施すと、彼の姿はその場から掻き消えた。



『……kiiiiii……』



 全身が膨らんでいき、その内側からの圧に耐えられないためか、装着していたステルラスーツが弾け飛ぶ。

 パーツごとにセパレートして浮かび上がったスーツは、くるくると回りながら空中で掻き消えた。




 その場に残された肉体は、氷に覆われたまま、膨張を続けて――。




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