1-4-28-3 【熾堂紅蓮】 火焔舞蹈 3
飛散した弾丸は、ばしゃりと地面に水音を立てて着弾する。
そしてそこから現れたのは……!
紅蓮「あ、あれ……スライムか何か!?」
どろりとした粘体が、生き物のように立ち上がって、人ぐらいの大きさになって俺たちの周囲を囲む。
フレイバーン「ドレーラ星の兵隊か……初めて見るぜ……!」
コロナ『惑星ドレーラ固有の水生微生物『ゼゼル』の群体です。惑星外での活動における脅威レベルは環境に依存しますが、地球の環境では高水準設定と予測』
全身、水。
ゆらゆらと体を揺らし、顔や足らしいものはないけど、手のようなものがこちらに向けられたその姿は、俺が口にした通り、直立したスライムのように見えた。
と、突然……!
ヴァーグ「Shiiiihiiiiiaaagiaaaaaaaaa!!!」
ヴァーグの咆哮。
それは、何か指示する様な色を含んでたけど……!
紅蓮「……何て言った!?」
フレイバーン「訳す必要はねぇっ! ……後ろだっ!」
俺は言われるがままに、背後に向かって蹴りを繰り出す。
それでゼゼルの一体があっさり四散して飛び散る。
直後、真横にいたゼゼルが、しなる鞭のような腕を俺へと振り下ろしてくる。
それをかわすと、今俺がいた辺りのアスファルトが、勢い良く大きく弾け飛ぶ……!
紅蓮「っ!? 威力がっ……!?」
フレイバーン「ビビるほどの相手じゃねェ! 今のが巡洋艦の艦砲より強ェとは思わねぇだろうが! 下がるな、紅蓮っ!」
紅蓮「ああ!」
回転を伴ってかわした勢いをそのままに、背面蹴り……!
一瞬で弾け飛ぶゼゼル……!
更に視界に入ったゼゼルを一体、また一体と粉砕して、次々に吹き飛ばすと、6体いたゼゼルはあっという間に飛び散って、周囲は水浸し状態になった。
……しかし。
『……!』
紅蓮「……えっ……!?」
ばしゃりっ、と言う音が周囲でいくつも響くと、ゼゼルたちが再び立ち上がって……!
紅蓮「なっ……再生っ!?」
ぞわぞわとその身を揺らしながら、再び俺に迫ってくるゼゼル6体。
紅蓮「……液体使う微生物なんだよね? 殴る蹴るじゃキリがないんじゃない、これっ……!?」
フレイバーン「……ならやり方を変えるしかねェだろうな!」
紅蓮「どうするのっ!?」
フレイバーン「任せろ! コロナ、『ネザーフレイム』!!」
コロナ『了解。『獄炎焦炉』、回路展開』
その直後、フレイバーンの赤い体が、更に白熱したように灼熱色に染まる。
スーツの周囲に付着していたらしい粉塵が、それで一瞬で焦げ上がり、黒いすすが舞い散った。
紅蓮「……これって!?」
フレイバーン「小型の太陽の具現だ。4000度の超高熱がスーツを覆ってるぜ!」
コロナ『この環境でそんな温度では、周囲や生身のままの紅蓮の友人を焼き尽くしてしまいます。800度ほどに落としています』
フレイバーン「……。……800度だ!!」
紅蓮「聞いてたよっ!」
コロナ『目的の温度としては十分なはずです。紅蓮、ご武運を』
それを聞くや否や、ゼゼルの腕が、再び俺へと振り下ろされてくる……!
紅蓮「くっ……!?」
フレイバーン「怯むなっ!」
紅蓮「えっ……!?」
その一言で、俺は動きを止めてしまう。
鞭はそのまま俺の体を直撃……しかし……!
紅蓮「あ、あれっ……?」
じゅわっ! という音と共に白い湯気が上がるだけで、俺の体には何の影響もない。
フレイバーン「水なんざ目じゃねェってんだよ!」
フレイバーンの言っていた温度の5分の1――800度と言っても、その温度は水の沸点を遥かに凌駕してるわけで、そんなものの攻撃がこのスーツに何の影響も及ぼせるはずがなかった。
フレイバーン「一気に行け、紅蓮っ!」
紅蓮「……分かったっ!!」
……加速っ……俺の動きに反応できないゼゼルの後ろ側に回り込む。
『……!?』
紅蓮「……はぁっ!」
槍のような蹴りがゼゼルに大腿部まで突き込まれると、次の瞬間、ゼゼルは一瞬で蒸発して、中核となる微生物も焼き尽くし、今度は再生する事ができない。
その両サイドから俺に迫っていた2体が、即座に反応して、俺へと鞭を振るうも、その時には既に俺は同じ場所にいない。
左側の奴の懐に潜り込んで拳を打ち込み、その結果を気にする前に右側のゼゼルへと地面を蹴って肉薄。
空中からの踵落としで、押しつぶすようにそいつを蒸発させる。
……背後の奴は確認するまでもなく蒸発していた。
そして4体目に……!
??「……作家っ!」
紅蓮「えっ……!?」
不意に声をかけられたのは、飛び蹴りを振りぬいて、4体目を吹き飛ばしていた直後だった。
その声の主へと顔を向けたのは……!
『……』
七波「ぁっ……」
俺だけじゃない……残り2体のゼゼルもだった。
七波までは距離がある。
でもその2体は腕のようなものをそれぞれ片方、七波に向けて、その体の内側で何か光る物体を腕の先に押し出そうとしてた……!
紅蓮「七波っ!」
『何かを撃ち出そうとしてる』……!
もう奴らの姿からはそれしかイメージできなかった。
紅蓮「七波、逃げっ……!」
フレイバーン「……チィっ!!」
紅蓮「あくっ!?」
突然、フレイバーンが俺と入れ替わる。
フレイバーン「『炎神銛銃』!」
その声で俺の手に握られたのは、小型の拳銃だった。
直後……ゼゼル2体が光る弾丸を七波に撃ち込む……!
七波「っ……!?」
紅蓮「七波ぃぃっ!!」
俺の耳に、射出音と破裂音の混じるような複雑な音がまとわりついた。
七波「うわっ!?」
紅蓮「……えっ!?」
七波が驚きの声を上げる。
……何が起きたのかよく分からない。
ただ、俺の視線の先では七波も同じく何が起きたのかと言う顔を浮かべているだけだった。
七波とゼゼル達のちょうど真ん中あたりの位置に、小さな水たまりが二つできている。
フレイバーン「……ギリギリってトコか」
フレイバーンが手に握っていた銃をくるくると回すと、銃は一瞬光を放って消えた。
紅蓮「まさか……撃ち落したの!?」
フレイバーン「フン……あんなモン、正味造作ねェ……!」
フレイバーンの戦闘センスと言うものを知ってはいたが、飛んでる弾を撃ち落すなんて……!
紅蓮「ありがとう、フレイバーン!」
フレイバーン「礼はいるかよ! 紅蓮、仕上げだっ!」
紅蓮「ああ!」
背後を向いているゼゼルたちの処理に労力は要らなかった。
フレイバーンの妙技に少し高揚していた俺は、真っ直ぐに1体目のゼゼルにぶち当たる。
……かわされないなら体当たりで全く問題なかった。全身を灼熱の鎧で焼かれたゼゼルはあっさりと蒸発。
そしてそのまま体を回転――後ろ蹴りを振りぬくっ……!
『……!』
じゅわっ……という音が儚く響き、最後のゼゼルも蒸発して消える。
それで――周囲に動くものの姿は何もなくなった。
フレイバーン「ヴァーグ!! 次はテメ……!」
紅蓮「……あれ?」
……いない。
周囲を注意深く見まわすも、俺たちの本命であるはずのそっちまでいなかった。
フレイバーン「……どこいった?」
七波「作家っ……声をかけたのはそれだって……!」
紅蓮「……七波っ!」
声をかけられて、俺は七波に駆け寄る。
七波「……あいつ……ゲフリーさん連れて……逃げちゃったのっ……!」
紅蓮「……えっ!?」
七波の少し離れた場所。
そこに倒れていた、あの白いコートの男――ゲフリーレンが確かに消えていた。
その傍で一緒に倒れいていた卍山寺さんはそのまま倒れたままだから、場所を勘違いしているという事はないはず……。
フレイバーン「……あのゼゼルは目くらましかよっ!」
そういう事なんだろう。
正直どう考えても、あいつらはこのスーツの相手になるような生物じゃない。
ただ、あの再生能力なら確かに手間取るし、七波もここで動けない以上、放っておくわけにもいかなかった。
七波「んっくっ……!」
ふと、大きく凹んだパトカーの傍に座り込んだままの七波に視線を落とす。
その表情は硬く、何かをこらえているように見えて。
紅蓮「七波! 大丈夫……!?」
七波「あたしは……大丈夫だから……!」
紅蓮「でも……大分体が……!」
七波「あたしは心配するなって言ったぞ! ここでこうしてれば大丈夫だからっ! それよりゲフリーさんを……早くっ……あいつをっ……!」
紅蓮「……。……分かったっ……! どっちに行った!?」
七波「倉庫の、裏手の方……ゲフリーさん担いで走っていったよ……! 確か……使われてない港になってたと思う……!」
紅蓮「うん! ……七波、ここから動いちゃダメだよ、いいね!」
七波「行ってって……!」
……七波の強がりが気になる。でも、今の俺がするべきことは七波の願いをかなえる事。
俺は七波を気にしつつも……そのまま倉庫の裏へと走った……。




