1-4-28-1 【熾堂紅蓮】 火焔舞蹈 1
烈火のごとき色を湛えた甲冑姿。
夜の闇にあっても周囲の微細な明かりを受けて煌々と輝き、迸るような真紅はただひたすらに見るものに力強さを訴える。
俺は自分の変わってしまった手の平を見つめ――そして同じように異形へと変わった俺を見つめているであろう七波に言う。
紅蓮「……この姿で、何ができるかは分からない。どんな姿になっても、俺は結局一人の人間なんだもの。この腕の届く場所で出来る事しか、出来ないよ」
七波「……うん」
紅蓮「でもね、七波。……七波の願いは、俺が形にする」
俺は目の前でよろめきながら立ち上がる、黒いままのステルラスーツの異星人を、バイザー越しに睨み付け。
紅蓮「あいつは……俺の腕の届く場所にいるから……!」
開いた手を、ぐっと握りしめるだけで、軽く火の粉が舞った。
七波「……。……はぁ、ったく……普段全然頼りないクセしてさ……」
呆れたような呟きを漏らす七波。
でもそこには不満ではなく、苦笑いのようなものが感じられて。
七波「作家らしさ、その言葉のどこにもないんだけど」
紅蓮「はは……やっぱり?」
七波「でも……なんでだろうね」
少し力を抜いた声でつぶやくその一言に宿るのは、心の底からの安堵。
七波「その言葉……今は世界の誰よりも頼りたくて、そして信じるに値するって思えるんだ」
――七波の心は俺に託された。……それが今、如実に感じられた。
紅蓮「七波……そこから動いちゃダメだからね」
七波「あれ? なんだろう、ちょっとカッコいい」
紅蓮「そういうのいいから!」
七波「ふふ……大丈夫、どっちにしろ動けないし」
紅蓮「っ……! ……大丈夫!?」
思わず振り返ろうとしたが――
七波「あたしの体の気遣いなんていらないっ! こっちにそんな意識、一片でも傾けるなっ、迷惑だっ! ……でも、作家っ!」
その、実に七波らしい啖呵の後。
七波「あの黒甲冑野郎の事は――作家の事……全力で頼らせて……!」
紅蓮「……分かった……!」
七波の声に、確かに宿る揺らめく炎のような感情。
咲子ちゃんを『あんな事にしてしまった』そのあまりの無念で、七波は本当の自分を心の奥へとしまい込んでしまった。
でも人治郎さんの言葉が、しっかり七波に自分を取り戻させてる……!
それならもう……俺のやる事は一つだけだ!
フレイバーン「紅蓮、分かってんな?」
紅蓮「……俺がやるしかないんだよね……!」
フレイバーン「へっ……今回は臨むところじゃねェのか?」
紅蓮「もちろんだ!」
握られた拳がより強く結ばれる……!
――フレイバーンの、俺への寄生の経緯はまた後日にするとして、今の俺たちの状態を少しだけ話しとこう。
フレイバーンは、寄生の折に俺の体に発現した『ある部位』を介して声を外に発し、俺や外部とのコミュニケーションが可能だ。基本的に体のコントロールは俺が行う――今の状態がそれ。
ただ、俺がそう望んだ時は、フレイバーンに体のコントロールを委ねることができる。
実際、この場は超一流の戦闘センスを持つフレイバーンに体を明け渡すべきなんだけど――
実はその高い戦闘技術を発揮する際に、精神体であるフレイバーンからは、操る体の動きを補佐する電気信号のようなものが発される。
このせいだって話なんだけど、フレイバーンが俺の体を使って行う戦闘行動は、俺の体と脳に過度の負担がかかる事が、フレイバーンと出会った直後の――『前回』の戦闘で明らかになった。
覚えてる――意識の薄れゆく感覚。
最悪、俺の『精神の死』があり得るという。事実、前回俺は生死の縁を彷徨ったんだよな……。
平時の活動、あるいは一時的な戦闘ならともかく、長時間の戦闘行為は持たない。
そのため、俺はフレイバーンからアドバイスを受けながら、凶悪な異星人との戦いに臨まなきゃいけないという話に落ち着いた。
正直そんな事が、貧弱を絵に描いたような俺にできるかって最初は尻込みしたけど……今は違う。
この状況で、俺が戦える事、七波の力になれる事――それは本望って奴じゃないか……!
??「宇、宙……警察ごときがぁ……! 後からしゃしゃり出てきて人の上前ハネんのか!?」
目の前の黒甲冑が、いきり立って声を飛ばしてくる。
フレイバーン「寝ぼけんじゃねェ!」
紅蓮「うわっ!?」
なお、気を抜いてると、フレイバーンがこのように、勝手に体のコントロールを奪ってしまう事がある。……視界が急に変わって慌てるから、勘弁してほしいトコだけど。
フレイバーン「御託までコソ泥か!? 警察相手に大した度胸じゃねェか、あぁ!?」
??「誰がコソ泥だっつんだ! フシ穴ぶら下げたマヌケ面ブラ下げてんじゃねェよ!」
フレイバーン「……テメェ……!」
フレイバーンが、黒甲冑に指を突きつけて……!
フレイバーン「どこ宙だ、コラァっ!?」
紅蓮「その高校デビューした、なりたてのヤンキーみたいな聞き方、何とかなんない!?」
フレイバーン「……何を言ってるんだオメーは?」
紅蓮「俺が聞いてんだけど!?」
??「舐めてんじゃねェぞ、ボケがァッ!!」
あー……でも、相手も大体似たような感じだから、このままガンの付け合いからパチキでもかましあったらちょうどいいかも知んないけど……。
……ん?
フレイバーン「……」
ふと、俺はフレイバーンの感情の揺らぎに気づく。
紅蓮「……フレイバーン、どうしたんだ……?」
この状態だとある程度、お互いの感情が読み取れるのは、いい事なのか悪い事なのか。
俺の中に流れ込んでくるのは――
フレイバーン「……あいつのした事にキレてんのは、お前らだけじゃねェってこった……!」
紅蓮「……。……あっ……!」
……その感情は、七波の感情とよく似ていた。
だからそこまで言われれば、こんな状態じゃなくても全てを察することができた。
紅蓮「ひょっとしてあのスーツの持ち主って……」
フレイバーン「ああ、そうだっ! あいつは、本来この件で俺の相棒になる奴の体を殺して乗っ取ったんだよ!」
紅蓮「相棒……だったの……?」
フレイバーン「俺と同じ特捜で、ワハトブールって奴でな。岩ばっかのガルゴアって惑星生まれの厳つい岩石人間で、頭ン中も石みてェに頑固でよ……! 正直初めて会った時はいけ好かねェって、拳で語り合った……!」
握りしめられる、固い拳。
フレイバーン「でもあいつのまっすぐな正義感はどこも間違っちゃいなかった! だから俺はあいつとなら、時折ぶつかっても、久しぶりに上手やれる奴だと思ってたのに……あんなゴミ野郎に……! クソったれが……!」
紅蓮「……フレイバーン。その気持ちは……!」
フレイバーン「……ああ。頼むぜ……紅蓮……っ!」
その言葉と共に、俺の意識は元の視界に戻ってくる。
……普段の俺なら『参ったな』とか言う所なんだろう。
二人も俺の肩に乗ってくるなんて過重量も甚だしい。
でもその重みは……今の俺には戦うための――激しく燃え盛るための燃料の重みに他ならない……!
フレイバーン「……コロナ! あのクソ野郎を特定しろ! 条件は難しくねェはずだ!」
コロナ『了解。データベース、照合を開始しています』
コロナは、刑事であるフレイバーンの捜査支援システムだという自律型AI。
淡々とした喋りがほとんどだけど、どこか人間臭い表情があって、俺はコロナとの会話は気に入ってる。
何より仕事が実に的確で、頼れる存在だ……!
??「ケッ……!」
突然、黒甲冑が手にしていた銃を突きつけて来る。
紅蓮「……っ!!」
避けようとして、思い留まる。その引き金を引かれたら……背中の七波が……!
フレイバーン「……舐められる理由は」
紅蓮「えっ……」
フレイバーン「いつだって舐められる側にあんだよ、紅蓮……! 引くんじゃねェっ!」
紅蓮「くっ……!」
横に避けられないなら……前にっ!!
と……低い音が響いて発砲……!
紅蓮「っ……!?」
突如、視界がぐんっ、と前に出る感覚……!
紅蓮(……うわっ!?)
そのあまりのスピードに一瞬焦ったけど……次の瞬間――焦っている間に……!
――ギィンッ!!
??「……何っ!?」
撃たれた弾丸を、俺のスーツの装甲が弾く。
弾丸は七波に全く影響が及ぼされようもない、明後日の方角へ飛んでいった。
ステルラスーツを身にまとい、戦闘行動に入った時の俺の主観時間は、変化している。
コロナに言わせると、この真紅の状態でない黒いままの姿の時ですら、戦闘時の主観時間は俺たち地球人の通常感覚の10倍近く加速されるのだという。――周囲が一時的にスローモーションに見えるようになることを想像してもらえばいいだろう。
手のひらから物を落とし、それが地面に落ちるまでの間に、このスーツならその運動能力の向上も相俟って100mを駆け抜ける事も出来る。
そのまま俺は黒甲冑に肉薄して……!
紅蓮「……このっ……!」
右手で、突き付けられたままの黒甲冑の銃を左へ払う。
??「ぐっ……!?」
そのまま払った右手を返し、裏拳――黒甲冑の顔面へと振るう……!
それを黒甲冑は、頭を下げて、寸でのところでかわす。
しかし下げた頭に――!
フレイバーン「下ぁっ!!」
紅蓮「だぁっ!!」
フレイバーンに言われるがままに、渾身の膝蹴りをっ……!
??「……あぐぁぁっ!!?」
強烈な激突音の直後、黒甲冑の体が後へと弾け飛ぶように反り返る。
紅蓮「入ったっ……!」
あのビルの廃墟――俺達が溶かされた警官の死体を見つけた時。
何のかんので、七波をあそこで見かけて、フレイバーンが追いかけようとしたのをコロナは止めて、あいつの弾丸の仕様をチェックしてくれていた。
あいつの弾丸は射出直後は弾殻に包まれたままで、数秒で破裂して中の弾薬が効力を得ると言う仕様。
……逆に言えば数秒は効果を発揮しない弾丸のままだって事だった。
その功が成ったという事か――全くコロナ様々だけど、このスーツがその『わずか0.数秒』を生かすことができ、更には弾丸を弾く性能を誇っているというのも、フツーの地球人たる俺の感覚では信じられる話じゃなくて……!
フレイバーン「……いや、後ろに飛ばれた……!」
紅蓮「えっ……!?」
フレイバーンが冷静に状況を分析して俺に伝える――それはダメージの軽減を意味する。
よろめきながらも膝を突きつつ着地する黒甲冑。
フレイバーン「チッ……野郎、センスは悪くねェ!」
紅蓮「あんなスピードの中で……そんな対処……!」
フレイバーン「……落ち着くなっ!!」
紅蓮「っ……!?」
黒甲冑が着地の直後、飛び掛ってくる……!
紅蓮「くそっ……!」
あいつもスーツの装着者だ。
こっちの性能の方が上なんだろう、確かに若干緩慢だが、それでも戦い慣れしていない俺にはそのスピードは脅威でしかなくて……!
繰り出される攻撃を二度、三度とかわす。
フックを、頭を下げて――
返ってくる裏拳を、ギリギリで後ろにのけぞって――
伸びた腹に突き込まれる膝蹴りを、両の手で何とか弾くように後ろに飛んで……!
紅蓮「ぐっ……ぅっ……! ……くはっ……!」
膝で着地して、緊張で止めていた息を吐く……。どれも俺にはギリギリ――
フレイバーン「コンボは途切れてねェぞっ!!」
紅蓮「えっ……!?」
膝を振り抜いた勢いをそのままに、体を回転させた黒甲冑は、そのまま後ろ蹴りを繰り出して……!
紅蓮「……がっ!!?」
屈んだまま、顔面でそれを受け止めた俺は、あっさりと吹き飛ばされて、地面を転がる。
フレイバーン「痛くねぇっ! すぐに起きろっ!!」
紅蓮「ぐくっ……!」
発破をかけられるように、転がった反動を何とか利用して、再び膝立ちで身構えるも……!
??「……ドシロートがっ!」
肩口に、再び容赦のない前からの蹴りが……!
紅蓮「ぁがっ!?」
押し込まれるように繰り出されたそれで、バランスの崩れたままの俺は更に後ろに吹き飛ぶ。
そのまま黒甲冑はゆらゆらと歩いて、俺に迫ってきて……!
??「スーツに振り回されていい気になったガキが……!」
俺は即座に起き上がろうとするけど、それに合わせて黒甲冑は……!
??「調子くれてんじゃねェよ!!」
紅蓮「うあっ!?」
一瞬で俺との距離を詰め、更に俺を蹴り飛ばす。
そうやって俺を転がしては、追い縋ってきて俺を蹴り付けるを繰り返した。
??「這いつくばってろ……虫みてェによォっ!!」
紅蓮「ぁぐっ!?」
時に横にスライドして側面から。
間があれば後ろから殴りつけられもした。
その攻撃は、俺を立ち上がらせないようにしているのは明白で……!
紅蓮「こ、のっ……!」
目の前がクラクラとしてきて、正常な判断が出来ない。
次は……どっちから……? どうやって立ち上がったら……?
フレイバーン「紅蓮、あいつの遊びに無理に付き合うんじゃねぇ」
紅蓮「あ、遊びって……!」
フレイバーン「『起き上がろうとだけ』するから、蹴りを貰って転がされるんだろ? ならよっ……!」
紅蓮「っ……!?」
俺の左側に……陰が立ち……!
??「うらぁっ!!」
紅蓮「うわっ!?」
視界が一瞬で切り替わる――体の操作権を、強引にフレイバーンが切り替えたんだ。
その視界で、地面に密着するような閉塞感があって……!
??「なっ……!?」
完全にうつ伏せになった状態の体が、横に回転する感覚。
さらに直後、今度は眼前に、外れた黒甲冑の蹴り足――それが左手で掴まれて……!
フレイバーン「ぜいぃっ!!」
??「うおっ!?」
左手一本で黒甲冑が反対側の地面へと叩きつけられる……!
??「……がっ!?」
俺の体を操ったフレイバーンは、軽々とした身のこなしで黒甲冑から遠ざかるように転がり、難なく立ち上がってしまった。
フレイバーン「攻撃も回避も同時にこなせば問題ねェって話だ。……無事か、紅蓮!」
再び体の主導権が切り替わって。
紅蓮「……ああ、今ぐらいなら」
頭がぐらりとする感覚はあったけど、それは蹴られ続けた影響もあってのことだと思う。
フレイバーン「いいか、紅蓮。先に立つのはイメージでいい……!」
紅蓮「えっ……?」
フレイバーンの冷静な、指導するような声。
フレイバーン「スーツはテメーの奇抜な発想で作られる動きも完全に再現できる……そういうトコは俺よりお前向きだ」
紅蓮「イメー……ジ……」
フレイバーン「ああ。このステルラスーツは、お前の頭ン中のイメージを神経パルスを介して受け取って、その動きをきっちりフォローする! ……『こないだ』やっただろう!?」
紅蓮「……そう、か……!」
フレイバーンと最初に戦った時――『あの時』の一瞬だけ感じる事のできたイメージと動きのフィックスの感覚は、覚えてる……!
――このスーツにはそう言う所があった。
どんな動きが戦闘に適しているか、その訓練も必要なのかもしれないけど、それ以上に『その場でどうするか』を考える事が大切なようで、イメージから作られる突拍子もない動きでもフォロー、再現してくれるんだ。
フレイバーン「理解したらビビるな、振り回されるんじゃなくて、今はスーツの力を信じろ……! そして……お前が何のために戦ってるのか、もう一度しっかり思い出せ!」
紅蓮「っ……!」
一瞬だけ、傍らへと視線を投げる。
七波「……」
――七波は、そこで真っ直ぐに俺を見つめていた。
戦いに怯える事などなく。
俺に不安を抱くでもなく。
ただただ力強い目で真一文字に口を結び、その姿は、全身で俺の勝利を信じて疑わない。
――そう、七波は信じてくれている。
その目の向こうにある、七波の無念を思い出す。
それを思い出したら……負けられない想いがもう一度、頭に蘇ってくるっ……!




