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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
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1-4-27-1 【桜瀬七波】 起稿 1


 ――どっちかって言うと、線の細い方だと思う。


 あたしがつけた仇名のイメージのまんま――ずっと椅子に座りっぱなしで動かないせいなのか、体つきはなんとも頼りない印象が、いつも作家には付きまとってた。


 でも、今の作家は違った。


 あたしを背にして、軽く腕を広げ、フレイバーンからあたしを守ろうとするその姿が、どうにも頼もしかった。


 ……そして。


 その姿を、状況はどうあれ再び見る事ができた事に――零れてしまったと思ったものが、まだ手のひらの上に残っていてくれた事に、あたしは心の底からの安堵を覚えるより他なかった。


七波「作家……! よかった……生きてた……!」


 ふっと、あたしを見て微笑む作家だったが……即座にあたしを二度見する。


作家「え……俺、死んでた事になってたの?」


七波「そうだよ! 宇宙人に体を乗っ取られて、精神を殺されて、いいように操られてるって……!」


??「ちょーっと待てよ! 確かに寄生はさせてもらったが、俺は乗っ取ってなんかねーぞっ!?」


七波「えっ……!?」


 突然の声に、あたしは驚く。

 その声は……どうも作家の胸辺りからしたように聞こえたんだけど。


??「俺らは『共存』だし、そもそも『こう』なっちまったのは事故以外の何でもねーんだからな!?」


七波「作家……何飼ってるの? ダメだよ、猫とか拾ってお腹に隠してたら?」


??「ペットじゃねェよっ!!」


作家「猫しゃべんないし! ……ってかフレイバーンは落ち着いてってば」


 作家がその声に向かって話しかけるように、胸元に視線を落とす。


七波「フレイ、バーン……って……。……えっ!? ふっ、フレイバーンってのは、あいつじゃないの!?」


 あたしはあたし達の視線の先で呻いている奴を指差すけど。


??「……あいつは俺に支給された同タイプの新型ステルラスーツを盗んだコソ泥だ」


七波「同、タイプ……!」


 確かに今作家が外したスーツは、あいつのと全く同じモノだったと思う。


??「宇宙銀河警察・特務捜査刑事フレイバーン。……そいつぁ俺の事だ」


七波「あんたが……?」


 ……って言っても、目に見えない――作家の胸の辺りからする声に対しての返事には、違和感しかないんだけど。



 しかし、あとでよくよく思い返してみたが、ゲフリーさんは自分を追っている奴の名前として『フレイバーン』の名前を挙げたけど、確かにあそこで転がってる奴をフレイバーンと呼んだことは一度も無かった気がする。


 って事は……全部あたしの思い込みって事か!?


 ……という訳で、台詞前の名前の表記が指す人物が、ここから変わるので宜しくオナシャス。



作家「……七波」


七波「えっ?」


 作家の少し切なげな声であたしは顔を上げる。


作家「七波がこの件に関わってるってのは知ってたけど……こんな危険を冒さなきゃいけないトコまで関わってるなんて、気づけなかった……ゴメン……」


七波「……。……ちょっと痛い」


作家「……ゴメン」


七波「だいじょぶ。この怪我は作家のせいじゃないから」


 当たり前だ。

 この怪我は全部あたしの無力の結果なんだ。他の誰のせいでもない。


 本当は、『ちょっと』どころじゃなくて、ほとんど動けないぐらい痛いけど、そうは言わない。

 ……ううん、動けないなんて、まだ言ってられない。


 立てはしないけど……痛みを堪えて、体を起こして。


七波「んっくっ……知ってたの、あたしがゲフリーさんと関わってるって?」


作家「うん」


 作家が、ちょっと『思い出し苦笑い』みたいな笑顔を浮かべて。


作家「ほら、あの……この件で最初に七波が入院する前の夜にさ」


七波「……ああ、ゲフリーさんとオフィス街で逃げ回ったあの」


作家「そう。俺……あの時にさ」


七波「うん」


作家「……ステルラスーツの姿で、七波の前から逃げ出したんだよね」


 逃げ……出した……?


七波「……。……えっ!?」


 そういえば最後に気を失う直前……確かにあの黒甲冑はあたしを見て、『何かに気付いて』逃げ出して……!


七波「あれ……あんただったの!? え、つまり……あの夜、あたしはあんたとあそこに転がってる奴、両方に会ってたって事!? そんで、もしかしてあの逃げ出した奴だけ作家!?」


作家「そうなんだ。この星に流れ着いたって言う犯罪者を追っかけてたんだけど……七波に俺のこの姿、バレる訳には行かなかったから……」


七波「……あたしが気絶した後、あたしを穂積に運んだのって、ひょっとして……」


作家「うん、俺。……運んでる最中に起きないかって冷や冷やしたよ」


 ……そうだ。

 穂積の前で倒れてたあたしを発見したのは作家ってことになってる。運んだのが作家なら、そういう立ち回りも出来るか。


作家「でも……こんなところまで七波が関わってたら、もう隠してても意味ないなって思って」


七波「作家が宇宙人に乗っ取られてるって事?」


作家「あー……まぁ、うん」


フレイバーン「だーから乗っ取ってねェってんだよ! ってか、いつまでも駄弁ダベってられねェぞ! 奴が起き上がるぜ……!」


作家「……っ……!」


 作家がフレイバーンに促されて、あの偽フレイバーンに向き直る。


作家「……七波」


七波「え……?」


 低い声で――あたしの聞いたことの無い、凛とした声で、作家はあたしに語りかける。


作家「七波の心の奥にあるもの、全部聞かせて」


 作家のその一言に、あたしはぎくりとする。


七波「な、何……?」


作家「……咲子ちゃん」


七波「……っ……!」


作家「……全部、聞いてる。何があったのか、咲子ちゃんがどうなったのか、全部。……全部」


七波「あ……あっ……」


 ぞぅ……ぞぞぅっ……とあたしの奥から溢れかえるものがある。


七波「ダメ……いやだ……作家っ……やめてっ……!」


 勝手なイメージではもう……怯えないって思ってた……。

 咲子が悲しい姿で這いずり回るイメージなんて全部否定して、もうそんなものは二度とあたしの障害になんかなり得ないって思ってた。


 でも、勝手なイメージはしないとは言っても、あたしの心の奥に抉り刻まれた『記憶』は何も変えられない……!


 あの時の鮮明なイメージが……またっ……あたしの頭の中を這いずり回って……!


七波「ひぐっ……!」


 遮断しろ!!


 闇夜で鮮血と舞いながら、狂気に落ちていく親友の姿……!


 ……遮断しろっ……遮断しろっ……!!


作家「七波……俺もきっと、七波と同じ気持ちでいる――少なくとも俺はそう思ってる。だけど……全てを目の当たりにした七波と同じ気持ちなんて、身の程を知らない言葉だと思う。……だから俺はせめて……七波から七波の心を聞かないと……!」


七波「やめてっ……やめっ……やめっ……!!」


 遮断しろ……遮断しろっ……遮断しろっ!!


 ふわりと、眼前に伸ばされてくる手……!


 七波(くぅっ……!)


 作家はあたしに背中を向けたまま。

 その手は作家じゃない……!


 ……その……手は……!


七波(……出てくるなっ!)


 その手のあるじが誰かを理解して、あたしは心の奥に向けて声を張り上げる……!



 手を伸ばしてくるなっ……あたしは、『あんたを』遮断してるんだ!!


 あたしで……あたしで大丈夫なんだっ!! だからっ……!



七波「やめて、作家っ!!」


作家「どうしてっ!!」


 意を伴わない拒絶だけのあたしの言葉を、作家の鋭い声が遮った。


作家「どうして『遮断』しようとするの……! どうしてそんな姿にされてまで、まだ立ち上がろうとするのさっ!?」


 その作家の『遮断』は、あたしの心の内を知っての言葉ではないかもしれない。


 でも、関係ない……!


 あたしは、遮断するっ……!


 ぎゅうぅっ……と前髪を両手で握りしめ、溢れそうになるものを押し留めながら、あたしはっ……!




七波「あたしがやらなきゃいけないからに決まってるじゃないかぁっ!!」




 ――感情から生まれた言葉を、作家に叩き付けていた。


作家「七波……それって……」


 堰は切られる。


七波「あたしじゃなきゃダメなんだ……! 咲子をあんな事にしたあたしが、この町のどこかでのうのうと生きて! 時間が解決してくれるのを待つだけだったら!」


七波「こんなことに巻き込んだ咲子に、胸を張って会わせる顔が無いんだよっ!!」


 ……だから……っ!!


七波「だからっ!! ……あたしに何にも力がなくてもっ! ただただ非力でもっ!! あたしがあいつを倒さなきゃいけないんだっ!!!」




作家「だったら俺がっ!!」




七波「っ……!!」


 その声に、あたしの感情が押し留められて。


作家「……七波の願う力になる」


七波「……」


 ……。


七波「……。……なに?」


 声が、震える。


 ……作家の言ってることが分からない。一瞬、イラっとすらした。


 あたしと同じぐらい、非力なくせに。

 あたしと同じように、ただただぼんやりと生きてるだけのくせに。


 ……なのに。


 ……それなのに。


 さっきあの黒甲冑を蹴り飛ばした、作家の姿がその背に重なって――


七波「なんっ……だよ……。……あんたが……あんたみたいのが……なんになるって……?」


 どうして……声が……潤むの……?


作家「俺の拳は、七波の拳だ。俺の刃は、七波の刃だ。……あとは、あいつを倒そうとする俺の心が、七波の心と同じなら、俺は……!」


 作家は、自分の手のひらを見つめて。


作家「『誰かのために戦う事』を、心から理解できると思うんだ……!」


七波「……っ……!」


 作家……それって……。


 ふっと、作家の声に、いつもの優しさが戻ってきて。


作家「人治郎さんも言ってたでしょ……必要な時には、誰かを頼ることって」


七波「ぁっ……」






『無理はしないで、休めるならちゃんと休む事! 必要な時には誰かをちゃんと頼る事!』






七波「お兄……ちゃん……」



 かんかんかんかん……



 かんかんかんかん……



作家「いつでも、周りに誰かがいる事。……それが七波の最強の力なんだって、人治郎さんは俺にも教えてくれたよ。俺はそれ……」



 かんかんかんかん……



作家「……すごく良く分かるんだ」



 かんかんかん。



 ……がたん。



七波「あ……あぁっ……」



 作家の顔は向こうを向いてるのに……その顔が嬉しそうに笑ってるのが……分かる……。




 ごとん……がたんごとん……がたんごとん……




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