1-4-26-1 【桜瀬七波】 世界は、斯く在れと 1
七波「っ……ふぁはっ!! はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
そこまで見届けて、ほとんど息を止めていたあたしは、安堵を交えて激しく呼吸をする。そして……。
七波「くぅっ……くっ……くくっ……!」
あたしは何とか、震える足に喝を入れて立ち上がる。
精神的には色々やられたけど、今吹っ飛んだぐらいで、デカい怪我はしてないはず……!
詩遥「七波ちゃんっ……」
七波「んっくっ……詩遥ちゃん……ありがと。良かった……無事で……」
立ち上がるのを支えてくれた詩遥ちゃんの目を見て、あたしは微笑んだ。
詩遥「そっちこそ、無事で本当に良かったわ。でも七波ちゃん……病院を出てから、何が……?」
七波「あー……。……それを説明するには……あの人必須かな……」
詩遥ちゃんの支えを離れ、その足でよろよろと歩き、フレイバーンを横目で見ながらゲフリーさんへと近づいていった。
ゲフリーレン「……」
ゲフリーさんは多分、サインアウトしてから、全く変わらない場所で一部始終を見ていたらしかった。
あたしはその前に立って、一つ気の抜けた深呼吸して口を開く。
七波「はぁ……終わったよ、ゲフリーさん」
ゲフリーレン「そうか」
七波「あはは……ひっどい顔してるでしょ」
ゲフリーレン「それについてはお前の不満顔に勝るものはない」
七波「失礼なことを言うなぁ!!」
ゲフリーレン「……その顔だ」
七波「はぁぁっ……。……ふっ……うふふっ……」
例によって、つまらなそうにそんなことを口にするゲフリーさんの顔を見て、あたしは笑いが吹き零れてしまった。
ゲフリーさんは、あたしに対して呆れたようなため息を一つ鼻から吐き出した後、改めて口を開く。
ゲフリーレン「大分……無茶をしたようだな」
七波「まぁね」
ゲフリーレン「相変わらずの考えなしか」
七波「いんや。少しは勝算あったんだ」
あたしの言葉で、少し怪訝そうな色を浮かべるゲフリーさん。
ゲフリーレン「……何か因る物があったか」
七波「うん。……ほら、最初にあいつと出会ってすれ違ってあいつの孔球に触っちゃった時」
ゲフリーレン「うむ」
七波「あいつ、なんか首傾げて立ち止まったでしょ? あの時の声……なんて言うか不快感があったみたいに感じたんだよね。そこに賭けてみようかなって……思ったのかな、あたしは」
ゲフリーレン「……分のない賭けもやるとは」
七波「いいの! 結局生きてりゃ選択の連続なんだってば! みんなそうはしてないつもりでも、迷ったらみんな何かに賭けてんだって! 迷うのにハマっちゃったら、少しでも勝算のある賭けに出るのがあたしなの!」
ゲフリーレン「……なるほど。確かにそこは理解が不足していた」
七波「でしょ!?」
ゲフリーレン「ふん……」
耳たぶをいじるゲフリーさん。
まぁその鳴らした鼻には、呆れしか感じられないわけだけどね……。
と、あたしの横を通って、ゲフリーさんに近づく詩遥ちゃん。
詩遥「ゲフリーレン……さん、ですね」
詩遥ちゃんには病院で、ゲフリーさんの事はもちろん話してある。
ゲフリーレン「そうだ」
詩遥「本件の重要参考人として、署までご同行いただけますか?」
ゲフリーレン「これはこの国の司法で言うところの任意というものか」
詩遥「そうです。強制ではありません。……が、事態についてはお分かりですよね?」
ゲフリーレン「ふん……どうしたものかな」
考えるような素振りを見せてはいるが、どうせ行かないのは目に見えてるけどねー……。
七波「……。……あ、いけね、作家の事忘れてた」
いやはや、唐突に気が抜けて……びっくりするほどどうでもよくなっちゃってたよ。
七波「おーい、作家。起き……」
――バリリっ!
七波「……。……え?」
その耳障りな音の直後。
――どさっと、あたしの横で誰かが倒れる。
……その時、あたしの横にいたのは。
七波「……っ!? 詩遥ちゃっ……!」
――バリリリっ!!!
再び、電気が流れるような音。
それは今度は詩遥ちゃんの前方で……。
七波「……ゲフリーさんっ!!!?」
今の今までしゃべっていたその人は、完全に昏倒して崩れ落ちていた。
七波「作……! ……ひっ……!?」
振り返る。
そこであたしが挙げた小さな悲鳴。
眼前に、黒い甲冑、光る赫眼。
終わったと思っていたものが。
そこに立って――




