表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
55/88

1-4-25-3 【桜瀬七波】 炎禍の先に披く孔 3

??「あくっ……!?」


 と、概ねの作戦内容をゲフリーさんに告げたところで、あたしから少し離れた場所に転がるのは……!


七波「……詩遥ちゃんっ!」


フレイバーン「あぁ? ……おー……テメーは……。……ひっ……ひひひっ……!」


 マスクの下で舌なめずりでもしてそうな下卑た笑いを聞かせながら、フレイバーンが近づいていく……。


詩遥「このっ……!」


 詩遥ちゃんは手にしていた銃を構えなおし、二発発砲する。でもフレイバーンは意に介さない……!


 フレイバーンは、そんな詩遥ちゃんに一気に詰め寄り、手を伸ばして……!


詩遥「やめっ……! 放しっ……んぐっ!?」


 抵抗するが、全然その手を振り払えない……!

 小柄な詩遥ちゃんは胸倉を掴まれたまま、軽々と引き起こされて、つま先立ちになるような状態で軽く吊り上げられて動きを完全に封じられる……!


フレイバーン「おい、ガキィっ! 辺りにいるよなぁっ!?」


七波「っ……!」


 空に向かって猛々しく声を放つフレイバーン。


フレイバーン「で、ゲフリーレンもこの辺にいるんじゃねぇのか!? まぁ、そっちはとりあえずいいけどよ! いるなら出てこねぇと、この女殺すぜ!」


詩遥「だめっ……七波ちゃんっ……出てきちゃっ……ぅあくっ!?」


 フレイバーンは詩遥ちゃんをぶんぶんと揺さぶって喋りを止める。


フレイバーン「いいねぇ。そうやって庇ってもよ、ムダになるトコはちゃんと見届けてやるさ。まぁどっちにしろ殺すけどな……処刑するって言ったからなぁっ!!」


詩遥「くっうっ……!」


 フレイバーンが、空いているほうの手で、空中に何かがあるように指を触れた。

 フレイバーンの眼前に現れる半透明のホログラフィ。


七波「あれって……!」


ゲフリーレン「……何かをモニターしてるな」


七波「何を……って、考えるまでもないか……!」


ゲフリーレン「分かるか」


七波「あたし探してなんか出したんなら、あたしを見つけられる何かでしょ!」


ゲフリーレン「ほう」


 バカにしたような頷きだが、今は気にしてらんない……!


詩遥「くそっ……!」


 ガツッ……ガツッ……! と、手にしていた銃の台尻で、自分を掴むフレイバーンの手を何度も殴りつける詩遥ちゃん。


フレイバーン「イキってんじゃねぇよ。……あのガキ出てきたら、ちゃんと面白そうな方残して、もう片方は十分にいたぶった後で殺してやっからよ……!」


詩遥「っ……!!」


 詩遥ちゃんがじっと銃を見つめて……そして……!


詩遥「私が……枷になるぐらいならっ!」


フレイバーン「おおっと、つまんねー事考えるんじゃねぇぞ!?」


 そう言って、詩遥ちゃんのこめかみへと近づけられた銃を、易々と取り上げるフレイバーン。


詩遥「ぁっ……!」


フレイバーン「何もすぐに死ぬこたぁねーだろ? まぁ……俺を撃つことすら躊躇うテメーによォ……」


 フレイバーンが詩遥ちゃんに顔を近づけて――。


フレイバーン「その引き金を引ける勇気があるとは思えねーがなぁ!? くはははははっ!?」


詩遥「く……ぅっ……ぅぅっ!」


七波「詩遥ちゃんっ……!」


 悔しそうな詩遥ちゃんの声に、思わず声を上げずにはいられない。

 もしもフレイバーンに感謝することがあるなら、思い余った詩遥ちゃんを止めてくれたことだろうが……それと詩遥ちゃんを侮辱するのを許す事とは話が別だっ!


七波「ゲフリーさん! さっきの手筈でやらせてもらうからね!」


ゲフリーレン「まぁ……手筈と呼んでいい代物かどうかも怪しいところだが、やってみろ」


 そう口にするゲフリーさんは既にあたしから距離を取り、目的の場所へと歩みを進める――あたしとで、フレイバーンを挟んだ、その向こう側へ。


ゲフリーレン「トロイラス、観測と報告を」


トロイラス『了解。記録を開始』


 そして……。


ゲフリーレン「サインアウト」


 ゲフリーさんのその姿が、ふっ、と白いものに変わる。

 ――それはつまり。


詩遥「っ……!?」


 その変化に、最初に気づいたのはフレイバーンと向かい合うように吊り上げられていた詩遥ちゃんだった。

 どう見えたかは分からないけど、誰もいないと思っていた場所に現れた人影に、驚いたような声を上げると……。


フレイバーン「……あ?」


 フレイバーンが振り返って……!


フレイバーン「……ぁぁぁぁあああああぁっ!!? テメェはぁぁっ!?」


ゲフリーレン「……」


 あたしからじゃ表情は分からないけど、ゲフリーさんは多分、心底つまらなそうな顔をしてると思う。


フレイバーン「ひきっ、ひひっ、ぃひひひひひひひっ!! 見つけたぁっ!! あxza! あGigihigigi!!」


詩遥「あぅくっ!!?」


 フレイバーンは歓喜の声を上げて、詩遥ちゃんを引きずるようにしてゲフリーさんに駆け寄ろうとする。


七波「今しかっ……!」


 作戦は本当にシンプルもシンプル。


 ゲフリーさんを囮にして、その反対側にいるあたしに背中を向けさせる。

 そしてあいつがゲフリーさんにかまけた所で向こう側にサインアウトして……例の装置を張り付けてやるって寸法……!


 あたしは即座にフレイバーンに追い縋ろうとする。

 ここまで来たら一気だ……タイミングはすぐにでも訪れ……!


フレイバーン「……おぅっとぉっ!?」


ゲフリーレン「……?」


七波「えっ……!?」


 フレイバーンは真横に飛び退って、周囲を警戒するように見回して。


フレイバーン「……あぶねーあぶねー。興奮すると我を忘れていけねーなぁ」


 どっちがガキだと言いたくなる口ぶりで、銃のグリップの辺りのパネルをいじりながら、得意気に言い放つフレイバーン。


フレイバーン「テメーみたいなのが、何でいきなり出てきやがった? 全くテメーは信用のおけねー野郎だからよ。……何企んでやがる? あぁ?」


ゲフリーレン「……」


フレイバーン「そう言えばあのガキの姿が見えねェな? お前がここにいて、この辺りで反応のあったあいつがいねェってのはおかしな話だと思わねェかな?」


 ――その時。


 あたしはフレイバーンのすぐ傍にいた。


 手を伸ばせば、確実にその体に手を触れる事ができる距離に。

 その白い体の内側で、孔球が胡乱な色を湛えているのが、分かるぐらいに。


 でも、サインアウトできなかった。


 フレイバーンは周囲を油断なく警戒してる。……体を左右に大きく振りながら。

 これじゃサインアウトした直後、即座にあたしの持ってる装置を、フレイバーンの『脊髄』という場所に、正確に取り付けることなんて……!


七波「クレ、シダ……」


クレシダ『何?』


 震える声で、聞く。


七波「イエスかノーで答えて。サインアウトって、『した次の瞬間』に『向こう側』に出られるの?」


クレシダ『ノーだね。ちなみに補足。サインアウトして其茎座標に意識がアウトプットされるまでに0.98秒のラグがあるよ』


七波「ほとんど……一秒……」


 アレだ。ここから出る時に、パタパタと景色が折りたたまれていくあの様子。

 あの時間……もっと長いと思ってたけど、たった一秒。


 でも、なんて長い一秒だ……。


 しかも、あの、あたしをモニターしてるんだろうウィンドウがある。


 さっきゲフリーさんに作戦を話してる時にはなかったものだ。

 あれが、一体どんな性能なのかも分からない。


 背後でサインアウトして、一秒後に脊髄が同じ位置にあるなんて事……誰も約束してくれるはずが……!


七波「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 時間がない。


 このままぐずぐずして、あいつがゲフリーさんをとっ捕まえたら、もうあたしがフレイバーンを倒すことはできない。


 それはそれで構わないと言われれば、そうなんだろう。


 あたしの目的はあいつ――フレイバーンをこの星から排除する事。

 あいつがもしもゲフリーさんを捕まえちゃえばそれはそれで目的は達成される。


 ゲフリーさんは『悪い人』だ。あたしにとっての悪と呼べる人。


 聞けば犯罪者って話だし、フレイバーンだって宇宙の警察官だってんなら、このまま捕まえさせちゃえば、それで全てが丸く収まるんじゃないか。



 でも、それはダメだ。



 あたしはフレイバーンを何とかするために、ゲフリーさんに協力を仰いだんだ。

 今更それを覆すことはできない。


 それはあたしじゃない。


 何とか……しなきゃ……!



ゲフリーレン「……」



 フレイバーンの向こう側にゲフリーさんの姿。

 白い姿で表情は見えないが、顔はこちらに向けられている。


 その顔が言っているように感じられた。


 『さぁ、どうするのか』と。


 挑発めいた色を湛えて、じっとあたしを見つめる顔が、あたしの体を貫くかのように問いかける。


七波「分かってる……わかってるっ……!」


 あたしが……あたしが全部、何とかしなきゃいけないんだ……!



 周囲を見回し、あたしを探すフレイバーンを。


 そのすぐ傍らで、あたしが見つめながら。



七波「はぁ……はぁ……」


 あたしが……


七波「はぁ……はぁ……ぁっくっ……あっ……はぁっ……」


 あたしが……!


七波「はぁ……はぁ……はぁっ……はぁっ……!」


 あたしが……!!!



 ――その時。



七波(っ……!)



 あたしがなぜそこに至ったかは、分からない。



クレシダ『……ナナミ……? ……精神ゲージが安定してない……! ナナミっ、ナナミっ!!』



 ただ、一瞬――その一瞬で。



 あたしは『ここへと訪れた直後の事』を思い出していた。



七波(……)



 そして……呆然としたまま……



 吸い込まれるように……



クレシダ『ナナミ……ナナミ、ダメっ!! 孔球から戻れなくな――!』



 ぞぶり、と。



 フレイバーンの体の中心に見える孔球に




『落ちて行った』。




 ……どろりと広がる、まとわりつくような赤黒一色の空間へと。




七波「ぁっ……あぁぁっ……!」


 さっきのたった一瞬でしかないあの接触だけで、あたしの頭には既にこの空間に対して拒否反応が生まれていた。


 周囲は赤い闇。向こうから何が現れるか分からない恐怖――


 あたしはとっさに目を閉じて、ヘッドホンを外して耳を塞ぐ……!

 『まだ始まっていない事象に対してなら、あたしは目を塞ぐ事ができる』。


 でも……その空間は、自分では閉じる事のできない『心』へと侵入して来る……!



??「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!! ウチのっ……ウチの手がぁぁぁぁぁっ!!!」



七波「ひっ!!」


 その叫び声で、あたしに押し寄せてくるイメージ。



 ――SAhZAZAZA!



七波「ぃっ……ぎぃっ……ぃぃぃっ……!!!」



 ――ZahaAAAAA!! ――Zaaahiiiiiiii!!



七波「やだっ……うぁぁぁぁぁっ!!!」


 目も耳も遮断しているのに、あたしの脳裏には、『あの時』の咲子の、絶望した顔でのたうち回る姿が次々と湧いてきて途切れない。



 目を閉じているから。



 耳を閉じているから。



 だから逆に、あたしの脳が忌まわしいイメージを勝手に生み出すのか。

 ここはそういう場だって事なのか。


七波「ひっ……ぃぁっ……!」


 あたしは、心の奥から押し寄せてくるイメージに耐え切れなくなって。


七波「んくっ……!」


 目と、耳を――開く……!



??「……いたいぃっ!!」



七波「……うぁぁぁぁっ!?」


 そこにいたのは。

 あたしの足元、二歩先もない距離で、うずくまっていたのは――。


 腕を抱きしめながら、生気のない目から涙を溢れさせ、がくがくと震えて。


咲子「いだいっ……てェっ……いだいぃぃぃっ!!!」


 あたしへと、ずり……ずりっ……と近寄ろうとする咲子。


 そんな形容はしたくないけど――まるで四肢を千切られた、虫のように……。


七波「ぁっ……ぁぁっ……」



 それはあまりにも凄惨な姿。



 それはあまりにも絶望的な姿。



 したくない形容とは言っても。



 咲子は本当に……心を支える四肢を、羽根を引きちぎられたも同じだった。



 その姿で、どこへ行こうっていうの?



 その姿で、どこへ飛んでいけるって言うの……?



 ただ、ずり……ずり……と。



 自由を奪われて、咲子はあたしへ迫ろうとする。



七波「咲子……」



 その無残な姿を見つめていて……あたしは……



七波「さき……こっ……!」



 あたしはっ……!



七波「っ……!!」












 ――咲子の体を、抱きしめていた。












咲子「……ナナ……ちゃん……ナナちゃんっ……」


七波「咲子……分かってる……分かってる……!」


 ぎゅっ……と。ぎゅぅぅっ……と。


七波「ゴメンっ……ゴメンなさい……! 許されるはずなんかないけど……でも、今のあたしには……それしか出てこないよ、咲子……!」



 溢れそうになる涙を、必死に堪える。



 あたしは咲子の絶望に、一時は恐怖した。

 目を背けるように自分を塞いで、その姿に心を触れさせる事を拒絶した。



 でも……咲子の感情に寄ることができた時。


 咲子がもう、自分の大切なものに一生向き合えないんだと心の奥で理解できた時。



 ――『あの時』の直後の病院で、作家を交えた『夢の中』でも、あたしは。


 最後の最後で。


 咲子を抱きしめていたんだ。



 夢だったけど、あたしはあの温もりを覚えていて、


 その手の感触を、起きてからも確かめようとした。



 その温もりが。


 『あたしをこうして駆り立てた』んだから……!



 これは――この場で起きている事は、ただのイメージ。

 だから、まだ……何も解決してない内に、あたしが泣くわけには行かない……!



 咲子の腕から溢れ出す鮮血が止まらない。

 咲子を抱き締めるあたしの体は、そのあけ色に染まっていく。



 でも。



 それでも。



 どんなにその鮮血でこの体が染まろうとも。



七波「あたしは……咲子の声を……あたしを求める声を、絶対に拒絶したりしない……!」


咲子「……ぁ……」



 もう一度、ぎゅっと咲子を抱きしめると、腕の中の咲子がゆっくりと気を失うように、目を閉じた。


 ……それでいい。


 もう、この孔球が――『悪』が生み出す勝手なイメージの咲子に、あたしが苦しめられることはない。



 そしてあたしは、背後へと振り返り――そこにいた奴を、ぎっと、睨みつける。



七波「あたしは、決めたんだ……!」



 あたしの背中が、煌々とした光を放つ……!



七波(あたしが壊れても……)



七波(あたしがなくなっても……!)



 あたしはっ!!!



七波「あんたを、絶対に倒すって決めたんだぁぁぁぁっ!!!!!」



 背中から迸るように走る何本もの光の槍が、あたしが落ちたこの孔球の外殻に風穴をあけて、外の光を内に溢れさせていく――!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ