1-4-25-2 【桜瀬七波】 炎禍の先に披く孔 2
そして……更に爆発が……!
七波「っ……!」
また、それに巻き込まれて吹き飛ぶ人影。
あたしはそれを見て――かろうじて動いている姿を見て、早く逃げてと祈る事しかできないのか……!
その時だった。
警官「退避っ! 退避しろっ!!」
警官「負傷者の救護、急げっ! 手の空いてる奴は搬送をっ!」
??「七波ちゃんっ!! この辺りにいるなら、この敷地の出口に走ってっ!!」
七波「っ……!?」
その声に……あたしはそちらへと顔を向けて……!
七波「……詩遥ちゃんっ……!?」
白い姿だけど……その小さな体――間違いない……!
詩遥「返事とかしなくていいからっ! まずはここから逃げてっ!!」
必死に……姿の見えないあたしへと声をかける。
やっぱり、少なくともあたしがこの辺にいることは詩遥ちゃんは知った上でこの場にいる。
そしてまた……あたしの事を考えて動いてくれてる……。
周囲を見回しながら、他のお巡りさん達と一緒に敷地の出口へと退がる詩遥ちゃん。
七波「あたしは大丈夫だから……詩遥ちゃんこそっ……!」
届くはずもない言葉を口にして、すぐそばで声を張り上げる詩遥ちゃんに祈るように言う……!
――しかし……!
七波「ぁっ……!」
敷地の出口に、フレイバーンが降り立つ。
フレイバーン「おっと……みんな揃ってどこ行くんだ、なぁ?」
警官「ひっ……!?」
その姿に……敷地の出口を目指していた警官隊は、じりじりと炎巻くパトカーへと後ずさりして……!
フレイバーン「寂しいじゃねぇか……みんな揃って燃え上がったほうが楽しいだろ?」
警官「う……撃てっ……撃てーーーーっ!!!」
誰かがそう叫んだのは、恐怖からか、それとも自らの手に持つ武器に一縷の望みを託しての事か。
再び、乾いた破裂音が幾重にも響く。
それに合わせて、フレイバーンのスーツの表面で、小さな白い煙がいくつも爆ぜる……!
だが……それがフレイバーンに及ぼした影響は一つとしてなかった。
警官「あ……そんっ……そん、な……!」
かしゃり……かしゃり……と、あたしの耳に覚えのある忌まわしい音を立てながら、フレイバーンは警察官の一人に近づいて行って。
フレイバーン「お前らが来なきゃなぁ……今頃あいつを無事に探し出せてたかもしれねぇってのに……い、ひひ、っ……い、いらっ……! いらつか、あっ……あぁぁぁっ!!!」
警官「ひっ……ひぃぃぃっ!!?」
警官「おぉぉぉぉるああああああっ!!!」
体格の大きい――フレイバーンよりタッパがありそうな警察官が一人、フレイバーンに後ろに回り込み、何かを振りかぶって踊りかかる。
ガキッ! と金属音がして、フレイバーンの側頭部辺りに叩き込まれたのは、警棒だと思われた。
……しかし。
フレイバーン「……いてーな」
全く身動ぎ一つせずそれを受け止めたフレイバーンは、ぐるりと顔をその大柄な警官に向ける。
警官「ぐくっ……くっそぉぉっっ!!」
そのまま警棒を振り上げて、二度、三度とそれを叩きつける警官。
しかし、まるですさまじい重量の金属の塊でも殴りつけているように、微動だにしないフレイバーン。
警官「ぅおおおおおおおおおおっ!!!」
警官「だああああああぁぁぁっ!!」
その姿に触発されてか、更に二人の警官が駆け寄ってきて、同じくそれぞれに手にした警棒を振り下ろす。
でも、何も変わらない。
何も変える事は出来ない。
それだけの殴打を受けながら、フレイバーンは二度三度と、何事もないかのように首を捻って、一つ呼吸をして……
フレイバーン「全くよぉ……! いつまでもっ……!」
一番最初に殴りかかった大きな警官の胸倉を引っつかんで、軽々と自身へと引き寄せる……!
警官「なっ……にっ……!?」
警官は胸倉を掴む引き手を剥がそうとするが、全く抵抗することができず上体が下がって……!
フレイバーン「調子に乗んじゃねぇよっ!!」
フレイバーンが、警官の腹部に膝を捻じ込む……!
――ドスッ、という低い音がして。
警官「あ……がっ……」
その警官はそのまま膝から、震えながら崩れ落ちた。
フレイバーン「ゴミ共がっ……!」
そのままフレイバーンは側面への蹴りを繰り出す。
その蹴りは警官の一人の胸に突き刺さり、その警官は3mは後方に飛ばされ、その場に転がって激痛にうめき声を上げた。
警官「ぅ……うあああああっ!!」
残った警官は後ずさり、そのままくるりと踵を返してフレイバーンの傍から逃げ出す。
……でも、それは適わない。
一瞬だった。
5mほどだったかもしれないが、そんな距離が一足で走りきれる距離などであるはずがない。
でもフレイバーンはその一瞬で――まるで瞬間移動でもしたかのように、距離を詰めるどころか追い越して、警官の前に立っていた。
警官「ひっ……!?」
その胸倉を逆手で掴み、フレイバーンは自分の背後へと――野球の投球フォームのように――本当にボールでも投げるかのようにそのまま、警官を片手で振り回して、硬いアスファルトの地面に叩きつける……!
警官「……げぅふっ!?」
背中から叩きつけられた警官は、その衝撃で動けなくなった……。
フレイバーン「……邪魔くせぇな……ああ、邪魔くせぇから、あ、あぁぁぁぁああああっ!!! 全員しょしょ、しょっ、処分っ、処分、だぁぁぁっ!!」
がたがたと頭を揺らしながら声を上げるフレイバーン。
蜘蛛の子を散らすように逃げていく警官たち。
だが、一人も逃がすまいというのか、フレイバーンは、ぐんっ、とまた凄まじいスピードで、警官の一人に逼迫し、その懐を二度、三度と殴りつける。
そしてその人が崩れ落ちると、次の人へ、そしてまた、次の人へ……!
それをあたしは……
また、見てるだけっ……なんて……!
七波「ゲフリー……さんっ……!」
ゲフリーレン「なんだ?」
食いしばった歯の隙間から……あたしは声を絞り出すように発する。
七波「ゴメン、あたし……これ以上は……無理だ……!」
ゲフリーレン「無理とは」
七波「あいつをこれ以上好き勝手させとくのは無理だっつってんの!!」
ゲフリーレン「口にするだけなら容易いな」
七波「舐めんなっ!!」
つかつかと近寄って、下からその顔を睨みつける。
七波「プランならできてる……!」
ゲフリーレン「ほう」
七波「ゲフリーさん」
あたしは、ぴっ、と指をゲフリーさんに突き付けて。
七波「ゲフリーさんにも協力してもらう!」
それを聞いたゲフリーさんは、耳たぶをいじりながら、ふん、と鼻を鳴らす。
ゲフリーレン「……俺がそれに協力をしなければならない理由でもあるのか?」
七波「ある!」
鋭く即答するあたし。
七波「ここであたしがこの人たちをただ見過ごすのなら! それはもう、あたしじゃないんだよ! それはゲフリーさんが望んだモルモットたるあたしかっ!? そんな人間をあんたは生かしたってのかっ!?」
ゲフリーレン「……」
ゲフリーさんはじっとあたしを見つめている。
七波「あたしはあの夜……このあたしになったんだ……! フレイバーンに撃たれても、ゲフリーさんに殺されそうになっても! あたしはどこまでもあたしを貫いたからあそこから生き延びた! それはゲフリーさんの望んだ結果だったんでしょ!?」
ゲフリーレン「その通りだ」
七波「ゲフリーさんの望みってのがあたしの観察ってんなら、いいよ、構わない! 足の先まで、体の奥まで見られてやる! でも、それなら見方を間違うな! ゲフリーさんを利用するのもまたあたしだ! その全部……」
とんっ! とあたしは自分の胸を握り拳で叩いて。
七波「見届けてもらう!!」
僅かな間。
喧噪に包まれながらも、あたしは全ての主張をゲフリーさんに叩きつける。
それを聞いたゲフリーさんは耳たぶを一つまみしてから、深呼吸をして。
ゲフリーレン「……なるほど。確かにそれがお前の抱く『悪』への干渉の仕方なら、俺が介入をしないわけにはいかん。……聞かせてみろ」
七波「ったく、まどろっこしいんだから……!」
そうは言うも、心の中ではゲフリーさんの協力を僅かに喜ぶあたし。
時間がない。
時間がないからこそ、短絡と言われようがシンプルで最大限の効果を発揮する作戦で行かなきゃいけない。
今の最大のアドバンテージは、フレイバーンがこの悪孔空間の事を一切知らないって事。
ここを何とか生かさないと……!




