1-4-25-1 【桜瀬七波】 炎禍の先に披く孔 1
◆ 視点変更『桜瀬七波』 ◆
七波「っ!? あれって……!?」
走るあたし達の視線の先で、いきなりぶわっ! と白い靄が膨れ上がる場所があった。
人気が無い場所の割に、広く取られた大通り。
そしてその正面突き当たりに、その道はそこのために作られたんじゃないかと思わせるような、広めの空間を取った敷地の倉庫がある。大型トラックでも50台ぐらい平気で入りそうな荷捌きの駐車場だった。
それは、もう50mとない、そこで起きた。
爆発的に広がるそれは文字通り……!
ゲフリーレン「……何かが爆発したな」
七波「……フレイバーンがやったの!?」
西部警察じゃないんだから、警察がいきなり何かを大爆発させちゃうなんてのは考えられない。だったらあいつ以外にいないだろう。
でも……!
七波「でもあいつの武器って、人を溶かしちゃう武器じゃ……!」
ゲフリーレン「奴の武器がそれだけだと、奴の事を知る誰かがお前に言ったのならその意見を飲んでもいいが」
七波「……そりゃ確かに……っ!」
あの夜は、爆発なんか起こして大騒ぎにしたくなかったから使わなかっただけ。そう考えれば頷ける。
そして今。
ゲフリーさんを捕まえられなくて、イライラが最高潮に達してたとしたらどうだって話で……!
七波「ったく、危ないな! ゲフリーさん巻き込むとか考えないのかな……!」
ゲフリーレン「俺の逮捕が生死不問なら、巻き込んでも大した問題ではないだろう」
七波「逮捕じゃないよね、それ!? あいつも警察でしょうよーーー!」
ホント宇宙の倫理観ヤバし。
そうこう言ってる間に、その超大型の倉庫の入り口にたどり着く。
そこまで来て、もう10mもない先で、燃えているのが何か理解した。
今し方、あたしの眼前を通り抜けていったパトカーと思しき車だ。
七波「警察とフレイバーンでドンパチ始めちゃったって事!?」
我ながらヤクザみたいな言い回しではあったが、間違ってはないのでよしとするとして、周りを見れば何人もの人であろう孔球が忙しくうろうろしてる。
この人たちが警察なら、この爆発を起こした人間――人間じゃないかもしれないけど、そいつを探してるはず。
あたしは自分の悪孔架線の方向を再度確認する。
だけど……!
七波「あ、あれっ?」
目の前の爆発は、周囲の障害物と同様、白い形状で――つまりさっきも言った通り、白い靄でもうもうと煙を吹き上げている。
悪孔架線はその靄の向こうへ延びていた。
そこまではいいんだけど……普通の火や煙と一緒で、向こう側が見えない――視界が遮られてる!
フレイバーンのいる方向は分かるけど距離がつかめないんじゃ、いる位置が把握できてるなんてとても言えないって話で……でも、ここまで来たらぐずぐずもしてられない……!
七波「クレシダっ! あの火は、熱いのっ!?」
クレシダ『基茎座標空間の熱情報は悪孔空間にフィードバックされないよ!』
七波「熱くないって言えっ!」
あたしはフレイバーンの姿を捕らえるべく、火の中に飛び込む……!
クレシダ『あ、ちょっ……ナナミっ!!』
それを突き抜けた瞬間……!
フレイバーン「……邪魔だぁぁぁっ!!」
七波「うひゃぁっ!?」
白い紗幕の向こう側にいた巨大な球体があたしへと向かってきて、あたしはびっくりして身をよじる。
しかし、かわし切れなっ……!
――ぞぞぞぞぞぞぅぅぅっ!!!
七波「……ひぃうっ!!?」
目の前が一瞬真っ赤になる……
違う……赤くなったんじゃない……
眼前で……赤が……咲いて……
すぐ傍に、影が立ってて……!
七波「……うわあぁぁぁ!?」
ドンっ! とその影を手で払いのけ、あたしはその反動でヨロヨロと後退ってしまう。
――その影は、フレイバーンだった。
そいつはあたしの後ろを見つめながら、うっすらと笑っているように見え――
??『……ぃいやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
七波「ひっ……!?」
背後で耳をつんざくような女の子の悲鳴……その……声はっ……!
七波「……ぐぅぅぅぅっうぅぅっ!!!」
恐怖で、振り返れない……!
耳を塞ぎ、しかし『目を閉じる事の出来ないあたし』は目の先に何も収める事がないようにして、念じるように――その叫びを遮るように頭の中で絶叫する……!
七波(遮断しろっ!!!)
遮断しろ……っ!
遮断……!
遮断……!
七波「……くぁはっ!?」
何が功を成したか、分からないが、突然目の前に溢れかえったイメージを頭から振り払うと、どうにか目の先に元の景色が戻ってくる。
フレイバーン「くっ……なん……だ……?」
フレイバーンと思しき球体は、あたしの背中で立ち止まって小さく呟いたようだった。
でも、当然ながらすぐさまあたしに気づくこともなく、炎の先へと飛び込んでいく……!
七波「くぅっ……はっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」
あたしは膝をついて、荒い息をついた。
クレシダ『……良かったぁ! ナナミ、気をつけて! ナナミは今、あいつからの影響が大きすぎる! あいつの孔球の大きさを見たでしょ!? あいつと直接の接触は重大な精神汚染の元だから!』
七波「先に言わんかいっ!」
クレシダ『ナナミがそんな突拍子もなく飛び込む性格じゃなきゃそうしてたけど!』
七波「返す言葉もございません……」
いや、でも実際に熱を感じるはずの、『向こう側』の火に飛び込んでくるなんて、さすがに誰も予想でき……。
七波「ってか、あれっ? 今……フレイバーンの声聞こえたよ!?」
……だけじゃない。
周囲の炎の音や回りの人たちの大騒ぎする声も、あたしのヘッドホンから聞こえ始めてる……!
七波「何、向こうの音とか、こんなにちゃんと聞けんの!?」
クレシダ『基茎座標との状況をリンクさせたモード『アトモス』にシフトしてる! まだアルファ版だから、誤差がひどいけど……!』
七波「聞こえるなら、最初からそうしてよ!」
クレシダ『試験運用で無理なモードだからバッテリーの消費が激しいんだって! だから無制限にモードシフトしていられる訳じゃないんだよ!』
七波「ば、バッテリーって?」
クレシダ『ナナミの持ってる携帯端末の電力! 今は……52%!』
七波「……スマホのバッテリー!?」
懐から取り出したスマホのバッテリーは確かにクレシダの言う通り52%だ。さっき電話してた時は70%ぐらいあった。通話もしてないのに、この減りは確かにヤバいけど……。
七波「え、ちょっ……バッテリーなくなったらどうなんの!?」
クレシダ『大丈夫、0%になる前に、ボクがこの空間から強制退去させる! でもそうなったら充電できるまでこっちには来られないよ!』
七波「質問の答えとして、適切じゃない気がしますが!」
クレシダ『後回し! 今はナナミが心配しなくていいから! それより今はあいつを何とかしなきゃなんでしょ!? だからこっちにモードをシフトしとかないと、あいつの背中に回り込むのだって難しいよ! 今……』
とクレシダの周囲にホログラムでいくつかの画面が現れる。
その中で文字と思しき列が下から上に流れたり、幾何学模様が点滅したりすると……。
七波「あ……れ……? 人の体が……!」
クレシダの向こう側に見えてる孔球の周囲に人の形が現れ始める。
孔球はその真ん中にうっすら見えたままだけど、その人の姿は、ちゃんと人としての動きを伴っていた。
あたしの周りをぐるりと見まわすと、どの孔球にも同じように人型が出現してて。
七波「……人間の形も表示できるんじゃん!」
クレシダ『基茎座標とこの空間で、有機体のグラフィックを同期させるのは、これもまだ難しくてね! やっぱり結構電力を持ってかれるし、普段は球体に見せてる! っていうか、孔球がこの空間では本来の姿なんだけど!』
七波「いや、ありがと! 十分!」
孔球は本当にただの球体だから、こうじゃないとフレイバーンの背中をしっかりと把握できない。
出たところで『実は真正面でした』とかだったら、その瞬間アウトだし。
そう考えたらこれは相当ましになったと言えると思う。
あたしの周りには20人ぐらいの、
白一色だけど、人の姿のその人たちは、恐らくお巡りさん達だろう。
警官「くっそ、動くなっ!」
警官「抵抗せずに降りて来いっ!」
すぐ傍らのお巡りさん達が、頭上に拳銃と思しきものを構えて、空中に狙いを定めながら銃口を滑らせる。
その銃口の先には……。
七波「……あ……っ!」
周囲の倉庫の屋根を、忍者みたいに飛び回る白い姿。
そんな人間離れした動きができるのはこの場にいる存在の中では、フレイバーンしかありえない。
でも、あたしはその動きを見て、ある種の絶望を覚えた。
――早い。
ひらりひらりと重力から解き放たれたように、地上の生き物を翻弄する。
あんなに見た目にも黒くて重そうなスーツなのに――いや、逆にあのスーツの機能がそうさせているのか。
『発砲許可。繰り返す、発砲を許可する!』
パトカーの中から無機質な無線の声。それがお巡りさん達のリミッターを外す。
横に並んだパトカーを陰にして、お巡りさん達は狙いを定めて――乾いた音がいくつも響く……!
でも、あまりに早すぎるその動き――あのフレイバーンに命中した弾はどれだけあるだろう。
……そもそもだ。
七波(あいつの体に当たったってっ……!)
詩遥ちゃんの拳銃。
あんな至近距離で命中させたのに、あのスーツには傷一つ付かなかった。
こんなに離れた距離で命中したって、あいつは全く意に介さないんじゃ――
ドンッ!!
七波「っ……!?」
低くて鈍い音。
空中で響いたそれが、何事かと視線を持ち上げた瞬間……!
ガシャッ……!
七波「えっ……?」
……爆発!!!
七波「うあっ!?」
あたしの目の前のパトカーのバンパーに穴が開き、直後、激しく爆発して炎上する……!
警官「があああああっ!!!?」
警官「あづっ……あっ……うああああっ!!!」
パトカーの傍にいたお巡りさん達が吹き飛んで、腕や服に燃え移った火を消そうとのた打ち回る。
ゲフリーレン「……小型の榴弾か。この星では威力が大きすぎるな」
七波「ふざけんなっ、戦争でもする気かってのっ!!」
そんなことを言ってる間にも……!
七波「あっ……!」
次の爆発……!
二台向こうのパトカーが軽く浮き上がって轟音を響かせ、紙のように燃える。
警官「あっ……あああぁぁぁぁっ!!!?」
警察「ぎっ、うがああぁぁぁっ!!」
その様を見て、あたしは焦り始める。
七波(ダメだ……早く何とかしないと……!)
お巡りさん達があたしを目印にしてここにやってきたんだとすれば、あいつに出くわすことを想定なんてしてないかもしれない。
だとすれば、この人たちにフレイバーンをどうこうする事なんて……!
七波「くっ……!」
あたしはスマホを取り出す。
ゲフリーレン「何をしている」
七波「決まってんでしょ! あいつを止めなきゃっ……!」
ゲフリーレン「この周囲の人間を一掃すれば、奴も落ち着くだろう。その気の緩んだ一瞬の隙というのが最良のタイミングだと考えるのだが」
七波「ふざっ……けんじゃねェっ!!」
あたしはゲフリーさんに詰め寄って人差し指を突きつける。
七波「それまで黙って見てろっての!? このままじゃ誰か死んじゃうよ!」
でも、ゲフリーさんは意に介そうともせず、涼しい目で言い放つ。
ゲフリーレン「お前こそ冷静になれ。このまま無作為に基茎座標にサインアウトして、どのように奴にそれを取り付けるか、僅かでもプランがあるというのか」
七波「くっ……」
顎で、あたしの手の中の装置を指すゲフリーさん。
あたしは装置を握り締める。
分かってる……分かってるんだ……!
この混乱の中、一番落ち着いてフレイバーンの動きに注視しなきゃいけないのはあたしだ。
ゲフリーさんの言うタイミングが最良だって言うのも頷ける。
でも……目の前で倒れてく人を見て、何もできないなんて……こんなトコに飛び込むしかなかったなんて……!




