1-4-24-2 【桜瀬七波】 悪との邂逅 2
ゲフリーレン「なるほど」
ゲフリーさんが面白くもなさそうに耳たぶをいじる。
ゲフリーレン「お前が今、奴への講じられる手段がそれしかないと言うのなら、そうされる事について考えてもいいのだが」
七波「ないね。だから今、あたしはゲフリーさんをあいつに突き出す手段について、脳内のちっちゃいあたし213人ぐらいと会議の真っ最中だ」
ゲフリーレン「無駄の多そうな会議だな」
七波「話の回りくどい人に言われたくないわ! ……その結論が出る前に」
顎を持ち上げ、しれっとした目でゲフリーさんに言い放つ。
七波「代案がゲフリーさんから出るなら聞いてあげる」
ゲフリーレン「凄まじい超上空からの目線だ」
七波「ゲフリーさんだって、捕まりたくないでしょ」
ゲフリーレン「まぁ……捕まった所で逃亡の手段を講じればいいだけなのだが」
七波「あ、そっか。じゃあ、捕まってくんない?」
ゲフリーレン「……ふむ」
少しだけぐっと身を屈ませて、ゲフリーさんはあたしの目をのぞき込んでくる。
本当に目と鼻の先、みたいな距離になるけど、あたしはそれを身動ぎすることなく受け止めて。
七波「……何」
ゲフリーレン「いい目をしている」
七波「……は?」
怪訝な表情を隠すこともなく。
そしてそんなあたしを見つめるゲフリーさんの目に。
ゲフリーレン「混濁した人間の感情。その根源となる『悪』の排除の手段を講じる意思。ともすれば」
……あたしは淀んだ輝きを見る。
ゲフリーレン「『悪』の孔の淵で、その吹き込む風に抗う、瀬戸際にある人間の目。……まるで、先日のお前とは別人のようだ」
七波「……。……知らない」
そう口にしつつも、あたしは一度だけ、ゲフリーさんに気付かれないように、ごくりと唾を飲み込んでいた。
ゲフリーレン「俺のシステムは試験的に、お前のシステムより少し上位バージョンのベータ版を実装していてな、お前の『悪』への各種数値というものを視認できる」
ゆっくりと体を起こしながらゲフリーさんはそう言って。
ゲフリーレン「具体的に何があったかは後で知るとして、この状態が示すお前の全てが須らく興味深い」
七波「……喜ぶトコじゃ、全くないんだろうね」
ゲフリーレン「……いいだろう。お前の『悪』に抗う心を見届けてやる」
ゲフリーさんはそう言うと自分の体の横に手をかざす。
手の先に、金色の光が溢れ、そこから手のひらぐらいの四角い箱のようなものがするすると出てきた。
……この世界の特徴そのまま――白い線で縁だけ描かれているので、どんな物かは、目で見ても具体的には分からない。
七波「……何それ」
ゲフリーレン「名前はまだない」
七波「猫かよ」
ゲフリーレン「猫ではない」
七波「はいはい、ごめんごめん。続けて続けて」
如何な変人ゲフリーさんとは言え、地球の文学はまだそこまで網羅できていないか。
ゲフリーレン「精神実験の過程で作成した。一個の有機体の内に、二重の精神構造を持つ知的生命体の精神を分断し、吸収する装置だ」
七波「……どーやったらそんなものが出来るのか、興味があるようで実はないのでそこはいいとして――それってつまり」
ゲフリーレン「奴がこの星の人間に寄生して、その精神を乗っ取り、操っているなら、奴をここに封入することが出来る」
七波「おお、そんなものが!」
それだよ、あたしが求めていた装置は!
七波「……それなら作家の事、助けられる……!」
ゲフリーレン「しかし、起動のための条件がこの件では難しい」
七波「どうするの?」
ゲフリーレン「対象の脳周辺ないし、脊柱に該当する箇所周辺に、この装置を取り付ける必要がある」
七波「……これを? あいつの後ろに回って? ぺたっと?」
ゲフリーレン「そうだ」
七波「……ハイしゅーりょー! ゲフリーさんは直ちにあたしにとっ捕まる事ー!」
難しいどころの騒ぎじゃないでしょ、そんなの。
ゲフリーレン「一つ、方法がある」
七波「聞こうか」
ゲンキン。
でも、ゲフリーさんをあいつに突き出したって、作家は助けられないんだ。
ゲフリーレン「この空間を利用する」
七波「悪孔……空間を……?」
あたしは一度周囲を見回した。
ゲフリーレン「この空間にいる限りは、奴は俺たちを視認できない。この状態を利用して奴の背面に近づき、基茎座標空間にサインアウトして装置を取り付ける」
七波「そっか……それなら行けるかも知れない!」
向こうはこっちの居場所が分からないんだから、当然アドバンテージはあたしに生まれる……!
ゲフリーレン「では、これをお前に渡しておく」
七波「え……」
ゲフリーさんが差し出す装置を、あたしは受け取る。
……そこそこ重さがある。
ゲフリーレン「今お前が手にしている面が接合面だ。上面の突起部分を押せばスイッチが入り、下面に分子接合体が発生し、極一部の例外を除いてあらゆる物に接着する。奴のステルラスーツにも有効だろう」
今は白い箱にしか見えないけど、確かに今、上になっている面には突起となっている部分があった。
七波「……分かったよ、ありがと」
ゲフリーレン「構わん。お前の『悪』に抗うその様、そしてそれに伴う『悪』の立ち居振る舞いを、俺はこの目でしかと記録させてもらおう」
七波「……」
装置を手渡された反対の手を、ぎゅっと握り締める。
そうだ、『これはあたしがやらなきゃいけない』。
あたしが奴を排除する、それが出来ればあたしは前に進める。
ゲフリーさんの手を借りられるのはここまで。十分すぎる手段だ。
今は……全力で作家を助ける……!
七波「いいよ、ついてきて、ゲフリーさん」
あたしはふっと目を閉じる。そして……。
七波「……ん、くっ……!」
一瞬だけ脳裏に溢れかえりそうになる記憶。
遮断しろ。
七波「く……ふぁっ……!」
苦痛で結ばれた目が、遮断の度合いに応じて、うっすらと開いていく……。
その視線の先に、こちらをまじまじと見つめるゲフリーさん。
……今、あの人にはあたしがどう見えているんだろう……?
そして……あたしの体から伸びる線は。
七波「っ……! ……これが……あいつの……!」
線は伸びる。
目の前のゲフリーさんの横を通り過ぎてその先へ……って……?
ゲフリーレン「……ほう、この方角は」
七波「ぁ……!」
それはゲフリーさんの歩いてきた方角だ。
つまり、あたしがサインアウトした時に目にした倉庫街。
もちろん距離が分からないから、そこにあいつがいるというのはまだ断定できなけど、可能性としては……。
七波「ゲフリーさん、すぐ傍にずっといたんじゃないの?」
ゲフリーレン「……可能性としては、ありうる話ではある。あの場所は人気がほとんどなかったしな」
しかし、そんな事をくっちゃべってる間に。
七波「……んん?」
白い線で囲われた――アレは車、かな? そういう形状は分かる。
そこに4個ぐらいの孔球……つまり人が乗っていて、かなりのスピードで倉庫街の方へと向かっていく。
……しかも、だ。
七波「あ、あれ……? ……増えてきてない……?」
ゲフリーレン「……」
ゲフリーさんと一緒に、更に倉庫街の周囲を見回すと、明らかに今の車&孔球セットが集まってきている。
その数……パッと見えるだけで5、6……いやいや、もっとだ。
……10ぐらい……全部で3、40人は集まって来てるんじゃないだろうか。
あれって……。
七波「……。……警察?」
ドラマとかで、警察官が何人も、ある場所に緊急配備されるシーンとかと、あの車の動きが自然と符合した。
そもそも、こんなところ、あんなに人が唐突に集まる理由がない。
そして今、あたしはゲフリーさんとの悪孔架線を辿って、あの倉庫街へ向かおうとしていた。
であれば……。
七波「……うっわ、考えとくべきだった! あたしのどっかに発信機でもついてやがるな!?」
警察に保護されて、警察の監視下とも言うべき病院に収容されたんだ。
しかも、関わってるのはただの警察だけじゃなくて、特殊機関なんてものもいるとすれば、その可能性は十分にある。
一瞬、電話をかけるためにサインアウトしたタイミングで、出た場所と病院を線で結べば、その延長線上にある人気の無い倉庫街が浮かび上がるのも必然……!
服をぱたぱた触るが、当然発信機なんてすぐに見つからない。そもそも見つかっても、もう遅いからとりあえずもういいとする。
ゲフリーレン「考えなしのお前らしい顛末だな」
七波「うるっさいわ!」
でも、これはチャンスなのかな……?
混乱に乗じる。仮にあいつが逃げちゃってもあたしにはまだチャンスがあるはずだ。
気が逸っているのは理解してる。
でも……あたしはもう、動かないでいるのが限界だ……!
出来ることなら、今晩中に片をつける……そして……!
七波「これ以上手間かけさせないでよね……作家……!」
あたしは、ゲフリーさんを伴って走り出す……!




