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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
44/88

1-4-21-3 【桜瀬七波】 混迷の渦中で 3

 ……話し終わって。


詩遥「……」


七波「……どうしたの、詩遥ちゃん。残念な仏像みたいな顔になってるけど」


詩遥「残念とか言うな。ってか……このまま悟りでも開ければ、こんな悩まなくてもいいんだろうけど」


七波「まぁ、信じられないよね」


詩遥「信じられないって言うか……信じ方が分からないというか、どう自分に今の状況を納得させていいか分からないというかってトコ」


七波「受け止めようという、努力はしていると」


詩遥「そりゃそうよ。……あんな目に合ったんだから」


 詩遥ちゃんは包帯の上から、右こめかみ辺りを軽くなでる。


詩遥「はぁ……宇宙人の、警察……ねぇ」


七波「やっぱ警察でも、聞いてないんだよね」


詩遥「『宇宙人』を聞かされてないからね」


七波「あーそっか」


 警察組織だからと言ったって、全くモノが違うわけだ。……当たり前だけど。

 でも、目の前の残念な仏像、もとい、詩遥ちゃんはともかく――その存在を全然知らない人ばっかりじゃないって事は、もう分かってる。


詩遥「で、その作家って人が? 宇宙人に体を乗っ取られて、おんなじ宇宙人のゲフリーレンってのを追っかけてる、と」


七波「うん」


詩遥「警察官を殺害か……このケース、どう扱われるかな……」


七波「……」


 あたしもそこが怖くて話をするのを躊躇いかけた。もし仮に救えたとしても、その体を使われてた作家はどうなっちゃうのかなって。

 でも、事はもう、そんな事は言ってられないトコまで来てる。何より警察とあたしを取り巻く状況がリンク出来たなら、協力を仰がない訳にはいかないって話で。


詩遥「それで、名前は?」


七波「はい?」


詩遥「名前。その作家さんの」


 ……お?


七波「……。……作家は作家以外の何ものでもないよ。それ以上でもそれ以下でもない」


詩遥「どっかの爆弾みたいな論評はいらないんだよね」


七波「……えーとね」


 ……。


 スマホ、ポチポチ。通話ボタン、ポチ。


詩遥「……何をしている?」


七波「あの……お兄ちゃんなら知ってるはずなので……」


詩遥「……ホントに知らないの!? 結構な常連さんって話よね!?」


七波「知らないよ! お前は今迄食べたパンの名前を覚えているのか!?」


詩遥「パンレベルでどうでもいい人なのっ!? ってか、パンの名前って何! チョココロネとかか!? チョココロネとかなのか!?」


七波「……」


 何でこの人、普段しっかりしてそうなのに、ちょいちょい無自覚にかわいい言葉をブッ込んで来るんだろう……。……もう無理なんだな……そういう生き物なんだな、きっと……。


 ま、それはともかく……作家の名前――聞いた事あるはずなんだけど……結構特徴的な名前してた気はするんだけど、忘れちゃったものは仕方がない。別人の名前を伝える訳にはいかないし。


 ……とか考えてると。


七波「……ありゃ出ない」


 留守電に切り替わっちゃった。


詩遥「折り返し電話って、して貰えるかな?」


七波「うん。記録残ってたら電話して来るから、ちょっと待ってみてもいい? 特に今のあたしからって気付けば、絶対だね」


詩遥「そうね、了解よ」


 と言いながら詩遥ちゃんはスマホを、さささっといじる。……何か同僚さんとかに伝えたんだろう。


詩遥「はぁ……事態は混迷を極めてる……か」


 操作を終えると、詩遥ちゃんは、また一つ、溜息混じりにそう言った。


七波「……ね、どう極まっちゃってるか、今度はあたしが聞く番でいい?」


詩遥「……いいわ」


 詩遥ちゃんは改まったように傍のパイプ椅子に腰をかけた。……さて。


七波「……どの辺まで聞けるもんなの?」


詩遥「どの辺って?」


七波「いや……警察が民間人のあたしに話していい内容って言うか」


詩遥「……それは聞く内容によるわよ。答えられる内容は答えてあげる。……ただ、ね」


七波「……ただ?」


詩遥「結構何でも話せると思うよ」


七波「……うに?」


 あたしは例によって、ふくろうのように首を傾げる。


七波「……そりゃありがたいけど、なんで?」


詩遥「それは自分で考えなさい」


七波(……なんのこっちゃ?)


 あたしは素直にそう考えた。


詩遥「で? 聞きたい事は?」


七波「あぁ、うん。……ええと」


 そうだな、まずは……。


七波「じゃあ、まず。警察官たる詩遥ちゃんが今、この宇宙人騒ぎをどこまで把握してるか聞いていい?」


詩遥「……いきなりなかなかフワッとした事聞くわね。まぁ、全然問題ないけど。……えーとね」


少しばかり天井を見つめながら、何事か思い出す素振りの詩遥ちゃん。


詩遥「順を追って話すわね。少なくとも、私が把握できてるのは、昨日の日中にあった警察官殺しからの話よ」


七波「……うん。……あたしと一緒にいた時は知らなかったんだよね?」


詩遥「そうよ。……はぁ……」


七波「……どしたの?」


詩遥「ん? んー……まぁ……言っちゃっていいか」


 詩遥ちゃんは一つ肩をすくめる。


詩遥「あの時、私はね。捜査の中止の指示を受けた後に、待機命令が出てたのに一人で出て行っちゃったの」


七波「……ああ、そんであたしに会ったって話」


詩遥「そ。……でも、そしたら警察署を出た直後ぐらいに、行方不明になった警察官がいるっていう話が出たらしいのね」


七波「行方……不明……?」


 ……あたしはそれに、ちょっと引っかかった。


七波「その行方不明になったお巡りさんが、殺された警察官って人?」


詩遥「……ええ、そうよ」


七波「そのお巡りさんって、いつからいなくなったの?」


詩遥「一昨日の夜らしいわ。無線が通じなくなって」


七波「……」


 一昨日の、夜って……。



  ◆



作家『……大体片付け終わったから、俺は今日は引き上げようと思って』



  ◆



 あの時……一番早く穂積を撤収したのは作家。……もしかして……。


七波(……)


 ……あたしには考えてることがある。ほとんど確証に近い『はず』の、ある推理。

 でも……今の話を聞いて、その推理に何か引っかかるものが生まれた。


七波(……何だ? 一体、何が引っかかってる……?)


 と、これまでに起きた事を少し遡ろうとした所で。


詩遥「……続けていい?」


七波「え!? ……あ、うん、お願い」


詩遥「ん」


 とりあえず今はいいとしよう。詩遥ちゃんの言葉に耳を傾ける。


詩遥「で、その捜索に駆り出される予定だったんだけど、署にいなかったから、課長から大目玉食らっちゃったのよ」


 ……。


七波「……いや、そこまで聞いてないんだけど」


詩遥「ちょっと! 言い損みたいに言わないでくれるかな!?」


七波「そんなこと言われましても」


詩遥「まだ続きがあんの! ……で、そんな大目玉食らって」


七波「廊下に立たされて」


詩遥「誰が小学生かっ!」


七波「言ってないって」


詩遥「類することを言われたもん!」


 口を尖らせる詩遥ちゃん。かわいい。


詩遥「はぁ……。で、怒られた後……謹慎でも食らうかなと思ったんだけど、どういう訳か七波ちゃんに付いてろって話になったのよ」


七波「……なんで?」


詩遥「まぁ、表向きはあの重要指名手配犯からの警護よね」


七波「重要指名手配犯ってーと」


詩遥「七波ちゃんの言う、フレイバーン、だっけ?」


七波「ふむ……なるほど。あいつは警察ではそういう扱いになったんだ。……で、詩遥ちゃんがあたしについてる理由の裏向きの事情ってのは?」


詩遥「具体的な事は私にも分からない」


七波「……詩遥ちゃん、分からないこと結構多くない?」


詩遥「そっ!? そ、そそそそんなことないですぅー!」


 目が泳ぎながら言う詩遥ちゃん。……やっぱり小学生に見える。


 仮にこの物語が映像化されたとして、あたしはあたし自身が実写化されることを願ってるわけだが、もしもアニメ化した場合、間違いなく正解であろうキャラは詩遥ちゃんだ……こんな人、れる人いねーよ……。


詩遥「警察も一枚岩じゃないって事よ! ったく……うちの課長が『何か』企んでるのは分かるんだけど……『何を』企んでるかは分かんなくて、ね……」


七波「……そこに絡んでるあたしとしては落ち着けないんですけど」


 とボヤいてみても状況が変わるわけでもなし、とりあえず詩遥ちゃんが把握してないことについては置いておくとしてだ。


七波「警察は、さ」


詩遥「ん?」


七波「やっぱり……宇宙人の事を知ってたんだよね」


詩遥「……その通りよ。実は昨日……あのフレイバーンとの接触の時には、もう、七波ちゃんには警察に配置されてる特殊機関の監視がついてたの」


七波「……怖っ!? いつから!?」


詩遥「ついたのは昨日、私と七波ちゃんが接触するちょっと前ぐらいからだったらしいわ。……私も全然知らされてなかった事なんだけどね」


 昨日……


 もう『あの時』には、警察はあたしをマークしていた……


 あの時の……あれは、つまり……


七波「あの……光……」


詩遥「え?」



 遮断しろ。



七波「あの時、いっぱい人がわらわらって、あそこに来て」



 遮断しろ。



 遮断しろ。



七波「……あそこに来たのは、やっぱり警察の、その特殊機関の人たち?」


詩遥「……そう。全て準備してから突入して来たんだけど……正直……色々遅過ぎよ……!」


 臍を噛む詩遥ちゃん。


七波「フレイ、バーンは……?」


詩遥「……逃げられたわ」


七波「……」


詩遥「特殊機関はあいつの機動力やその他の特殊な技術を完全に把握していなかった。だから、逃亡の追跡中に、あいつはフッと消えたって話。……警察は躍起になって追いかけてる」


七波「……警察は……あいつの事、捕まえられるの?」


詩遥「努力はしてる。でも多分上の方が抱えてるはずの情報が今もって降りてきてない。……今、街の中は厳戒態勢が敷かれてるわ。今日、明日は近隣の学校にも休校の指示が出てる」


七波「……っ……! ……与野城高にも……?」


詩遥「もちろん」


 学校に影響が出てるってことで浮かび上がるリアリティ。……あたしはぞくりとする。


詩遥「それが現時点での警察のできる事よ。でも早く逮捕しないと……次にどんな被害が出るか……!」


 詩遥ちゃんは苛立ったようにそう言った。



 あの光が、頭の中でちらつく。


 いくつもの周囲を走る影、響き渡る声。


 そしてその中で咲いた赤……その赤の……中心にいたのは……。



七波「……さ」



 遮断しろ。



七波「さっ……さきっ……」



 遮断しろ。



 遮断しろ。



 遮断しろ。



七波「咲子、は、どこにいるの……?」


詩遥「……」


 詩遥ちゃんの動きが、ぴたりと止まる。


 それは、じっと……あたしの、奥の奥にあるものを判断しようとしているように感じられた。


七波「……詩遥ちゃん!」


 すこしイライラしたようにあたしは声を上げていた。


 ……大丈夫。むしろこれぐらいの方が自然だ。


詩遥「……ごめん……それも、分からない……」


七波「っ……!」



 遮断しろ!



七波「ぎっ……ぃ、ぐっ……!!」


詩遥「七波ちゃんっ!!」



 遮断しろ!


 遮断しろ!


 遮断しろ!



七波「ぃっ……ぅっ……!」



 遮断しろ。


 遮断しろ。


 遮断しろ。



七波「……」



 遮断、しろ。



七波「……」



 ……。



七波「それはさっきの特殊機関が連れて行っちゃったから分からないって事?」


詩遥「……っ……!」



 『何気なく発したあたしの声に、詩遥ちゃんがハッとしたような表情を見せる。』


 『……え、何? なんでそんなに呆然としてんの?』



詩遥「……。……そう、だよ」


七波「そっか、なら仕方ないね」


 『何故か躊躇いがちに頷く詩遥ちゃん。あたしはそんな彼女に、肩を竦めて見せた。』




 ……。




 ……。




 ……。




七波「……お兄ちゃんって来た?」


 ふと……あたしは思い出したようにその人の事を聞く。


詩遥「……。……人治郎さん……だっけ?」


七波「そそ」


 と、何かに見切りをつけたようなため息をつく詩遥ちゃん。


詩遥「……いらしたわ。っていうか、昨日の夜からずっと七波ちゃんに付きっ切りだったんだけどね」


七波「まじでか」


詩遥「でも、朝になったら、帰っちゃったわ」


七波「あ、そりゃ何より」


 ちょっとホッとした。

 ……そんなあたしの顔を、少し覗き込むように詩遥ちゃんは見て。


詩遥「……寂しかったりしない?」


七波「うんにゃ。全然。……だって詩遥ちゃん、ずっと付きっ切りでいてくれたんでしょ?」


詩遥「う、うん」


七波「ありがとね。で、詩遥ちゃんが付いててくれるの、お兄ちゃん、ちゃんと聞いてから帰ったんでしょ?」


詩遥「……ええ」


七波「なら、今この場にいられたら、あたしは多分凄く申し訳ない気持ちになっちゃうよ。お店、今週二度も締めちゃう事になるんだもん。……お兄ちゃんはあたしのこと、ちゃんと理解してくれてる。だからお店で平常運転してた方が、あたしのためになるって思ってくれてるよ」


 自然に視線は窓の外の空へと投げられる。


 ――思い出されるのはもちろん、あの日の事。



  ◆



人治郎『……俺は七波ちゃんを信じたいっていつだって思ってる。七波ちゃんは、それを裏切らないって信じてるよ』



  ◆



 あの日、あたしたちはより強く繋がった――そんな風にあたしは感じてる。


 寝ていても、あたしの気持ちを分かってくれるお兄ちゃん。

 ここにいなくても、お兄ちゃんの考えが分かるあたし。


 どう? 今のあたしたち兄妹は、結構強いぜ?


 でも……


七波(……ちょっとはお話、したかったかなぁ……)


 詩遥ちゃんの言う通り、ちょっとは寂しいのかもしれない。


 朗らかなお兄ちゃんの声を聴いて、そんでお兄ちゃんに甘えたい気持ちはある。

 今の胸に渦巻く不安を、どうにかするための勇気をもらいたかった気持ちはある。



 でも、今は、ね……。



七波「はぁ……ちょっと疲れちゃったかな」


 そのまま、ぼふっと枕に横になるあたし。


詩遥「寝てていいわよ。何か食べたいものある?」


七波「ぼぼぼくは、お、おにぎりが、すきなんだな」


詩遥「ほほう。……具は?」


七波「煮卵」


詩遥「にたまっ……。その流れなら銀シャリじゃないの!? ……そんな意外性に富んだ食べ物……あるかなぁ……」


七波「ファミマのおいしいよ!」


詩遥「ファミマにあるんだ……。……そういえば商店街にファミマあったっけ」


七波「うん。まぁ、なかったら他のでもいいけど。でも煮卵あったら、絶対食べる!」


詩遥「ふふ……はいはい。じゃ、ちょっとだけ席外すわね」


七波「はーい。ありがと」


 詩遥ちゃんがドアを開けて出て行こうとしたところで。


七波「詩遥ちゃん」


詩遥「え?」


七波「お姉ちゃんみたい」


詩遥「……。……迷惑よ、あんたみたいな妹」


 一つ、詩遥ちゃんの声のトーンが高くなる。


七波「そ?」


詩遥「うん。じゃぁね」


 手を振って、詩遥ちゃんは部屋を出て行った……。



七波「……はぁ」


 ……。


七波「……」


 ……。


七波「……」


 ……。


七波「……くっ……」



 ……遮断しろ。



七波「……んくっ……! んぐぅっ……ぅぅううぅっ……!」



 遮断しろ。


 遮断しろ。






 遮断、しろ。




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