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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第4部
42/88

1-4-21-1 【桜瀬七波】 混迷の渦中で 1

 『混迷を極める』という言葉を辞書で引いてみようのコーナー。


 じゃん!



  ●混迷を極める

  読み方:こんめいをきわめる


  これ以上無いほどに混迷する、という意味の表現。


  『実用日本語表現辞典』より抜粋。



 ふむ、なるほど。確かに今、『あたしの頭の中』はこれ以上ないほどに極まっちゃってるのは確からしい。

 だからこの表現をここで使うのは、正しいと言えば正しいかな。


 しかし、しかしだ。


 本当に正しいかどうか。

 ――もっと適切な表現があるのではないかと勘繰ってみるのは、いい事だと思うんだよね。

 そこで、類語辞典などで現状を顧みつつ、適切な言葉を探ってみようと思う。


 シソーラス、『混迷を極める』で検索。


 Weblio類語辞書、ずばーん。……その筆頭。




 『アナーキーな』




 ……違いますよー!!

 確かにあたしの頭ン中は無政府状態ではありますが、アナーキーとか、国境のない戦場カメラマンみたいな響きで表現するのは明らかに違う。


 その『無政府状態の』というのも候補にあるね。……他には。



 『無秩序な』

 『社会的に混乱した』



 うーん、こいつはザ・ミスチョイス。

 広い。『あたし個人』の『頭の中』を指す言葉としては、違うなという印象を拭えない。却下。



 ……あ、項目が違うんだ。

 『政治的・社会的な無秩序』という項目欄にある言葉じゃ、そうなっちゃうか。


 その下に『物事の秩序が形成されていないさま』というのがある。

 そうだねー、こっちの方が多分合ってるかなー。どれどれ……?



 『混沌とした』

 『カオスな』

 『無秩序な』



 カオスいいね、カオス。

 ずらずらと脈絡もない事テキトーに叩き並べるあたしにはぴったりの言葉じゃないすか。いやぁ~乱世乱世。



 ……違う、あたしの普段の振る舞いについては、どうでもいい。

 あたしの『今の』頭の中についてなんだって。



 『秩序を失った』



 ……うーん、間違ってないけど、元の状態が秩序立ったものと呼ぶほど綺麗な状態じゃないから、『失った』ってのがあんまりピンと来ない。



 『ごっちゃな』



 ……もうちょっと知性を感じる言葉がいいなー。



 『ごちゃごちゃな』



 一緒だよ。しかもレベルが下がった気がする。


 もちろんどんな言葉であっても、使いどころが正しければ効果はある。この点は勘違いしてはいけない。

 でも、ここじゃない。そういう試される系の話は今は結構です。



 『混然とする』

 『渾然とする』



 実はこの『こん』には『混』という意味もあるので、この二つは全く同じ意味になる。カオスって意味の『こんとん』を『渾沌』って書くのも正しい。

 ……じゃ類語辞典で同じ場所に置いとくなよとも思うが、まぁ、あたしにもよくわからない、使い方による細かいニュアンスの差とかもあるんだろーね。

 ……まぁさっきより使いどころを試されるというワケだが、あたしにはそれがどこかは分かんない。



 『渾然一体となった』



 ……なんか表現として『一体となった』って部分が、『そうあるべくして、そうなった』みたいなニュアンスが出てて綺麗なイメージがあるからコレジャナイ感が凄い。


 文句が多い? うっさい、言葉を選ぶってのはこういう事じゃ。



 というワケで辞書から引っ張ってきた『今のあたしの頭の中の状態を示す言葉大賞』は『混迷を極める』が優勝です。

 いえー、ひゅーひゅーどんどんぱふぱふ! うるさい今何時だと思ってるんだ!!



 ……さて、そこまではいいとしよう。

 いいんだけど、それでは視点をあたし自身じゃなく、『世間へ向けた場合』、今の状態はどうなっているのかという話だ。


 ゲフリーさんと出会ったあの夜から始まった一連の出来事が今、世間でどのように広まっているかが分からない。そのためあたしは、あたし自身じゃなく『今のこの世間の状態』全てを指した言葉として正しい言葉を模索し……


詩遥「……事態は混迷を極めてるわ」


七波「あ、それでいいんだ」


詩遥「……何?」


七波「いえ、別に」


 遠回りした感が凄い。……いや、いつもの事なんだけど。




 あたしは今、どうやらまた病院のご厄介になっているらしい。こないだの病院とは違う病院だと思われる。

 少しは温か味のあったあの病室とは違い、この部屋は白一色という、なんとも病的な空間だった。……あんまり白一色っていうのは、『いつもの夢』を思い出しちゃうから好きじゃないんだけど。


 そして一点。

 『個室』という言葉をこうしてお伝えするだけでは把握できない、こないだとは明らかに違う点。



 ――広い。



 あたしが今いるこの部屋は、やたらだだっ広くて、下手すりゃ10ぐらいのベッドが悠々と入りそうな空間なのに、あたしはそんな所で一人で寝かされていたという状態だ。


 ベッド以外には本当に何もない。カーテンの一切かかっていないカーテンレールが天井を這っているが、不思議なほど空しい光景だ。なんと言うか、無理やりこんな個室を作った感がある。


 もうこれだけで……あたしの置かれている状況というのが、前に病院に放り込まれた時とはがらりと変わったんだなと想像ができると言う物。



七波「……ここ、どこ?」


 あたしは、とりあえず付けときました、みたいな窓の外を見ながら詩遥ちゃんに聞く。

 ……空は大分夕焼け模様だった。


詩遥「西亜彌あみ病院よ」


七波「……西亜彌病院てーと……」


 商店街の、オフィス街側の入り口辺りの結構大きめの病院だ。

 かかったことないけど、穂積からはそう遠くない。


 窓から見える景色には、家の屋根が並んでる。……結構高いな。3階よりは上みたい。


七波「ふむ……。……あたし、どんだけ寝てたのかな?」


詩遥「……まだ……一日経ってないわね。今は金曜の夕方5時ってトコよ」


七波「……そっか。今回は、一日半越えとかしてなかったか」


詩遥「病院を退院したばかりだって話みたいね。体の調子は……その……」


 と、そこで言い淀む詩遥ちゃん。

 ……詩遥ちゃんの恰好は、少しリラックスしたようなスーツの上着を脱いだ姿だ。黒のタイトスカートに白のブラウス。……似合ってるかどうかは推して知るべし。かわいいけど。

 そして……


 ――頭は、包帯でぐるぐる巻きにされてる。


七波「……」



 遮断しろ。



七波「……大丈夫だよー。腕の方はまぁ……」


 右腕を、ちょっと動かしてみる。


七波「……んっくっ……!」


詩遥「……こらっ、無理しちゃダメよ!」


七波「ありがと。ホント、大丈夫だから。うん、こないだ撃たれた時って至近距離で真正面からだったんだよね」


詩遥「……っ……!」


七波「いやいやいや、そんな顔しないでってば! あいつの銃ってゴムの弾撃つ銃みたいだからさ。死にはしないって」


詩遥「打ち所が悪ければ、ゴム弾だって十分人は死んじゃうのよ……?」


七波「ぅえ、マジすか!? いや、確かこんなの頭にもらったらヤバいか……。……まぁ、でもほら! 死んでないわけだし!」


 左手で、ぐっとサムズアップしてみるなど。……まぁ、それはいいんだけど。


七波「……ってか、なんか撃たれた時って下から弾が当たった感じがあったんだよね。あれって……」


詩遥「そう。……地面からの跳弾が七波ちゃんの肩に当たったって話よ。だから威力は相当殺されてたって話だけど……」


七波「あーやっぱり。あの至近距離の割に、こないだより吹っ飛ばされた感がなかったんだよね。なんだ、あのヘタクソ外したんだ。……前の怪我があったから、やっぱりダメージぶり返しちゃった感じだけど、そんなにきつくないから大丈夫だよ」


詩遥「……でも……」


七波「あたしより、詩遥ちゃんのその頭の怪我の方が心配ですョ」


詩遥「えっ……?」


 あたしに言われて、詩遥ちゃんが右手をこめかみ辺りに伸ばしかける。

 ……フレイバーンの、詩遥ちゃんを軽くあしらうようなあの一撃が頭にリフレインされて。


七波「女の子の顔ぶん殴りやがって……あのヤロー……!」


 と、その詩遥ちゃんの顔がまた、見事に悲しそうな顔になっていって。


詩遥「……ごめんなさい……!」


七波「えっ……? えっ!? 何!?」


 泡食ったあたしに、詩遥ちゃんは頭を下げたまま言う。


詩遥「私が撃たなきゃいけなかったの……! あの状況なら撃つべきだった、それなのに私は躊躇した……! だから……あんな事に……」


 ……『あんな事に』。


 あたしに向けたその言葉は『そんな事に』じゃなくて、『あんな事に』……。


七波「……」



 遮断しろ。



七波「そんなの気にしないでよぅ。いやー、ドラマとか見てるとさー、お巡りさんが銃を撃つ判断って難しいみたいじゃない? あんな奴相手じゃ色々迷っても仕方ないって」


詩遥「でも……私はあの時……勇気が出なかったの……。人に向けて……銃を撃ったことがなくて……そもそも人に銃を向けるなんて事初めてで……! ただ、ただ……怖かったから……」


七波「それ。……銃を握ることが怖かったってだけでしょ?」


詩遥「え……?」


七波「状況が怖かったとかじゃなくてさ」


詩遥「ぁ……」


 詩遥ちゃんはあたしが言った言葉を少し反芻するように、視線をあたしから外す。

 そして……僅かな間の後、小さくこくりと頷いた。


詩遥「……訳が分からなくて、状況も『全然怖くなかった』って言ったら、嘘になるけど……」


七波「……うん。ならいいと思うよ。フッ……誰だって初めては怖いさ……力抜けよ……」


詩遥「ちょっ、ちょっ……何の話!?」


 顔を赤くする詩遥ちゃんの前を、エロ本知識だけは豊富なあたしが通りますよっと。


七波「詩遥ちゃんさ、あたしの事守ってくれようとしたもん。銃撃つとかじゃなくて、あたしがあの男の写真見せられた時にメンタルヤバい感じになったら抱きしめてくれたし、フレイバーンと会ったらあたしの前に盾みたいになって立ってくれたし、殴られても銃構えて、あいつ止めようとしてくれたんだよ?」


詩遥「……」


七波「詩遥ちゃんが勇気ないなんて、誰にも言わせない。もっかい言うけど、詩遥ちゃんはあたしの事、本気で守ってくれた! あたしはそれだけで……詩遥ちゃんの事、信じられるんだよね」


詩遥「……。……私は警察官って立場だから……怖がってたら市民の安全は守れ……」


七波「じゃあさ!」


 あたしは出来る限りの笑顔で詩遥ちゃんの言葉を遮る。


詩遥「えっ……?」


七波「次また……同じような事があったら、詩遥ちゃんどうしてくれる?」


詩遥「……。……ぁ……」


 ……気付いて、くれたよね。


詩遥「……守る。今度こそ、七波ちゃんの事を絶対に」


七波「やった! えへへ、ありがと!」


詩遥「……」


 やっと詩遥ちゃんは笑ってくれた。


 そうだよ、終わっちゃった失敗は、後悔するだけじゃなくて、これから先の事に、本気で約束してくれたらあたしは――ううん、どんな人だってきっとそれでいいんだもん。


 バカな発言ばっかりでごめん、生意気な事言ってごめんなさい。

 でも、詩遥ちゃんとわだかまり持ったまんまでいたくなかったから、笑ってほしかったんだ。


 それに……この『混迷を極めた』今の状態を、あたしはもっと良く知らなきゃいけないって思ってる。

 それには詩遥ちゃんが不安そうな顔してたら、正しいことを言ってくれなさそうだったから。


 ……だからあたしは、詩遥ちゃんとちゃんとお話できる関係でありたかった。






 ……今のあたしの状態でそれを言う事が、どれだけ身勝手な事か、気付きもせずに。




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