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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第3部
32/88

1-3-18-2 【桜瀬七波】 Nadiaの導き 2

 そこから。




 次第に。




 あたしの体の周囲にいくつもの光が現れる。


 光は縦横無尽に駆け巡り始め、あたしから離れていくが、光が通った後には線が残り、何らかの形を成していく。


 それは……町、だろうか?

 今、あたしがいる場所が、『線だけ』になった姿――それが描き出されているらしい。


 古い、3Dモデルされた物体のように、輪郭を描かれた建物群。


 線の白い光を糧に、闇は青味がかった空間に変わっていった。


七波「な……に……コレ……?」


 そしてやや間をおいて。


 あたしから少し離れた場所に、丸い物体がいくつも現れた。


 ……いや、平面の丸じゃない。それは球体だ。


 球体は様々な色で、近い色はあっても同じ色は一つもないように見える。大きさも様々だけど、見える限りのそれは大体……一番大きくても人の頭ぐらいの大きさだろうか。


 球体はどれも横に動いていた。ゆっくりだったり、早かったり。その速度はまちまちだ。


 でも、だからこそ。

 だからこそその速度は、あたしに『人の歩く速度』を連想させた。


 数も。

 場所も。


 あれは――この周囲の光が、町の形を成してるってんなら――もしかして通りを歩く人なんじゃないのかな……?


七波(……)


 この場所に……『来た』と言う表現が正しいのか、『現れた』なのか、それとも『送られた』なのか。

 とにもかくにも、この場所をあたしが認識してから、じわじわと感じ始めてる感覚。


 ぞわぞわと、何かが体を這うような感じ。そして耳に、いや……脳に響くような不快感。


 あたしは何が起きてんだと、体を、そして周囲を見回した。


七波(……ん?)


 まず、よく見直してみると、あの動く球体は、それぞれ細い線を伸ばしている。

 線の数は、これも球体によってまちまちだった。


 線の太さは、大体鉛筆ぐらいの太さの細い線ばかりだけど、ところどころ人の握り拳ぐらいと思われる直径の線も見る事が出来た。


 線には、流れがあるようだった。

 うっすらと、球体の色に黒い絵具の水滴を落したような色が、線に沿ってどこかへと流れている。


 あたしのそばで伸びる、線の一本の流れを追う。

 それは少し離れた球体へとつながっている。


 更によく見ると、球体の中心には例外なく、黒色に近い色の穴が開いていた。

 あたしのそばの、どこからともなく伸びてきたその細い線が、そこに引き寄せられるように飲み込まれているのを見た。


七波「ん……うっ……」


 この状態になってから、聞こえる音。

 それはずっとあたしの周囲に――。


 ……ちがう。


 あたしの心に直接染み込んでくるような音。


 それは。


 それを、発しているのは。


七波「線……?」


 気が付いた。


 あたしの体は、周囲を取り囲んでいるのと同じ線が、いくつも貫いている。


 ……線は無数に伸びている。

 始点も終点も分からない線すら、無数にあり、これを完全にかわす事はおおよそ不可能であると見て取れる。


 線に貫かれることは、この場では当然の事らしい。

 そうされていても、あたしの体自体には特に影響らしい影響はない。



 でもその線は。



 あたしの『内側に響く音』を発していた。



 歪な。



 とても、歪な。




……あああああああ……




……あああひいにいひいいああああああああああああんおあああああぁぁ……うあうううあああああああああおいりひいいいいひりいいいいいいんんいいいいいぃぃぃぃ……いいいいいいいあああいあいいいいいいああああああああおううううううあああああ……




七波「んっ……くっ……!」


 気が付いてしまったら、不快感がこみあげてくるその音。



 それは、



 歌というには形を成さず、



 主張と呼ぶには意思を持たず、



 かといって風音と聞き流すには、悲哀めいた訴えであり過ぎた。



 敢えてそれに名前を付けるなら。



 『自分勝手な言葉の垂れ流し』。



 あたしはそんな風に感じた。

 俗っぽい言い方をしていいなら、ファミレスで無関係な人間の愚痴を隣でずっと聞かされている時の不快感みたいな。


 それも一つ二つじゃない。

 凄まじい量の音が重なり合って、それを成している。


 それを聞くあたしは、上から圧をかけられたように項垂れそうになった。



 と、球体から伸びていた線の一本――かなりの太さを持ったそれが、ゆっくりとあたしに向かってくる。


 あたしを狙っているわけじゃないだろうが、


 それは、


 あたしの体を ずるり と横切っ――



ききききぎぎいいあああああがあああああ!!!



七波「ぃっ……あっ!!?」


 その途端、全身を貫くような大音響……!

 あたしは耳をふさぐ。でも……消えない……!



がやああああああじゃあああ、あああああぐぐぐあああがあああ!!!!!



七波「ぅ……ぅぅぅぅぁぁあああああぁぁぁっ!!?」



 自分も絶叫しなければ打ち消せないほどの異音の波。

 それでも全身に、ぞわぞわと虫が出入りするような歪な感覚は消すことができず。


 しかし。


 その線があたしの体を通り抜けた事で、音はようやく止まった。


 直前まで聞こえてた小さな音が、また頭に響き始めてるけど、今の音に比べたらそよ風のさざめき程度のものだ。


七波「はぁ……はぁっ……ぁ、くっ……ふぁっ……ぁっ……はぁっ……」


 よろめく。

 体力が全部持っていかれてしまったかのようだった。



 ……ふと。



 顔を上げると、あたしからも一本、少し太い線が伸びていた。


 遠くに続いている。

 それは、どこへ続いている?


 首筋に、ぞわりという寒気が走る。



 ……最近――


 どこかで感じた――


 その怖気にも似た風――



 あたしの頬を撫でて、その線に乗って、どこかへと引き込まれているかのように見えた。


七波(ぁ……)


 よろよろと、あたしはなぜか、それに――その線が伸びていく先に引き寄せられていく。



 まるで



 落ちていくかのように。



 足元に重力はあるのに、引っ張られるかのように、よろめきながらあたしは線の先へと歩いていく。


 周囲で光る白い線を抜けて、


 よろよろと。



 足が、笑いだす。


 立っていられないかもしれない。


 そんな風に感じられるのに、足はそれに逆らって、なぜか前に出……



??『……メンタルポテンシャル、継続降下。ダメかな……どこまでいくつもり?』


七波「……え……」



 どこからか、声が聞こえる。……うん、声だ。

 この状態になってから、初めてまともに理解できる、秩序ある音を聞いた。


 でも、それは一体、誰が……?


??『えっとね、どうしよっかなーとは思ったんだけど、このまま見殺しにして怒られんのもヤだし。ここはサインアウトしてもらう方がいいかな』


七波「だれ……?」


 ゆっくりと顔を上げる。


 その視線の先で、これまでのどれとも違う、輝きを帯びた何かが空中を飛び回っていた。


 いや……泳いでいると言った方がいいのかな。

 そう、その姿は深海を泳ぐ魚……ううん、優雅な光り輝くイルカのように見えた。


 あたしの頭上をぐるぐると巡って、ゆっくりと目の前に降りて来る。


??『やぁ、ナナミ。こんにちは!』


七波「何……あんた……?」


??『ボク? ボクはクレシダだよ』


七波「クレ……シダ……?」


クレシダ『そそ。このナディアシステムのナナミ専用の補助システムなんだ』


 この空間にそぐわない、何とも明るい弾んだような声だった。


七波「補助、システム……?」


クレシダ『うん。えーと……色々と聞きたい事もあるだろうけど――残念だけど、君はこのナディアシステムで渦巻く悪意に対してあまりにも無防備すぎる。このままじゃメンタルが崩壊した状態でこの空間から出られなくなっちゃうよ』


七波「ちょっ……どうしたら……!?」


クレシダ『落ち着いて。システム初回起動における初期設定はこの空間に君の存在は必要としない。僕が可能なところまで代行するから、ナナミは今すぐにサインアウトを試みてもらってもいいかな』


 クレシダと名乗るイルカは、ふわふわと泳ぎながら宙に浮きながら、その明るい声の響きの中に緊張感を織り交ぜる。


 状況は何やら逼迫しているらしいけど、そんなのは言われなくてもこの不快感の中に浸っていれば理解できるというものだ。当然、出られるなら一刻も早くこんな所は出ちゃいたい所。


 ……でも。


七波「ま、待って……クレシダ、だっけ? 聞きたい事があるの……」


クレシダ『いやいや! ナナミのメンタルレベルは今もどんどん下降中なんだ! 質問なら次の機会に……』


七波「ダメだよ……今、聞かなくちゃいけない……!」


 何事にも……必要な事はあるんだから……!


クレシダ『……わかった。手短にね。何?』


 あたしは真顔で、クレシダに告げた。


七波「お前を消す方法」


クレシダ『命がけで何てこと聞くのさっ!!?』


七波「いや、イルカの姿したヘルプキャラなら、むしろ聞くのは礼儀みたいなもんでしょ……」


クレシダ『知らないよ! ……そのネタやるためだけにボクの姿がイルカにされたみたいじゃないか……』


 そこはあたしのせいじゃないし。


 ……でも、確かに……体はもう……倒れないのが不思議なぐらいに、重くなってきてる……。


七波「んっくっ……それで……『さいんあうと』って……?」


クレシダ『そっち先に聞こうよ……。この空間に対して行っているアクセスを終了して、物理インターフェイスを元の世界へ出力するって事だよ』


七波「……」


クレシダ『……ここから出られるって事だよ』


七波「それ早く言ってよ……!」


クレシダ『言ってたんだけどな……聞きしに勝る……』


七波「……何」


クレシダ『いや、なんでも』


七波「……その、サインアウトって……どうやるの……?」


クレシダ『教えるほどの事もないけどね。その手に持ってる携帯端末をタップすれば、サインアウトのGUIが……えと、ボタンが出るから、それタップして』


七波「あ……」


 ……そりゃそうか……。

 ここの変化にビビりすぎて、スマホの画面見るって行為を完全に放棄してたよ……。


 言われたとおりに、あたしはスマホの画面を開く。


 いくつもの数字や、良く分からないアルファベットの単語らしい文字が絶えず躍る画面の一角に、『SignOut』と書かれたシンプルな赤黒い丸が。

 ……でもそれを押してもリアクションらしいものがない。


七波「……ボタン押したけど、何にも……」


クレシダ『え? ……ああ、そうか。ゴメン、もう2、3歩前に歩ける?』


七波「う、うん」


 これも言われるがまま、よた付きながら前へと出る。


 ぞる……ぞる……と、耳の奥に何かが注ぎ込まれ、脳が汚濁した水に浸るような吐き気を催すような感覚……。


七波「はぁ……はぁ……」


クレシダ『……苦しい? 頑張って。その歩幅なら……あと2歩ぐらい』


七波「んっくっ……。……ここで……いい?」


クレシダ『多分、大丈夫。画面の変化は?』


七波「……あ、光った……!」


 赤黒かったボタンは、はっきりと鮮明な赤色に変わっていた。


クレシダ『タップして。今度入ってくる時までに、ここでの活動時間を伸ばす方法を検索しておくから』


七波「いや……二度とご免だよ……こんなトコ……!」


クレシダ『フフ……そうはきっと、行かないと思うよー……?』


 あたしはそんな不穏なクレシダのいたずらっぽい言葉を耳に残しながらタップをする。


 パタパタと、空間がパネルのようにくるくる回って裏返り、周囲の光や色とりどりの丸が消えていく。

 そして……辺りは真っ暗になった。


 その闇の一点からゆっくりと光が溢れ出し、暗い暗闇が、明るい暗闇に変わって……あたしは目を閉じてしまう。


 次第に……目に感じられていた強い光が……落ち着いていき……。




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