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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第2部
20/88

1-2-13-3 【桜瀬七波】 喫茶店『穂積』 3

 という訳で話はまとまり、ドーナツの配布イベントの準備に取り掛かった。


 楽しいことを思いついたら、大きめの画用紙をすぐ近所の文房具屋に買いに走るフットワークの軽さは、みんなのありがたいところだ。


 まずは手分けして、簡単なポスターを書き始めるけど。


七波「……『七波ちゃん退院祝い』ってやめない? あたし3日しか入院してないんだよ、大袈裟な気がするんだけど?」


ジャグラー「気にしなくていいさ、ドーナツ買ってきた理由はそれなんだし」


七波「『買いすぎちゃいました!』の一言あれば十分な気が」


作家「それも入れるけどさ、救急車騒ぎを謝りたいって言ってたじゃん。なら『退院しました』の方がみんな安心すると思うんだよね。配る理由も分かり易くなると思う」


七波「……まぁ、一理あるか」


 ずっと『帰ってきましたー、お詫び配ってますー!』なんて言葉を出し続けられるわけじゃないから、ポスターでもストレートな情報が必要って事だね……。


莉々菜「七波ちゃん……こんなお絵かきでいいのかな……?」


七波「……おお、いい感じ! かわいいかわいい!」


 みんなが文字でポスターを作って、テーブルをお店の外に運んでいる間に、莉々菜ちゃんにポスターの味付けでいろんなお絵かきをしてくれた。


 莉々菜ちゃん、イラスト上手。リボン柄でいっぱいにしてくれた更にその周りに、一目で分かる動物のイラストをたくさん書いてくれてる。


 ……なのだが。


七波「……えーと、莉々菜ちゃん、この口がながーいのは何かなー?」


莉々菜「ワニさん」


七波「こっちの丸まりそうな奴は?」


莉々菜「アルマジロさん」


七波「こっちの……水から出てきてる頭がT字型のは?」


莉々菜「ハンマーヘッドさん」


七波「だよねー! うん、やっぱり全部当たってたー!」


莉々菜「ふふ……」


 ……上手いから。だから全部分かった。分かってた上で、念のため確認した。

 どれもデフォルメされてて小学校の女の子が描くかわいらしさはあるんだけど……セレクトに何かズレが見えると感じるのはあたしだけだろうか? 莉々菜ちゃん……何やらスゲー大物の予感がする……。


 それはさておき。


 その出来上がったポスターをお店の外に貼り出して、あたしはあたし用のエプロンを装着。外したキャスケットを被って臨戦態勢!

 莉々菜ちゃんにもエプロンを付けてもらって、一緒に手を消毒。

 みんなに用意してもらった、表に出したテーブルに、箱をおいて準備完了だ。


作家「ツイッターで宣伝とかしてみるとか?」


七波「いや、ドーナツが700個あるとかならいいけど70個だもん、やめとこうよ。知らない人より近所の人に配りたいんだし」


作家「そーだね」


七波「ムジカ、曲よろしく!」


ムジカ「リクエストはあるかい?」


七波「聞いたその瞬間、楽しくなる奴!」


ムジカ「任しときな!」


 流石に飲み屋街で流しをやってるだけあって、あたしの漠然としたリクエストにも即座に応じるムジカ。

 セレクトはトトロの『さんぽ』。

 これは子供にもすぐ分かる楽しい曲だ。


 穂積の店の前は、少し広い通りになっている。

 住宅街からこの店の前を経て、商店街へかけてのこの通りに、フリーマーケットが二か月に一回ぐらいのペースで開かれたりもしてるんだ。

 その日はお兄ちゃんと一緒に出店をして稼がせてもらったりもしてるけどね。


 まぁ、それはともかく、こういうイベントを唐突に打っても、車通りさえ気を付ければ割と邪魔にならないからありがたい。


 ムジカのギターを耳にした人たちが、僅かでもこちらに顔を向け始める。その中には近所の人たちの顔もちらほら見えた。


 さて、時間は4時ちょっと前。あんまり遅くなっちゃ良くないし、早速始めよう。


 道行く人たちに、あたしは一つ深呼吸をして、声をかけ始める。


七波「みなさーん! この度はご心配をおかけしましたー! 桜瀬七波! 帰って参りました!」


ツッコミ「選挙みたいやな……」


七波「うっせ! お騒がせしてしまった皆さんに、穂積からお詫びのドーナツを配らせて貰ってまーす! ってかコレ、ミスドで買いすぎちゃったので貰って行ってくださーい!!」


 と、一人の男の子が駆け寄ってきて。


男の子「お姉ちゃん! きゅーきゅーしゃ、大丈夫だった!?」


 確かこの子は――。


七波「おー、勝則! ごめんねー、もう大丈夫だから」


 穂積の裏のアパートに住む男の子だ。5才になったんだっけ。道で友達と遊んでる姿をよく見かけて、挨拶とかする。

 後ろからそのお母さんがやってきて。


お母さん「七波ちゃん、無事!? 良かったー、退院早くて……救急車が来た時はみんなで『何事!?』ってさぁ!」


 お母さんと言ってもお兄ちゃんよりも若かったはず。

 毎日忙しそうだけど、時々夜に勝則が寝た後に旦那さんに任せて、穂積に休憩コーヒー飲みに来たりしてくれてるんだよね。


七波「ありがとうございます! ちょっと色々立て込んでて疲れが『どかーっ!』と来ちゃっただけだから」


 ……という例の建前で説明。


お母さん「そうなんだ。若いけど女の子なんだから無理しちゃダメだよ?」


七波「はいっ! あ、ドーナツ貰って行って! 勝則は最初のお客さんだから、選び放題! お母さんもね! 莉々菜ちゃん、お願ーい!」


莉々菜「はい……! どれでも好きなの……どうぞ?」


勝則「やったー、ドーナツー! じゃこれー!」


 箱の中から、分かり易いチョコリングをゲットする。お母さんはフレンチクルーラーをセレクト。穂積で使ってる紙袋に入れて、莉々菜ちゃんは手渡した。


 その後も、更に近所の子供たちを連れたお母さんたちが通りすがり、あたしは挨拶を交わす。


お客さん「七波ちゃん! もう大丈夫なの!?」


七波「あ、こんにちは! ご心配おかけしましたー!」


女の子「七波ちゃん、莉々菜ちゃん!」


七波「あ、小学校上がり? おかえりー!」


 夕方4時という時間が良かった。この時間は子供たちの下校だったり、保育園とかからのお迎え、そんでお買い物帰りなんて人も多い。


 と、あたしたちがドーナツを配ってる脇で。


人治郎「……あ、どーも。この度は妹がみんなびっくりさせちゃって。あ、コーヒー持ってって下さいね」


 穂積の顔でもあるお兄ちゃんも、あたしと一緒に、近所の人たちに笑顔で挨拶してくれてる。欲しい人にはコーヒーを紙カップで手渡しながら。……ウチのクラスメイトもそうだけど、お母さんたちにもそこそこ人気のある人だから、コーヒーもなかなか売れ行きがいい(配ってるんだけど)。


ジャグラー「……よっ、よっ、はっ! とっ! はいぃっ! お見事なら拍手とか下さいねー!」


 ジャグラーは更にその脇でお手玉を披露して見せている。大袈裟に言葉を発するのは、客を引き付けるための大道芸の基本中の基本とか。


 それを見た子供たちは大喜びで、拍手喝采だが……。


ツッコミ「ここに一個落ちとるのは、この際気にせんで下さいね!」


 お母さんたちから失笑。


拍斗「これからこいつが、お手玉したままコレを拾います」


ジャグラー「ちょっ、こっ……ここからはちょっと……!」


拍斗「じゃ、コレをこいつにぶつけます」


ジャグラー「フツーに投げて! ……構えないでっ!」


 見てるお客さんから笑いがこぼれる。

 立ち止まってる人とかドーナツをかじりながら……なかなか、楽しい状態のようだ。


作家「はーい、すいません、見る方はこの線の中にお願いしまーす!」


 作家は作家で、うまい事お客さんが道を塞がないように誘導してる。

 なかなかそつがない。作家は将来、警備員になれるね!


 ……本人の意向は知らない。



 そんなこんなで3、40分ぐらいであっという間にドーナツは無くなった。

 長々やるとさすがに迷惑だろうから、これだけ早く無くなってくれたのは有り難い限りだろうと思う。



七波「ありがとうございまーす! これで最後。よかったぁ、無事ハケてくれた!」


お母さん「ふふ、早く帰ってきてラッキーだったわ。なんか物騒な話も聞いちゃったから、うちの子連れて急いで帰ってきたんだけどね?」


七波「え、そうなんですか。それは……」


 ……。


 ……物……騒……?


七波「……何かあったの?」


 ふと、つい先ごろ物騒なことに巻き込まれたばかりのあたしは、怪訝そうな表情で思わず聞き返していた。


お母さん「うん、なんか……いたずらじゃないかって話なんだけど、上与野城かみよのしろの方でね……?」


 ぞくりとした。それだけで。


 上与野城――オフィス街の辺りがちょうど該当する。


 と、そのお母さんは辺りを憚るようにして、あたしに口を寄せてきて。


お母さん「……下半身がなくなって死んじゃってた犬がいたって」


 ……。


七波「下半……え……無くなったってのは……?」


お母さん「気持ちの悪い話なんだけど、何かの化学薬品かで溶かされたんじゃないかって――あたしの友達が、発見した人の話を偶然聞いちゃったらしくて」


七波「溶か……され……」




 ――SAhZAZAZA!




七波「んくっ……!?」


お母さん「……七波ちゃん?」


七波「……ぁ……。……あ、だ、大丈夫、大丈夫。……で? それって具体的には?」


お母さん「いやね、私も又聞きだから詳しくはないんだけど……そんな事してる人がいたら危ないからって、暗くなる前に帰ってきたの」


七波「そ、そうなんだ」


お母さん「七波ちゃんも……まぁ、この辺は大丈夫だと思うけど気を付けてね」


 お母さんは自転車に乗って帰っていく。自転車の後ろに乗った女の子があたしに手を振ってくれていた。

 でも……あたしは半分呆然とそれを見送るしかできなかった。


 ごくり、と喉を鳴らす。


 混乱する頭。


 異質すぎる話は、あたしの混乱の中で渦巻き始めた『あの映像』と結びつく。


 そして今、あたしが戻ってきたこの日常に引き摺り出されようとしていた。


 それを表に出すまいという努力が、あたしをかき乱し、焦燥させる。


 間違いだと信じたい。


 でも、間違いだとは考えづらい……。


 『あいつ』の存在は……まだ……!


??「ナナちゃん!」


七波「っ……!?」


 その声であたしは現実に引き戻され、振り返る。……そこには。


七波「……咲子っ!」


 だだだっ! と駆け寄ってくるそいつ――青山咲子は、あたしの顔をぐぐっ、と覗き込んで、顔に、二度、三度と手を振れて、あたしという存在を確かめるかのようだった。


咲子「無事っ!? 無事なんっ!?」


七波「う、うん、大丈夫!」


咲子「良かった……良かったわぁ……!」


 抱き着いて崩れそうになる咲子を慌てて抱き留める。


七波「……咲子、そんな、大袈裟だよぅ……」


咲子「大袈裟なんてことあるかいな、ホンマに心配してもうてんもん! お店の前で倒れてたなんて……誰が聞いたかて、心配するやろ……!」


七波「……」


 ……素直に、嬉しかった。身内でもない友達が、これほど心配してくれることに。

 そして――。


七波「……ごめん。ごめんね、咲子……」


 咲子の肩を抱きながら、心の底から自然と沸き上がった言葉を、あたしは静かに口にしていた。





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