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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第2部
19/88

1-2-13-2 【桜瀬七波】 喫茶店『穂積』 2

 とりあえず、全員をシバきあげて、正座させてみた。


莉々菜「七波ちゃん……みんなも……ごめんなさい……みんなお見舞い持ってきてたんだね……」


七波「莉々菜ちゃん悪くないから。悪いのはKYなこいつら。『せっかく』? 『莉々菜ちゃんが』? 『ミスドのドーナツで』? 『お見舞いしてくれようとしてるのに』? ……台無しにしてくれたワケですよ」


作家「いや、でも話聞いてると最初の一箱は七波」


七波「座れ!!」


作家「あ、ハイ」


 腰を浮かしかけた作家を座り直させる。

 莉々菜ちゃんの好意を無にする奴は、アタイが許さんZEYO。


人治郎「七波ちゃーん、そろそろ」


七波「……。……分かってるよ、お兄ちゃん」


 コーヒーを折良く、人数分――うち一個はミルクココア――揃えてくれたお兄ちゃんの窘めの言葉で、あたしは一つため息を付いて。


 まぁ……素直じゃないのは性分だから許して欲しいところだけど、こんなノリでもみんな悪い奴じゃない。

 それどころか気遣いまでしてくれるんだもん……ちゃんと言うべきことは言わなきゃ。


七波「みんな……ゴメン! そんで、ありがとう!」


ムジカ「おお、どうした、七波ちゃん?」


七波「心配かけて、ゴメン。んで、お見舞いまで持ってきてくれたのは、ホント嬉しい」


ジャグラー「あはは、そんな事、全然気にしないでよ」


ツッコミ「おう、俺らの付き合いやないかい」


七波「あたし……お店の前で倒れてたんだって?」


作家「うん、俺が家に帰りがけに店の前通ったら、ドアの前でぐったりしてる七波を見つけてさ」


ジャグラー「そうそう。で、まだお店にいた僕らに、作家くんが飛び込んできて声かけてくれて」


ムジカ「そのまま人治郎さんが救急車呼んで、あとはベッドイン、さ」


七波「お前はシモを連想させる単語、禁止ね。……それはともかく、そんなトコまで迷惑かけてたとは知らなかった。お店の事も……本当にありがとう」


拍斗「泣くなよ」


七波「泣くほどじゃねーよ!」


作家「お礼言われる構図として正しいのか、この絵は……」


 5人が笑点みたいに正座した絵の事を言ってるようだが、キニシナイ。


ツッコミ「礼とかは気にせんでええねんけど、持って来過ぎたドーナツ、どないすんねん?」


 全員でカウンターの上の7箱のドーナツを見る。

 プラス、莉々菜ちゃんのドーナツがさらに一箱。


 まぁ、正直積んだ、もとい詰んだ状態で、このまま行くと流石にいくつか廃棄も濃厚だ。

 ……ただ。


七波「心配いらない! あたしに考えがある!」


 食べられる物を捨てるのはこの飽食の時代、食品を扱う店の店員である以上、ある程度は仕方がないことだが、だからこそ極力避けたい気持ちに偽りはなく。


ジャグラー「……どうするの?」


七波「こっちの7箱は、とりあえずはいいよ。まずは、莉々菜ちゃん!」


莉々菜「え……? う、うん!」


七波「みんな喜べ! 莉々菜ちゃん手ずからドーナツを渡されるぞ!」


ムジカ「ヒャッフゥゥゥゥ!!!」


ツッコミ「その前に、あの、正座を」


七波「下賜されたら立ち上がってよし! ……莉々菜ちゃん、手渡しだと噛みつかれる危険性があるから箱を開けて、みんなに差し出してくれる? できるだけ蔑んだ目で」


莉々菜「さげすんだめって……?」


七波「……ああ!? うん、いい、忘れて! そうだよね、莉々菜ちゃんがそんなことしなくていい! そんな事覚えなくていい!」


莉々菜「……うん……。でも……その前に……はい……」


 と莉々菜ちゃんが箱を開けて、あたしにそれを差し出して。


莉々菜「最初に……七波ちゃんに……食べて、ほしいから……」


七波「……」


 ……ほっぺたを赤くして、うっすらと微笑みながらそれを言う、莉々菜ちゃんのいじらしさを、皆さんは理解できるでしょうか?


七波「……うん! では、いただきまーす!」


 あたしはチョコファッションを手に取る。

 ミルク風味、サクサクの触感に、チョコの甘みがたまンないのです……! ……渋いってよく言われる。


七波「あ、あと……莉々菜ちゃんはストロベリーカスタードフレンチ、好きでしょ?」


莉々菜「(こくこく)」


七波「あと、ハニーディップだけ貰うね。お兄ちゃんは?」


人治郎「俺は残ったのでいいから」


七波「ほーい。……さぁ、野郎ども、心して残りを手に取れ!」


莉々菜「……どうぞ」


 莉々菜ちゃんは、こいつらにはもったいない笑顔で、作家から箱を差し出していく。


ジャグラー「あ、作家くん、エンゼルフレンチは僕の!」


ツッコミ「ダブルチョコレート入れとる! わかっとるやんけ、ミスドの店員!」


拍斗「……エンゼルクリームでいい」


ムジカ「タマの連なるポンデは俺の物さ……!」


作家「あー、じゃあ俺はシュガーレイズドで……って結局俺が最後じゃん!」


莉々菜「ふふふ……」


 子供に笑われる、大人たちの争い……まぁ、莉々菜ちゃんの笑顔を汲んで、醜いとは言わず微笑ましいと言ってやろう。


 そして大人たちは、立ち上がるも足がしびれ、全員生まれたての小鹿になって手近な席に着く。


人治郎「みんな昨日はホントありがとね。これはもちろんサービスで」


 と、手際よくみんなにコーヒーを配るお兄ちゃん。

 ふわりと立ち上るコーヒーの香りは、好きな人なら何とも落ち着くもので。


ジャグラー「ではでは、我らがアイドル、七波ちゃんが無事に帰ってきてくれた事を寿ことほぎ」


七波「なんだそのあたしの立ち位置は」


莉々菜「七波ちゃん、アイドル……かわいい」


七波「……勝手に言わせとく」


ジャグラー「乾杯!」


七波「飲み屋じゃないぞ!」


ツッコミ「人治郎さん、莉々菜ちゃん、いただくでー」


作家「いただきます」


 みんな思い思いに、ドーナツを食べ、コーヒーを口に含む。

 ……いいよね、こういう大勢で和やかな時間を迎えられるっていうのは。


 あたしは、コーヒーは酸味より苦味寄りのモノが好みで、そこにミルクを落すのが好き。甘いもの食べる時は、砂糖は入れなくていい派。

 自分の好きな、自分に合った物を飲める贅沢っていうのは、誰にとってもちょっとした幸せだと思ってる。


ツッコミ「そんで、七波は結局何が原因で倒れたんや?」


七波「お兄ちゃんから聞いてんでしょ? ちょっと文化祭の準備でテンパってて、それで疲れが来て、倒れちゃったんだって」


 ……という事にしてある。

 そのまんまの事情は、話せるわけがないしね……。


作家「もうちょっと頑張れば家に入れたのにね」


七波「うーん……すんごいぼんやりしてて、あの時の事はまるで覚えてないんだよ……」


 そんな演出的セリフを吐いてみる。

 まぁ、思い出したくないというのはあるし、そもそも家にたどり着いた記憶というものがないんだから、コメントのしようもないわけで。


ジャグラー「でも文化祭かぁ……ギリギリになると大変だよねぇ、あんな連休の真ん中に学校に出なきゃいけなかったり、足りないものが出て来たり、男女で意見がまとまらなかったりさ」


ムジカ「そこで逆にまとまっちまう男女もいたりするわけさ……」


七波「そう言う期待はまるでない」


拍斗「期待するだけ無駄だし」


七波「どういう意味だっ!」


莉々菜「七波ちゃん……好きな人いるの……?」


七波「り、莉々菜ちゃん、そう言う話は女の子だけの時にしようね……?」


莉々菜「お、女の子同士の……秘密……?」


七波「そうそう」


 ほわーっ、と目を輝かせる莉々菜ちゃん。

 10歳なんて十分お年頃の女の子、ぽんやり莉々菜ちゃんでも、そう言うのに興味が出てきて当然なワケで。

 フッ……なおのこと悪い虫を払いのけてやらねば……!


作家「まぁ、七波に何かあった時は、今回みたいに人治郎さんと一緒に色々手伝うからさ」


 ……色々ねぇ。


 色々。


 ……色々……。


 ……。


七波「……ちょっと待て、そう言えば色々お兄ちゃんに持ってきてもらったが……」


 一晩泊るっていうんで、着替えとか持ってきてもらったが……その中にはその……下着とかも……


七波「……アレは誰が用意した?」


ツッコミ「決まってるやんけ。もちろん、俺らが用意したで!」


七波「ちょ、待っ……服、とかもっ……!?」


作家「うん、俺らがバッグに詰めたけど?」


 ……んなぁぁぁっ!?


七波「貴様らぁぁぁっ!!! あたしの部屋に入って何を物色しやがったぁぁっ!?」


 作家の胸倉を掴んで、ぶんぶんと前後させる。


作家「ぐわふっ!? おれ、おれらっ、じゃなく、てっ……!」


莉々菜「ご、ごめんなさい……!?」


七波「すわっ!? り、莉々菜ちゃんが?」


ジャグラー「俺らは別の袋に用意してもらった衣類をバッグに詰めただけ」


莉々菜「咲子ちゃんと一緒に……お洋服とか、パンツとか……」


七波「わわわわっ!? いわっ、言わなくていいからっ!」


莉々菜「お部屋に……上がらせてもらったけど……七波ちゃん……色々かわいかった……」


ムジカ「フッ……下着とかかい?」


七波「お前地上44階のビルから自殺しろ! あ、ありがとね、莉々菜ちゃん!」


ツッコミ「ま、俺らも興味がないとは言わへんが、そこはグッとこらえてやな……」


七波「お前ら、全員まとめてありがとう! 迂闊なことしやがったら一人残らず法廷で会えるのを楽しみにするからな!?」


 どうやら守られたようだが、こいつらにプライバシーを蹂躙されるのだけは避けねばなるまい。


 しかし、咲子も来て手伝ってくれたのか。

 まぁ……それなら安心か……ありがたい友達だよ、ホント……。


ジャグラー「で? さっきも聞いたけど、残ったドーナツはどうするの?」


 ドーナツをお茶うけに一心地ついて、みんなの目がカウンターに向く。

 あたしは、すたすたとカウンターに向かって歩いていき。


七波「……うん。みんな、コレ、あたしが貰ったっていうんでいいんだよね?」


作家「ああ、それはいいけど」


七波「おすそ分けしてもいい?」


ツッコミ「……誰にや?」


七波「うん」


 すっと、みんなへと振り返って。


七波「この辺りの人に配る!」


ムジカ「……そいつは一体……どういう風の吹き回しだい?」


七波「救急車呼ばれちゃったんでしょ? なら周りの人もびっくりしちゃったんじゃないかと思うんだよね。だから、お詫びもかねて、近所とか道行く人に配ろうと思う。……いい?」


ツッコミ「……おお、なかなかええ考えやで!」


作家「いいね、それ」


七波「なので。……みんな手伝ってよ!」


ジャグラー「手伝い。……何をすればいいのかな?」


七波「ジャグラーは大道芸の腕で客寄せ! ツッコミと拍斗はそのミスした時のフォローと賑やかし! ムジカは音楽で盛り上げろ!」


ムジカ「フッ……任せな」


ツッコミ「ええな、芸人も地域との密着性は大事やで!」


ジャグラー「不本意なトコが……」


拍斗「心配するなよ、俺が玉拾いに徹する」


ジャグラー「失敗前提だよね!?」


作家「……俺は?」


七波「警察が介入してきたら、その身で警察を止めろ!」


作家「無茶言うな!」


莉々菜「……たのし、そう……」


七波「お? 莉々菜ちゃんも手伝ってくれる?」


莉々菜「(こくこく)……!」


七波「じゃ、あたしと一緒にドーナツ配ってもらってもいいかな?」


莉々菜「……はい……!」


人治郎「七波ちゃん、コーヒーとお水ぐらいは用意しとくよ」


七波「ありがと、お兄ちゃん!」


人治郎「君塚きみづかくんとおんなじで、穂積も地域密着していかないとだからね」


七波「だれ、君塚くんって」


ツッコミ「俺や俺!!」




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