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猛火のスペクトラム  作者: 雪乃府宏明
第1幕第2部
15/88

1-2-11-2 【桜瀬七波】 Call of White Note 2

七波「……っ……!!」


 目を覚ます。


 劇的に。


 衝撃的に。


 詰まる息……数瞬、息をする事に始まる、ありとあらゆる生命活動の術を忘れ、捉われた感情に身を委ねる。


 自然な生命活動よりも上位にある、その感情の名は――。


 ごくり、と最初に行ったそれは無意識だったけど、そうやってカラカラの喉にほんの僅かな唾液を流し込んで――やっとあたしは我を、そして意識できる生命活動を取り戻した。


七波「……はっ……はぁ……はぁ……」


 荒い吐息、胸の鼓動は激しい。視線が定まらず、状況がうまく把握できない。

 ただ――かろうじて、自分が自堕落で、かつ一番心地よい格好でいていいらしいことが、あたしを落ち着かせてくれた。


 つっ……と、額から滑り落ちる液体。それが冷や汗であることを、あたしは知っている。そして、それを感じた瞬間、全身が汗まみれという、女の子としてはちょっと有り難くない状態である事を察するに至り。


 そして続けてあたしは、どうやらベッドに寝かされて天井を見つめている事を察したのだった。


 ……深く息をつく。


 ぼんやりと、何も考える事をせずに。


七波「……。……ここも……知らない天井だ」


 ……。


七波「……じゃねーよ、えっと……」


 真っ白な天井から視線を外し、周囲をぐるりと見まわす。


 白い天井。

 白くてあんまり柔らかさの感じられない張りのあるベッド。

 白い壁。そこに付いている、もう、『落ち着きなさいな』と柔らかく語りかけてくるようにしか感じられないような木の手すり。……そこだけ、どうにかこの部屋を白一色という、衛生的だけど逆に病的なイメージから回避させる。

 窓。外は青空。……結構高い場所だ。ここは町が一望できる、眺望の利いた部屋らしい。

 ベッドの傍らには台。上に水差し。丸椅子。パイプ椅子が部屋の端に少々。

 あ……左腕には点滴がぶっ刺さってる。ぶら下がってる点滴はもうすぐ終わりそうだ。


 ……まだ説明しようと思えば色々あるけど、情報としてはこんなとこで十分でしょうよ。


 ベッドに寝たまま把握できた情報で導き出した結論――果たしてここは。


七波「……病院でござるな」


 またベタなとこで目を覚ま……。


 ……。


 ……ん?


 ……病院でござると?


七波「えー……あれー……?」


 あたしが? なんで病院? ……頭をひねってみる。記憶をひっくり返す。


 思い出せー……? 文章にしたら空白ばっかのこの物語、80行もない前の話だぞー……?


 ……。


 ……。


 ……。


 ……体を起こそうとして、右腕を立て……。


七波「……あづっ……! ……っ……!?」




 ZASAAA!


 ――!


 SA! ZA ZAZA!


 ――!


 SAXASA XASAZAAAAAA!!




七波「んくっ……ゲフリー……さんっ……!」


 肩に走った激痛と一緒に、フラッシュバックする、昨晩の事。ばふっ、とベッドに沈み込んでしまう。


 ……うん、そうだよ……あたしはゲフリーさんとフレイバーンから逃げ回って、そんで……。


七波「最後には気絶……したんだよね……? あててっ……」


 今の肩の痛みは……。

 左手で、着ている患者服の右肩を下すと、そこから現れたのは包帯で巻かれた右肩。二の腕と胸を、まとめて包帯でぐるぐる巻きにして固定しているらしく、右腕は肘から先しか動かない。


七波「……おお……撃たれたんだっけ、あたし……」


 要は『動かさないで』っていう処置なんだろうけど、体重をかけると痛みは来るみたいだね。どんな状態なんだろ……ゴム弾だかの非殺傷武器とはいえ、体が弾かれるぐらいの結構な威力。女子高生が銃で撃たれるとは、なかなかに世界はワイルドですな。……じゃなくて。


七波「えーと、そうだ、気絶した。あたしは気絶した。それが最後の記憶だ、それはどうやら間違いない。それはいい、うん、世間的に撃たれたって事がいいかどうかは置いといて、気絶した事実は百歩譲っていいとする。……で、だ」


 言い聞かせるように言いながら、最後の疑問は頭の中で発する。


七波(……どうやってあたしはあそこからここへ運ばれた?)


 がちゃり。


七波「……っ……!?」


??「すいません、じゃ、家から妹の服とか……あっ……」


七波「あ」


 看護師さんを伴って入ってきたその人とばっちり目が合って。


??「……七波ちゃん!? 起きた!?」


七波「お兄ちゃん……!」


 あたしは見知った顔に出会え、思わず体を起こそうとするけど……!


七波「……あつつっ……!?」


 体のクセとはなかなか意識できないもので、いつもあたしは右腕に体重をかけて体を起こしちゃってるらしい。

 そのせいで、つい今し方めっちゃ痛い思いをしたばかりだというのに、再び右肩に走る激痛。

 顔を、ぎゅぎゅーっとしかめ――


??「あぁー、もう、顔汚い汚い!」


七波「うるっさいわっ……!」


 ……激痛にもめげず、ブチ切れてみる。失礼だからね。


看護師「七波さん、無理しないで、寝てて大丈夫だから! 桜瀬さん、私先生呼んできます!」


??「あ、はい、お願いします! ……はぁ……良かったわー、七波ちゃん……!」


七波「あ……うん……」


 ふぅぅ……と息を吐きながら、起こそうとした体をゆっくりとベッドに沈めた。

 この人の顔見たら、もう本当に根拠なく色々大丈夫だって思えたから。


 看護師さんを見送って、あたしのベッドの横の椅子に座る、その人。


 桜瀬おうせ人治郎とちろう――あたしのお兄ちゃんだ。……ハーロックの友達じゃないです。ってかアレ、確かハーロックが『としろう』って言えなかったから、『トチロー』になっちゃったって設定だったよね? でもこの人はとしろうさんではなく『とちろう』さんで大丈夫です。

 ……はい、それはどうでも良くて。


 前にも言ったかもだけど、直接血は繋がってはいない。従兄妹同士の関係で、今は二人で暮らしてる。住宅街に鎮座する喫茶店の経営者でもあり、年は35歳だったかな。16のあたしとしては、親子でも通じる年齢差だけど、まぁ、さすがに従兄妹をおじさんとは呼びたいと思わないし、そもそも20代で通用するぐらい若く見えるしね。


 顔は結構凛々しい感じで、イケメンといっても通じるだろう。どっちかっていうと、草食方面というよりワイルド方面。

 そんなんだから、お店にくるお客さんには女の子のファンも多いんだよね。ウチのクラスメイトとか。あたしはどうもタイプではないらしく良く分からんけど、根っこは優しいお兄ちゃんである事に変わりないので、あたしにはそれだけで十分だな。……まぁ、そういう優しさってのがまた女の子引き寄せちゃうのかなぁ……本人は自然体だし……まぁメンタルも含めてイケメンって事なんだろう。


人治郎「体、大丈夫?」


 お兄ちゃんは真顔で聞いてくる。


七波「……うん、えっと……」


 そういえばと思い、体の状態を確認してみる。


 右肩が痛いのは、体重をかけなきゃ大丈夫だろう。他は……。

 背中に少し痛み。何か貼られてるから、手当はされてるみたい。

 足には――一か所、集中的にほこほこしてる部分があるけど、ここにも包帯が巻かれてるみたいだ。


 ……どれもこれも撃たれた痕。マジでマジかよ……って気分……。


 それ以外は――。


七波「……あたしが覚えてる限りの怪我したトコ以外は、心配ないみたいだけど」


人治郎「気分は?」


七波「……お腹すいた。トチロウ、ご飯はまだですか?」


人治郎「だいじょぶそうね」


七波「お腹すいたのはホントなんだけど」


人治郎「はいはい、分かったよ。多分先生から色々問診があると思うから、その後ご飯にしてもらおう。みんなには七波ちゃんの無事を伝えないとね」


 と、スマホを取り出すお兄ちゃん。


 ……そんなお兄ちゃんに、さっきの疑問を聞いてみる。


七波「……あのさ」


人治郎「ん?」


七波「あたし……どうして病院にいるの?」


人治郎「みんなで運んだから」


 ……。


 ……はい?


七波「……みんなで……? え……どっから!?」


人治郎「いやー、びっくりしたよね。常連のみんなが『七波ちゃんがお店の前で倒れてる!』って言うから、そこからもう、えらいこっちゃのテンテコの舞」


七波「店の……前って……!」


 あたし……あのオフィス街で倒れて……そこからウチまで歩いたって事……!?


七波「それ……昨日の夜……」


人治郎「ううん、一昨日おとといの夜」


七波「一昨日ぃっ!?」


 二度びっくり。


七波「あたし……丸一日寝てたって事……!?」


人治郎「そうなるね。起きてくれて安心したよ」


 笑顔でそう返してくれる、お兄ちゃん。


七波「あ……」


 相変わらず、毒気も屈託も全く無い笑顔。


 昔からそう。あたしが何かしても、その笑顔で気遣ってくれる。

 むやみやたらに声を上げて怒ったりしない。それがお兄ちゃんという人だった。


 でも、それは逆にあたしにいたたまれない感情を芽生えさせる。

 それは言わずもがな、罪悪感という種から伸びた芽だ。


 あたしはどうやら、それが自分の心に巻き付いてくるのを、耐えられるようにはできていなくて。


七波「……。……何にも聞かないの」


人治郎「聞いたじゃない」


七波「え……何だっけ?」


人治郎「どっか悪いトコないかって」


七波「いや、そうじゃなくてさ!」


人治郎「話したい事があるなら聞くよ」


 もどかしさを感じて、少しだけ、なぜかあたしの方が語気が荒くなったが、お兄ちゃんは窘めるように――それでも静かに、あたしにそう告げる。


七波「っ……」


 ある。話したい事なら。

 ぶっちゃけ、あたし一人で抱え込んでおくには大きすぎる事があの晩起きた。


 あたしは、なぜかオフィス街で気絶したにもかかわらず、店の前で発見されたという。それを聞いた時、一瞬夢でも見てたんじゃないかと疑ったが、それだと肩や背中、足の包帯に説明がつかない。


 あれは間違いなく、あたしの身に起きた事。

 でもそれは……一言で言って、どう説明してどう話したらいいかって話で……。


人治郎「正直さ」


 と、迷っているあたしを見兼ねたのか、お兄ちゃんは声をかけてくる。


人治郎「俺は七波ちゃんの身内として話は聞かなきゃいけないと思ってる。……でも店の前で気絶して倒れてるなんて、やっぱりえらいこっちゃで、何かあったって事でしょうよ」


七波「……うん」


人治郎「それは七波ちゃんにとって、話したくない事かもしれない。だから俺は落ち着いた七波ちゃんから話を聞ければそれで大丈夫」


七波「お兄ちゃん……」


人治郎「ただ、絶対になぁなぁにしないで俺に話してね。今回の事がこの後何か七波ちゃんにとって良くないことになるかもしれない。その時に俺が何も知らないってのだけは無しにさせてくれればそれでいいから」


七波「う、うん……」


 多分、それがお兄ちゃんの、今回に限らず罪悪感を感じた時のあたしへの、基本的な姿勢ともいうべきものなんだろう。

 病院に担ぎ込まれたなんて事はこれまでになかったけど、あたしが何かした時は、お兄ちゃんはずっとそういう考えであたしに接してきてくれたんだ。そして今回、それを言葉にして聞かせてくれたのは、この事はやっぱりそれだけお兄ちゃんにとって大事だったって事なんだと思う。


 もちろん、あたしは悪いことをしたつもりは微塵もない。

 でも、危ないことをした、心配をかけたって事については謝らなくちゃいけない事だと思ってる。


 そう、本来なら、お兄ちゃんに言われるまでもなく。


 ……うん、よし。


 少し、昨日……じゃない、一昨日か。一昨日の夜に起きたことを整理してみよう。そういう努力は必要だ。少しでもお兄ちゃんに分かって貰えるように、ある程度の言葉ははしょって伝えられないか、考えて。


 例えば。




 『宇宙人』とか。




 かちゃり、と音がして、看護師さんに連れられてきた先生が部屋に入ってくる。

 そこから、ちょっと面倒な問診が始まった――。




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