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バルコニーと崩壊

 最初に目についたのは、正面のバルコニーから広がる青空。

 柵代わりの、崩れかけの歯抜けの石壁が、太陽に照らされて白く光っている。

 壁際に立ち、外を覗き込む。 

 雲の上だ。眼下には、雲の海が広がっている。

 見上げると、中天の空に太陽が見える。太陽が、ひどく眩しかった。


 こんな場所に、ずっと座って、毎日を過ごすことができたら、幸せだろうなと思った。

 でもまあ実際こんなところで暮らしていたら、なにかの拍子に、おれはここから落ちていってしまうだろうと思うが。おれはどんくさいからな。


 眩しさから逃れるように屋内に目を向けると、部屋があるのに気づいた。

 ドアのない部屋が、三つ。それらの部屋に窓はなく、古びた家具や箱が無造作に置かれている。

 机と松明を挿すための突き出し燭台、棚と椅子、そして、剥き出しの寝台。

 家具をひとつの部屋にまとめれば、それなりに快適に過ごせそうなのに、それらは、てんでバラバラに置かれていた。


 バルコニーから射し込む光で、屋内には十分な明るさがある。


 少し、探索をしたい。


 両手を自由にするために、おれは部屋のひとつに入り、突き出し燭台に松明を挿した。

 燭台のすぐ下に机があったから、松明が挿されるとその机の天板は光って見えた。

 ホコリはなく、その机はよく磨かれていた。

 机には、なにか、螺旋のような文様が描かれていた。

 精緻なものじゃない。それは子供がクレヨンで描いた太陽のような、無邪気な気楽さがあった。これは螺旋じゃない、ぐるぐるだ。

 ぐるぐるから離れた一本の線が机上を越え、壁の溝につながっている。その線の続く先にあるのは、松明を挿した燭台だった。松明の持ち手部分にも、確か溝があった。おれは、松明を回す。おれは持ち手の溝と線を揃え、上から指でなぞる。続いていく線をなぞっていく。松明から壁、机に降り、螺旋の中心まで。中心点に行き着いたら、逆周りに円を回り、線は手前にまっすぐ、机の縁まで。線は、そこで途切れている。


 姿勢を変えた拍子に、コツンと足先になにか木製の板のようなものが触れた。足首に、さらさらと柔らかい布のようなものが触れている。

 机の下を覗きこむと、なにか箱のようなものがある。

 それは、黒い布に覆われているが、浮き上がった形でそれが箱だとわかる。


 おれは、上に乗せられた布を掴み、取り払った。

 布を取り払ったあとには、なにもなかった。

 そこにあるのは、自分の足先だけだった。


 気のせい、だったんだろうか?


 布を広げ、ひっくり返して、バサバサしてみる。


 何もない。


 そして、広げてわかったが、上に乗せられていたこの布は、外套だった。

 縫い込まれたコインを探すように、表と裏から布を探る。

 素材はよくわからないが、漆黒の布地は、光の角度によって、時折、星空のように光って見える。

 下の階層で見た、壁に描かれた絵。そこで見た絵は、この外套とどこか似ていた。


 触れていると、それは不思議と温かかった。

 寒空の下でも、この外套にうずもれていれば、安らかに眠ることができるだろう。


 泥の中で眠るように、引きずり込まれて、出てこれなくなってしまうかもしれないが。


 念の為、箱があった場所を叩いてみる。石は固く、ざらついている。

 なにか仕掛けがあるようには見えない。

 まあ、おれの目は節穴だからな。何かあったとしても、そのほとんどは見逃しているだろうと思う。


 だがとりあえず、別の部屋も見ておきたい。松明は壁に灯したまま、他の部屋を見ていく。

 マットレスのない剥き出しの寝台を調べたり、部屋の壁を叩いてみたが、特別なことはなにもなかった。隠し部屋ぐらい、あればよかったんだが。

 階段を降りて、下の階層へ行けるかも確かめてみたが、石の天井は、降りたままだった。

 ほら、ゲームだと部屋に再度入り直すと、物の配置が全部リセットされてたりするから。

 そんなバカなことは、なかったが。


 問題は、探索をしている最中から壁や床の中から、コツコツと音がしているってことだ。

 最初は、気のせいかと思うぐらい、かすかな音だった。家鳴りみたいなものか思って無視していたんだが、その音の間隔はだんだん狭く、強くなってきている。

 そして、一番強く、継続的に聞こえてくる場所がわかった。バルコニーの入り口の真下あたり。さっきからそれがだんだん近づいてきている。なにかが始まっていて、それはすでに手遅れだ。そんな気がする。


 ガラリとバルコニーの外側で大きな音がした。


 おれは飛び出して、下を覗き込む。

 怖気が走るほどの高度。

 下の壁面に黒い穴が見える。


 穴が、開いたのか?


 なにかがそこから這い出してくる。


 触角が先に見えた。


 アリだ。バカでかい。大型犬ぐらいのアリ。


 同時に、背後から足元に石が飛んできて、石壁にぶつかり音を立てた。

 後ろのバルコニーの入り口のタイルが、粘液のようなもので半ば溶けている。巨大な黒い顎が姿を見せる。


 二匹目……


 ビシリッ。


 亀裂が入ったような不吉な音がした。

 視界が、斜めに傾ぐ。

 歯抜けの石壁を掴む。ボロリと、掴んだ石は崩れ落ちた。

 バルコニーとアリごと自分が落下していくのを、どこか他人事のように感じながら、自分が居た塔の上部が崩れ落ちていくのを見た。


 いやな予感は、当たるもんだな。

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