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ソウルイーター

「はっ」


 リナは鼻で笑った。な、なんで?


「ほら、急ぐわよ」


 リナはぐんぐん先に進んでいく。


「お、おい」


 おれは、小走りになって後を追いかけた。

 なにか、気に障ることを言っただろうか?

 ざわついた気持ちが、胸をよぎった。


 リナが、歩きながらふと、うつむいたまま笑った。

 ……おれはなんとなくほっとして、そのまま歩調を緩めて、彼女の背中を見ながら歩いた。


 しばらく歩くと、自分の腰に下げた水筒が、水音を立てているのに気づいた。

 おれはわざと足を当てて、ちゃぷちゃぷ鳴らしながら歩く。


「なあ、リナは魔法を使えるのか?」

「なに?」

「別に、聞いてみただけだ」

「……使えない。条件が揃えば、一部の魔術は扱うことはできるけど、それだけよ」

「なんだ。使えるんじゃないか」


 はあと、わざとらしくリナは溜め息をついた。


「こいつ、なにもわかってないんだから、みたいな声出すなよ。傷つくだろ?」


 声のトーンを低くして、おれは続けた。


「おれ自身も、世界渡りというものに興味がある。教えてくれないか、リナ」

「……世界渡りっていうのは、世界を渡ったと言われる魔術師の総称なの。この世界の魔法っていうのはね、そのほとんどが、神々と魔族に由来するの。だけど、一部だけ、そのどちらにも属さない魔法があった。それは、ヒトに由来する魔法。そしてそれは、世界を渡るほどの力をもった魔術師に由来している。その魔術は、ほとんどゴミみたいな効果しか及ばさないものもあった。いえ実際、そのほとんどがゴミだった。だけど私達は、その魔術を研究している。それが世界に穴を開けるほどの魔法になりうると、信じてる。私が使えるのは、その魔術」

「お前は、自分が落ちこぼれだと思ってるのか?」

「落ちこぼれ、だなんて思ってない。あたしはただ、初めから、どこにも属してはいなかったというだけ。……おちゃらけて生きているあなたには、わからないかもしれないけど」

「まったくだ」


 肩をすくめて、おれは応えた。

 秋風が心の奥底を撫でる。

 それでいい。

 どこにも属していない。そういうことが確かにある。



 斜光が道行く木々の梢を透かす。もうじき、夕暮れだ。

 崖のうねりに合わせて道は作られており、行く先の曲がり道に山の影になっている一帯があった。そこでは一足早く、夜の暗がりがやってきていた。太陽の下から離れると、存外に体が冷える気がした。

 リナがふと、思い出すように足を止めた。暗闇が、その目の先でわだかまっていた。

 風が、ざあざあと木の葉を揺らした。


「もうじき、日が暮れる」


 しんと、森の中で言葉が響いた。

 リナはじっと前を見ながら、独り言のように、言葉を続けた。


「少し前、このあたりに、魔物が出た。その魔物は、子どもを一人、喰い殺して姿をくらませた。近隣の冒険者を総動員して山狩りがおこなわれたけど、その魔物は見つからなかった」


 なんとなく、おれは低木の隙間やあたりの草むらを見た。


「一人の狩人が、まだその魔物を追ってる。彼は、その魔物はソウルイーターなんじゃないかと予測してる」

「ソウルイーター」

「それは、食べた魂に応じて姿を変える魔物。何者かになることを欲し、でも何者にもなれなかった魔物。満たされることのない飢餓の中にいて、足掻き続けるもの」


 彼女は続ける。 


「彼の根拠は、いくつかある。魔物が喰い殺した鳥の痕跡。追跡した魔物の足跡が、途中から飛び去ったように消えていたこと。混じり合う二つの魔物の臭い。そしてはっきりとは言わなかったけど、彼には他に、確信に至るような根拠がある」


 食い殺された子ども。

 あの、ちいさな靴。


「子どもの姿を見たのかもしれない。死んだはずの子どもの姿を」


 ああ、と一言、リナは息を吐くように言った。


「そうね……そうかもしれない」


 リナはふと、太陽の下、まだ日差しの差す世界に目を移した。

 少し声のトーンを変えて、彼女は言った。


「ソウルイーターなんて魔物が本当にいるはずがないって、そういう風に言った人もいたのよ。そんなものは、ただの戯れ言だって。そんなものは、実際には、存在するはずのない魔物だって」

「……だがお前は、その存在を疑ってはいない」

「そうね」


 リナは、はっきりとした声で続けた。


「その魔物は、あたしが探している魔物でもあるから」


 体の裏側で、なにかが、過ぎ去っていく。


「……ソウルイーターというのは、魂を喰うのに、その生き物の肉体を喰う必要があるのか?」

「いえ、肉体ごと魂を食べる場合もあるし、魂だけ、奪っていく場合もある」


 魂なき者。抜け殻のリナ。


「その魂は、どうなる?」 

「はっきりとはわからない。消え去るか、あるいはどこかで保たれる。宝石箱の中に宝石がしまわれるように」

「お前は、自分の魂もソウルイーターが奪ったと考えているんだな。お前の魂も、いつか帰ってくるかもしれないわけだ。その魂が、ソウルイーターに奪われたものならば」


 リナの眼が、おれを強く見る。


「存在するかもわからない救いに(すが)るより、その方がまだ可能性はある。そうでしょう?」


 リナは、毅然として言った。まっすぐに人を見つめる瞳が美しくて、思わず言葉が詰まった。


「そうだな」


 自然と、おれは微笑っていた。

 リナはふっと息を吐くと、顎を上げて上空を見た。

 霧が晴れ、天空へ続く塔が、夕日に照らされる。


「ソウルイーターは二頭一対の魔物と言われているの。ソウルイーターが出現した階層には、必ずミミックが存在する。ソウルイーターが死んでも、ミミックが存在する限り、ソウルイーターは無限に生み直される。

 二つの魔物の関係性は、ある高名なパーティが明らかにした。そのパーティが、石壁の中のミミックを見つけるまで、いくつものパーティが犠牲になった。千の顔を持つ魔物の討伐。後に最上級冒険者に登りつめた冒険者の、最初の仕事だった。

 ソウルイーターを生み出すほど高位のダンジョンは、ここにはあの塔しか存在しない。あなたは、あの塔から落ちてきたと言ったわね。あなた、そこでミミックを見なかった?」


 動いた脚に触れて、たまった水筒の水が、また音を立てた。


「確認したいことがある。ミミックというのは、箱の魔物か?」

「そう、それは宝箱に模して人を欺く、トラップ型の魔物」


 箱。おれは、肩がけのカバンに触れる。

 おれはこれが、外套の下にあったものだと思った。


「おれが見た箱は、ふたつ」


 だが、足先に触れた箱の感覚。あれは、この革張りの木箱の感触とは違う。


「ひとつは、このカバン」


 塔の上で外套に包まれていた箱。外套を持ち上げた時、そこにはなにもなかった。


「もうひとつは、見失った」


 だがその箱が生きているとしたら、そいつはどこにいる?


「おそらくは、ここにいる」


 急激に、力が吸われていく。

 指先が震え始める。


「下がれ!リナ!」


 おれは力を振り絞って外套を放り投げた。

 投げた先は、真後ろ。そう遠くへは、投げられなかった。

 ゴトリと、地に落ちた外套の下で、何かが音を立てた。

 浮き上がっている。箱の形に。

 黒い布が滑り落ちていく。

 布越しでも、蓋が開いていくのがわかった。

 開けた口に、無数の牙が見えた。

 開いた箱の中の目と、目があった気がした。


「お、おおおおお!」


 飛びかかってくる。とっさに逆手に引き抜いたナイフが、ミミックの牙に当たり弾き飛ばされた。

 左腕がその口に飲み込まれた瞬間、なにも失わずにいることは不可能だと悟った。

 逃してはならない。おれの体がどうなろうと。右手でミミックの蓋を握りしめた。

 噛み締めた牙を間近に見ながら、体ごと地面にミミックを叩きつけた。


「あぐっ」


 衝撃で、箱が跳ね上がる。

 腕が食い千切られた。二度と口を開かせまいと抱え込んだ右腕も、外れてしまった。

 目の前に、その箱の獰猛な口が見える。

 カカカと、その箱が笑った気がした。


 ガヅッ!


 凄まじい音がして、ミミックが跳ね飛ばされた。


 なんだ?


 側に立ったリナの手に、弾き飛ばされたナイフが握られていた。

 刺突を喰らわせたのだ。ミミックの口に。だが、ナイフが差し込まれる前に、ミミックが口を閉じたから、ミミックは跳ね飛ばされたのだ。

 あたりには、カバンの中のポーションが散乱していた。体を叩きつけた時に、カバンが壊れたんだ。


「リナ!この中に!」


 使えるものはあるかと問いかけようとした瞬間、リナは拾い上げたポーションをミミックに投げつけていた。

 ガシャンと音がして、ミミックにその中身が降りかかっていた。


「中級麻痺薬をぶっかけた!だけど、そう長くは持たない!直に動き出す!」


「どうしたらいい!?」


「呪符の魔術を使うわ」


 呪符を取り出し、リナは言う。


「世界渡りの魔術、『灰色鼠(グレイラット)』を」

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