表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

意味、ディスコミュニケーション

 一瞬、逡巡する。話をするか、逃げるか。 


 ……逃げろッ


 勢い込んで足を踏み出した瞬間、激しくつんのめって地面に手をついた。


 腰に巻いた外套の裾を踏まれている。なんて女だ。


「急ぎの用事を思い出したんだ。その足をどけてくれないか?」

「あんたそれであたしが納得すると思ってんの?」


 自分を見下ろす目が怖い。


「だめか?」

「だめに決まってんでしょ」


 もう!

 どうする?うまく逃げ出せたとしても、後々厄介なことになりそうだ。


「……条件がある」

「なに?」

「おれは今、まるっきりの文無しでね。日が暮れたら、おれには夜を過ごせる宿もない。それを提供してくれるか?」


 水が手に入った以上、必要なのは、食料と、安心して眠れる場所だ。

 だがなんだろう。気のせいか?ちょっとエロい気がする。

 お前のあたたかい場所で、一晩眠らせてくれないか、ベイビー?ってな感じだ。

 

「なんなら人里まで案内してくれるだけで……」

「いいけど」

「いいのか!?」

「まあそんなことぐらい、たいしたことじゃないし」

「たいしたことじゃないのか」

「それで、どうなの?」


 遮るように、リナが言った。


「……さっきの、塔の崩壊についての話か?」

「崩壊?塔が崩壊したの?」


 うわっまずったな。転移か、さっきの話は。

 気を取り直して続ける。


「そうだ。上部だけだが、崩壊が起こった。おれはそこから落ちてきたんだ」

「あなた、塔の上で何をしてたの?」


  言葉が詰まる。


「……探索だよ」


 立ち上がり、おれは続ける。


「リナ、お前の言った通りだ。確かにおれは世界を渡ってきた。扉を通ってこの世界に辿り着き、思うまま、塔の中をうろついていたんだ。その過程で、崩壊が起こった。崩壊の原因におれが関わっているのかどうかは、おれにもわからない」


 おれは前を向き一歩階段を降り、言う。


「それでリナ、泊まる場所に行くにはどうしたらいいんだ。このまま下ってきゃいいのか?」

「そうだけど……」

「歩きながら話そう。その方が、おれは気楽なんだ」


 階段を降りていく。ためらいながら、女の足音が続く。この女が自分を見ているのがわかる。空は、気持ちのいい晴れ間だ。


「それでリナ、何を聞きたいんだ?おれは自分から話すのが苦手でね。聞いてくれた方がラクなんだ」

「……なんだか、いやにリラックスしてるじゃない」

「そうか?まあ、おれには隠し立てすべきことなんてなにもないからな」

「さっきは逃げようとしてたくせに?」


 躊躇なく、突っ込んでくるよなこの女は。腹に突き刺さった鉄の棒を抜くように、おれは笑い、言葉を返す。


「腹をくくったのさ」


 そう、おれは、腹をくくった。

 おれはこれから始めていくおれの人生を、嘘から始めたくはない。


「……さっき、あなたは世界を渡ってきたと言ったけど、本当なの?」

「正確なところを言えば、渡ってきたと言えるかは怪しいが、おおまかに言えば、そうだと思う」

「はぁ?なにそれ」


 まあそうだよな。


「はじめから、説明してみようか」


 おれは通り道の小石を拾い上げて立ち止まり、道端の地面の土を足で払った。

 おれはしゃがみ込み、拾い上げた小石をリナに見せて地面に置く。 


「いいか、これがこの世界だ」

「そこから?」

「別に創世記から説明しようってんじゃない。黙って聞け」


 おれはそばにある同じくらいの大きさの小石を拾い、少し間を開けて隣に置く。


「この世界と、そして、もうひとつの世界がある」


 おれは砂利の一粒を拾い、ふたつの小石の真ん中に置く。


「そして、ここに、このふたつの世界の狭間と言えるような場所がある」


 おれはリナを見る。


「おれは、この世界と、このもうひとつの世界の狭間で生まれた。

 おれは、こことは違うもうひとつの世界にいた人間の映し身として、その記憶を引き継いだものとして生まれた。

 つまりはコピー、複製品ということだ」


 おれは一本の小枝を拾い、それを半分にへし折って、真ん中の世界の狭間と、もうひとつの世界の下に置いた。 


 おれは、顔を上げ、緑の広がる景色を眺めた。風が、梢を揺らす。


「おれが生まれた時点でおれの元となった人間は、このもうひとつの世界で、死んでいた。

 おれが生きるための選択肢は、ふたつあった。世界の狭間に留まるか、この世界に渡るかだ。

 ……おれは、この世界に渡ることを選んだ」


 おれは右側の枝を、世界で押し潰した。そして、おれは真ん中の枝を、左側のこの世界の下に移した。


「おれは、確かに世界の半分を渡った。だがおれは、このもうひとつの世界にいた人間そのものではないし、ふたつの世界を直接行き来したわけじゃない。それを世界渡りと呼べるのならそうだろうし、そうでないなら、言えないだろう。それが、おれがさっきあいまいな言い方をした理由だ」


 確かめるように、おれはリナの瞳を見た。


「それは確かに、『世界渡り』と呼べるかは微妙なとこだけど、限りなくそれに近いことは確かね。つまりあなたは、自分自身の力でこの世界に渡ってきたわけではない」

「そうだ」


 言葉を続けるために、一呼吸、リナは息を吸い込んだ。


「あなたは、あなたを生み出し、ここに送り込んだ者のことを知ってるの?」

「……いや、知らない。だがその使いのような存在とは会った。そいつは、自分のことを灯台のようなものだと言っていた。生まれ落ちた魂が新しい陸地に辿り着くための灯台だと」


 おれは、地面に目を落とし、枯れ枝と落ち葉を眺めた。季節が巡るように、命は巡る。


「灯台」

「そうだ」

「……あたしは、そいつはこの地母神と関係のある存在だと思う。来る時になにか言われた?こういう像を見つけたら祈るようにだとか」

「いや、別に言われてないな。おれがこの像に祈っていたのは、偶然だよ。おれはこの女神がどんな女神かなんて知らなかった」


 重なり合った枯れ枝に紛れて、小さな蛇がいた。生まれたばかりぐらいの、幼蛇だった。チロチロと出した小さな舌が幼げだった。


「あたしは、あなたが地母神に向かって祈っていたのには、意味があると思う」


 おれはその小さな蛇を撫でるかわりに、拾った小枝を幼蛇の前で揺らした。


「そうかもな。魂のことだってそうだしな」


 小さな蛇は、身を翻して落ち葉の中に消えていった。


「魂?」

「そうだ。おれは世界の狭間で、魂として生まれ落ちた。おれがもといた世界には、魂なんて存在しなかった。そんなものは、人間の作り出した妄想に過ぎなかった。つまりは、おれも、そこで生きていた人間も、魂なんて持っていなかった。お前と同じだよ、リナ」


 枯れ枝の中に蛇が紛れるように、同質性の高い社会の中で、人は安心することができる。


「地母神が魂を持つ者に救いを与えるなら、持たざる者のためにおれは、ここに遣わされたのかもしれない。救いの手から、こぼれ落ちていく者を受け止めるために」


 森を覆う霧がほんの少し晴れて、山の麓の家屋が見えた。


「だから、ここでおれとお前が出会ったことには、なにか意味があるのかもな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ