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抜け殻のリナ、世界渡りを探す者

 浮上する、暗闇の中から。

 崖の上を眺める。せり出した岩が視界を遮って、二人の姿は見えない。上にいる彼らの視界からは、完全に外れたみたいだ。

 さて、どうしようか。先のことなんか何も考えずに飛び降りてしまったからな。


 壁に寄りかかり、とりあえず交換したものを確認する。

 腰に吊り下げた水筒とナイフ、そして地図。地図は、カバンの中だ。

 気になるのは、水筒だ。水を自動で生成する機能があると言ってた。

 革の吊り下げケースに入れられたそれは、透明で、中身が見えるようになっている。大まかな目盛がついている。1リットルくらいは入るだろうか。底の方に、水色の透明な石が埋め込まれている。

 呼び水となる水を入れれば、水を生成し続けると、そう言ってた。

 どんな水でもいいんだろうか。森の中を歩けば、ぬかるんだ泥の合間に泥水くらいは見つかるだろう。だがなるべくなら、きれいな水を入れたい。

 上の地母神の像から飲んだ水、あれがいい。


 外套を被る。だんだん、この外套の使い方がわかってきた。崖を登る必要はない。自分を遮るものは、なにもない。

 手を、壁に潜り込ませる。おれは体を沈め、奥の方へ進んでいく。水の中を潜るように潜行し、外套の浮力に従って上昇する。

 向かっていく、光のある方へ。


 ぷはっ。

 地母神の像のすぐそばに出る。成功だ。

 壁の向こう側では、人型の光が活発に動き回ってる、元気みたいだ。

 ルカたちには、見つからないようにいきたい。別に見つかったからと言って、どうということもないが。

 さよならを言ったら音もなく消え去る、みたいな方が、かっこいいじゃん?


 さっそくだが、水筒に水を入れようと思う。

 フタをとり、水を入れる。まずは、数センチ程度。

 どれくらいの生成速度なのかはわからないが、やることは決まっている。


 待つのだ。そう、蟻の行列を眺めるように。


 水筒の底にある透明な石が、微妙に光ってる。

 さっき気づいたが、地母神の手にも、同じものが嵌っていた。

 これは、どれくらい希少価値があるものなんだろうか?奪われたりしていないということは、それほどの価値はないということなのか、それとも、一種のタブーとして、触れ得ざるものとして扱われているから、奪われたりはしていないということなのだろうか。

 それともこれは、奪われ尽くしたあとなのだろうか?「幸福な王子」が、その身を飾る数々の装飾を、失っていったように。

 だがおそらくそれは、違っているだろう。この像はおそらく初めから、少なからず「奪われた者」として作られた。視覚を奪われ、おそらくは子を失って、その片腕は作られた後に失われたかもしれないが、この女神は、そんな風に奪われ尽くしてもなお、この世に救いをもたらそうとする者として、彫琢され、彫り上げられた。

 おそらくはそんな物語が、この女神像を触れ得ざるものにしている。

 ゆっくりと、雫が脈打つように、こぼれ落ちていく。

 おれはそのこぼれ落ちていく雫に触れ、そっと女神像の手に触れた。

 寂しげな女だった。理想を抱き、その理想に押しつぶされていくタイプの女だった。

 その女を救える者は、誰もいない。なぜならば、この女は、誰にも見えない理想を見ているから。

 おそらくは、共有すべき声も、彼女は持たない。この像が、物言わぬ石像として作られたのは、彼女が、声を持たないからだ。だから誰も、彼女の力になることはできない。

 おれの手は冷え切って、おれは手を降ろした。降ろした手の指先から、水が滴っていた。

 土台から降り、水筒を眺めた。数センチ、水かさが増えている。一時間もあれば、満タンになるだろうか。


 じり、と、地面を踏みしめる音がした。ん?


「ねえ」


 すぐそばに、オレンジ色の頭があった。


「うぉわ!」


 頬杖をついて、しゃがみこんでいる女がいる。


「もう終わった?」


 フン、と、少し笑ってその女は言った。


「何やってんの?泥棒?」

「ど、泥棒じゃねえし。ただおれは単に……」

「単に?」

「ちょっと、感傷に浸ってただけだ」


 うわ、なんかこれ恥ずかしいな。


「へぇ?」

「お前はこの女神像に、どんな由来があるか知ってるか?」

「リナ。あたしの名前。もちろん、知ってるけど、それがどうかした?」

「おれは知らないんだ。リナ」


 にやりと、その女は少し嬉しげに笑った。

 見知らぬ人間の名前を呼ぶのは少し抵抗がある。


「だがおれは、この像によく似たものを知っている」


 目をそらして、おれは背筋を伸ばした。


「像の形が、ということじゃない。像の作られた根本的な思想が、よく似ているんだ。この像には、子どもの靴が添えられているだろう?失われた子どもを思って祈る時、おれのいた場所でも、こんな風にして祈るんだ。もっとも、おれがよく知っていたのは、生まれ出ることのなかった子どもに対して、祈るものだったが」

「あなたは、自分の子どもを失ったことがあるの?」

「いや、ない。おれには、子どもがいたことはない。ただそういう悲しみを抱えた人がいることを肌で感じてきたというだけだ」

「……そう。でも確かに、その靴は失われた子どものために、添えられている。この女神は、転生を司る女神と言われている。せめて、失われた子どもの魂に安らぎがありますように、そして、その子の来世に幸せがありますように、そういう願いを叶えるために、これはここに置かれている。ま、どうでもいいことだけどね」

「どうでもいいのか」

「転生の女神ってね、なにひとつ、この世に恩恵をもたらさない神だと言われてるの。おそらくは、存在しないだろうと言われている神。来世なんてものも、嘘っぱちだって言われてる。なにより、そもそも()()()()()()()にとっては、()()()にとっては、そんな話は、なにも関係がない」


 魂。盗賊たちが持っていた、人型の光、あれがそうか。この場所に出る時、他には誰もいないと思っていたから、おれは無警戒にこの場所に出た。だが、あの光を、魂を、持たない人間がいるなら、この女は、いったいいつから……


「さっきあなた、なにもないとこから出てきたでしょ。反応は小さいけどそれは確かに、転移の魔法だった。

 そして今日、あの塔の上で、大規模な転移の反応があった。それは誰かが()()()()()くらい、大きな転移の反応だった」


 見透かされている。その目はまっすぐにおれの目を射抜いている。


「ねえ、あなた、なにか知ってる?」

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