荒れくれ者ども、水子であるべきだった者たち
吹き抜ける風が、音をたてる。
「あの男が、中身がわからないと言ったからこそ、俺たちは、それに値するものを差し出すことができた」
長髪の男が、崖に座りながら、呟くように言った。
「あの男が中身を明らかにして提示していたら、俺たちがまっとうに手に入れられたのは、中級ポーションと初級ポーションをいくつかが関の山だ。そうなれば、諦めるか、殺してでも奪い取るということになっていたはずだ。だが、そうはならなかった。はじめから、あの男は俺たちに全てを委ねた」
聞き流しているのか、剣士の男は、力を抜いて遠くを見ていた。
長髪の男は特に気にもせず、言葉を続けた。
「おそらくは、あの男ははじめから、俺たちに手を差し伸べるためにここにきた」
「……そんな人間がいますか?救うに値しない人間を救うために。……そんな人間は、常軌を逸している」
「まあな。だが俺たちはそういう人間をもう一人、よく知っている」
はっ。剣士の男は息を吐いて笑った。
「団長、帰ってきますかね」
「帰ってくるさ、あの人がそう簡単に、死ぬはずがない」
ルカが、手首に巻きつけられた細い腕輪を握った。
「準備をしよう。やれることは、山ほどある」
◆
数珠つなぎの腕輪をつけた男が、うつ伏せになりながら、首に剣を突きつけられている。
「残念だったな、お前たちはもう終わりだよ」
男の腕を踏みつけながら、若い騎士風の男がそう言った。
「お前の、その腕輪。その腕輪の珠のいくつかが点滅を始めた時、お前は狼狽えたな。
……お前の仲間。あいつらも似たような腕輪をつけてたな。
それは、仲間の命の証か?その2つは、もう消えそうじゃないか?」
騎士風の男は楽しげに言った。
腕輪の男は、土の上で奥歯を噛んだ。
「……俺たちが、ただでお前らを逃がすと思うか?」
騎士の男が、囁くようにいう。
「毒さ。それも死体感染型のな。そいつらが死ねば、それは種となり、山ほどの死体を咲かせる。手遅れの命を後生大事に抱え込んでいればいるほど、組織という母体は傷を負う。これが、お前たちの結末だよ。お似合いの結末じゃないか?もっともお前はその結末を見ることもないが」
2つの珠の点滅が、止まる。
腕輪の男の緑の瞳が、辛そうに細められた。ニヤリと、騎士の男の口から笑みがこぼれた。
「終わりだ」
騎士の男が、首を刎ね飛ばすべく、剣を振り上げる。
だがその瞬間、珠が輝きを放ち始める。
「なっ」
騎士の男の目が見開かれる。
数瞬遅れて、腕輪の男は笑う。踏みつけられた腕に、力が宿る。
「おおうらぁ!」
腕輪の男は、腕に乗せられた足を払いのける。
「ッどこにこんな力が……」
いつの間にか、腕輪の男の手には、ナイフが握られている。
「ッ」
気づいた騎士の男が、無言で剣を振り下ろした。バランスを崩しながら、その剣は、腕輪の男の首を切り裂いた。だが、浅い。
そして一瞬吹き出した血が、急速に収まり始めている。
傷が、治り始めている。
まだ半ば倒れたままの腕輪の男を相手に、騎士の男は、距離をとる。引き際に、一閃、一撃を見舞う。
腕輪の男は、引かない。体を跳ね上げて騎士の男に迫る。盾代わりだとでもいうように、腕輪の男は、腕を剣線上に掲げる。腕一本犠牲にしてもかまわないとでもいうように。
ガヅッ
岩石に剣を叩きつけたような異様な音がした。
いくらか、剣は腕に食い込んではいる。
だが結果として、騎士の男の剣は、腕の一本を断ち切るにさえ及ばない。
腕輪の男が距離を縮めている。
迫る。腕輪の男のナイフが、半月を描いて。
苦し紛れに、騎士の男は、柄を首元に寄せる。
透過する。腕輪の男のナイフの刀身が。それは柄に当たる瞬間、陽炎が揺れるように一瞬だけ掻き消えて、実体を取り戻した刃が騎士の男の喉を斬り裂いた。
血が吹き出る。騎士の男は首を手で押さえる。血は、止まらない。
「残念だったな。お前らの予言は、外れだよ」
騎士の男は、何かを言いたがっていた。だがその口は、続きの言葉を紡ぐことはなかった。
力なく、騎士の男が倒れる。
腕輪の男は数歩歩いて距離をとり、やがて膝をついて息を整えた。
男は、傷口を押さえながら腕輪を見た。
光り始めた珠。その数。
戻ってきた命。
「……誰が、やった?」
声にならない声が、砂をかき分けるように喉から漏れた。
ルカか?仲間たちの誰かが、運を掴んだのか?いや――誰かが運そのものを、持ち込んだのか。
わからない。だがいずれにしろーー
「もう一度、仕切り直しだ」




