◇Ⅰ‐3◇始まり
翌日。ほのかは、朝のまぶしい光に誘われるように目を開く。
見たことのない天井が、視界に映った。
「ここ、どこ...」
ほのかは、ぼそりと呟くように言った。すると、隣にあぐらを掻いて半目状態の少年がいた。
「え...あの...」
確かこの人は。吉野とか呼ばれていた人だ。吉野は、ぱっちりと目を開きこっちを向く。
「あぁ、起きたんだ!えと。僕吉野って言います。あ、まぁ自己紹介はいいっか!」
吉野は、この間ほのかの目の前で人を殺した鬼のような男とは正反対のようなオーラで、明るい人のようだ。
こげ茶の髪で、アホ毛が頭のてっぺんから出ている。
部屋着なのか、昨日の夜のマウンテンパーカーから、グレーのスウェットに、黒のタイトシャツに着替えていた。
「あの、私...」
ほのかはそう言いながら、ゆっくりと布団から起き上がる。
「えーっと、昨日の夜のことはごめんね。副長って猜疑心強いから。」
「一体、あれは,,,」
「うーん。凄い恐ろしいところ見ちゃっただろうね。でも、ああいうのは僕たちにとっては『日常茶飯事』なんだ。」
どういうことなのだろう。人を殺すことが、日常だというならば、何か暗殺グループか何かなのだろうか。
そして今いるところは、その組織の建物。
逃げないとまずいかもしれない。
ほのかは、そう考えると、恐ろしくなって、すばやく布団から飛び上がれば、出て行こうとした。
しかし、障子を開こうとした時に吉野が片手でほのかの両手を後ろにひねる。
「痛っ!」
ほのかは、思わず叫んでしまう。どうやら、彼も殺人鬼なのだろうか。
「ごめんね。君の疑いが晴れない限りここから出すわけにはいかないんだ。」
吉野は冷静沈着な声でほのかの耳元でそう囁くように言った。ほのかは両手から力を抜く。それに気づけば、吉野も手を離す。
ほのかは布団の上に正座をして、吉野を見る。
「すみません。でも本当に昨日言ってたみたいな敵?とかじゃないんです!たまたま学校帰りに見かけてしまっただけなんです!」
「僕もそうだと思うんだ。君は見た感じ敵っていう感じのオーラも見えないし。いかにも平凡な子に見えるよ。」
吉野は、再び正座しているほのかの前であぐらをかく。
「昨日は人透班が活動してなかったから一般の人にも見えていたんだろうし。」
「あの、その、じんとうはん、というのは一体…?」
「ある特定の人たちを透明にする能力を持つ人たちのことさ。いつもならそいつらのおかげで、戦闘中の僕たちの存在は一般人には普通見えないはずなんだけど。」
なるほど、人を透明にする、略して人透ということだ。しかし、現実にそんな者がいるのだろうか。
「じゃあ、いつもあんなことを街でしているんですか?」
「うん。まぁ、それが僕たちの仕事だし。あ。」
そう言った吉野は、襖が開くのに気づけば、そちらを向く。ほのかも、そちらを見ると、昨日の殺人鬼が入ってきた。思わず、体が震え上がる。
「吉野ごくろうだった。おい、お前。」
彼は吉野をちらっと見て労った後、ほのかを冷たい目で見下げる。
「は、はい?」
「お前の疑いは晴れた。」
「やっぱり。良かったね!」
吉野は笑顔でほのかを見る。どうやら殺されずに済みそうだ。自然に体の力が抜ける。
「でも一体どうやって晴れたんです?」
「こいつを拘束した時にはもう敵全てが殺されていたからだ。」
なるほどと言ったように吉野は顎に手を添えて、数回頷く。
「じゃあ...」
ほのかは少し怯えた表情で男をゆっくりと見上げる。
「あぁ、ここから出ていい。悪かったな。疑ってしまって。」
男は素直にほのかに謝る。どうやら根はいい人みたいだ。
「いや、とんでもないです!」
ほのかは、元気よく立ち上がれば、吉野を見る。
「お世話になりました!」
「いやいや、玄関まで送るよ。」
そう言えば、三人は縁側へ出た。目の前には、大きな庭が広がっており、木や川が流れており風情な所だった。
(まるで、江戸時代にタイムスリップしたみたい…)
そうほのかは思った。
ほのかたちが廊下を歩いていると、何やら周りが騒がしくなってくる。
「あ、玄武様だ。」
吉野が隣で呟く。ほのかが、げんぶさま?何のことだろうと思っていると、急に隣で二人がしゃがみ込み、お辞儀をしている。
向こうから、二人の男性に挟まれて歩いてくる何か特別な雰囲気を持った男性がやってくる。
「お前も跪け。」
男は、そうほのかに命じたが、慌ててしまって、跪こうとした時には荘厳な雰囲気を醸し出す男性がもう目の前に来ていた。
男性はほのかをじっと見る。
「あ、す、すいま...」
その男性のオーラに圧倒されていたほのかは取り敢えず頭をさげる。隣で跪く二人を見れば、この人はきっと王様みたいな存在なのだと判断した。
男性はほのかを見れば、目を見開く。何かに驚いたような感じだった。
「久方。」
男性は、副長殺人鬼の名前を読んだようだ。
「はっ!」
久方は大きな声で返答する。
「こやつは何者だ。」
「申し訳ございません。彼女は、昨夜、敵と勘違いして連行してきた人間であります。」
久方は丁寧な返答をする。副長という立場の彼が、このような口調ならば、この男性は、よほど偉い人なのだろう。
「何卒、ご無礼をお許しください。」
吉野まで、跪きながらそのようなことを言い出す。ほのかが跪かなかったことが相当悪いことのようだ。
そう思えば、隣の二人にも申し訳なさを感じたので、ほのかは跪いた。
「おい、貴様、名は何という?」
玄武はほのかに尋ねた。ほのかは隣を見る。吉野は答えた方がいいという風に顔を縦に振る。
「あ、えと、荒木ほのかと言います。」
「荒木...ほのか...。」
玄武はほのかの名前を繰り返す。彼の反応を見た久方が口を開く。
「玄武様。何かおありでしょうか?」
「いや、何やら少し見覚えがあったような…荒木ほのか。貴様はわしに会ったことがあるだろうか?」
「いえ。私はそのようなことはないかと存じます。」
ほのかも思わず丁寧な返答をしてしまった。昨日の補習で国語をやっていて良かったと少しばかり思う。
「そうか。久方。お前に頼みがある。」
「はっ!何でしょうか。」
「荒木ほのかをここに置いてはくれまいか。」
「え?」
ほのかは思わず聞き返してしまう。彼は一体何を言い出すのだろうか。
「と言いましても、彼女は特殊能力も持ち合わせておらず...」
「わしの頼みでも聞けないということか?」
玄武は久方を見下げる。その目には少し怒りがこもっているようだった。
「いや、ですが...」
「わかりました!玄武様!」
「よ、吉野!」
「副長。能力がなかったって何か働き口があるでしょう。玄武様直々の依頼なんです。何か思う所がおありなんですよ、きっと!」
「うむ。少年。よくわかっておる。久方、お前はいささか頭が固い。やわらかく物事を考えぬか。」
吉野は玄武に褒められたのが嬉しかったのか、少し照れていた。
「はっ!了解しました。では、彼女をここに置くことにいたします。」
久方は前言撤回という表情で玄武を見上げれば、そう言った。
「できれば、わしと顔を見合わせることのできる役職につけて欲しい。」
「玄武様にですか,,,難しいかもしれませんが、考えておきます。」
ほのかは、玄武の考えている意図が理解できなかった。
「うむ。それこそ四神守護隊である。感謝するぞ。では、荒木ほのか、またお会いしよう。」
玄武はそう言い残すと、歩き出す。ほのかは、呆然としていた。考えが纏まらないのだ。