◇Ⅰ‐1◇ 始まり
「...き、らき、荒木っ!」
机に静かに突っ伏して、爆睡している一人の女子生徒の頭に何かが覆いかぶさる。その女子生徒、荒木ほのかは頭から何かを毟り取った後、起き上がる。
数学のテスト用紙。右上には赤色の23点の文字。100点満点中。
「この間の補習、お前どんな態度で受けてたんだ?やった所そのまんま出てるんだぞ。」
「うおっ!」
ほのかは周囲を見渡すと、思わず声をあげた。どうやら、今日も登校してからずっと寝ていたみたいだ。
場所は教室。前の黒板の上に掛かっている時計を見れば、四時を指している。
(まずい。)
「うおっじゃねえよ!」
そう叫んで、ほのかの机の横に立っていたのは、数学教師兼ほのかのクラス担任である教師だった。
「うおっ、これは松村先生!」
「村松だ!いい加減覚えてくれ!」
「村松先生!えと、何でしたっけ?今度の学園祭につい...」
「何、寝ぼけてるんだ!テスト!補習の!この点数は何だっ!」
「うおっ!23点!これは上出来ですよ、松村先生!」
「村松だ!上出来?どこがだよ。」
高2になってから、数学の補習テスト最高点をたたき出したほのかは大満足した表情で、そのテスト用紙を握り締めれば、天井へと高く突き上げる。
「ったく、お前は...」
先生は呆れ顔をしてため息を床に向けて吹いた後、喜びに満ち溢れているほのかを見た。
「バイト...忙しいのか?最近。」
「え?」
村松が、予期していなかったことを言ったため、ほのかは思わず固まる。
「あの...先生、もしやすると...」
「ん?あぁ、この間、お前の母さんから電話があったんだよ。娘がバイトで忙しくて。深夜まで続くことがあるらしいじゃないか。」
「はぁ…まあ。」
(お母さん...他人には言うなってあれだけ念押ししてたのに。裏切ったな。)
ほのかは、頭の中で自分の母親のノホホンとした表情を思い出せば、一息つく。
「それってどんなバイトだよ!おまっ、もしかしてっ!」
先生はそう言いながら引き気味にほのかの顔を見る。
「な、違いますよ。そんな危ないことしてないですよ!」
(まあ、危ないってのは間違ってないけど。)
ほのかの口元が一瞬緩む。
「だよな、お前に限ってそんなことはないよな!」
(お前に限ってってどういう意味だ?私に色気も何もないとでも?)
そう思いながらもほのかはあはははと軽笑を浮かべた。
「まぁ、どんなバイトしてるかは生徒の自由だから良しとするが、家に帰らないのは、いけないぞ。」
ゆったりとした口調で村松はメガネの位置を整えれば、そう言った。
村松先生は、生徒の気持ちを理解してくれる人ということで、生徒の中でも人気がある教師だ。
「分かりました。わざわざ申し訳ないです。」
ほのかはお礼を言った。そして、机の左に掛けてある通学鞄を肩にかければ、席から立ち上がる。
「えと、バイトの時間なんで、失礼します!」
ほのかはそのセリフを言い終わる頃には、教室のドアにいた。
バイトは四時半から。遅れたらまずいのだ。
「ちょ、待...まだ、本題が...ったく」
ほのかは、村松からテストの説教を受ける前に、教室から去って行った。
ほのかが今やっているバイト。
それは、多分というか絶対誰も理解できないと思うのだが、職業名は「四神守護隊」という。
どういう仕事内容かというと、端的に言えば、そのままの意味で四神を守るという仕事だ。
四神というのは、天の四方の方角を司る神である。
東を司る青龍。
西を司る白虎。
南を司る朱雀。
北を司る玄武。
上記の神をお守りするのが四神守護隊の仕事。
まだ理解できないと思うので、もう少し具体的に話したいと思う。
四体の神、誰かの力が弱まってしまえば、世界の均衡が壊れてしまい、大規模な自然災害や、大事件が起こるそうだ。
つまり、四神は、日本を中心にして、世界中のお守りしているということだ。
四神は神と呼ばれているものの、普段は人間の姿をしている。
その姿で、守護隊の活動している場所(四神守護隊屯所という名前だ。ほのかたちは略して屯所と呼んでいる。)に時々彼らは尋ねてくることがあったりする。
四神がどう誕生したのかということだが、話によると、人間の体内に四神の存在自体を宿すことのできる術師が世界のどこかにいた(いる?)らしく、四神はその人によって、造られた存在らしい。
大まかに言えば、四神守護隊は四人の少し風変わりな人たちを日々守っているボディーガイドという感じだろうか。
しかし、一昔前までは、四神をお守りするようなことは必要なかった。
皆彼らを恐れていたためだ。
しかし、最近そんなことも恐れない四神の力を手に入れることを目的とする悪い組織が続々と世界から出てきているらしい。
それが理由で、四神守護隊が組織されたということだ。
ところでほのかは、バイトを探すために、たまたま雑誌をめくっていた所、このバイトを見つけて、たまたま面接に受かって、入ったというわけではない。
というか、守護隊では、バイト募集などはしていない。
殆ど正社員だ。社員という言い方はおかしいので、正隊員とでも言い直しておこうか。
守護隊は”スカウト”されて入る方法以外、入隊する手段はない。
なんといっても神をお守りする職業なのだ。普通の人間にはできないことだ。
守護隊は、‘特殊能力‘を持っている人間が所属している。特殊能力を持つ人は、守護隊の入隊を勧められる。
しかし、ほのかは、特殊能力などこれっぽっちも持っていない平凡な人間だ。
では、何故守護隊に所属しているのか?
それには、訳があった。
話は一ヶ月前程に遡る――――