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緑色の香  作者: 冬野みかさ
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 翌朝、朱季が部屋のドアをノックしてきたので、珂奈子はすぐに顔を出した。

昨日のワンピース姿と違って、ジーンズだったので朱季はちょっと安心した顔をしていた。

どこへ連れて行くつもりだろう?珂奈子はそう思った。

朱季とそっと階段を下りて家を出た。

「ちょっと遠いので自転車の後ろに乗ってください」

そう言って朱季は自転車を出してきたので、珂奈子は後ろに横乗りで座った。

自転車が出発すると、冷たい空気が顔に当たった。

「寒くないですか?」と朱季が聞いてきた。

「大丈夫」と珂奈子が答える。この子は村の手先で、私をどこかに閉じ込めるんじゃないか、などという考えがよぎったが、昨日からのこの子の様子から、嘘がつけない素直な子という印象を受けたので、とりあえず信じてみる事にした。

自転車からの眺めは素晴らしかった。雲と山の隙間から朝日が差し込み、空を見上げるとオレンジとブルーのグラデーションができていた。

自転車はどんどん山に近づいていった。山道をしばらく行ったが

「ここからは自転車では無理なので」と朱季が自転車から降り、横の木の側に自転車を止めた。「少し、急な道を下ります」と手を差し伸べてきたので、その手に摑まった。

少し冷たく、思ったより大きな手だった。

本当に急な道で、何度も滑りそうになり、朱季に助けてもらった。下っていくと小さな河原に出た。今度は大きい石がゴロゴロしている道なので、足をうまく固定できず、何度もよろけた。

「もう少しですが、一度休憩しましょう」と腰掛けられるぐらいの大きさの石を見つけて座った。朱季は自分のリュックから水筒を取り出し、珂奈子にお茶を入れてくれた。ここまで降りるのに汗をかいていたので、そのお茶は冷たくて美味しかった。

少し休憩した後、また歩き出した。普段、山道を歩いた事が無い珂奈子にとっては大変な道だった。河原を抜けると今度は薄暗い林の中に入り、しばらく中を歩いたところに人工的に作られたような洞窟があった。入り口は木の枝を積んで、簡単には中へ入れないようにしてあったが、朱季が慣れた手つきで枝を横にどかし、リュックから懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。

「中に入ります。結構深いですよ。足元が悪いので、ゆっくり歩きます」と朱季が入っていったので、珂奈子も恐る恐るついていった。珂奈子の前を歩いていた朱季が

「少し話しをします‥‥ちょっと聞いていてください」と話し始めた。

「僕の両親は、僕が小学校二年生の冬に亡くなりました。それから僕は祖母と暮らしています。僕の父はこの村の役場で働いていて、昨日篠塚さんが会った永峰先生とは同級生でした。ある日、父は村の山側の小川の近くに住んでいる、一人暮らしの老人の家へ訪問に行きました。訪問が終わり、役場に帰ろうとした時、小川の所で光るものが目に入りました。それは緑色に光る石でした」

珂奈子は、そこで足元を見ていた顔を上げた。しかし、前を歩く朱季の顔は見えなかった。朱季は話を続けた。

「父は、その石を持ち帰り、僕に見せようとしました。父から話を聞いて、ワクワクしながら石を見た僕はガッカリした事を覚えています。家に持ち帰った時には石は光っていなかったのです。太陽の光が反射していたんじゃないの?と母がいっていましたが父は絶対に光っていたと言っていました。

その夜、母はなかなか寝付かなかった僕を寝かしつけるために、僕の布団に添い寝していましたが、疲れている母の方が先に寝てしまいました。僕は布団の中で父の持ってきた石のことを考えていました。しばらくして、父の部屋から叫び声が聞こえたような気がして、僕はそっと布団から抜け出し、父の部屋に行こうと廊下に出ました。廊下に出ると、家の中で大きな照明をつけたように廊下中が緑色に光っていました。僕は何だか怖くなって母を起こしに行きました。母が起きてきた時には光は消えていましたが、母と一緒に父の部屋に走って行くと、父が真っ青な顔で倒れていました。すぐに永峰診療所に父を運んだのですが、すでに心臓が止まっていました。僕も母も父の死を悲しんでいました。しかし翌朝、死体だった父は生き返ったのです」珂奈子の足が一瞬止まった。懐中電灯のライトだけがフラフラと動いている。朱季は珂奈子の様子に一旦立ち止まり振り返ったが、またゆっくり歩き出し、話を続けた。

「小野塚村長は、この甦りは村に伝わる緑の呪いによるものだと言い、寺から古文書のようなものを持ってきて母に説明したようです。そこには、一度甦るが、甦ってから一週間経つまでに、本人が一番心許すものが死んだ事を教えなければ恐ろしい事がおこると。本人は、すでに死んでいるのだから早く死んだ事をわからせなくてはいけないなど書いてあったようです。母は、そんな事は嘘だと認めませんでした。永峰先生が母に実際に心音がしない事などを説明しましたが、以前と変わらない優しい父を母は自分の一言で殺したくなかったのです。

日付が経つごとに父は少しずつ変化があったようです。そして、一週間後、母は僕を父から見えない場所へ隠し、その時を迎えました。僕が朝、目を覚ますと、そこには母の首が落ちていて、周りには母の体の部品が散らばっていました」

珂奈子は朱季の言葉に驚き、顔を上げた。すると朱季も立ち止まってこちらを見つめていた。そこで朱季は懐中電灯のライトを壁に向けた。朱季がライトを当てた先には牢があり、その中には獣のような何かが鎖で手足を縛られ、壁に貼り付けられていた。鎖を揺らすカシャンカシャンという音が響いた。珂奈子は声にならない悲鳴をあげた。その様子に中にいる何かが低い唸り声を出したので、珂奈子は思わず後ずさりした。

「村人達によって父は捕獲されました。すでに何軒も家を襲った後でしたが、なぜか父がその肉体を食べたのは母だけで、他の人には傷を負わせただけでした」そう言って朱季はライトを牢の中の何かの顔にあてた。その光に驚いたのか、中の何かは獣のように大声で唸り始めた。それは人間の顔では無かった。よだれをダラダラと流し、顔は部分的にボコボコして、髪はボサボサで所々が抜け落ち、体の大きさも二メートルほどあり、体中が毛だらけだった。

「あれが僕の父です」朱季が言った。


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