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緑色の香  作者: 冬野みかさ
3/8

 山緑荘の主人山澤(やまざわ)次郎(じろう)は外の物置小屋の扉の鍵を確認するために外へでた。

空を見上げると星がきらめいていた。

明日もいい天気だな

そう思いながら、今日の一人だけの客が泊まっている離れの前を通り過ぎた。

まだ、部屋の明かりがついているので起きているようだ。

こんな時期に一人で来る客は珍しいが、風景写真を撮りにきたというその客は、まだ若いのに挨拶もしっかりしていて礼儀正しく、食事も「美味しい」と喜んでおかわりしてくれた。

次に来る時は婚約者を連れてきたいと話していたな。

そんな事を思いながら物置小屋の前まで来て、扉の鍵を確認した。

なんだ、ちゃんと閉まっているじゃないか。妻に「最近鍵を閉め忘れている」と言われて見に来たのだ。ホッとしたような、自分ももう年なのかと考えていると、突然、客がいる離れから

「ぎゃぁ」という悲鳴があがり、部屋の中で何かが爆発したように光った。

それも‥‥緑色の光で。

次郎は思わず足がすくんだ

「緑色‥‥」

普通の光では無い‥‥緑色の光‥‥。

まさか‥‥これは‥‥あの‥‥。

次郎は動かなかった足に力を入れ、母屋の妻のところまで走った。



 水瀬(みずせ)()()は、宿題を早く終わらせて、読みかけの本を読もうと思って焦っていた。

あまりに慌てて字を書いて手が疲れてきたので、手首を伸ばしながら目の前にある窓ガラスに目をやった途端、その緑の光が目に入った。

思わず立ち上がり窓を開けた。

もうすぐ夏休みだというのに、この辺は夜が冷える。冷たい空気がすうーっと入ってきた。

あれは‥‥あの光は‥‥。

朱季は慌てて側に置いてあった長袖の上着を持って部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。

祖母が何か声をかけたが、答える余裕も無いままスニーカーを引っ掛けて玄関の扉を開け、緑の光が見えた山緑荘の方へ走り出した。



 突然携帯電話が鳴り、珂奈子は目を覚ました。今日はお休みだからアラームは切っておいたのに。と、いつも携帯電話のアラーム機能を目覚まし代わりにしている珂奈子は思い、この音がアラームではなく着信音だと気付くのに少し時間が掛かった。慌てて相手の名前を確認するが見たことも無い番号からだった。さらに、珂奈子は時間を見てビックリした。

朝の4時半‥‥こんな時間にいたずら電話?

いつもなら知らない番号からの電話には出ないのだが、なぜか受話器ボタンを押していた。

「もしもし」

「あ‥‥あの」電話の相手は老人の男性のような声がした

「もしもし?」珂奈子が少し不機嫌そうに声をかけた

「あの‥‥こんな時間にすみません篠塚さんでしょうか?」

「は?はい」

「私は河野稜さんが泊まっているS県の山緑荘という旅館の山澤と申しますが、河野さんの緊急連絡先がこちらになっていたので掛けさせていただきました。河野さんの婚約者の方ですよね?」

珂奈子は突然の事にとまどった。こんな時間に泊まっている宿から連絡が来るなんて、彼になにかあったに違いない。心臓が早まった。

「は‥‥」珂奈子は声を出したが、言葉がつまってなかなかうまく話せない。

「はい‥‥そうですが‥‥彼になにかあったんでしょうか?」

「あの‥‥河野さんが昨夜、ちょっと事故にあわれまして‥‥」

「事故?」珂奈子は思わず大声を出した。

「それで、どういう状況なんですか?怪我の状態は?」

「怪我の状態は酷くないのですが‥‥今、ちょっと意識が‥‥」

珂奈子は体の表面がしびれるような感覚がした。

「それで?」

「意識が戻らなくて‥‥でも、ちょっと私からはきちんと説明できなくて。今、河野さんは病院に運ばれているので、そちらの先生に直接聞いていただきたくて電話しました」

珂奈子は山澤から病院の住所と連絡先を聞いて電話を切り、慌てて病院へ電話をした。



 県立S高校の2年A組で帰り支度をしながら朱季は一度大きい欠伸をした。そんな朱季を見て、クラスメイトの女子達が教室の後ろから「朱季君可愛い」とクスクス笑っていたが、朱季は気にせず、また欠伸をした。

夕べ、朱季は少ししか眠れなかった。

山緑荘に着いた時、村人達が、離れの部屋から男性を運び出すところだったので、朱季は誰にも見つからないように隣の家の塀に隠れた。

運ばれている男は、特に怪我はしていない様子だったが、ぐったりとして顔色は真っ青だった。確かあの男は、今朝学校に登校する時に見かけた男だ。カメラと三脚を持っていたので覚えがある。

村の男達がワゴン車にその男を運びこみ、車が出発した。他にも車が3台、出発の準備をしていたので、朱季はその中の1台の軽トラックの荷台にそっと飛び乗った。車は朱季が乗った瞬間に発進した。

朱季が想像していたとおり、車は村の中心にある永峰診療所に着いた。

この村で病院といえば、ここだけだからだ。朱季は誰にも見られないように車から降りた。

院長の永峰には朱季が小さい頃から世話になっている。

朱季の父と永峰は同級生で、とても仲が良く、あの事件の時も誰よりも悲しんでくれたのは永峰だった。

事件後しばらく永峰診療所に入院していた朱季を、永峰は励まし、優しく接してくれていた。以来、何かと朱季を誘い出し、色々なところへ連れて行ってくれたりしている。朱季も体が大きくガッチリした永峰を頼もしく思い、頼りにしていた。

子供の頃から変わらない造りの病院なので、朱季は裏庭からこっそり入り、診療所と永峰の自宅の間にある通路に入っていった。ここの窓からだと診察室の中がこっそり覗ける事を朱季は知っていた。

「緑の光が‥‥またあの時と同じ光が見えた」

朱季が覗くと同時に、山緑荘の主人の山澤の声がした。

やっぱり‥‥朱季は自分の記憶の中にある、あの緑の光を思い出した。

あれと同じなんだ‥‥想像はついていたが、現実だという事がハッキリわかると体の奥が震えてきた‥‥あの時の母の顔が浮かんだ。

「なぜ、また」

村の村長である小野塚(おのづか)(そう)(すけ)が頭を振りながら言った。

「あの時と同じのようです」

ベッドに寝かされている男に聴診器を当てていた永峰が低い声で言った。

「‥‥あの時と、水瀬悟の時と同じなら、明日の朝には目が覚めるでしょう」

「何という事だ」小野塚はうつむいた。

ドキドキしていた心臓がさらに高鳴った。ふいに父の名前が出てきたからだ。

朱季は額から落ちてくる汗を手でぬぐった。足に力を入れていないと、転んでしまいそうになる。

「それで、どうする」

今まで黙っていた村の顔役の(すず)原康(はらやす)(はる)が落ち着いた声で言った。

「時間が無い、早く考えなくては」鈴原の意見に永峰も

「そのとおりです」と同意した。


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