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緑色の香  作者: 冬野みかさ
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1序章-過去-

「おやすみのとき             二ねん一くみ みずせ あき 

このあいだ、おとうさんとおかあさんといっしょにつりにいきました。

おとうさんは、すごく大きなさかなをつりました。ぼくはがんばったけど小さいさかなしかつれませんでした。でも、おとうさんはすごいすごいっていってくれました。

おかあさんのつくってくれたおべんとうもおいしかったです。

とってもたのしかったから、おとうさんにまた行きたいねっていったら、またいこうねっていってくれました。

おかあさんも、またおいしいおべんとうをつくってくれるっていいました。ぼくはおとうさんもおかあさんも大すきです」



 すやすやと布団の中で寝息をたてている八歳の朱季(あき)をみて美帆子(みほこ)は一瞬ためらった一人息子の今後のことを考えると頭では理解していても涙が零れ落ちそうになる。

しかし、もう時間が無い、美帆子はそっと朱季の体の下に手を入れ、ゆっくり抱き上げ、朱季の身体に毛布をかけた。体が華奢な美帆子には今の朱季を持ち上げるのは大変だった。

こんなに重くなって‥‥。

朱季の体温が腕に伝わり、生まれたばかりの朱季を抱いた日が頭の中に蘇る。

小さかった朱季、その朱季のことを愛しそうに見つめるあの人。

昼間、思いきり外で遊ばせたので朱季はぐっすりと眠っている。もともと寝てしまえば朝まで起きない子だったから目が覚めることは無いだろう。本当は目覚めて欲しいのだろうか、ここで朱季が起きてしまい

「どうしたの?お母さん」

と話しかけたら私はどうするだろう。美帆子は、ふとそんな事を考えたが頭の中から、その考えを消した。私は、もう決めたのだ。

熟睡している我が子を抱えているのは大変だったが、これでこの子を抱くのは最後になるのだという思いで、力を抜かずにしっかりと抱きかかえた。

少し寒い廊下へ出た。気温の差から朱季が目を覚まさないだろうか、美帆子は朱季の顔を覗いた。きちんと寝ている我が子の顔を見て安心するが、すぐに体中に緊張が走る。朱季の部屋から廊下を通ってキッチンに行くには、あの人が寝ている和室の前を通らなくてはいけない美帆子は、我が子を抱く手に力を込めた。

今、あの人に見つかったらこの計画も、この子の将来も変わってしまう

和室の前を、音を立てないよう気をつけながら、ゆっくりゆっくり通り過ぎ、そっと奥にあるキッチンへ入った。ストーブをつけておいたので中はとても暖かかった。床に敷いておいた座布団の上に朱季をゆっくりと置き、この座布団の上で朱季が赤ちゃんの時におしめを変えていた事を思い出した。

あの時は、座布団にすっぽり収まる大きさだったのに、今は頭から肩までしかのらなくっていた。

「どうしたの?」

昨夜、寝かしつけた時に朱季が不思議そうに聞いてきた事が頭をよぎった。

美帆子が寂しそうな顔で朱季を見ていた事に気付いたのかもしれない。

「どうもしないわ」

不安そうなわが子を安心させるように言い、にっこりと微笑えんで朱季を抱きしめると母に抱きしめられた朱季が嬉しそうに美帆子を抱きしめ返してきた。

「朱季は本当にお母さんの宝物よ。お母さんは朱季が大好きよ」

朱季の柔らかい頬に自分の頬をつけて美帆子は言った。

朱季も、いつものように美帆子に言い返す。

「僕もお母さん好き」

「朱季‥‥」

あぁ、なんてこの子は素直ないい子に育ったのだろうか美帆子は涙がこぼれそうになるのを堪えた。

何があっても、この子は守らなくては。

不安になりそうな気持ちを美帆子は無理に頭から取り去り、ゆっくりと床下収納の蓋を開けた。

あらかじめ中に敷いておいた布団に手を入れて暖かさを確かめ、湯たんぽの位置を少しずらし、そっと朱季を抱きかかえて中に入れ布団を掛けた。

そして、朱季の手をそっと握った。

「朱季‥‥いつでもお母さん朱季の事見ているからね」

美帆子は、心の中でそうつぶやき、静かに蓋を閉め、用意しておいた重い木箱を床下収納の蓋の上に乗せた。

「ごめんね、お母さんを許して」

 美帆子は静かに泣き、決意したように台所を出た。

 


暗闇の中から突然明るくなり、朱季は目が覚めた。

誰かが目の前にいるが、逆光で顔が見えない

「坊主、大丈夫か?」ホッとしたように男の声がした。

「朝?」

朱季は目を細めて男に聞いた。

男は朱季の質問には答えず、後ろを振り返り大声を出した。

「お~い!ばあさん、坊主は台所にいたぞ!」

その声を聞き、朱季の母方の祖母の白石喜久子が急いで台所に入ってきた。

「朱季!朱季!無事だったんだね!」

そう言って祖母の喜久子は泣きながら朱季を床下収納から引き上げ抱きしめた。

「おばぁちゃん?どうしたの?あれ?どうして僕ここにいるの?」

 朱季は驚いて祖母の顔を見つめ、周りを見渡した。

「お母さんは?」

「お母さんは‥‥」そう言って喜久子は泣き崩れた

朱季は喜久子の手を振り解き、台所を出て居間のほうに駆け出した。

「朱季、駄目!」

祖母の声がしたが、朱季は母を捜しに行った。

廊下に出ると叩き壊された雨戸が庭に転がって、破片が床に散らばり朱季は不安に感じた。

廊下の先の和室には近所の人たちが集まっていて皆、顔が青ざめていた。  

「朱季、だめだ!」

父と母の昔からの友人で、この村の診療所で医師をしている永峰が朱季に気付いて抑えようとするが、朱季は永峰の手をうまくすり抜けた。

人が集まっている所に母の顔があった。

「お母さん」

朱季は駆け寄ろうとしたが、思わず足を止めた。

部屋の中は血の海だった。

そして血の海の中心に美帆子の首だけがあった。


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