第一話 世界の終わり01
第一話 世界の終わり
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「さて、こんなもんかな」
一人暮らしになると独り言が多くなる、なんてよく言われるけれど、俺はこの世界――ネオ・アルカディアに閉じ込められて、本当だったのだと実感している。
一年半前。大幅アップデート直前のボーナスイベントのためにログインしていた俺たちは、ログアウト不可、蘇生不可のデスゲームを強いられた。当然のように脱出条件は、ラスボスの撃破。
誰だって。
自らが先頭に立ち、英雄として立ち回れるチャンスがあるのなら、勇者になりたいはずだ。俺もそうだった。
正直なところ、平凡な高校生で、家と学校を行き来するくらいしかしていなかった俺は、現実世界への未練なんて別になかった。死にたいわけじゃない。でも、何のために生きているのはわからない。ただ生きている、意味のない人生だけだった。
だから脱出不能になって、このゲームが現実になった時。俺はチャンスだとすら思った。教室ではいてもいなくても変わらない俺が、生きている意味も目的もない俺が、ここでなら変れるって。
オーガを、ドラゴンを、リッチを、魔王を倒す英雄になれるって。
ダンジョンを出て、広がる森を街へ向けて歩いて行く。今日の狩りは終了だ。モンスターが人間世界の通貨をおとすって、アレは多分毛皮とかを売る手間を簡略化しているのだと思うが、じゃあそれとは別にアイテムで毛皮を落とす奴は何なんだろう、と今日拾った『ベアウルフの皮LV.7』を見ながら思った。これがあれば一週間は生活に困らない。まあ、それはNPCの店で最低限の生活を送るならっていう話で、ちょっと欲を出してプレイヤーショップにでも行けば一夜で吹き飛ぶ程度の稼ぎだが。
……場所が変わっても、現実は現実。一年半が過ぎた今も、俺が英雄になる気配は微塵もない。むしろそんなトップレベルの攻略組、英雄たちとの差は広がるばかりだ。彼らは今日も最前線で、未知の敵と戦い未踏破のダンジョンを攻略している。一方で俺は、自分のレベルより数段低い場所で、日々生きていくのに必要なだけの狩りをして、あとはだらだらと暮らしていた。
俺には、最前線へいけるだけのレベルも技術もなかった。
それも、言い訳か。最前線でないにせよ、自分たちなりに攻略やレベル上げをしている奴らはたくさんいる。自分にあった場所で、少しずつでも前進している、そんなプレイヤーたち。
本来なら俺は、レベル帯がかわる大きな橋を渡って次の大地へ行き始めるレベルだった。自分を成長させようと思うなら。
やがて、大きな街が見えてくる。この、二番目の大地で、いや、今のところ最前線の方を含めても一番大きな街『イーリオス』だ。
煉瓦造りで、時折三階四階ほどの高さの建物が並ぶ街並みは、木造平屋の珍しくないネオ・アルカディアはかなり都会的だといえる。イメージとしては、ストーリーものRPGなんかで最初の方に訪れる大きな城下町。敵はまだ大して強くないし、それに苦戦するあたり国としても大して強くはないのだろうが、魔王に危機を抱き勇者に魔王討伐を依頼したりする、アレだ。戦争の弱い大国というのもよくわからないが。不思議とどんなに派手な国でも最初の方に訪れるから軍は弱い。魔王が倒されたら他国の侵略を簡単に許すのではないだろうか?
「まあいいか」
ともあれ。そんなこのイーリオスには、最前線のプレイヤーもよく訪れる。販売職人系のプレイヤーが多く店を連ねるからだ。件のプレイヤー本人も、ここを拠点として、前線で戦っては夕方に戻ってくる。本来なら拠点に出来るような距離にないのだが、そこはそれ、RPGのお約束アイテム、訪れたことのある街へ一瞬で移動できる『縮地の書』でひとっ飛びだ。身体を引っ張られるような感覚とともに指定した街へ移動できる。レア度もさして高くなく、職人系プレイヤーなんて毎日縮地の書ででかけ、縮地の書で帰ってくるような、通勤電車レベルのアイテムだ。職人のように毎日行ったり来たりしないプレイヤーはもてあまして売却するほどだ。一応、NPCショップには売っていないアイテムなのだが。
そんな縮地の書はいつしか50ドラクマで販売することになっていた。これは価格のストップ安みたいなもので、もてあます俺たち中間以下の層に対する優しさみたいなものだ。
他にも幾つか、最初はただの習慣からなんとなくのルールになったものは幾つかある。例えば、最前線プレイヤーがイーリオスを訪れるのは午後五時以降。これは最前線(とそれに近い場所)向けのプレイヤーショップが五時過ぎから八時の間営業するようになっていったからだ。その前とか後に低レベルプレイヤー向けに店を開けたりする職人もいる。多くの職人は、本人もそれなり以上のレベルなので、他の時間は狩りへ出かけているのだ。
今から俺が訪れるのもそんな職人プレイヤーの一人が経営する店だ。今は四時すぎ。まだ店は低レベル向けのままだ。