番外編 銀朱の盾03
3
ドラゴンから逃げるために、細い路地に入る。他の三人はどうだろうか? 街の中さえも、あちこちから剣戟が響いている。悲鳴も聞こえている。どこを目指すでもなく、おそらくドラゴンは来られないだろう、細い道ばかりを選んで通っていく。時折通常サイズのモンスターと出会い、倒す。本来よりも随分と強いが、狭い道を盾でふさぐようにしてちまちまと削っていく。地味で非効率的だが、比較的安全な方法だ。
どのくらい時間がたっただろうか、ポーン、というシステム音に気づき、ウインドウを開くと、アイテム入手のメッセージ。『存意の炎』
「え?」
リッカは思わず声を出した。どうしてこのタイミングで? という疑問の答えにはすぐに行き着いて、けれど他の答えを探そうとした。しかし見つからなかった。リッカは足を止めて、ぼんやりと立ち尽くす。
喧噪が遠く聞こえる。今も、誰かは戦っていて。
(私は、どうしたらいいんだろう)
ふらふらと街を彷徨う。気がつくと少し大きな通りに来てしまっていたけれど、それに気づく余裕すらなかった。
「あ」
通りの向こう側。広場のあたりに、その背が見えた。あの、ドラゴンだ。こちら側からでは、そのドラゴンの身体が邪魔でよく見えないが、誰かと戦っているようだ。悲鳴がここまで聞こえてくる。
いかなきゃ、と思う。
いっても無意味だ、とも思う。
今更自分一人でいったところで、何が出来るのだろう。連携もとれない誰かとともに戦って、どんな成果があるのだろう。
(でも)
もう、それでもよかった。仲間はいなくなって、これからのあてはなくて、なにもわからなくて、もういいや、と。投げやりな気持ちで盾を構え、歩いて行く。
突然、ドラゴンが暴れ出して、リッカは足を止める。腕を振り回したかと思えば、のけぞって悲鳴をあげる。人が、じゃなく、あのドラゴンが。
「え?」
一人の少年がドラゴンの身体を駆け上がって飛び出てきた。弱点部位である首のところへ着地して、剣を振るう。数え切れないほどの疾さで打ち付け、そのたびに剣が宙を舞う。やがて今までとは違う剣に持ち替えると、深くつきさし、横へ向けて引き裂いた。一際大きなドラゴンの鳴き声がして、ばったりと身体を倒す。
「すごい……」
少年は竜の消滅を確認すると、大の字になって広場に寝転んだ。
リッカずっと、地面に横になった少年を見ていた。
やがて、街のモンスターは掃討され、みんな何となく広場に集まっていた。先程の少年もそこにいて、リッカは少し距離を空けて、彼のことを見ていた。深い意味はない、と思う。行く場所もなかったし、出来ることもなかった。
することもないまま広場にいるのも無意味に思えてきた頃。少年が立ち上がり、広場を出て行こうとしていた。見ると何人かそうしているようで、リッカも立ち上がりそれについて行く。
「ちょっといいかな」
広場を出たあたりの道で、バックスが七人に歩み寄ってくる。リッカを含めみんな、心当たりがないのかそのまま通り過ぎようとした。
「あ、七人ともなんだ。最終シナリオについて話がある」
少年たちがそれに反応した。リッカはぼんやりとしていて、まだ少年の方を見ている。
「……うん、もうリミットかな。俺についてきてくれるかい? 酒場で少し話をしたいんだ」
どちらでもよかった。でも、少年がついて行くようなので、リッカもついて行くことにした。いろいろなことは、後で考えよう、と思った。
こうしてリッカは酒場へ行き、討伐隊はいることになった。
§
「どうかした?」
「……なんでもありません」
二日目。野営を終えて町を目指して歩いていたリッカは、隣のレイに声をかけられた。
自分はどうしてここにいるのだろう。その答えは、まだ出ていない。
「お、見えてきたぞ」
日も頂点を過ぎた頃、先頭を行くルークが三人に声をかける。結局、モンスターはそこまで過剰に増えていないようなので、馬車をかりようということになった。けれどとりあえず、今日はあの町に宿泊する。ベッドの寝心地は特別いいわけではないけれど、安心して眠れるのはいいことだ。
(誰かに剣を捧げる、つもりはないけれど)
隣にいる誰かのために盾を使えたら、それはとても幸せなことだな、と、似合わないことを考えた。
もう町はすぐそこだ。駆けだしたルークを追い抜いて、シェリルが走る。
「あ、ずるいぞ、抜くなよ!」
「いっちばーん!」
そんな二人に苦笑しておいて、レイも小走りに二人を追いかける。
そんな三人を眺めながら、リッカは特に速度を上げもせず、背中へ向けて歩いて行く。




