第三話 旅立ち03
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「やえーって忍者っぽいよね」
「は?」
思わず素が出た。シェリルがたき火を前に訳のわからないことを云うからだ。
時計のないこの世界では、今が正確に何時かはわからない。街ならば日があるうちは鐘が鳴るが、ここは草原の真ん中だし。大草原の小さなテントだし。二つ並んだテントにはそれぞれルークとリッカが寝ていて、俺たち二人は見張りだった。虫の声が聞こえない夜。久々なのでそれを意識して、けれどそもそも俺は虫とは縁がないように祈ってきた人間だったし、住処は都会とされているところだったのでそれは自然だった。不自然という自然を右耳で感じていると、左耳にはまたとぼけた声がラジオの電波みたいに飛び込んでくる。
「いっ、いやヘンな意味じゃなくてっ!」
「ちょっと待ってくれ。『忍者っぽい』にどんな変な意味があるんだ?」
「い、いいのっ! さっきのナシ!」
「んー?」
考えてみてもわからなかった。まあいいか。アサシンとシューターがある俺は忍者っぽいな、と関係ないことを思う。ある程度なら壁走れるし。手裏剣っぽいものでも作るか。ダガー系と矢を組み合わせる感じにして……。
ネオ・アルカディアは出来ることが多い。そして、出来るはずのことはそのまま出来る。スキルを無視できるのがその最たるもので、今、俺はスキルで手裏剣を作ろうとしているが、鋳造が出来れば『ゲーム上存在しない手裏剣』さえ作ることが出来る。やったことがないので威力その他がどういうデータになるのかはわからないが。それはそれとして、スキルを使って新しいものを作ることも出来る。もちろん、必ず思ったものになるわけではないが。このあたり、脳波をどう読み取っているのかも気になるところだ。考えていることが半ば以上筒抜け、なのではないか。
「レイは、ソロだって云ってたよね」
「ああ」
「大変じゃなかった?」
「…………多分、パーティーを組むことの方が、俺には大変だ」
少し考えて、素直に白状することにした。隠すことでもないだろう。
「なんで? 一人よりたくさんいた方が強くない?」
「強いのは、そうだけど。精神的に」
「そっか。一人になっちゃうの、つらいもんね」
「ああ」
それは嘘だった。俺はただ自分の思うときに思うように動きたかっただけだ。間違っている意見を聞き得れたり、反論できない空気に流されたり、他人に気をつかうのが面倒だっただけなのだ。攻略するならともかく、生き残るだけならそんなことしなくても生きていけるし。
「シェリルは……」
そこまで言って、言葉を止める。聞くまでもなかったからだ。彼女のスキル構成はバリバリの戦闘系で、一人でダンジョンに入るのには向かない。狩り場を街の手前に置いていたのも、彼女の強さと効率を踏まえれば適切とは云いがたい。
「ん。あたしは一人じゃ狩り出来ないしね」
そう云って浮かべる笑みはどこか儚げで、遠くを見ているようだった。
「別に、仲なんてよかったわけじゃないんだけど」
彼女は膝を抱えながら、首を倒してこちらを見た。
「先に一人居なくなっちゃって、どうしようって思っていた時だったの。二日くらいダンジョンへいってなくて、解決なんてしようとしないまま、ただどうしよーって、広場で。あたし、なんかその空気が嫌で、一人だけ先に部屋に戻ってたんだ。そしたら――」
まだ、昨日のことだ。多くのプレイヤーが消えて、連絡手段が制限されてから。
「あんなことになっちゃって、探してもみんないなくて、ふらふら歩いてたら声かけられて、あとはなりゆき。あたし、いっつも自分じゃ決めてなかったから」
シェリルは、火の方を眺めていた。パチパチと仮想の焼ける音がする。
「ひとりは、いやだなぁ……」
その声は夜の闇に吸い込まれて、かける言葉のない俺は昨日と同じ星空を見上げた。




